第三話 第三章 「いやよ! 返してもらわなくちゃ!」

おかげで次の日は寝不足だった。 いつも通りの時間に目が覚めたのは、ミィレがあの髪の刃でペチペチと自分の頬を叩いて起こしたからだった。 「おっ、おはよー」 後で聞いたところ、胴体からくっついている為、無理に動かすと痛いのでしかたなく使った、とのこと。 本来はリンゴさん切ることにしか使わないんだけどね!となぜか胸を張っていた。 「……おはよう……」 昨夜とは打って変わって、今度はアルトがトロンとした声を出す番だった。 「テンションひくいなー、美少女に起こされたんだから、驚いてベットから落ちるくらいしなさいよー」 「……その場合、お前も道連れで落ちるだろ」 ぼーっとした頭でもツッコミはかかさないが、少しテンポが遅い。 それに引き換えミィレは元気だった。よく眠れたのだろう。 「ま、いいや。起きよ! おなかすいちゃった!」 正直寝起きのアルトはまだおなかなんてすいていなかったが、 昨晩は寝返りすら打つことができなかったため、体はバキバキになっていた。 起き上がって背伸びくらいはしたい。 声を掛け合って3回目でやっと起き上がることができた。 昨日より2回も少ない回数で起き上がれたことにちょっとした進歩を感じる。 この事態が解決したらもう二度と役立てたくない技術だが。 ミィレの部屋を出るとすぐ、共有スペースに出る。 そこには誰もいなかった。 「あの二人は?」 アルトはキョロキョロとあたりを見回した。 時計はまだ7時を指している。 まさか、そんなに朝早くから仕事のために出かけたのだろうか。 てっきり適当でいい加減な集団かと思いきや、仕事はちゃんとやるようだ。 プロ魂というやつなのだろうか。アルトが彼らの評価を改める。 「たぶんまだしばらく起きないよ」 「寝てるのかよ!」 改めることを改めた。 戻ったどころか当初より低くなったかもしれない。 「起きるの遅いし寝起き悪いんだよねー二人とも。あ、あの棚まで動くよー」 ミィレが行きたい方向を告げながら動く。 そうでもしないと、ちぐはぐな動きをして転びそうになってしまうのだ。 棚から取り出したパンで簡単に朝食を済ませることにした。 もちろん椅子ははんぶんこして座らなければならない。 アルトはミィレの立派な羽に押されて落っこちそうになっていた。 「羽……もうすこし折りたためないか? 狭いんだが」 「えー、しかたないな」 どうにかできるのかよ、言ってみるもんだな。 と思いながら待つが、ミィレは何をする様子もない。 口だけか、なんて思っていたが、突然背もたれに寄りかかれるようになった。 後ろを向くとミィレの羽が消えていた。 呪文を唱えた様子も、取り外すような仕草もなかったというのに。 「……いつのまに……」 「んー? お父様に教えてもらった魔法でね。この羽って結構狙われるからさー」 父に教わったということは、羽は遺伝的なものなのだろうか。 両親の写真に羽がなかったのは、魔法で消していたからかもしれない。 「さてと、出かけようか!」 「出かける? どこにだよ」 できれば外に出たくはない。 この恰好では悪目立ちすることは確実だし、ろくなことにならない気がするのだ。 「薬の調達。かなり間接的になるから、これが自然に離れるのとどっちが早いかって感じになりそうだけど」 「ああ、なるほど、それなら……まあ仕方ないか」 「それとも、ミィレちゃんと離れたくない?」 「んなわけあるか!」 「照れちゃってーもー」 二人は身支度を終えると、玄関から外に出た。 もう外は随分明るくなっていた。 「とりあえずレッツゴー!」 ミィレが元気に左手を突き上げる。 頭の上にはてなを浮かべたアルトは、ミィレについていきながら尋ねた。 「どこに行くんだ?」 「図書館!」 そういえば昨日も何故か閉館時間を聞かれた。 