カオスパーティー 第四話 第四章 「……ただいま」

店中から拍手が起こった。 観客の受けがよく、店員たちも満足している様子だった。 声援を浴びながら八人がステージを降りると、丁度パフェができたらしく大きなタワーが二つ運ばれてきた。 それぞれ二人がかりでそっとテーブルに降ろされたそれは 飾り切りされたゴリリンゴの頭がふんだんにあしらわれていて、やはり高さも横幅もかなりのサイズだ。 「じゃ、いただきまーす!」 八人は一斉にスプーンを取り、パフェに突き刺した。 「そういやお前、いつから甘党に鞍替えしたんだ。馬鹿みたいに辛いもんばっか食ってた奴が」 アイスを食べながらアルトが不思議そうにカルに言った。 「俺は戦力外。いざとなったらこれ使う」 カルは小さな瓶をトン、とテーブルの上に出した。 マイ七味だった。 ジェンがお面の下で顔をしかめる。 「馬鹿じゃねえの。なんでおいしいものをわざわざまずくするんだ」 「甘いもん苦手なんだよ」 べっと舌を出すカル。 アルトは親指でカルを指しながら呆れたように言う。 「な、こいつやっぱ馬鹿だろ」 「味覚音痴なんじゃねえの」 そう言ってジェンはアイスを口に入れ、幸せそうに口の上で溶かした。 ソフィアがスプーンをくわえたまま首をかしげる。 「あら、でも辛味って味覚というか痛覚だから、味覚音痴とは違うんじゃないかしら」 「ってことは、痛覚が好きってことになって……ドMさん?」 「違ェよ馬鹿! 引くなアルト! 違うつってんだろ!」 ミィレの発言にカルはテーブルを叩いて立ち上がり、勢いよく否定する。 辛いものが好きというだけであらぬ性癖にされてはたまったもんじゃない。 話ながらもみるみるうちにパフェは減っていった。 結果から言うと、artのパフェはあっという間になくなってしまった。 「お前、良く食うな」 アルトが呆れたように言うと、ジェンはスプーンをくわえながらピースをした。 「甘いものは大好きだからな!」 カルへの当てつけとも思える台詞だった。 それにしても、ただの甘いもの好きで済まされる量ではない。 最終兵器と言われるだけあり、ジェンはその細い体のどこに入るのかというほどパフェを吸い込んでいった。 悪戦苦闘していた男性陣の手伝いと称しこっそりアイスを横流ししてもらったほどである。 ミィレとソフィアに聞くところによるといつもこんな調子らしく、 それなのに細い体型にアルトは呪いの念を抱いた。 パフェを食べ終わると、八人は和気藹々とお茶を飲みながら話し始めた。 約束通りカル達のおごりだ。 他の六人が好き勝手話をしている間にアルトはカルとの約束を果たしていた。 「――と、いうことだ」 近況の報告だ。 「わかるか? 私の苦労!」 力強く問いかけてみたが、テーブル越しにいるカルは笑うのに忙しくて聞いていないようだ。 もう一度言いなおす気にもならず、とりあえず出してもらったアップルティーを口に含み、 アイスクリームで冷えた舌を温める。 笑いっぱなしの友人を前に、ここまで素直に報告しない方がよかったかもしれないと後悔する。 やっと落ち着いたカルはコーヒーを啜ってクールダウンした。 まだ口角を上げたままふう、と息をつき、 笑いすぎてうっすらと目に浮かんでいた涙をぬぐいながら続きを促す。 「で? それからどうやって自由の身になったんだ?」 「……自然にはがれるまで待ったんだ」 「中和の材料は?」 「……結局まだ届いてない」 その答えを聞いてまた噴き出すカルの声を聞きながら、アルトは拳に力を込めた。 それがばっちり見えているにもかかわらず、カルは笑うのをやめようとする素振りすら見せない。 「ほんっと災難だな! あっはっはっはっは!」 「笑い過ぎだろ!」 ミィレとくっついてしまった時のジェンとソフィアの反応を思い出した。 どいつもこいつも人ごとだと思いやがって、と悪態をつく。 「あー、マジ最高だわ。腹痛ェ」 「最悪だボケ!」 藍色の頭に拳骨を落とすと、やっと笑い声は止まった。 頭を押さえて悶絶するカルを無視して何事もなかったかのように座り直し、頬杖をつく。 「……ま。そういうわけでお前に報告するのがこんな遅くなったんだ。分かったか?」 やっとのことで言い訳の文句を言えた。 長々とここ数日間のことを語ったのは、 彼を笑わせたいからでも、 自分の不幸を笑われたいからでもなく、 要するに"忙しかったから、うっかり忘れていた"ということを伝えたかったからなのだ。 約束の報告もできたから一石二鳥のはずだったのだが、 カルの爆笑のおかげで、プラスマイナスゼロの気がしてきた。 