第七章 第一話「歩いて帰る?」

一日を終えた人々は、帰路についている。 様々な声が入り乱れ、分かれ、合流し、家へ帰る。 それはまるで何本もの細い川の流れが海へと帰るかのようだ。 「晩御飯は何がいい?」「嗚呼やっと帰れる」「今日はありがとう」「じゃあ、また明日ね」「お疲れ様」「んーとねえ、ハンバーグ!」「明日も頑張ろう」「おかえりなさい」「ただいま」 アルトは一人、駅の近くにあった公園の噴水の縁に座って、流れをぼんやり眺め、せせらぎのような人の声を聞いていた。 さてどうしたものか。と、とりあえず意味もなく立ち上がってみると、ぐう、と腹が鳴った。 金はあまりない。 ましてやここは首都モンゼルク。 エレフセリア大陸の大都会だ。物価は基本的にイナエ街より高い。 食事どころか宿すら取れるかどうかすら怪しい。 持っているのはバケツが一つと愛用の杖のみ。 どちらも大した額になるとも思えないし、杖にいたっては売るわけにはいかない。 いくらなんでも、あまりにも考えなしだったかもしれない。 今更ながら後悔する。目的から過程まで問題だらけで頭が痛い。 本格的に途方に暮れていると、アルトの鼻は香ばしい匂いを察知した。焼いたパンの匂い。食べ物の匂い。 それに刺激されて、また腹が鳴く。ぐう。 匂いを辿っていくと、公園の休憩場所のようなところに行き着いた。 壁はなく、四つの柱の上に屋根があり、その下には椅子とテーブルがある簡素な作りの物だ。 その傍らで、焚火をしている人が見えた。 プラチナブロンドのゆるい天然ウェーブのかかった髪。深緑の軍服。 その小さい背中はどう見ても、 「……ソフィア?」 頭を悩ませてた問題の一つがあっさりと見つかり、呆けた声が出た。 だが、相手はアルトに気づく様子はない。 仕方なく近づいて、肩を軽く叩く。 厚い生地の深緑の軍服に包まれた肩は思った以上に細く、ちょっと触れただけでパキリと折れてしまいそうだった。 思わず手をひっこめると、それを黒い爪先が追ってきた。 ソフィアが反射的に蹴りを放ってきたのだ。 慌てて空いている腕でガードする。 ボディにヒットするはずだった蹴りは、腕にめりこんだ。 鋭い衝撃のあとに、ピリピリとしびれたような感覚が残る。 ソフィアが次の動作へ移る直前、鈍い光をたたえたオッドアイがアルトの黒い瞳をとらえた。 自分が今誰に攻撃を仕掛けているのか分かったらしい。ソフィアは両足を地に着けて戦闘態勢を解いた。 くわえていたサンドイッチの残りを口の中に押し込み、もぐもぐと咀嚼して、ごくんと飲み込んでからやっと第一声を発した。 「なんだ、アルトだったの」 身を固くしていたアルトははーっと息を吐いて、一旦脱力する。 あのまま攻撃されていたら、簡単に一発お見舞いされていただろう。 今まで安全な街の中でぬくぬくと暮らしていたアルトは、ソフィアのように速攻で突然戦闘モードに切り替えることはできない。 その代わり、というわけではないが、感情の切り替えはすばやい。 特に怒りにシフトするのはお手の物で、どの感情からもすぐに切り替えられる。 「"なんだ"じゃねえよ! なにしやがるんだ!」 「強敵の気配だったから、つい」 ごめんなさいね、と謝りながら、いつの間に手をかけていたのかレイピアから手を離した。 既に数センチ刃が抜かれていたらしく、細身の刃は小さな音を立てて青い鞘に戻る。 出番がなくて少し残念そうな音だった気がした。どうやら武器も主人に似て好戦的らしい。 もし相手がアルトだと気づくのがもう少し遅かったら、串刺しにされていただろう。 「ったく、せっかく迎えに来てやったっつーのに」 「お迎えしてもらったのはありがたいけれど、俺こういうこと多いから、毎回やってたらキリがないわよ?」 「ああ、らしいな。聞いてるよ。ただ、今回はちょっと……成り行きだったんだ」 アルトがそう言うと、ソフィアは座って荷物から包みを一つ出した。自分の隣をポンポンと叩く。 「とりあえずここ座ったら? サンドイッチ、アルバイトしたらもらったの。こんなには食べきれないから、残ったら明日のお昼ご飯にでもしようと思ってたんだけど。食べる?」 アルトは返事を発するより先にお腹が鳴った。 「食べる……」 本当はそんなのんきなことしている場合じゃないだろうと、文句のひとつも言いたいところだったが、空腹という本能にはあらがえず、アルトはソフィアの隣に座った。 