第四話 第二章 「パフェ、食べたくないのか?」

空は青く、日差しは柔らかく、風は涼しい。 最高の散歩日和と言って差し支えのない天気だった。 街を見回すと、ゴーレムが作業をしているのが見えた。 暴走する機体はいないようだが、その代わりに痛々しい街の姿が目に入った。 それでも商人が減った印象はあまり感じられない。逞しいことだ。 お昼前の市場の賑わいはそろそろピークを迎える頃だろう。 先ほど訪れた時よりも明らかな盛況を呈している。 買い物が必要なときは落ち着いた時間に済ませるようにしていたアルトにとって、 こうも騒がしい人ごみの中を歩くことはこの街に来てからほとんど初めてのことだった。 「で、まずどこに行くんだ?」 彼女は先導するように前を歩いている三つの背中に向かって問いかける。 見事に統一感のかけらもない三人組は、揃ってアルトの方を振り返った。 「そうねー……わんわんがいるのは武器屋の通りだっけ?」 「ああ。まずは犬のとこ行こうぜ。わっち、ずっとウインナー持ったまま歩きたくねえ」 「お前が勝手に持ってきたんだろ」 「じゃあ先にそっちに行きましょ」 パフェを食べる前にジェンの予定を済ませてしまうことになった。 はぐれるほどではないが、歩きにくいくらいの人の多さ。 四人は自然と一列に並んで歩いた。 先頭のミィレがあちこちの店の陳列に目移りしながら、時折後ろにいるソフィアに話しかける。 「あっ、みてみて! あの服可愛い! どう、ソフィア?」 「……なんで俺に聞くのかしら」 「そりゃ、ソフィアに着せたいから」 和気あいあいと話すソフィアとミィレの声を聞きながら、 アルトは、こうして同年代の女の子たちと一緒に商店街を歩くのはいつが最後だっただろうと考えた。 昔の彼女は社交的で、異性にも同性にも偏ることなく友達を作っていた。 幼い頃からお転婆だった為、男の子とつるむことも、女の友達と買い物をすることも、どちらもよくしていたのだ。 でも、そうしていたのははるか昔のことで、もういつが最後かすら覚えていない。 思い出の映像はところどころ飛び、 声はぼやけ、 台詞はあやふや。 そんな古ぼけたフィルムのようなそれを、時折思い出すことしかしなくなっていた。 それが償いのつもりだったから。 「俺はあっちの店にある軍服がいいわ」 「えー!」 つれない返事のソフィアに、ぷくーっと頬を膨らませるミィレ。 却下されたことが悔しかったのか、ソフィアとジェンの頭を飛び越して最後尾にいるアルトに問いかけた。 「ねえ、アルト、どう思う!?」 「お前らな……」 アルトはこめかみを抑える。 思い出をぼんやり振り返りながらも、彼女は目を皿にして地面を視ていたが、他の三人は地面を見ている様子はない。 ミィレはキョロキョロしてはいるが、どうやら見ているのは店に並べられた商品だけのようだ。 「真面目に探せ!」と怒鳴り散らそうとしたが、その前に目の前にいたジェンにぶつかってしまった。 「危ないだろ! いきなり止まるなよ!」 鼻を抑えながら抗議する。 「いや、わっちじゃねえし」 そう言ってジェンは目の前にいるソフィアを指差した。 彼女が急に止まったため、ジェンも必然的に止まらざるを得なかったのだ。 先頭のミィレもそれに気づいて止まり、怪訝そうにソフィアの顔を覗き込んだ。 「どったの? あ、ちょ、ソフィア!」 呼び止めるミィレを無視して、ソフィアは眼を輝かせながらある店に突っ込んでいった。 「……これカロカイ都市の軍服じゃない!」 ソフィアが手に取ったのは灰色の軍服だった。 エレフセリア大陸の北西に位置する軍事都市のデザイン。 エレフセリアとも昔はちょっとした戦争をしていたらしいが、現在その戦争は休戦状態。 そのためか、そのデザインの軍服はあまりこちらには出回らない代物である。 その希少価値を知っている者はそうそういないだろう。 「おじさん、これいくら?」 