昨日、親友が死んだ。
もともと体の弱い子で病気をしてはよく入院していた。できるだけ登校はしていたみたいだけど、それでも出席日数は私の半分くらい。……否、もっと少なかったかもしれない。
「…………よく、二人でここにきたなぁ……」
腫れた目で海を眺めながらつぶやく。
彼女とは幼馴染だった。
幼稚園の頃の彼女は誰よりも元気で、お転婆な女の子で、よく二人でいたずらをしては幼稚園の先生を困らせてたっけ。
小学校に上がった頃から彼女はだんだん弱くなり、病院によく行くようになった。幼い故の無知さで、彼女があまり学校に来ずにずっとベットにいる事の理由を深く考えたことはなかった。
ただ、私や彼女の両親から、たくさん会ってあげてね、とお願いされていた。お願いされるまでもなく、彼女が入院するたびにお見舞いへ行った。一番の仲良しの友達なのだ、逆に会うなと言われても通っていたに決まっている。
病院への道もすっかり覚えた頃、当時お話を作ることにはまっていた私は、習いたての下手な字でお話を書いては彼女に持っていっていた。
はまっていたといっても所詮は自己満足。とても御話とはいえない代物だ。
そんな文字の羅列を「お見舞いだ」なんて言いながらなかば無理矢理押し付けたのにもかかわらず、彼女はその支離滅裂な物語を読んでは楽しそうに笑ってくれていた。
小学校を卒業し、中学校に上がっても彼女の出席率は上がるどころか、下がる一方。流石に病院にいる理由がわかる年になっていた私は前にもましてお見舞いに来るようになった。流石にお見舞いの品は雑誌や食べ物になったけれど。
彼女が死ぬ一か月ほど前から、私は彼女の病室に毎日足を運んでいた。
……彼女の両親にもう長くないと聞かされていたからだ。もちろん、彼女はそんなこと知らない。
そのことを聞いたすぐあとに、彼女に会った。
そのときは正直、少し安心した。
思ったより元気そうだったからだ。
彼女と死ぬ前に話したことは最近はまっているアイドルの話と、その前の日にあっていたバラエティ番組のこと。進路のことについては、通信制を考えている、と。その方が好きなことできる時間も長そうじゃん?と彼女は自分を茶化すように笑った。
そして、彼女のお願い。
「ね、お願いがあるの」
「なに? あらたまっちゃって」
「私、もう一回あなたの作った物語を読みたいな」
すごく驚いた。
自分自身昔ものがたりをつくっていたことを忘れていたし、あんなお世辞にも上手とはいえない物語がまた読みたいなんていわれるとは夢にも思っていなかったから。
「あ……なんとなく、だよ。無理なら別にいいからね?」
戸惑っているのが伝わったらしい、彼女は苦笑いをした。私はぶんぶんと首を横に振る。
「……なに遠慮しちゃってんの! 私とあんたの仲じゃない! まかせてよ、名作を書いてあげるから、ハンカチの用意しときなさい!」
ぽんと、冗談半分に彼女の背中を叩いたその背中は骨がごつごつしていて、まるでほとんど骨と皮だけしかないに思えた。
その日、私は授業そっちのけで物語のことを考えていた。
親友のお願いだ。数学や英語なんかより重要課題。
しかし、思い浮かぶのはどこかで聞いたことがあるような話ばかり。
おかげで案を書こうと思ったルーズリーフもはもちろん、授業ノートも真っ白だった。
しかし、これも親友のため。ノートはあとで友達に写させてもらおう。
そう思いながら下校した。
もちろん、家ではなくまっすぐ彼女のいる病院へ向かう。
病院へ入ったところまでは覚えている。
しかし、そのあとショックが大きかったからだろうか。どうやって彼女のところへ行ったのか。そして、いつどのようにして家に帰ったのかなどの記憶がない。もしかしたら、そのとき彼女の両親とニ、三何か話したかもしれないがそれも覚えていない。気がついたときには自分の部屋のベットで枕をぬらしていた。
ぼんやりと覚えているのは、泣いている彼女の両親。そして、顔に白い布のかけられて横たわる人形のように動かない親友の姿だった。
思い出すとまた、涙がこみ上げてきた。声を抑える余裕もなかった。とにかく泣き続けた。
次の日、私は制服は来たものの学校へは行かなかった。怖かったのだ。現実を受け入れないといけなくなりそう。
通夜やお葬式に行けば、どんなに目をそらしたって受け入れないといけなくなることは分かっている。でも、あとすこし、あと少しの間だけその現実から目をそむけていたいのだ。
私は、彼女と毎年夏に来ていた海へと向かった。ぼろぼろのベンチに座る。家族ぐるみで遊ぶときはよくここに遊びに来てバーベキューをしたりした。彼女の身体が弱くなってからは二人で泳ぐこともなかったが、彼女の調子のいい時にこうして海を見ながら話しているだけでも楽しかった。
もう、隣に彼女が座ることはないのか。永遠に。
そう思うとまた、涙がこぼれた。それを制服の袖でぬぐいながら、自嘲気味に笑う。目を背けたいと思っていたくせに、やっぱり心のどこかで理解してるんだな。
バックからノートを適当に一冊引っ張り出す。開くと数学のノートだった。
「ま、いいか」
つぶやいた声は、昨日泣き叫んだせいで枯れていた。
私は、まだなにも書いていない真っ白なページを開いて、シャーペンを筆箱から引っ張り出し、文字を、文章を書いていく。
それは彼女の読みたいといってくれた、へたくそな物語。皮肉なものだ。読みたいといってくれた人がいなくなってから書きたい物語をおもいつくだなんて。
涙で視界がゆがんだが、気にせず書き続ける。この物語はきっと相変わらず支離滅裂で、昔から成長してなくて、何が書きたいかなんて誰にもわからないんだろう。…………それでも彼女はうれしそうに読んでくれるはずだ。
私は、書き続けた。今は亡き、親友のために。