「はい、どうぞ」 差し出された包みを受け取るとまだ暖かかった。 包装紙を破ると、パンの香りが広がる。 中にはサンドイッチが入っていた。焼きあがってからそう時間がたっていないらしい。 どうやらアルトがつられたのはこの匂いだったようだ。 アルトは思わずそのサンドイッチを凝視する。 かぶりつくと、レタスがシャキシャキして、ハムが肉厚で、チーズが少し入っていた。 飲み込んでから、嫌いなトマトが入っていないことに安心する。 サンドイッチには入っていることが多いからいつも確かめてから食べているのだが、空腹のあまり警戒心が緩んでいたようだ。 「美味しいわね」 ソフィアの言葉にアルトは同意を示してから、改めて尋ねる。 「ていうか、こんな時間にこんなところで何やってんだ? ピクニックか?」 よくよく考えなくても、こんなところで焚火して、サンドイッチをほおばっていたのは不自然だ。 桜の季節は少し過ぎ、木には青い葉がしげりつつある。 夜桜見物というわけではないだろう。 「今度は迷ったりしないように駅の近くで野宿をしてたのよ。寝坊の可能性もあったし」 「ええ……」 街中にいて迷うことなんてあるのだろうか。 彼女にはあるのだろう。でなければ、今頃こんなところで野宿をせず、イナエ街にいるはずだ。 「だいたい、何をどうやったらこんなところまで迷子になるんだよ」 「不思議よね」 完全に他人事の口調だった。アルトはあきれながら 「送ったヤギがお前からの返事を持って帰ってきたとき、一瞬意味が分からなかったぞ」 ヤギとは、アルトが魔法で召喚した連絡手段用の魔法動物だった。 遠い場所への通信手段の主が公衆電話のエレフセリア大陸では、そういった魔法がいくつか存在する。 そのヤギは相手の体に接触することで、相手に声を届ける。 レイブンとカノンに追い詰められたとき、、ヤギに突進されたアルトの頭の中には、ソフィアからの”返事”が再生されていた。 『ごめんなさい、今イナエ――』 最初それを聞いて、イナエにはいるのかと少し安心したが、その言葉には続きがあった。 『――を通り過ぎちゃってモンゼルク。帰るにはもう少しかかりそう』 「あの時も叫んだが改めてお前に言わないと気が済まねえ。――いや、何通り過ぎてんだよ!?」 改めて本人にツッコミを入れるが、当の本人は「ああ、あのヤギ」とのんきにうなずいている。 「最初どこから迷い込んできたのかと思ったわ。アルト、本当に魔法使えたのね。」 「……その言い方は私が魔法が使えるのが驚きって聞こえるが、私は優しいからな。私が“ああいう類の”魔法が使えたのだと驚いたってことにしておいてやる」 アルトはばっと顔を上げ、ソフィアに指を突き付けた。 「そもそもなんでお前トーセになんて行ったんだよ!」 「たまにあるのよ。なんでかしら。最初はただ散歩をしていただけなんだけれど……」 肩をすくめるソフィア。 本当に本人にすら予想ができないようだ。全くの他人事、というわけではないようだが、それにしたって意味が分からない。 散歩していていきなりトーセにいることはない。電車に乗ってもイナエからだと半日以上はかかるというのに。たった数時間の間に電車に乗らずにトーセへ行く方法がいくつあるだろうか。 「よりによってなんでトーセなんかに」 「気が付いたらそこにいた、としか……。……なにかまずかったかしら」 どうも、アルトがこだわっているのは、”どうやって”よりも、”どうして”に対する問な気がして、ソフィアは首を傾げた。 アルトは視線を外し、自分の歯形が付いたサンドイッチに目を落とした。 「いや別に……まずくなんて全然、まったく、これっぽっちもない。き、気になっただけだ」 さすがにそこまで否定をされると逆に怪しい。 ソフィアの怪訝そうな視線から目をそらし、アルトはぎこちなく話をそらそうとする。 「……そ、それより、そもそもここ、焚火なんてしていいのか?」 「……まあ、言いたくないならいいわ。大丈夫よ。ここの公園はお金のない冒険者とかがよくキャンプしてたりする場所だから。火事にならないようにだけ気を付ければ何も言われないわ」 冒険者は水商売に近い。 実力があってもなくても運がなければ一文無しになることもある。 逆も然りなのだが、それをあてにしていたら死んでしまう。 「それじゃあ、俺を迎えに来た成り行きってやつを教えて。