その、そうそういないマニアがきらきらした瞳で食い気味に店員に聞いた。 「値札がついているだろう」 店員に冷静に指摘され、あわてて値札を凝視する。 ゼロの数を数え、ぱっと顔を上げた。 「安い……! これ買うわ! あ、あれもいいわね……」 まったく価値を知らない物から見ると、決して安くない値段のそれを大事に持つと、 どんどん店の中に入っていく。ミィレはため息をついた。 「ソフィア、また軍服買う気なの?」 「そうらしいな」 「おいこらソフィア! 置いてくぞ!」 アルトが呼びかけるとソフィアは振り返らずに「わかったわ」と声を返してきた。 やれやれ、と肩をすくめるジェンとミィレ。 アルトだけが首をかしげた。 「あいつ、そんなに軍服好きだったのか?」 「ああ、あいつの部屋にもっと種類あるぞ。コンプリートでもする気なんじゃね?」 その割には着ているものは大抵決まっており、 軍服マニアというよりは動きやすいものを愛用しているのだと思っていたが、 あの反応を見ると本当に好きなのだろう。 ソフィアが着ているものの大半が軍服だ。 もっとも詳しくないアルトからすれば、いつも何やら堅苦しそうな服を着ているなくらいにしか思っていなかったのだが。 「一回ソフィアのトータルコーディネートやらせてほしいわ。見てるだけで暑苦しいのよね、あの服」 ミィレが呆れた視線をソフィアに向けながら言う。 本人は嫌がるだろうなあと思いながらアルトは苦笑した。 ミィレの好みは露出が多すぎる。 その上露出狂の気があるらしく、ただでさえ薄着をしているというのに隙あらば服を更に脱ごうとする。 それだけでなく、下手をすると他の人の衣服まで脱がせにかかる。 そうして他人の反応を楽しんでいるきらいがあった。 実際、先ほどソフィアに却下された服もなかなかの露出度の物だった。 対してソフィアは黒い手袋やブーツで身を固めていて、肌の露出など顔位のものだ。 ミィレのファッションを受け入れるとは思えない。 夏どころか冬までそのスタイルを貫くミィレは、もちろん生身の人間ではない。 生まれたときは人間だったらしいが、今はアンドロイドなのだそうだ。 そのため暑いのは苦手で、寒いのはへっちゃららしい。 元は人間なため、どちらかというとサイボーグに近いのだろうが、本人が言い張るのでアンドロイドなのだ。 「アルトとジェンはやりがいなさそうだし……面白そうではあるけど」 「やるならこいつだけにしてくれ。わっちはパス」 「なんでだよ! 私もパスだ!」 即答で断られ、やりがいがなさそうだと言った割にミィレは不満そうに口を尖らせた。 「つぇー、つれないなあ。仕方ないから今度うちの子たちを呼んで、着せ替えして遊ぶしかないかなあ」 ぶつぶつと文句を言っていると思えば、突然はっとしたように手帳を取り出した。 パラパラとページを繰ると、カラフルなペンで予定がいくつか書かれているのが見えた。 今日の日付のところをチェックすると、慌てて羽根を広げる。 「やっぱり今日はあのお店が安い日じゃない! わたしとしたことが!」 その羽などもアンドロイドになったときにつけられたのだそうだ。 自分の境遇を不幸だと嘆かず、有効活用しているのは彼女の明るい性格だからこそできることなのかもしれない。 先日、いろいろあってその羽の一部を失ったが、もうあまり目立たなくなっている。 空に飛び上がると、ジェンとアルトに手を振った。 「ちょっと寄り道してきまー! 先行っててね!」 「は!? 今じゃなくてもいいだろ!? おい、ミィレ! ……行っちまった」 アルトの声には耳を貸さず、文字通り目にもとまらぬスピードで飛び去っていった。 アルトは頭を抱える。 あまりにも自由すぎるだろう。 朧げな昔の記憶をたどっても、女の子の買い物がこういうものだった記憶はない。 とりあえず隣にいるジェンに問いかける。 「……どうする?」 「行き先はわかってんだ。