今にも走り出したいくらいワクワクしていた。
注意していなければ隣で説明してくれている、ラントをうっかり置いていってしまいそうなくらいに。
駆け出すのを我慢する代わりにスキップする私を見て、ラントはため息をついた。
「お前、本当に説明聞いてたんだろうな?」
あら、失礼しちゃうわ。
1から10までじゃないけど、大体聞いてるわよ。
その証拠と言わんばかりに私は指を折りながらラントの言ったことを復唱した。
「1、ケガ人出すな 2、魔法は使用禁止 3、ナレーター……つまりあなたを置いて勝手にどっか行かない」
だからスキップで我慢してるんじゃない。と胸を張る。
あとは暴れて犠牲者を出さなければいい話ね。
どっかの戦闘が大好きな頭おかしい黒男じゃあるまいし、言われなくてもそんなことしないわ。
「はい、よくできました」
ぱちぱちと手を数回打ち鳴らすラントに、私は頬を膨らませて口を尖らせた。
「んもう、子ども扱いしてるでしょ」
「そりゃな。実際俺からしたら子どもだし」
ラントは私と同い年に見えてもおかしくない見た目だけど、本当は私より十歳は年上なんだって。
ほんと信じられないわ。
確かに17歳の私は25のおじさんから見れば子どもよね。
正しいけどちょっと悔しいから、私も正しいことを言ってやることにした。
「私より2センチは低いくせに」
余裕ぶって言うラントをわざわざつま先立って若干見下ろしながら、聞こえるようにボソリとつぶやいた。
「それを言うな!」
効果は抜群。
予想通り耳ざとく聞いて怒鳴ってきた。
私は「きゃあ、怒ったぁ」なんておどけて笑う。
先日、2月14日は私の誕生日だった。
バレンタインと重なるということもあって、プレゼントはチョコを大量にもらうことが多いの。
今年もみんなにチョコをたくさんもらったわ。
チョコは好きだし、それでもぜんぜんかまわないんだけど、今年はなにやらおまけがついてきた。
誕生日の次の日。
まず朝一番でラントが押しかけてきた。
私は寝ぼけ眼でラントを迎え入れて朝食を食べながら彼の用件を聞いたらびっくり、誕生日プレゼントに私を勇者にしてくれるんだって。
最近勇者が活躍する物語にはまってるってジェンに話しまくったのが、このプレゼントを思いついたきっかけらしいわ。
「ついに来たわね!」
やっとその物語の舞台となる洞窟につくと、ラントはこほんと仰々しく咳払いをし、ポケットから薄っぺらい本を取り出した。
紐で閉じただけの手作り感満載なその本を一ページめくる時に、チラッとだけど表紙タイトルが見えた。
筆で書かれたその綺麗な文字はきっとジェイが書いたんだろうな。と予想が出来る。
“勇者ヘルディの冒険”。
それがこの物語のタイトルなのね。
シンプルだけど、気にいたわ。
その私の本当の仕事、スパイ業とはかけ離れた派手な肩書きがとても素敵で魅力的。
「よし、じゃあはじめるぞ」
ラントはその台本の中身、プロローグを読み上げ始めた。
なんとなく聞いていたプロローグは簡単にまとめるとこうだった。
魔王にさらわれてしまったある国のお姫様を救い出すため勇者の私が立ち上がる。
長い長い旅の末、やっと魔王のアジトを突き止めた。
これから魔王とその部下の四天王が待ち受けている洞窟へ乗り込む……というストーリーなのだそうだ。
敵やお姫様役は一応全員私の知り合いだということは教えてくれたけど、誰がどの役をやっているのかまでは教えてもらえなかった。
最後のお楽しみなんだって。