強敵がでてきたとか? まさか、俺抜きで倒してないでしょうね」 確かに、今考えなければならないのはそちらの方だろう。 アルトはサンドイッチを頬張りながら視線をさまよわせた。 「そうだな、ええと、どこまで伝えたっけ」 「猫とイェピカの目玉、それにめろなが関係しているかもしれないって話まで。そのあとは、迎えに行くから待ってろ、としか」 「オーケー。えーと、まず、ヤギを最初にお前に送った後、レイブンとカノンに追いかけられた」   「まあ、当然ね」ソフィアはうなずく。 「一旦は撒いたんだ。その後、らみぃゆと合流して、ミィレと情報交換してる途中で見つかって、ジェンを囮に逃げようとした」 「ジェンを囮にって……」 ソフィアの声には呆れのような、驚きのようなニュアンスが混ざっていた。 アルトは悪びれもせずに口をとがらせる。 「なんだよ、悪かったか?」 「いえ、悪くはないけれど、できたのかが気になって。彼女、逃げそうだけど……」 「そっちかよ」 どうやらジェンを囮に使えるのか、という驚きと、彼女を囮に使おうとするなんて勇気あるわねという呆れだったらしい。 自分は悪くはないと思ってはいるが、仲間を囮に使われそうになった話に対して、その反応もどうなんだと今度はアルトが呆れる。 「……まあいろいろあったんだが、省略して、結論だけを言うと、できなかった」 「やっぱり?」 「やっぱりって……。まあ、なんというかジェンが逃げたというより、私が氷で足固められて逃げられなくなんだよ」 「あら」 ソフィアは瞳を少し見開く。 アルトが逃げられなくなる、というほどの氷魔法を使った。 やっぱり彼女達は本気ではなかった。という喜びに、ソフィアはほんの少しだけ声が高くしながら「それで、どうしたの?」少し身を乗り出した。 アルトはそのやたらキラキラしたオッドアイから目をそらした。 「……えっと、その。あ、諦めかけたんだ。もうここまでかもしれないって。そしたら……その……あーっと……」 その先の言葉を言うのをためらうように、アルトはサンドイッチを一口食べ、飲み込んだ。 ソフィアは静かに続きを待つ。その視線にアルトはごまかすことも濁すことも逃げることもあきらめ、白状した。 「……魔法で火を出して、蒸発させた」 魔法使いであるのなら、何の不思議もない方法だ。 しかし、アルトが発するには違和感ありまくりな言葉にソフィアは首を傾げた。 「え? でも、前戦った時、氷の粒だって溶かせなかったじゃない」 事実を述べただけの言葉が、アルトの魔法使いであるプライドに刺さる。 思わず「う゛っ」とうめき声をあげた。 以前、カノン達から逃げようとしたとき魔法で出した火の玉で対抗したことがあったが、溶かしきる前に溶けた氷の水滴で消えてしまった。ましてや今度はアルトのパワーでも戸惑うような氷の塊。それを蒸発させたとは一体どういうことなのだろうか。 「その、えっと。信じてもらえないかもしれないが、バケツの中身が爆発してな」 「……爆発……?」 首をかしげるソフィア。 ほら、と証拠を見せるように、アルトは持っていたバケツの中身を見せた。 バケツの中には本来、今回の依頼品であるイェピカというモンスターの目玉が入っているはずだった。しかし、今バケツの中に入っていたのは目玉ではなく、黒い液体だった。 ソフィアはちらりと上目遣いにアルトを見上げた。 「これ、イェピカの目玉?」 「だったものだな」 「これが勝手に爆発したの?」 「………………そうだ」 「アルトが潰したんじゃなくて?」 まだそっちの方が信じられる。しかしアルトは冷静に否定した。 「だったらバケツもへこんでるはずだろ」 たしかに、つぶれているのは中身だけで、バケツは無傷である。 「爆発して、その汁が私にかかったおかげで氷を溶かすことができた」 「そういえば、ジェンがこれ魔力付加の効果もあるとも言ってたけど、それで氷が溶かせたってこと?」 「そういうことだ」 「爆発の理由は不明?」 「……ああ」 迷いに迷ってアルトはうなずく。 本当にそうなのだから、頷く他ないのだが、彼女自身も実際に会ったことなのか疑ってしまうくらいの出来事だったのだ。 「信じてもらえないかもしれないが」という言葉を今更ながら添えてみるが、余計にチープなものになってしまった気がする。 「なんだか、都合のいい話ね」 「だよなあ……」 当の本人であるアルトも苦笑いした。 主人公のピンチに不思議なことが起きて、逆転してしまう。