カルはたんこぶをさすりながら頷いた。 「ああ、分かった分かった。今回はその話に免じて許してやるよ」 「そうかよ、そりゃ、お優しいことで」 皮肉っぽく言い、机に突っ伏した。 偶然ここでカルと遭遇しなければ約束のことなどそのまま忘れていたことだろう。 もしそうなっていたら彼からアルトの実家の方へ連絡が行っていたかもしれない。 その可能性に彼女は身震いした。 他に忘れていることはなかっただろうか。 数日のことを遡ってみる。 なにせアルトの十六年の人生を凝縮したかのような濃い数日だったものだから、 ちょっと前が随分前のような気がしてならない。 災難のあの朝のことまで、頭の中で簡単に復習してふと、疑問を思い出した。 「そういや、お前はなんでまだイナエにいるんだ? とっくにセレンに帰ったものと思ってたんだが」 「ああ、帰ろうと思ったんだけどな。お前を逃がした後、臨時で仕事が見つかったもんだからよ。  結局こっちに仲間呼んだんだ。パーティーの資金稼ぎに丁度いいと思ってな」 「パーティーの資金?」 「宿屋代とかの必要経費として使う分。  どういう使い方するかはパーティーによって違うみてえだけど、お前のパーティーも似たようなもの貯めてんだろ」 確かに、個人個人で金を分配するだけだったら後々ややこしいことになりそうだ。 特にartのように一緒に住んでいるならなおさらそういうものがあるのだろう。 クエストの報酬からいくらかあてているのか、それとも個人それぞれから徴収しているのか。 ジェンがそれを聞いて思い出したように声を上げた。 「そういや、パーティーの資金、今ほとんどないんじゃね?」 「は?」 となりでソフィアがうなずく。 「そうね、確かこの前家賃払ったからそれで……」 「家賃代だけで!?」 確かに、一室どころではなくまるまる一軒を借りているのだから値は張るだろう。 だが、それであっぷあっぷしているというのはどういうことなのだ。 肝心なところでズボラすぎる。 なんでこれでやっていけたのだ。 しかもあまり危機感を感じていない。 ミィレは肩をすくめた。 「基本、パーティーとしてはギリギリなんだよね。皆、そういう管理嫌がるし。っていうかしたくないし。  で、それでもなんとかなってるから放置」 「ぼちぼち稼いだ方がよさそうだなあ」 「そうね、先月も家賃集めるのギリギリだったし」 「あ、そういえばめろなの依頼受けっぱなしだったね」 お茶をおいしそうに飲みながら、のんびりと話す三人。 衝撃の事実にアルトは固まる。 全員が兼業をしていると言っていたから、個人個人のお金は持っているだろう。 だが、もしもパーティー自体が破産しかけても それに対して彼女たちがポケットマネーを出してくれるとは思えない。 「……ま、頑張れ」 流石にカルも気の毒に思ったらしく、ねぎらいの言葉をかけた。 アルトは糸が切れたようにドサリと座った。 これは自分が金の管理をした方がいいかもしれない。 自ら面倒事を請け負うことになるが、破産するよりずっとましだろう。 カルは気持ちを切り替えてやろうと、話題を変えてあげた。 「そういや。そこの金髪」 ミィレはツインテールを揺らしてカルを見た。 「わたし?」 「あの日、家賃払いに来てたんだよな? どうやって来たんだ?」 あの日、とはカルがアルトを訪ねた最初の日のことだった。 声がして、振り返ると誰もいない。 そんなちょっとしたホラー現象の犯人はミィレだった、ということはアルトが説明した。 だが、どうやってそんなことをやってのけたのかは詳しく説明していない。 ミィレはきょとんとする。 「え? どうって、普通に来て、払って、帰ったわよ?」 「は? じゃあどうやって姿消したんだ?」 「消してないけど?」 お互い首をかしげる二人。 カルは彼女の声だけを聴いて姿を見ていない。 呪文も使わず足音も立てず、どうやって宿屋に出入りしたのかとずっと不思議に思っていたのだろう。 対してミィレは特別なことをしておらず、どうやってと言われても困ってしまうのだ。 アルトはその二人の常識の溝を埋めるべく、注釈を入れた。 「コイツの普通は普通の速さじゃないんだよ」 もっとも、彼女たちが振り返るまでの間に宿屋に入って家賃を置いて出て行ったなど、 なかなか納得できるものではないが。 アルトはアップルティーを飲もうとしたが、いつのまにかすべて飲みつくしてしまっていた。 静かに受け皿の上に戻す。 「でも、まあミィレでよかったよ……私はてっきり……」 カルはああ、と声を出した。 「幽霊だと思ったと? そんなの俺に聞きゃよかったじゃねえか。  