ほんと、ケチよね。でもお姫様はなんとなく予想つくわ。候補は二人ね。
その二人以外だったら私のモチベーションが著しく下がること間違いなしだもの。
「勇者ヘルディの最後の戦いが始まろうとしていた。――よし、中はいるぞ」
「はあい」
どうやら私が配役の予想をしている間に、プロローグのナレーションは終わっちゃったみたい。
結局私を導く案内役がラントだってこと以外はわからないまま、私の戦いははじまった。
ずんずんと洞窟の中を進んでいく。とくに何の変哲もない普通の洞窟。
そういえばさっき近場で手ごろな洞窟を探すのに苦労したと言っていたわね。
「四天王の一人が現れた」
あるポイントについた時、突然ラントが台本を読み上げ始めた。
「やっとおでましね!」
私は腰の剣に手を伸ばす。
腰に装備したときから分かっていたけど、これおもちゃなのね。
柄を触った感じが軽いプラスチックだもの。
これならよっぽど下手な使い方しなければ、けが人も出ないんじゃないかしら。
でも本当にモンスターが出てきたらちょっと心もとないわね。
そうラントに言うと、ここは弱いモンスターしかいないから大丈夫だと返答された。
どこから誰がでてくるのかしら。わくわくしながら、おひさまのおかげで明るい洞窟の中を見回す。
「遅かったな」
「!」
前方から聞こえてきた声に、私は息を呑んだ。
そんな、まさか。と思わず声を漏らす。
確かに可能性は低いと思っていたのに、まさかここで彼女が。
岩の陰から出てきた人を見た瞬間、膝から崩れ落ち、手で顔を覆った。
冗談でしょ、そんなことって……。
「……嘘……でしょ……」
「わっちが最初の四天王――ってなんでヘルは絶望してんだ?」
「知らん」と短く答えるラントの声を聞きながら、私はブツブツと文句を言った。
「なんでよ、女の子じゃない。お姫様役、もしくは百歩譲ってもラスボスの役でしょ……」
まるで最後に食べようと思って取っておいたショートケーキのイチゴを、無理やり口に突っ込まれた気分だった。
おいしいけど、今じゃない。そんな感じ。
私はフラフラと立ち上がってため息をついた。
彼女は私の悪友のジェン。
私の中では一番の仲良しだと思ってるわ。なのに、こんな早く出てくるなんて。
この分じゃお姫様役も期待できないかもしれないわ。
「なんかわかんねえけど、続けていいのか?」
「いいんじゃね?」
ジェンに投げやりに返事されると、ラントはちょっと躊躇して台本を持ち直した。
どうやら物語を進めると決断したらしい。
「――現れたのは四天王の一人、ジェン。かつて勇者のヘルディと友人だった彼女が最初の敵だった」
「設定はそのままねなのね」
「変に凝らせる時間もなかったしな」
「……衣装も?」
「そういうこった」
私の装備は金色の額当てとマント。おもちゃの剣。
残りのインナーやズボンは私服だけど、それだけでも結構勇者っぽい。
ラントはいつもの真っ赤なパーカーではなく、真っ黒なパーカーを着ている。
ナレーターという黒子のつもりなのかしら。
でも、ジェンはいつもの袴と「悪」と書かれたTシャツを着ていた。
ジェンの衣装も期待してたんだけどな……。
余計にしょんぼりする。
いつもと違う服ってそれだけで見てて楽しいじゃない。
「そういえば、勝敗ってどう決めるの? このおもちゃの剣じゃさすがに倒せないわよ」
気を取り直して、ふと沸いてきた疑問を投げかける。
怪我人を出さないのがルールだし、というと、その質問にはラントではなくジェンが答えてくれた。
