カオスパーティー第十一章 第三話「お、終わったのか……?」

真っ黒な景色にアルトはしびれるような感覚の頭を必死に動かした。 気を失った? 違う。 また心の中に戻ってしまった? 違う。 だって真っ赤なレイブンの髪すら真っ黒になっているのだから。 これはやっぱり現実だ。 現実世界がすべて、人も建物も植物も地面も真っ黒に染め上げられていた。 真っ黒な世界で唯一空だけが青々としている。 そこからカノンとジェンが降りてきた。 「くそ、遅かった!」 ジェンが悪態をつきながらカノンの鎌から降りる。 彼女たちも例に漏れず真っ黒な恰好をしていた。 「ついにイェピカの目玉雲落とされちゃった?」 「そうらしいわね」 同じく真っ黒なミィレやソフィアは混乱しながらも現状を確認している。 ジェンが悔しそうに歯ぎしりをした。 「すまん、落とされた時に禁書も見失った! せっかくのチャンスが!」 「落ち着いて、ジェン。きっとまだ遠くへ入っていないわ」 しかし、町の人々は突然のことに少しずつパニックを起こしかけていた。 こんな時に混乱しない彼女たちはやはり、日常とはかけ離れた日常を送っているのだろう。 何もかもが真っ黒になった世界でアルトは顔をゆがめる。 そこでギシリと固まった。いや、動けなかった。 「な……」 またもう一人の自分が出てきたのだろうか。 やっぱり、私は――。そう思ってしまいそうになり、慌てて思考を切り替える。 違う。逃げるな。 また自分のせいにだけして逃げるな。 彼女は自分の一部に戻った。 往生際の悪い自分でもさすがにさっきの今でガタガタ言わないはずだ。 考えろ。何があった。どうすればいい。 そういえば。 とアルトは思い出す。最初に禁書が接触してきた直後のことだ。 イェピカの目玉の汁漬けになって、らみぃゆを襲った。 その時の感覚は、もう一人の自分に体の主導権を握られていた時とは違い、自分の自我はなかったように思える。 ソフィアもあの時は他の魔力が干渉していたように思えたと言っていた。 あの時は意識も混濁していたため、朧げだがこれはその時に似ているかもしれない。 つまり。これは禁書もしくは猫が自分を操ろうとしている。 全て真っ黒で見えにくいが、目の端には黒猫たちも集まってきているのがかろうじて見て取れた。 この推理はあながち間違っていないだろう。 しかし動けないおかげでそれを誰にも伝えられないのが歯がゆい。 しかし自分以外は皆自由に動いているようだ。 どうして自分だけと思ったが、よく見ると遠くにいる他の人々の中に中途半端な格好のまま固まったように動かないものが居る。 なにか条件か、効き目に個人差があるのかもしれない。 「ちょっと、私を忘れてるんじゃない?」 凛とした声が後ろから聞こえてきた。 振り返れないアルトだったが彼女はそう言いながらアルトの視界の前まで出てきた。 同じく真っ黒になっためろなだ。 背中を向ける格好になっているアルトからは見えないが、めろなはこんな時でも冷静さを失わず、それどころか口元には笑みが見えている。 「この時を待ってたのよ」 そういって、手を地面にかざすように前へ出すと、町全体に魔法陣が浮かび上がった。 黒い人に紫色の線が煌めく。 めろなはそのまま呪文を唱えた。 それはアルトが聞いたことのない呪文だった。 そしてめろなの呪文が完成し、一層陣が輝くと、陣の中心から見えない波がザァっと押し寄せるかのように、町はあっという間にきれいになっていった。 めろなは地面や壁、自分の体を確かめてみた。 「いい出来ね。さすが私。まだ細かい調整は必要だけれど、いいデータがとれたわ。やっぱりこの方向で間違いないみたい」 平然とした顔のめろながいう。 「さっすがめろな! 信じてたよ!」 そういって抱き着いてこようとするミィレを避けるが、そこはミィレ。 すばやく後ろに回り込み、結局めろなに抱き着いた。 「嘘おっしゃい! まったく、調子が良いんだから……」 「……自動掃除魔法……? 呪文が聞いたことないような物だったのはともかく、でも、今の動き、効果は見たことが……」 まるで真っ黒に染まっていたのが夢だったと思うくらいの見事なものだった。 「あら、わかる? 既存の呪文構成や魔法陣パターンは使わずに一から組みなおしてみたの……」 そういいながら振り返ってめろなは固まった。 緑色を取り戻した芝生の上で、ただ一か所、アルトの周りとアルト自身だけはまだ黒かったのだ。 先ほどやっとの思いで元の色になったアルトだけが黒い姿のまま。 