あの時はそんな気配は微塵もなかったんだし、それ聞いたらちったぁ安心できたろ」 「そりゃ、悪霊だったら忠告してくれるだろうけど。  そうじゃなかった場合、お前変な気ィ回しそうだからな。  お前のわかりやすい嘘なんてすぐわかるから、聞きたくなかったんだ」 「わかりやすい嘘で悪かったな」と笑いながらカルは背もたれに腕をかけた。 木製のイスがギッと音を立てる。 確かに危害が加えられるかもしれない悪霊ではなく、 ただただそこにいるだけの地縛霊のようなものだったら、適当にごまかしていたかもしれない。 「そろそろ行こうか、もうこんな時間だ」 店内の時計を見て桜綺が仲間に声をかけた。 コップに残った緑茶を飲み干しながら立ち上がる。 「そうだね」 「じゃ。私達も」 そういって八人は全員で席を立った。 と言ってもパフェは食べきり、無料なため、払うのはカル達だけだ。 会計に向かうカルにアルトが声をかけた。 「お前等、まだイナエにいるつもりなのか?」 「とりあえずはこっちにいるつもりだ。仕事が終わったら帰る。本業もあるしな」 「そうか、じゃあまた会うかもな」 「じゃ、ごちになりまーす!」 「ごちそうさま」 「あざーっす」 一応感謝の言葉を述べてそのまま外に出るとartは帰路についた。 宿屋が見えてきたところで、ミィレが思い出したように言った。 「そういえば、結局鍵見つからなかったね」 そう、まだアルトがなくした鍵を見つけていないのだ。 「お前ら探してなかっただろうが」 恨みを込めて睨む。 実は自分も今の今まで忘れていたが、それはなかったことにした。 「鍵?」 「あ、ソフィア聞いてなかったんだっけ。アルト鍵なくしたんだって」 首をかしげるソフィア。 そういえばあの場に彼女は居合わせていなかったため、説明をしていなかった。 彼女なら真面目に探してくれていたかもしれないのに、失念していたなんてもったいない。 と後悔していると、ソフィアは頬に手を当ててとんでもない言葉を放った。 「俺持ってるわよ、聞いてくれればよかったのに」 「は!? ……わ、私の鍵だぞ? 今朝もらった……」 「ええ。共有スペースに落ちてたわ。多分ポケットに入れ損なったんじゃないかしら」 そういって彼女がポケットから小さな銀色の鍵を出した。 それは確かに今朝、ソフィアからもらってそのままなくしてしまっていた鍵だった。 灯台下暗しどころではない。 さっさと彼女に声をかければ即刻解決していたのに。 「な、なんだよそれ……」 「教えようと思ったんだけど、アルト、すぐ自分の部屋に入っちゃったから」 帰ってきてすぐ声をかけようとしたなんて、そんな素振りに全く気付いていなかった。 自分のそそっかしさを恨む。 アルトは銀色のその小さな鍵をつまみ上げた。 artに転がり込む前に借りていた部屋の鍵とは形状が異なるそれは、 彼女が一応"お客さん"ではないということの印だ。 「……ありがとう」 「アルトは家の鍵を手に入れた▽」 「やったね! ばばあ!」 そこにミィレとジェンが茶々を入れる。 結局一人で大騒ぎしたような形になってしまった。 「まあ、見つかってよかったじゃん」 「そうそう。ってことで、鍵開けてくれよ」 促されたアルトははーっとため息をつき、銀色の"印"を扉に差し込んだ。 とりあえずはまたこんなことがないようにキーホルダーを見繕う必要がありそうだ。 回すと、カチリと小さい音が鳴って鍵が開く。 扉を開けようとドアノブを回しかけたそのとき、声をかけられた。 「こんにちはー!」 4人は一斉に振り返る。 そこには赤い髪と青い髪の女性の二人組が立っていた。 元気に挨拶したのは赤い髪の女性のようだ。 「あ、レイブン! 久しぶりー!」 ミィレが手を振りながら近づいた。 「あれ、カノンも一緒なの? 珍しいね!」 「うん、ちょっとね。久しぶりー」 どうやらミィレの知り合いらしい。 赤い髪の女性は、アルトに気付くと「あれ」と声を上げた。 「きみ、昼間の……」 「ああ、やっぱりあの時の」 本物かどうかわからない尻尾が揺れ、 頭についたこれまた本物かどうかわからない羽根がパタパタと動いている。 アルトはその謎めいた容姿を持つ彼女に見覚えがあった。 「道、教えてくれてありがとね!」 にっこりと笑いながらお礼を言われた。 アルトは昼間、彼女に道を尋ねられている。 確かに、聞かれたのはこの宿屋への行き方だった。 「それで、なんのご用?」 「あ、はい。ミィレに届け物だよ!」 レイブンは大きな瓶を差し出した。 何やらどろりとした紫色の液体が入っている。 