そのうち来るだろ」 そういってさっさと歩き出すジェン。アルトも後に続いた。 は、いいが、会話がない。 もともと意見が合わない二人だ。 ここ数日話した内容を浚ってみても、思い出せたのはジェンの悪ふざけにアルトが怒鳴ったことくらいのものだった。 人が多く縦に並んでいたのは幸いだったかもしれない。 これなら会話が少ないのを気にしなくても済む。 「あのー、道を聞きたいんだけど、いい?」 「はい?」 ジェンのボサボサ髪を見ながら歩いていると、途中で赤い髪の女性に声をかけられた。 アクセサリーなのか、人間ではないのか、頭に羽根の生えた長身の女性だった。 丁度その女性が探していたのはアルト達が利用している宿屋だった。 丁寧に道を教えると、女性はお礼を言って立ち去っていった。 ハキハキと笑顔で話すのが好印象な女性だった。 「なんだ、愛の告白か? フッたのか?」 彼女が立ち止まったことに気付いて、少し離れたところでそれを見ていたジェンはからかうように言った。 「んなわけないだろ」 「え、じゃあOKしたのか?」 「道聞かれただけだ阿呆!」 冷やかすジェンを睨むアルト。 ちょっとした冗談に本気で返すのが面白がられてるのはわかっているが、 分かっているだけで改善はできない。 「だいたい、今のどう見ても女だったろ!」 「いやお前、女にモテるタイプだろ」 「それは……」 ジェンに指摘され、口ごもる。 そういう現場はまだジェンたちには見られたことがないが、 男勝りな口調のため、そうからかわれたのだろう。 だが実際、彼女は男前な性格や口調のせいか異性より同性にモテる。 髪が短かった魔法学校時代などは、特に女性に告白されることが多かった。 そのため今は意図的に髪を伸ばしているのだが、残念なことに髪が長い男というのも珍しくなく、 結局は相も変わらず男と間違えられて女性から好意をよせられてしまうことが多かった。 女性からのナンパをされたことすらある。 言動を女らしくするという発想はアルトにはないらしい。 というか、今更そんなことをしても自他ともに違和感しかないのだ。 ジェンも和服を着用していて体形が分かりにくかったり、 顔を隠していたり、 加えて髪も短かったりするため男と間違えられるようだが、 彼女は気にしていない。 その後もアルトはどうにか言い負かしてやろうと反論を続けたが、結局ジェンに遊ばれるだけに終わった。 口では彼女に敵いそうにない。 ふてくされてそっぽを向いたアルトは、ラーメン屋の裏でくつろぐ猫を視界の端に見つけた。 その途端すすすと猫に近寄り、しゃがみこむ。 「お前、ここらへんじゃあまりみかけないな。 どこからきたんだ?」 猫の頭をなでると、猫はごろごろと喉を鳴らした。 アルトもうれしそうにさらに撫でてやった。 その様子をジェンが呆れたように見ている。 「かわいいなあ。首輪もないし、野良かお前。やっぱ猫はかわいいなあ」 「犬のがかわいいだろ」 猫に夢中になっているアルトに、ジェンがボソリと反論した。 その発言にアルトはジェンを睨む。 「あ? どう考えても猫のがかわいいだろ」 「猫もかわいいかもしらんが、犬のが断然かわいい」 「あんだとこら。見ろこの愛くるしい姿! それでもお前は犬がいいのか!」 「当たり前だろ猫信者め」 「犬狂が!」 やがて両者の間に火花が散る。 二人に呆れたのか、猫はどこかへ行ってしまった。 それによって気が抜けたのか、アルトは目をそらして肩をすくめた。 「ったく、お前とは分かり合える気がしねえよ」 「それだけは同感だ」 険悪なムードのまま先に進む二人。 そのうち、ジェンが「おっ。いたいた!」と弾んだ声を上げた。 例の野良犬は木陰でのんびりと腰を下ろしていた。 ジェンが近づくと、彼女に気付いたらしい犬は顔を上げ尻尾を振る。 長めの毛並の大きい犬だった。 おそらく雑種だろう。 わしゃわしゃと撫でて予定通り餌付けする。 