「戦うつってもホントに戦うんじゃねえよ。方法は各々考えて来てる。わっちの場合――」
ジェンは何かをこっちに放ってきた。
とっさにそれをキャッチしたそれは、ヘルメットだった。
「獲物武器はあんだろ」
一瞬きょとんとしたけれど、すぐにジェンがやろうとしていることがわかった。
「ジェン、勝負ってもしかして……」
「ああ……叩いてかぶってじゃんけんぽんで勝負だ!」
叩いてかぶってじゃんけんぽん。
それはじゃんけんで勝ったほうが負けたほうを棒とかで叩ければ勝ち。
負けたほうはそれをヘルメット等でそれを防がなければならない。
そんな感じのゲーム。
ジェンが腰を下ろし、ヘルメットと武器の棒を目の前に並べた。
私もそれにならってその場に座って、おもちゃの剣とヘルメットを置く。
「本気なのね、ジェン」
「もちろんだ。お前も本気で来い、ヘル」
ごくりと唾を飲み込んだ。
ラントが大げさだろうという視線を投げて来ているけど、無視無視。
こういうのは雰囲気が大事なのよ。
このゲームでの肝は反射神経とすばやさ。
戦闘スタイルからしてもどちらも私のほうが上のはず。
ジェンだって分かってるはずなのに、この勝負を持ち出してきた。
何か策でもあるのかしら。
ジェンが拳を突き出して「いくぞ」と促す。
私は覚悟を決めて「ええ」とうなずき、同じように拳を出した。
考えても仕方ないわね。とにかく私が攻撃側に回れば勝てるのだから、それまで粘るしかないわ。
「じゃんっ」
「けんっ」
直前まで迷って私はグーを出すことにした。
ミスリードを誘うためにほんの少し拳を緩める。
「ぽん!」
そして握り直した拳を出した。
対してジェンは、パーを出している。
やられた。
私は慌ててヘルメットをかぶって攻撃に備えて、目をつむった。
でも待っても待っても攻撃の衝撃はちっともこない。
ちらっと片目を開けると、棒を軽く振りかぶったままのジェンがいた。
首をかしげて、彼女の名前を呼ぶと、ジェンはゆっくりと棒をおろしてこう言った。
「“やっぱりわっちには友人を攻撃するなんて出来ない。だから、お前の仲間に加えてくれ。一緒に悪を倒そう”」
そういって、ジェンは武器をその辺に放った。
「おい、お前それ面倒だっただけだろ。そんなシナリオは――」
「もちろんよジェン! 一緒に戦いましょう!」
ラントのつっこみ声を遮ってジェンに抱きついた。
ショートケーキのイチゴは食べちゃったけど、一緒に食べる友人が増えたって感じね。
これなら許せるわ!
「……えーと。“仲間になったジェンと一緒に勇者ヘルディは先に進むのであった。”……で、いいのか?」
「いいの!」
アドリブのナレーションをするラントは何か言いたそうだったけど諦めてくれたみたい。
気力を取り戻した私たちは先に進むことにした。
途中でジェンに彼女の弟のジェイの配役の探りを入れてみたけど、はぐらかされちゃった。
でも、お姫様役はもう彼しかいないわ。彼以外認められない。
なんて考えていると、次の敵が出てきた。
「やあ☆」
「げえ……」
現れたのはいつもの服装を着た、私の天敵黒男。
私は嫌悪感を包み隠さず、彼にかみついた。
「私のための物語でしょ! なんでこんなのがいるのよ!」
「随分なお言葉だね☆ 俺だって好きでやってないよこんな子どもっぽいこと」
「なによ! じゃあ帰ればいいじゃないぃいいいい!」
ほっぺたを膨らませて抗議する。
私コイツ嫌い!
コイツだってきっとそうなのに、なんでここにいるのよ。
この語尾に星のつく嫌味な話し方も癪に障るわ!