「図書館って、今誰かさんたちのせいで修理中だぞ」 「ん、大丈夫大丈夫」 やけに自信たっぷりに言うミィレ。 何かあてがあるのだろうか。 あのあたりに薬の材料になりそうなものはなかったはずだが、とアルトは首を傾げた。 あのあたりに生えている草花も普通の観賞用のものだったはずだ。 薬に使えそうなものはない。 意図が分からない以上アルトはミィレについていくしかなかった。 「それにしてもやっぱ目立つな」 足はくっついていないが、二人三脚よろしく密着している。 まるで大きな服に二人一緒に入っているかのような見た目に、不思議そうな顔で振り返る人も多い。 「よかったね! ミィレちゃんの彼氏気分を味わえて!」 「なんで男役なんだよ!」 確かに仲良く手をつないでいるように見えなくもないが、そもそも性別が違う。 「だってアルトだし」 「お前な……」 「やったね! ババア!」 突然脈絡のない言葉がミィレの口から飛び出してきてアルトは面食らった。 「は、はあ?」 「知らない? やったね! ばばあ! 実家の方でも流行ってるんだけど」 どうやらミィレによると やったね! というときにババア! を付けるというそれだけの言葉らしい。 言葉に困ったときにも使える便利な言葉だとか。 一体なんでそんな言葉が流行っているのかアルトには理解できなかった。 修理中の図書館はゴリリンゴが暴れた跡がまだ残っていた。 「あ、やっぱりいた。アルト。あの子のところに行くよ」 ミィレが左手で指さす先には、近くにある広場のベンチに腰掛ける女性がいる。 彼女の紫色の髪に、アルトは見覚えがあった。 「……ん? あれは……」 「やっほーめろな!」 近づくや否や、ミィレは親し気に女性に声をかけた。 めろなはびっくりして、危うく読んでいた本を落としそうになりながら振り返る。 ミィレはそのびっくり顔に、久しぶりね、なんて言いながらさりげなく、めろなが持っていたりんごに手を伸ばした。 めろなはその手に気付くと、はたいて阻止した。 「ちょっとミィレ! こんなところに来てまで私のりんご取らないでくれる!?」 そう叱咤すると、ミィレは失敗と言いたげにおどけて舌を出した。 そんな彼女をめろなは眼帯で隠れていない片目で睨みつけると、やっと隣にいるアルトに気付いた。 「……あら? 貴女……」 「あ、これわたしの新しいおともだちー。アルトっていうの!」 アルトは少し気まずそうに笑顔を見せながら、軽く会釈をした。 「……忠告したのに……」 咎めるようにじっと見られ、アルトは苦笑いした。 「いや……まあ……いろいろあって……。話すと長くなるが、不可抗力なんです」 その女性、めろなは図書館の常連の女性だった。 実は彼女はミィレ達に関わらない方がいいと警告してくれていた。 今となってはその忠告の重要さが痛いほどわかる。 が、こぼしたジュースはコップには戻らないように、もうどうしようもない。 「そのわりには随分仲よさそうだけど」 ひっついているアルトとミィレを見やる。 その目には哀れみが混じっている気がした。 「……これも、いろいろありまして……。えーと、どこから話せばいいか……」 「いいわよ、敬語じゃなくて。今は仕事中じゃないでしょう? ゆっくり話して」 「あ、ああ。えーと、そもそもこいつの作った薬が……」 「ああ、なるほどね。これからそういうことしかないと思いなさい。そして諦めた方がいいわ」 ミィレの薬という言葉のみである程度理解したらしいめろなは、憐れみと一緒に新たな忠告をした。 それ以上事情を聞いてしまうと、必要以上に巻き込まれると思ってのことかもしれない。 忠告の内容については薄々どころかすでに気付いていたので、うなずいてため息をつく。 きっと彼女もいつか被害に遭ったのだろう。 そんな彼女たちのやりとりを見て、ミィレは首を傾げた。 「二人は知り合いだったの?」 「知り合いって程じゃあないけど、まあ、顔見知りだ。