ジェンが犬に夢中で自分のことなど眼中にないのをいいことに、アルトはベンチで本を読み始める。 一度黒猫がこちらをじっと見つめているのに気づいたが、近づこうとするとどこかへ行ってしまった。 気まぐれな猫は慣れていてもこういうことがあるため、アルトは気にすることなくすぐに読書に戻った。 そのうちミィレとソフィアが二人を見つけ、合流した。 二人とも大きな紙袋を持っている。 その荷物にアルトは呆れた視線を投げる。 「随分と買ったな」 「ちょっと掘り出し物があって」 「まあね! 予約してた分もあったから!」 少々後ろめたいのか視線を逸らすソフィアに対して、なぜか自慢げに紙袋を掲げるミィレ。 彼女の部屋に薬瓶と一緒に大量のフィギュアが並んでいたことを思い出す。 その紙袋の中身も同じものなのかもしれない。 「ってことで、アルト荷物持ちよろしくー! 買いすぎちゃったんだよね!」 「は!? なんで私が!」 「重いんだもん。はい、お願いね!」 そういってミィレから紙袋を渡された。 「落としたり傷つけたりしたら許さないからね! にこにこ!」 にこにこ、なんて言って笑っている割には随分と凄みがある。 落としたりしたら薬の実験台にでもされるのだろう。 ミィレの薬には充分懲りていたアルトは、細心の注意を払うことを肝に銘じた。 万が一があった場合弁償では済まされない。 「ソフィアも持ってもらえば?」 「おいこら勝手に……」 「俺は良いわ。ちょっと幸せな重さだし。……財布は軽くなったけど」 やはり安かったと言いはしているが、財布には優しくない出費だったらしい。 ソフィアはそれを大事そうに抱えながらジェンと犬に近づいた。 ミィレもそれについていく。 「おとなしいのね」 「そうだろ。かわいいだろ」 まるで自分のことのように自慢するジェン。 犬もリラックスしたように腹を見せている。 「うん、かわいー」 ミィレとソフィアも撫でると、犬は嬉しそうに目を細めた。 アルトはベンチに座りながら引き続き読書をしようと本を開く。 きゃっきゃという楽しそうな声と風の音が丁度いいBGMになった。 本の中で二人目が殺されたところでアルトがふと視線を上げると、ソフィアと目が合った。 ちょいちょい、とアルトを呼ぶジェスチャーをする。 「ね、アルトも撫でてみたら?」 「私は良い」 「いーからいーから」 ミィレから強引に腕を引かれ、渋々撫でてみる。 猫とは違う硬い肌触りで、ペロリと手をなめる舌はざらざらしていない。 確かに人懐くて可愛いが、猫の方が可愛いという意見は全く揺れ動くことはなかった。 時計を見ると、時間は丁度午後二時だった。 ミィレから預かった紙袋を忘れないように抱えながら立ち上がる。 「そろそろ行こうぜ」 遊んでいる三人に声をかけると、ソフィアとミィレは素直に立ち上がった。 だが、ジェンだけが飽きずに犬を撫でまわしていて離れる様子はない。 「おい、おいてくぞ」 「あとちょっと」 「パフェ、食べたくないのか?」 「食べたい」 「じゃあ、さっさと立てよ」 「んー……もうちょい……」 まるで二度寝したい人の言い訳のような押し問答を繰り返す。 これでは埒が明かない。 アルトは仕方なく無理やり引っ張っていくことにした。 こういう時和服だと首根っこが掴みやすくて良い。 当然ジェンは抵抗したが、アルトの力にはかなわずそのまま引きずられていく。 それを静かに見送った後、犬はまた日向ぼっこに戻った。 放っておいたら日が暮れるまで戯れてそうなジェンを引きはがすのに時間を取られてしまったが、 やっと最終目的地である甘味屋にたどり着くことができた。 込み具合を見るために、外の窓から店内を窺う。 「座れそう?」 「ちょっと待ちそうだけど、すぐ座れるだろ。とりあえず中に入ろうか」

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