「そういうなよ、人手が足りなかったんだ」
「つうかこいつしばらくこっから出られないしな」
怒ってるオーラむき出しな私をラントとジェンがなだめる。
私はきょとんとして聞き返した。
「“ここから出られない”? なんで?」
「ああ、昨日バレンタインだったろ? 今出てったら、チョコレートを冒涜しているとしか思えないチョコを食わされることになっから……」
ジェンが遠い目をしながら説明する。
そういえば、こいつを好きな物好きな子がいたなあ。
ジェンの話しか聞いたことないんだけど、その子料理下手なんだっけ。
「なによ、失敗料理ごときで洞窟に立てこもり? なっさけなあい!」
「君ね。そういうのはアレ食べてから言ってくれる?」
鼻で笑ってあげたら、珍しく真顔で反論された。
この黒男はいつもは張り付いた薄笑い浮かべてるのに。
そんなにまずいのかしら。
チョコとか溶かして固めるだけよ?
「食べて食中毒になるか、一生この洞窟から出ないか、どっちがいい?」
「この季節を乗り越えて外に出るよ☆」
あっそう、と返事を返す。
ここから出たらこいつがここにいるって触れて回ろうかしら。
スパイである私にとってはそういうのは得意分野。
あっという間に広められる自信があるわ。
「で、貴方とはどんな勝負すれば良いわけ? ぎったぎたにしてあげるわ」
「そんなの決まってるじゃないか☆」
そういうと、黒男はファインティングポーズをとった。
それを見てラントがあわてて、私と黒男の間に割って入ってきた。
「おい! マジファイトする気かよ!」
「戦いって言ったらこれでしょ☆」
「怪我人出すなつっただろ!」
「死人出すなとはいわれてないけど☆」
「屁理屈こねんな!」
やっぱりこいつはこのルールを守らないわよね。
この黒男は野蛮なことに戦いが大好きなの。
仕事上、ジェンが彼の相方なんだけど、戦闘狂スイッチが入るのを止めるのにいつも苦労してるみたい。
ああ、かわいそうなジェン。
「わー、女の子相手に大人げないんだー。それじゃないと私に勝つ自信ないわけ?」
「ヘルディも油をそそぐな!」
「たく、仕方ねえな」
ジェンはさっきの叩いてかぶってじゃんけんポンセットを、私たちに突き出した。
「これで戦え。いいか、死人も怪我人もなしだ!
まじめにやらなかったり、ルールを無視したら、お前らこの洞窟から放り出すからな」
どうやら黒男はここからよっぽど出たくないらしく、おとなしくジェンの言うことに従ってた。
私もこの楽しい物語を続けたかったから、おなじく従ったわ。
結果は当然といえば当然だけど、私の勝利。
力だけの馬鹿には負けたくなかったからね。
「はい、“敗北したサタンは勇者ヘルディの仲間になりました”」
「こんな仲間いらないわ。酒場にも置いときたくないわね」
「しかたねえだろ。ほら、次行くぞ」
「どうしたの、ジェンったらそんなに急いで……」
先ほどからなんだかジェンらしくないわ。
こういうのは傍観して面白そうなところだけ参加するのがいつものジェンなのに。
彼女がおかしくなる理由はそう多くない。
多分、慌てようから言って、今回は弟のジェイのことが原因ね。
「心配なのね、ジェイが」
「……ああ、いくらここに強いモンスターがいないつっても……やっぱり……。それにさっきからちょっと嫌な予感がするんだ……」
当たったわ。
そうよね。ジェイがジェンより強くても、弱いモンスターしかいなくても。
愛する弟が心配な姉。ああ、素敵だわ。やっぱりジェンジェイは一緒にいなくちゃね。
「おいヘルディ、顔にやけてるぞ」
「そんなことないわ! さあ、ジェイの元に行きましょう!」
私たちは若干早足で先に進んでいった。
当然現れる3人目の四天王。その正体は。
「なんだ、聖じゃない」
「なんだってなにさ!?」
友達の聖。