そういう二人は友達みたいだな」 だからミィレの厄介さを知っていたのかと納得する。 「ちがうわよ!」 だが、即座に鋭い否定が帰ってきた。ミィレがそれに続いて訂正をする。 「友達っていうかー、わたしたちは、りんごライバルなの!」 「ライバルじゃなくてあんたが私のりんご勝手にもってくんでしょ!」 ものすごい拒否反応だ。相当嫌らしい。 あの忠告のことと良い、彼女もミィレに良く振り回されているのだろうということが充分見て取れる。 「まーまー、そんなこといってるからおめろなんはお友達少ないんだよ?」 「うるさいわねー!」 「それに、そこにりんごさんがあったら……ねえ?」 「ねえ? じゃないわよ! さっさとあっちいってよ!」 めろなはしっしっと言わんばかりに追い払うようなジェスチャーをした。 必要以上に関わらないでほしいというオーラが前面に出ている。 アルトが慌てて手を振った。 「ああいや、ただのひやかしじゃないんだ。これの解毒薬のための材料を調達に来たんだ」 「材料って……だったら余計に私に何の用よ。私はそんなもの持ってないわ」 めろなは両手を広げて本と、今さっきミィレに取られたりんご以外何も持ってないことをアピールした。 そこでやっとミィレが説明を始めた。 「うん、正確にはめろなから、レイブン、そこからさらにエイレインに伝えてほしいんだ。毒よこせって」  間接的な調達とは、人づてに頼むという方法だったらしい。その説明にはめろなも納得の表情を見せた。 「ああそういうこと……でも、嫌よ。なんで私がミィレに手を貸さないといけないの」  断られそうな雰囲気に慌てたのはアルトだった。 「そ、そう言わないでくれ。 私がどんだけ大変かわかるだろ!」 「……お気の毒ね」 「だろ! 頼む、私を助けると思って!」 アルト身を乗り出して言った。両手が自由に使えていれば祈るようなポーズもしていただろう。 必死の懇願にめろなはふぅ、と息を吐いた。 「……わかったわ、気が向いたらレイブンに言っておいてあげる」 「ありがとー、おめろなん。もぐもぐ」 いつのまにかめろなのりんごはミィレに食べられていた。 「って何食べてるのよ!」 「ミィレちゃんに隙をみせるのがわるいよねっ! にこにこ!」 しかも悪びれる様子はない。 「用は済んだでしょ! だいたい、なんで私がここにいるってわかったのよ!」 めろなの言葉にミィレはにんまりと笑った。 まるで待ってましたと言わんばかりの表情だ。 「なんでだと思う?」 「え」 ピタリとめろなの動きが止まる。 「じゃっじゃーん」 口で効果音を出しながら、かたまるめろなの鼻先に依頼書をつきだした。 めろなの顔色がみるみるうちに青くなっていく。 「それ、あんたが……?」 「うん! めろなんに恩が売れる上に、報酬ももらえる! これは受けない手はないよね! にこにこ!」 アルトは事態がよくわからず首を傾げた。 「どういうことだ?」 「うん、この子、依頼人なんだ。ついでにお仕事のお話ししようと思って」 「え、めろなが依頼人だったのか?」 「そうなの! 偶然ってすごいよねー」 そのクエストの書類にミィレ達が気を取られている隙に逃げ出したため、アルトはその内容を全くといっていいほど知らなかった。 初仕事だとはりきってはいたが、それより大変な事態になってしまったため、アルトの中ではクエストのことは後回しになっていたのだ。 どうやら、選んだ決めては、めろなへの嫌がらせのためだったらしい。 「いいのか? 勝手に依頼人に会って」 同じパーティーの二人のことが脳裏をよぎった。 勝手に話を進めていいものなのだろうか。 ミィレはいいのいいのと手をひらひら振る。 「どうせこういう仕事って押し付け合いになるから」 まぁ確かに率先して仕事をして文句を言われることはそうそうないはずだ。 