まるでご都合主義の小説のよう。 前々に伏線があればまだいいのだが、今回のように唐突だと、読者の方も目が点になってしまう。それは、読者だけではなく登場人物もそうなんだなとアルトは感じた。 「その付加された魔力を使って、一気に溶かして水蒸気で目くらましして、逃げてきて……。駅に逃げ込んだところで例のヤギでジェンと連絡を取ったんだ。そしたら、あいつも、爆発したのを見たって言っていた。から、夢とか妄想ではない、と思う」 「アルトは嘘下手そうだし、疑ってるわけじゃないんだけどね。信じるには突拍子もなさ過ぎて……」 「まあ、そうだよな。……ああ、それで、その連絡を取ったとき、ジェンが『丁度良いからソフィアを迎えに行け』って言うから私はここにいるんだ」 やっとのことで言いたい事柄を言ってしまえた。アルトはサンドイッチにかぶりつく。 飲み下したサンドイッチは胃へと落ち、腹の虫がおとなしくなっていくのを感じる。 「なるほど、そういう”成り行き”ね」 「そういうことだ。おかげで、着替える時間もなかったよ」 アルトは自分の服に染みついてしまった黒いしみをつまんでみる。 インナーとズボンはもともと黒色のため目立たないが、おそらくそれにもかなり染みついているだろう。 「上着は結構目立つな」 「元が水色だものね。確かそれ、ジェンが柑橘類の果汁で落ちるって言ってたわよね。試した?」 「いや、試せてない」 アルトもジェンのその発言は覚えていたのだが、この時間にそれらしきものを売っている青果店はこの辺になかった。 そもそもそれを買うお金があるのなら、食事代や宿代に回している。 レイブンたちから逃げる際、カル達にもらったレモンをベンチに置いてきてしまったことが悔やまれた。あの時はバケツとらみぃゆを抱えることでいっぱいいっぱいだったのだ。 「まあ、今は夜だし私の服のことは一旦置いといて、他のことを話し合おう。たとえば」 足元の黒い液体で満たされたバケツに目を落とす。 「イェピカの目玉の話、とか……」 「それもそうね」 依頼品である目玉がなければ、どんなに敵の目を欺ける画期的な作戦を思いついてもまったく意味がない。 目下、これが最大の問題だ。 目下どころかこの仕事(クエスト)ではこの問題について考えている時間が一番長い気がする。 「つぶれてるけど、量的には一応バケツ一つ分の目玉よ。これじゃ駄目なの?」 ソフィアの疑問にアルトは首を振る。 「クエストの依頼に、なるべく傷はつけないことって書かれていた。……傷があるどころじゃないだろこれは」 「そうね、木っ端みじんっていうか。なんていうか」 「やっぱり一から集めなおすしかないのか?」 「アルトとジェンが見つけたみたいな大物が、運よくいればいいけれど、厳しいわね」 そもそもイェピカ自体はここ最近減少傾向にあるらしい。 だからめろなはこのクエストを申請したのだ。 なんとかバケツ一杯集められたのは、アルトとジェンが巨大なイェピカと遭遇したから。 減少傾向になかったとしても、あれほどの大物はそうそうお目にかかれないだろう。 あの時のあれはラッキー以外の何物でもなく、あてにできるできない以前の問題である。 見通しは絶望的。 アルトは腹立ちまぎれにサンドイッチに噛みついた。 「くそ、どうすりゃいいってんだよ。期限は明日までだぞ」  もう日はほとんど沈んでいる。人間だけではなく烏も家路につく時間だ。 それは、彼女たちのタイムリミットが迫っているということでもあった。 本来なら一寸の時間も惜しいところだが、その時間を使うための行動が分からないのが歯がゆい。 アルトはこぶしを握り締めた。 「時間が足りなさすぎる。あと一日しかないなんて」 「あるだけいいじゃない。あと一日余裕があってよかったって考えましょう。これで今日までだったら、ここにいる時点でクエスト失敗なんだから」 物は考えよう。それはわかっているのだが。 一日分の時間があったとして、どうにかできるとも思えず、やはり一日”も”よりは、一日”しか”思えなかった。 アルトはサンドイッチの最後の一口を口の中に放り込む。 思った以上にお腹がすいていたらしい。あっという間に平らげてしまった。「ご馳走様」とつぶやくと、とりあえず包装紙をぐしゃぐしゃと丸めた。 「それにしても困ったわね。これさえ解決すれば少しは楽なんだけれど」 ソフィアが袋を一つ差し出してきた。