ひ弱で、戦うより頭脳戦とかハッキングやクラッキングのほうが得意な子なのよね。
衣装として真っ黒なローブを羽織っているけど魔法なんて使えなかったはず。
なんだ、この子相手ならあまり時間かからなそうね。正直ちょっと拍子抜け。
「もう……こんなところに非戦闘員の僕を一人置いとくなんて、ひ、ひどいよ……。モンスターが出てこなかったからよかったけど」
聖はおどおどしながら話す。
どうやって連れてきたのかしら。
人見知りで、なかなか外に出ない子なのに。
この中での知り合いらしい知り合いも私くらいなんじゃないかしら。
「じゃ、じゃ、じゃあ、僕との勝負の説明をするね、えーと、このおもちゃの銃での射的……」
「聖」
知らない人がいっぱいで緊張気味な聖の声を遮った。
不安そうに顔を上げる聖に畳み掛ける。
「あのね、私急いでるの。だから手っ取り早く降参してくれない? してくれるわよね?」
「え、え、え」
「じゃなきゃでこぴんするわよ。痛いわよ」
そういって指を狐のようにして構える。
たったそれだけのおどしなのに、聖はおもしろいくらいに青ざめた。
「ひっ!? なな、な!?」
「私ははやくジェンジェイを見たいの!」
ジェイを心配するジェンを見ているのもいいけれど、やっぱりあのかわいい双子は一緒にいて仲良くしているところが一番だわ。
見ている私まで幸せになってくるもの。
「おい、ヘルディ暴走し始めてるぞ。とめないのか」
「いんじゃね。わっちも早く行きたいし」
「俺は誰がどうなろうと興味ないしね☆」
「まともなやつがいねえ……」
私の後ろでラントのうめくような声が聞こえた。
かくして、私たちは無事三人目の四天王を降参させ、先に進むことに成功したのだった。
声に出してそういうと、ラントが呆れたようにため息をついて「もういいよ、それで……」と苦笑いをした。
さらにずんずんと奥に進んでいく。
四天王はあと一人。誰が出てくるのかしら。
しばらくするとほんの少し広い場所に出た。
空間が広い代わりにあちこちに岩が突き出していて通れそうなところ自体は狭い。
「“最後の四天王が現れた”」
ラントが台詞を読み上げる。
「おでましね! さあ、誰なの!」
ジェンはなんでもない風を装ってるけどまだそわそわしてる。
きっと、最後の四天王はジェイじゃないわね。だとしたらあと心当たりは……。
何人かの知り合いの顔を思い浮かべながらキョロキョロと辺りを見回すけど、誰も出てくる様子はない。
私が首を傾げていると、ラントがスタスタと前に歩いていった。
「ちょっと。ラントまさか台詞を言う場所をまちがえたんじゃないんでしょうね」
私がそういうと、ラントはくるりとこっちに向き直って口を開いた。なんだかいじわるな笑みを浮かべている。
「実は俺――」
「この人が最後の四天王だよ☆ びっくりどっきり急展開☆」
「てめえなんでネタバレしてんだよ!?」
ラントの声を遮って黒男が言った。
絶対こいつタイミング見計らってたわよね。
「急いでたみたいだから手伝ってあげただけだよ☆」
「俺の見せ場取るなよな!?」
「もうこいつホント最悪ぅ……」
私とラントが睨むけど、相変わらずへらへらしてる。
悪意しかないわね。
やっぱりこれがおわったらこいつの居場所を広めよう。
きっとこいつが恐れてる子だけじゃなくて、こいつを恨んでる奴も寄ってくるわ。
ラントは咳払いをして仕切り直す。
「実は俺が最後の四天王なのだ!」
「分かってるわよ。この性格最悪男のせいでね!」
「……で、俺との勝負はだな、これだ」
若干恥ずかしそうにラントがポケットから出したのは、トランプだった。
私は「えー」と声を漏らす。
「トランプって……時間かかるじゃない……。なにするの?」
「本当はばば抜きのつもりだったが、長いとお前らうるさそうだからな。ポーカーで三回勝負なんてどうだ?」