ミィレはそれを嬉しそうに受け取った。 「お、待ってましたー! お代はめろなにつけといて! にこにこ!」 「あ、うん。もうもらってるよ!」 レイブンの返事にミィレは拍子抜けした。 「え? そうなの? めっずらすぃー。てっきりわたしにはらえ! とか言うかと」 「うん、めろなからもう一つお仕事頼まれてて、そのついでに」 「へえ、ラッキー。めろなんもふとっぱらぁ」 「それでね、そのもう一つのお仕事のことなんだけど。  貴女たちの妨害することになったから、よろしくね!」 「は?」 アルトは目を点にした。ミィレは合点がいったようにうなずく。 「ああ、だからカノンも一緒?」 「そうなの。めんどくさいんだけど、これ引き受けないと追い出すって言われちゃって」 「あたしもあたしも」 「居候はつらいねえ」 ミィレはうんうんとうなずく。カノンは口を尖らせた。 「私の場合はまた旅に出ればいいんだけど、今は気分じゃないんだよね」 「そっかー。じゃあ仕方ないね!」 まるで他愛のない世間話のような会話だが、内容は見過ごせないものだ。 なにせ、仕事の邪魔をすると堂々と言われているのだから。 それなのにミィレも、後ろで聞いているはずのソフィアとジェンもまったく気にする様子はない。 一人正常に危機を感じているアルトだったが、周りの雰囲気にのまれ、 自分が間違っているかのような錯覚に陥った。 「じゃ、そういうわけで今からしばらくは見張るからよろしくね!」 「うん、またねー!」 結局誰からもツッコミが入らないまま、レイブンとカノンは本当に帰ってしまった。 否、少し離れただけで帰ろうとしていない。どうやら妨害のための見張りはもう始まっているらしい。 ミィレが手を振ると、二人も笑顔で振り返した。 なんとゆるい見張りなのか。 「な、なあ。今の……」 「じゃっじゃーん!」 アルトが恐る恐る口を開こうとすると、 ミィレは振り向きざまにアルトにレイブンからもらった瓶を突き出した。 反射で一瞬目を瞑る。 「なんだ、それ? ジュース?」 「んふふー、めろなにお願いしてた毒!」 もったいぶった様子で瓶を振ると、中の紫色の液体が揺れる。 瓶越しに紫色に透けたミィレが見えた。 「毒!?」 「毒だけどいろいろ使えるのよねえ。中和するのとか、声とか変えたりとかー、性別変えたりとか!」 「へえ……。で、それが今更届いたと?」 「うん!」 元気よく頷くミィレ。本当に嬉しそうだ。 それはアルトとミィレがくっついていた原因を中和するために必要な材料だった。 剥がれてからもう随分経っている。 本当に"今更"だった。 だが、ミィレは嬉しそうにその瓶を掲げていた。 おそらく他のことに使おうと思っているのだろう。 「で、あいつらは?」 アルトは見張りをしているらしい二人を指さす。 ミィレは機嫌よさそうに答えた。 「んとねー。レイブンは運び屋さんでね、よくお仕事頼むんだ!」 ジェンは頭の後ろで指を組んだ。 「さっきみたいな妨害ってやつもよく請け負ってんのか? 大変だなー」 「わたしは頼んだことないけど、できるみたいだね」 続いてソフィアが表情筋をピクリとも動かさずに聞く。 「強い? 戦えるのかしら」 「どうなんだろう。あ、でも……」 ソフィアとジェンが世間話の延長のようにのほほんと質問をする。 その内容でやっとアルトは自分が間違っていないことを確信した。 押し殺していた勢いを開放してツッコミを入れる。 「いやいやいや! 妨害ってなんだよ! なんで依頼人が妨害するんだよ!?」 「多分、めろながミィレちゃんに貸しをつくりたくなかったんじゃないのかなー?」 「お前のせいかよ! どうするんだよ、仕事!」 依頼者めろなは相当ミィレを敵視しているようだった。 少なくとも自分の依頼を妨害する依頼をする、という無意味過ぎるマッチポンプをするくらいには。 「まあどうにかなるって!」 「そうそう、どうにかなるんじゃね?」 「どうにかって……」 「そんなことより、早く中にはいろ?」 「そうね」 「あーねみい」 呆然とするアルトを残して、あまりにも楽観的な三人は家の中に入っていった。 もう今更何をどうしてもダメなのかもしれないと、アルトは折れそうになる自分の心を必死に支えた。 一応自分の生活の一部になることなのだ。 どうにか支えなければ。 入れたくない気合を入れながらアルトは家の中に入り、あの言い辛い言葉をつぶやいた。 「……ただいま」

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