ごみ入れらしい。 中にはソフィアが食べたであろうサンドウィッチの包み紙が丁寧に折りたたまれてはいっていた。 こういうところで、性格の鱗片が出るものだ。 アルトはその中に丸めた包装紙を入れから、言いにくそうに口を開いた。 「あー、……それと……もう一つ問題があってだな……いやまあ、そこまで大したことじゃあ、ないんだが……」 イェピカの目玉ほどではないが、まあまあ困った問題。それは。 「……私の帰りの電車賃がない」 アルトは、買い物以外でお金をあまり持ち歩く習慣はない。 そもそも今回、街中を駆け回る覚悟はしていたが、イナエを出るなんてこと想定外も想定外だった。モンゼルクに来るだけの金を持ってただけ上等だろう。と、アルトは心の中で弁明する。 したところで、なにも変わらないのだが。 ソフィアはゴミ袋の口を縛りながら「あらら」と呟く。思ったよりも軽い口調だった。 「あ、その増えた魔力でテレポートを使えたりしないの?」 あまり考えるそぶりは見せずソフィアは案を出してくれた。しかしアルトは首を横に振る。 「無理だな。このくらいの量じゃ、大した魔力量は得られていないし、それに魔力付与の効果自体はすぐなくなるから……」 正確な計算の仕方はわからないが、感覚的にも今はもう元の魔力に戻っているはずだとアルトは予測する。 そもそもアルトはテレポート魔法が成功した試しがあまりない。 魔法学校時代、テストで小さな人形を指定の場所に移動させるのもやっとだった。 ソフィア諸共今すぐにでもイナエへ帰るというのは、多少の魔力があったとしても難しい。 「そうなの、残念ね」 「もっと大量にあれば違ったんだろうが」 「そこにあるけど、飲む?」 ソフィアはバケツを指す。 黒くて、どろどろして、かろうじて原型の残った目玉がいくつか浮いている。 シンプルに不味そうだ。と思うと同時になにかデジャヴを感じた。そうだ、いつか気の迷いで作ってみたポテトサラダに似ているかもしれない。 とにかくそんなものを口に入れる気には到底なれなかった。 「嫌に決まってるだろ。お前が飲め」 「嫌よ。魔力はいらないわ。筋肉がつくっていうのなら、考えるけど」 「じゃあプロテインでも飲んどけ」 アルトの乱暴な受け答えを流し、ソフィアは自分の財布を覗いた。 「困ったわね。俺も必要以上にはないわ」 どうにかして稼いだらしい切符代の残りがいくらかあったが、とても切符代ににはならない。 「やっぱり、冒険者ってのはあれか? 何があるかわからないから、切符代くらいもっとくべきなのか?」 アルトは今度からもう少し持っておこうと、とりあえず反省をする。 正直なところ、ソフィアと会えなかったら空腹で行き倒れていた自信があった。 ソフィアは財布を仕舞いながら首を傾げた。 「どうかしら、少なくとも俺はそこまで持ち歩く主義じゃないわよ」 ますます彼女がどうやってここまで来たのか分からない。だが、脱線防止のため、ツッコミは入れなかった。 「……何かいい方法は……」  「歩いて帰る?」 「馬鹿。どんだけかかると思ってんだ」  シンプルかつ原始的な提案に、即却下を言い渡した。 金がない現状で、できるとすれば確かにそれくらいではある。 しかし、イナエ街とモンゼルクは一駅分離れているのだ。 エレフセリア大陸はいくつかの街をつなぐ線路が横断しており、駅は全部で十。たった一駅間でも、歩きで移動となると、どんな奇跡が起こっても一度はテントを張ることは免れないだろう。そんな時間も体力もない。 「しかたない、どちらかひとりが荷物になるか?」 つまりはカバンか何かに片方が入って、一人分の切符代で帰ろうというせこい計画だ。 流石に冗談のつもりだったが、体格が小柄な自分がその役になると思ったのか、それとも経験があるのか、ソフィアはジトリとした目でアルトを見た。 「その人が入るくらいの大きなカバン、どこにあるの?」 「買う……金があるなら、んなことしなくていいんだよなあ…….」 アルトは苦笑いする。カバンが買えるのなら、切符代くらいどうにでもなっている。 「というか、んなことできるかって言ってくれよ。冗談なんだから」 「えっ、そうだったの?」 「当たり前だろ」 どうやら少し本気だったらしいソフィアにアルトは笑った。

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