「なるほど、いいわよ」
ポーカーは、それぞれ5枚ずつ持って強い役を作ったほうが勝ちってゲーム。
私も詳しいわけじゃないけど、だいたいは知ってるわ。
「でも、三回勝負じゃなくて、一回勝負。そして、勝負をするのは私じゃなくて、ジェンよ」
「え、わっち?」
突然名指しされたジェンはきょとんとして自分を指差した。
ラントがすかさずツッコミをいれる。
「なんでだよ! お前の戦いだろ!」
「あら、仲間と協力するのが勇者ってものよ」
ジェンはふつうよりちょっと運が強い。
それに今回はジェイのことがかかってるわ。
ジェンは仮面をしてるからポーカーフェイスなんてする必要もないし、ラントはイカサマとかするタイプじゃない。
今回の勝負は彼女が適任だと判断するのは当然のことだとおもうけど。
ぺらぺらとそう説明すると納得したのかしていないのか、ラントは頬を掻きながら了承してくれた。
「……主役が言うなら……まあいいか。じゃあヘルディ。これ切って配ってくれ。ズルはなしだぞ」
「わかってるわよ。そんなつまらないことしないわ」
そういいながらなれた調子でカードを切って、五枚ずつ配った。
もちろん、なにもしてないわ。
自分のもち札を見ると、二人とも一瞬だけそれぞれ反応した気がする。
チラッとそれぞれのカードを見たけど、どっちもブタ。
ラントは2枚をチェンジし、ジェンは3枚をチェンジした。
「じゃあ、せーので出してね。せーの!」
私の音頭と同時に二人にカードを表向けた。結果は。
「……ええっと、この場合は……引き分け? もっかい?」
二人ともなんの役もつくれていなかった。
所謂、役なし、ノーペア、ブタという状態。
「た、たしか5枚のうち一番強いカードで勝負するんじゃなかったっけ」
聖が控えめに助言してきた。なるほどね、といいながら二人のカードを見る。
「えーとじゃあ……」
「一番強いAを持ってるジェンの勝ちだね☆」
私が考える前に黒男が答えやがったわ。
なんかこいつに教えられるのはやっぱむかつくわ。
ちょっとむっとして睨んで、それからジェンに抱きついた。
「さっすがジェンね! 勝ったわよ! どうラント! 思い知った!?」
「わかったよ、俺の負けだ」
ラントは手のひらをひらひらとさせた。
なんだか悔しくなさそうだけど、勝ったからまあいいかな。
「ふっふーん、さっすが私のジェンね。さ、ジェイを助けに行きましょう」
ジェンの手を引いたけど、ジェンはその場から動かなかった。
彼女のほうを振り返って首をかしげると、ジェンはあごをしゃくって前を示した。
私が前を向き直るとそこには、私たちの目的。ジェイがいた。
「ジェイ!」
「お久しぶりです。ヘルディさん」
ああ、お面の上からでもかわいい笑顔が見えるわ。
それだけでもここまできたかいがあったわね。
彼はいつもの服装だった。
でも、いつもとちがう装備がひとつだけ。
頭の上にちょこんとティアラがのっていた。
やっぱり彼がお姫様だったのね。
そうよね。彼以外に考えられないわ。
一人で納得していると、ぴこんとあることがひらめいた。
「私、勇者やめる」
「は?」
きっぱりとそう宣言すると、その場にいたほとんどのひとがぽかんとした顔をした。
当然ね。
ここまで用意してくれてクリア目前でやめるなんて言い出すんだもの。
でも、私は決して飽きたわけでも、みんなからの贈り物を無碍にするわけでもないわ。
文句を言おうとするラントを手で静止し、静かに私の考えを話した。
「勇者にはジェンの方がふさわしいと思うの」
「はい?」
「またわっちか?」
「だってそうでしょ! ジェイがお姫様なのよ! 助け出す勇者さまの役はジェンこそふさわしいわ!」
拳を握って熱弁する私。
だってそっちのほうが私も見たいもの!