また暴れだすのではないかとartは構える。 そんな周りの様子にアルトもやっと自分の状況を理解した。 「な、なんだこれ……!?」 「アルト、もう闇落ちはしないの?」 「してねーししねーよ!」 「えっ、しないの?」 「しねーっての! つか……なんでこれ……」 真っ黒ではあるが、体は自由に動けるようになっていた。 足元には自分を中心に黒い地面があり、そこを超えようとするとピリッと電気が走った。 よく見ると、アルトの周りには魔法陣が囲まれていた。 「この魔法陣のパターンは……」 はっと顔をあげると、アルトの頭上には、見失ったはずの禁書が漂っていた。 「お迎えに上がりました。さあ、次は貴女の番ですよ」 「……私の、番? ってことは猫は……」 「彼との契約は終了しました。この町の人間を思いのままに操る。数秒でしたができたはずですよ。こんなに早く落とされるとは思っていませんでしたが。まあ、あの猫の魔力では数分も持たなかったでしょうが。契約が完了すればあとは知ったこっちゃありません」 禁書がまた自信のページを開く。 今度はそこには契約の魔法陣があった。 これに触れれば契約が完了してしまうのだろう。 「さあ」 禁書がアルトを促すように近づいてきた。 アルトは少し考え、自由に動く両手をゆっくり伸ばし、そして、本を捕まえた。 うっかり魔法陣に触れないように、表紙を両手で持ってバタンと閉じる。 同時にアルトの足元に光っていた魔法陣は消えた。 「なっなにを……裏切ったな! 放せ! 放せ!!」 禁書は何とか逃げようと暴れるが、力でアルトにかなうはずがない。 アルトは両手でそれを持ったまま、前へと差し出した。 「ほらよ! 捕まえたぞ!」 アルト以外の面々はぽかんとした顔を見せている。 「素手でって……お前、前から思ってたが、虫をつかまえるんじゃねえんだから……」 ジェンがお面の下で苦笑いをしたその時。 「愚かな、こんなことで捕まえたつもりか……!」 アルトの手の中で禁書がひと際怒気を含んだ声を響かせた。 再びアルトの足元がぼんやり光る。 複雑な模様や光魔法陣に気を取られていると、バチっと、静電気のような、しかし威力がずっと強いものがアルトの手に走った。 思わず禁書を手放してしまう。 アルトの表情がさっと青くなる。 失敗、と一瞬思ってしまうが、すぐに気持ちを持ち直した。 「いいさ、素直につかまってくれるとは思ってない!」 杖を構える。 普段なら最終手段にこんな方法は使わない。 しかし、イェピカの目玉の汁に真っ黒に染まった今ならば。 アルトは呪文を唱え始める。 一つ一つ丁寧に発音していくにつれて、今まで使ったことのない魔力が練られる感覚があった。 それに呼応するように杖の先に火の玉がいくつも生まれ、それが一つに合体した。 イェピカの魔力を今まではまともに使ったことがない。 これほどの魔力量をいつものようにきちんと使おうとするのは、正直に言えば手に余りそうになる。 だがアルトは零れ落ちそうになる魔力に必死に食らいつき、呪文を完成させた。 「何をしているんですか」 イェピカの目玉の汁のおかげでかなりのパワーアップをした火の玉が出来上がると、それを禁書へその火の玉を放った。  火の玉が禁書を包む。 「ワクワクやドキドキなんて小説の中だけでいいと思っていたのでしょう? なのにどうして」 「ああ、思ってるさ」 アルトは炎にさらに詠唱を重ねて魔力を送った。 炎の玉はさらに大きくなり、芝生を焦がす。 まるで小さな太陽のようだ。 「でも、同時に憧れもあった。だから……!」 「そうですか。……残念ですね」 しかし、炎の中からあざ笑うかのような禁書の声が聞こえる。 小さな太陽の中で禁書は端が焦げることもなく炎の中で羽ばたいているのが見えた。 「禁書に封印されているのは厄介ですが、こういう時に便利ですね」 悪魔を封印するための禁書は手練れの魔法職人が一つ一つ作り上げている。 万が一火災や自然災害、人的災害等で大量の悪魔が大量放出などしないよう、いくつかの防御魔法が掛けられているものも多い。 今回それがあだになってしまっているようだ。 火も魔力も悪魔まで届いていない。 アルトは顔をゆがめる。 火の粉は飛び、熱気で肌が火傷しそうになっている。 おそらく自分がこれまで使った魔法の中で一番強いものの更に何倍もの威力の火の玉だ。 それでも、禁書にダメージをほとんど与えられていないらしい。 「……ドーピングしても私の力はこんなもんなのかよ……」 「貴女はせっかくのチャンスを無効にした。