その押し付け合いになる仕事をミィレが進んでやろうとしていることは不思議に思ったが、 そういう役割分担になっているものだとアルトは勝手に解釈した。 「それにこれのおかげでめろなの居場所わかったんだよ? 依頼人は図書館で待ってるって書いてあったから。 真面目なめろなのことだから、図書館がこんなんなっても閉館時間までは待っててくれると思ったんだあ。大正解!」 あからさまに顔を引きつらせるめろなの反応を見て、きゃっきゃと喜ぶミィレ。 彼女はよっぽど人"で"遊ぶのが好きらしい。 めろなが依頼書をひったくろうとするが、ミィレがひょい、とそれをかわす。 めろなは青い顔で、依頼書を奪還しようと手を伸ばす。 「む、無効よ! 新しく役所に申請するわ!」 「今役所も爆破であたふたしてるよ? 落ち着くまで保留かー、忘れられちゃったりするかもなー」 確かにあの状態では、しばらくは急ぎの仕事以外は手を付けることができないだろう。 今回のめろなの依頼は、さほど緊急を要するものではない。 確実に後回しにされてしまう。 う、とめろなは言葉を詰まらせた。その隙を見逃さずミィレは詰め寄る。 「どうする?」 結局めろなが折れて、依頼の話をし、アルトと共に宿屋に帰った。 「よし、あとはレイブンが材料届けてくれるのを待つだけだね!」 「めろなが手早く手配してくれるといいんだが……あの様子だと怪しいものだな」 そんなことを話していると、ミィレがいきなり立ち止まった。 気が付かなかったアルトは先に行こうとして、彼女を数歩引きずってしまった。転びそうになるのを慌てて支える。 「っと! おい、なにやってんだよ」 一人が転ぶと連鎖的に二人とも転んでしまうため、またあの起き上がるという厄介な行為をしないといけなくなる。 そんな無駄な労力はできるだけ減らしたい。 「あれ、あいつ」 ミィレが指さす先には、縮れた茶色の髪を一つに結んでる男。 どこにでもいそうな青年だ。 「わたしの羽、取ったやつ!」 「間違いないのか?」 確かにああいう茶髪の男だった気がするが、アルトは一瞬しか見ていないため、確信はない。 だが一瞬でも追いつきかけたミィレは力強くうなずいた。 「ないわ! クソババアじゃないのか確認したもん!」 「く、くそばばあ?」 どうやら常習的に羽を狙う人がいるらしい。 それにしてもクソババアとはひどい呼び名だなと、苦笑いするアルトをよそにミィレは前進し始めた。 掛け声も何もなく突然の動きに歩幅と速度がうまく合わせられず、アルトは慌てて声を上げる。 「お、おい、別に追いかけなくても……」 「いやよ! 返してもらわなくちゃ!」 確かに、羽についている宝石があのまま一個分開いた状態じゃ、少々格好が悪いかもしれない。 アルトは諦めて転びそうになりながらついていく。 茶髪の男も彼女たちに気付いた様子で、人がいない方へと駆けだした。 見失いそうになるのをどうにか追っていく。 路地裏でいくつか角を曲がると、男が赤いレインコートを着た人物と合流しているのが見えた。 どうやら同一人物で間違いないらしい。 レインコートの人物が唱え始めたものがテレポートの呪文だということにアルトは気付いた。 「やばいぞ、あのままじゃ逃げられる」 「え、うっそ! もー! アルトがいなければすぐに追いつくのに!」 焦ったのか、スピードを上げたミィレ。 「ちょ、歩調を合わせてくれ、でないと!」 案の定足がもつれて体を傾ける羽目になった。 だが、起き上がることの大変さが身に染みている二人は、間違っても地面に倒れてしまわないようにと、よろめきながらもとにかく足を動かした。 まるで急な坂道を駆け下りているかのように止まれない。 「う、わわわわ!?」 そのまま犯人たちに突進していく。 ぶつかる瞬間、光に包まれたかと思えば、彼女たちはフィールドに出ていた。

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