勇者っぽいことはあんまりしなかったけど、充分楽しかったし、私はそれでもう満足よ。
きっとジェンもめんどくさがりながらも、よろこんで引き受けてくれるはず。そう思ったのに。
「あー、わっちはパスだ。せっかくだけどな」
「ええええ! どうして!?」
ジェイがお姫様なのよ!? と説得するけど、ジェンはなかなか首を縦に振ってくれない。
「なんでよぉ……」
私がぶーたれていると、ジェイが空色の羽織で口元を隠してくすくす笑っていた。
もともとお面で顔全体が隠れているのだから隠す必要はないのだけれど、きっと癖なのね。
それさえもとてもかわいいわ。
「もお、ジェイまで笑うなんてひどいわ。私は真剣なのに」
「すいません。……実はですね、僕は、」
ジェイが人差し指を立てて何かを言おうとした瞬間。
黒い影がジェイの後ろに現れた。
それはまばたきした瞬間に現れたとしか思えないほど、ふっと現れた。
それを背にして経っているジェイも突然影が出来たことに不思議に思ったのか、言葉を切った。
そしておそるおそる後ろを振り返る。
その影はなんだかおなかに響くような低いダミ声で話しはじめた。
「誰だ、我の眠りを邪魔するのは……」
「いや貴方こそ誰よ」
ゆらりと揺れる影に私は質問を返した。
「我は魔王なり」
「魔王? そんなのいたの?」
黒男がしがみつく聖をうっとうしそうに払いながら言った。
聖はそのあとラントの後ろに隠れた。情けないわね、ほんと。
「今は力をためるために長い眠りについているのだ……。あと数年したら世界のモンスターを率いて人間界を……」
「え、なに。魔王役の人?」
「いや、こいつじゃねえぞ」
ご丁寧に説明をしてくれている魔王を横目に私とラントはひそひそと言葉を交わす。
「へえ、魔王っていうからには強いの? ちょっと手合わせしない?」
黒男の目が爛々と光りだした。もう彼の野望の計画など誰も聞いていない。
「ふっ。完全に力を蓄えてはいないが、お前、命は惜しくないのか? 今なら我の家来にしてやってもいいぞ」
「えー、やめといたほうがいいわよ。こいつ家来にするのも、魔王になるのも。特にこのエレフセリアでは」
忠告してあげると、その魔王さんとやらはギロリと私を睨んだ気がした。
「どういう意味だ」
「そのままの意味よ」
このエレフセリアっていう大陸はそこの黒男含めて曲者ばっかり。
魔王より魔王らしい奴がゴロゴロいるわ。
そんなところで本物の魔王なんてやってたら、悲惨な目にあうこと間違いなし。
恰好の的。細々とちょっと強いモンスターしていたほうがマシよ。
とくとくとそう説明していると、だんだん魔王さんが赤くなってきていることが分かった。
あら、怒っちゃったのかしら。
「ていうかさ、自称魔王なんてニートと一緒じゃん。今は洞窟にいるんだしヒキニート?」
そこに黒男がとどめをさした。
「それお前も今同じ状況だろ」とジェンがとなりで突っ込んでいる。
その間に自称魔王さんは全体的に真っ赤になっていた。
しかも林檎みたいに真っ赤な赤ではなく、どす黒い血みたいな、マグマみたいな赤だった。
「あ、あ、あ謝ったほうがいいんじゃない……!?」
聖は相変わらずラントの後ろに隠れながら言った。
ガタガタ震えている。そんなに怖いかしら。ただ赤くなっただけよ?