がっかっかりです。用心棒をしてくれた礼だけは言いますよ。……ああ、あとそこでランタンを構えている貴女」 アルトが思わず振り返るとジェンがランタンを掲げていた。 炎の光によってランタンの光を届けられないでいたのだ。 「今の封印具はそうなっているんですね。前より拘束力が強く複雑そうだ。……でも、やっとここまでこの本の力を弱め、自分の魔力を回復できたのを無駄にしたくありませんので、これで失礼しますね」 そう言って、禁書は炎の中でテレポートの魔法陣を展開し始めたその時。 「……なんだこれは!?」 突然禁書が焦った声を上げる。 その場にいたほとんどのものは一瞬何事かわからなかった。 最初に気づいたのは誰だったのか。 やがて全員が見る見るうちに炎が青くなっていっていくのに気付いた。 温度が上がったのではない。 ゆらゆら揺れていた炎が固まっていってく。 いや、凍っていっているのだ。 「くっ……移動が間に合わな……!」 禁書の魔法陣が展開しきる前にあっというまに氷の中に閉じ込められてしまった。 「一体……」 アルトが目の前で起こったことに呆然としていると、後ろからソフィアが言った。 「あらアルト、氷魔法まで使えたのね。すごいわ」 「え、これ……私が……?」 禁書は完全に氷に閉じ込められた。ぽかんとするアルト。 しかし呪文を唱えた覚えはない。 イェピカの魔力の暴走なんだろうか。 炎を凍らせる程の魔法を、自分が? というか、炎は凍らせられるものなのだろうか。 考えたこともなかった。 まだ意識はあるらしく禁書は悔しそうな声を上げた。 「くっ、こんな氷すぐに……っ!?」 しかし、急に禁書に光が当てられた。 光の源はジェンが持っているランタンだ。 「残念だったな。それよりお前が封印される方が速いぜ」 「くそっくそっ……! 私がこんなところで! あっさりと……う、うわあぁああああああああ!」 声がぶつ切りになり、遠くなっていく。 最期は断末魔のような悲痛な叫びを残し、禁書の声は消えてしまった。 禁書の本自体はそのまま氷の中に残っているが、明らかに何か魂のようなものがランタンに吸い込まれていったのが見えた気がした。 ジェンはランタンの扉を閉める。 「封印完了」 「おー!」 「あっさりしてたわね」 ソフィアとミィレがパチパチと拍手を送った。 アルトがおそるおそる聞く。 「お、終わったのか……?」 「終わったわ」 ソフィアがうなずいたのを見て「っはー」とアルトは息を吐いた。 いつのまにか座り込んでしまっていた。そんなアルトの肩をジェンがぽんと叩いた。 「やるじゃんツッコミ」 「お手柄ね!」 「アルトかっこいー!」 そう言ってソフィアとミィレは正面から片手ずつ差し出してくれた。 賞賛。肯定。 仲間に向けられた言葉に、アルトは気恥ずかしくなり、一瞬下を向いた。 そして、右手にミィレ、左手にソフィアの手をつかむ。 二人は一緒になってアルトを立ち上がらせてくれた。 「晴れてレッドリストから名前削除! やったねババア!」 「まだ早いわ。まず役所に届けなくちゃ」 「あー、結構手間取ったな」 そう言う三人の言葉にアルトははっとした。 彼女たちは取り逃がしてしまった禁書を捕まえるために結成したパーティーだった。 つまりこれが最終目的だった。 ということは、これが終わればもう解散してしまうのだろうか。 せっかくの決意は何だったのか。 一人で盛り上がってた恥ずかしさと、寂しさがこみ上げる。 しかしそんなアルトの心情を知らず、彼女たちは笑いあっている。 「アルト無事でよかったわ」 ソフィアが言う。 「……お前な、戦ってる時の方が笑顔ってどうなんだよ。しばらく夢に見そうだぞお前の笑顔」 「え? そんなに俺笑ってた?」 「ソフィアの笑顔を見た人は生きては帰れないからな」 「通称死神の笑顔。ソフィアの必殺技の一つよ。わたしも見た事ないわ」 「……まじで?」 「いや、嘘だけど」 「またかよ! お前らいい加減にしやがれ! ったく……」 アルトはため息をついた。 まあ、しょうがない。彼女たちと出会えただけでも良かったと思おう。 「あの本もあとで砕いて持ってくか一応」 ジェンが抜け殻となった禁書を指さす。 大きな氷に閉じ込められたそれは、まるでそういうオブジェのようだ。 「……あ、じゃあ私、が……砕……」 しかしアルトの言葉はそこで途切れた。

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