「よかろう。家来にならないというならお前らまとめて我の血肉にしてやる! まずはお前からだ!」
そういって手を伸ばしたのは近くにいたジェイ。
戦慄する。
しまった。
早くジェイと自称魔王を引き剥がしておくべきだったわ。
私がジェイをこちらに引き寄せるより先に、魔王がジェイのお面をひっつかんだ。
「殺す前にその顔を拝んでやろう」
にやりと笑ってジェイのお面をひっぺがそうとするその腕に、小太刀が突き刺さった。
その柄を持っているのは、ジェン。
いつの間にそこまで移動したのかしら。お面の下から自称魔王を睨みつける。
「わっちの弟になにしてやがんだ」
ジェンは女の子にしてはちょっと低い声だけど、そのときはいつにも増して低かった。
ジェイのことになるとこれなんだから。
そういうところがすきなんだけどね。
自称魔王は顔をゆがめた。
一突きだけでこの表情。やっぱりたいしたことないわねこいつ。
魔王なんて無理よ。
ジェイのお面を持った手が緩められる。
今のうちにジェイを避難させなきゃ。
そう思って動こうとした瞬間。ジェイが魔王の腕を握った。ぎょっとする魔王。
「な、なにを……」
「僕の……」
両手でしっかり自称魔王の手を握るのを見ると、ジェンは魔王から小太刀を引き抜いた。
ジェイはそのまま自分の倍近くの身長がある自称魔王を一本背負いした。
「僕のお面を取らないでくださいぃいいいいいいいいい!」
「痛い痛い痛い痛い痛い!?」
絶叫しながら倒れた魔王に寝技をかけはじめるジェイ。
彼は普段温厚な正確だけど、お面に触れられたときキレて暴走しちゃうの。
平和主義で喧嘩は嫌いなんだけど、強いのよね。
自称魔王はかわいそうなことに、そのままギタギタにやられてしまった。
弱っているのか、赤かったり黒かったりした体の色も灰色になっている。
まるでぼろ雑巾みたい。これで少しは懲りたでしょう。
倒したほうのジェイは怖かったのかジェンに抱きついていた。
それをジェンがなだめてる。ああ、なんで私はカメラを持ってこなかったのかしら。
それから、その自称魔王のぞうきんをそのまま置いておくのもどうかと思い、とりあえず警察に突き出すことにした。
ほとんど人間と同じくらいの知恵があるんだもの。
刑務所にでも入れられるかもしれないわね。
黒男は宣言通りまだ洞窟にいて、聖は解放されるや否やそそくさと帰っちゃった。
ジェイは泣き止んだら疲れた見たいで寝ちゃったし。
それをジェンがおんぶで連れて帰ったわ。
かわいすぎる。
残った私とラントはささやかな打ち上げのために近くにあった喫茶店に寄ったんだけれど、ラントも疲れたらしくそこで眠ってしまった。
きっと大急ぎで準備をしてくれたのだろう。
とりあえず鉄板の寝顔に落書きというベタないたずらを企んでいたところ、ラントのポケットから台本が見えていることに気付いた。
そういえば物語の結末はどんなのだったのかしら。
魔王役も結局分からず終いだし。
私はそっとポケットから台本を抜き出した。
そこまで分厚くない台本をペラペラめくるとすぐに結末のシーンを見つけることができた。
「えっ。ジェイが魔王!? お姫様が被害者のフリをして実は魔王だったって話……そんな……」
どおりでジェンが勇者役を辞退するわけよね。
ジェイと戦いたくなんてないものね。
きっと私がびっくりするのを狙ってやったのでしょうけど、そんなのダメよ。
可愛くて天使の様にやさしいジェイがそんな腹黒い役だなんて。
私は店員さんに頼んでペンを貸してもらった。
そして台本の最後に大きくばってんをつけて開いた場所に、新しい結末を書いていく。
この物語にふさわしい結末を。
お姫様はあの自称魔王に取り付かれていた。
四天王も実は操られてて……、お姫様や四天王は自分の意思で自称魔王を倒して正気に戻る。
そして勇者と一緒に町に帰ってみんなで幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
書き終って一息ついて読み返す。
やっぱりお話はハッピーエンドでなくちゃね。
明日からまたスパイのヘルディに戻るのかと思うと、ほんのちょっぴりさびしいかも。
そう思いながら、台本を閉じて表紙のタイトルを指でなぞった。