第五話「夜の眼鏡も寝ずに」

ルカは毎日気分で手持ちの眼鏡を変えています。 一番のお気に入りは初めて買った黒縁のアンダーリム型で、 他にも赤いウェリントン型や 焦げ茶色のボストン型、 エルガー二尉に憧れて買った銀縁のスクエア型など、 全部で四種類を持っています。 本当は丸いラウンド型や、縁のないリムレス型なんかも挑戦してみたいのですが、いかんせんお金が足り ません。 いくら軍人といえど、訓練兵ではもらえる給料もたかが知れているのです。 ですので、今のところその四つの眼鏡を大事に手入れをしながら使っていました。 その中でも、とっておきなのが、赤いウェリントン型の眼鏡です。 それは、この訓練施設へ来る前に両親が買ってくれた眼鏡でした。 高価で、長く使える逸品。 なにより、ルカが前からいいなあと思っていたデザインです。 なので、その眼鏡はここぞというときにしか掛けないと決めていました。 今までそれを身に付けたのは、軍へ入隊してすぐにあった、いわば入学式のような式典の時の一回きりです 。 そんなとっておきの眼鏡を、今日は掛けていればよかったと、ちょっぴり後悔していました。 でも残念ながら、今更取りに戻ることはできません。 代わりに、その赤い眼鏡に似たデザインのネクタイピンをそっと触りました。 こちらは、妹が餞別にくれたものです。 そういえば、結局妹に手紙は出せていません。 ですが、そんな悩みよりも、今はオットマーの話に集中していました。 「――あの時、もし、ついていっていたら。どうなっていたんだろうな」 そう、締めくくると、オットマーはふーっとまるで目の前にあるろうそくを消すかのように細く息を吐き ました。 それが終わりの合図です。 十二人の緊張が一気に弛緩しました。 「うひー、今回も怖かったぜ。さすがオットマー」 「俺、鳥肌立っちゃった」 「今日夢に見そう」 口々に感想を言い連ねます。 訓練兵は毎日勉強して、トレーニングして、訓練して、学んで、怒られて、疲れて、眠って、起きたらま た訓練に身を投じます。 国の為に仲間の為に、そして戦場で死なないために、戦い方を毎日学んでいます。 尋常じゃないエネルギー消費量、学習量です。一日が終わるころには頭も体もへとへとになります。 規則だらけのこの生活の中でいかに息を抜くかも、立派な兵士になるために必要なこと。 つまり、ストレス発散も勉強の内なのです。 休日は届け出さえ出せば街へ繰り出すこともできますが、それだけを糧に頑張れるほど、彼らは大人ではあ りません。 各分隊様々な趣向を凝らして、楽しみを作っていました。 運動、料理、創作、音楽活動などなど。 それは本当に各々の個性が良く出ていました。 その数多の娯楽の中でも、”怪談”というジャンルは、いつの時代の訓練兵にも人気がありました。 話し手と聞き手と、あとは各自が仕入れた怖い話があれば、簡単にスリルが得ることができるというのも、 理由の一つです。 怪談好きなオットマーがいる四八一分隊も、もちろん不定期で怪談大会を開催したりしていました。 その日や次の日の訓練を鑑みなければならないので、そう頻繁に開催できないのが残念なところです。 「お前、軍人より落語家でも目指したほうがよかったんじゃねえの。怪談噺専門の」 「俺としては話すのも好きだけど、聞く方がもっと好きだからなあ。話すのが専門の職業はどうだろ」 そういいながらも、褒められたオットマーは照れたように笑いました。 「だから今夜はネスさんとリュメルのも聞けてすげえ満足!」 自分の前に怪談を披露した二人を誉めました。それは心からの称賛でした。 「リュメルのは全く知らなかったし、すげえ楽しかった!」 「ダロダロ! ま、なんてったってオレだからな!」 「最後、悪魔が鏡に閉じ込められるまでドキドキしたよ」 リュメルは堂々と胸を張ります。 彼が話したのは呪いの鏡の中から自分と同じ顔をした悪魔があらわれるという怪談話でした。 ドッペルゲンガーとはちょっと違う、ちょっとコメディちっくなお話で皆の心をがっちりとつかんだのです 。 「ネスさんの話はちょっと聞いたことあるけど、全部最後まで聞いたの初めてだった。話し方も結構雰囲 気出てたし!」 ネスは、照れるでも喜ぶでもなく、いつもの笑顔で微笑みました。 「お褒めに預かり光栄です。オットマーのように上手くはできませんでしたが」 今回、ネスが語った怪談は、カロカイで育ったら皆がなんとなく知っている昔話でした。 巨大な化け物が街を破壊し、そして地面に帰って行くという、 何となくは知っているけども、頭から全部聞いたことはなく、結末をちゃんと知っているわけじゃない。 そんな話を、昔ばなし独特の不気味さを演出してネスは見事語り終えたのです。 「俺が知ってるのとはちょっと違ったな。でかい化け物は実は良いやつだったってオチなら聞いたことあ ったんだけど」 「へー、地域の違いかな。詳しく聞かせてくれよ」 ロレンソの発言にオットマーが食いつきます。 「ううん、俺の知ってるバージョンは怪談向きの話じゃないし、また今度な」 そういって、ロレンソはやんわりと断り、そして怖がりのリノとシュメルツに顔を向けました。 「……それより、リノ、シュメルツ、大丈夫だった?」 「あ、う、うん! 皆も一緒でしたし……」 「フッ……俺に怖いものはないからな。なっ、なかなかに面白かったぜ」 おばけや怖い話があまり得意でない彼らは普段、このちょっとした夜更かし大会に参加することはありま せん。 彼らだけではなく、ルイスやネス、エリーナもこれが初参加。 ネスに至っては怪談話をひとつ披露までしたのです。 最初は珍しい光景にに皆そわそわしていましたが、そのうちに、話に引き込まれてそんなことは気にならな くなりました。 四八一分隊全員がいる。 これは、珍しいどころの話ではありません、大げさに言うのならば史上初のことなのです。 奇跡に近い事なのです。 「あ、じゃ次は俺がとっておきの怖い話してやろう。題して! ”きょうふのみそしる”」 「黙ってろ」 アベルのチャチャにルカがきつめの合いの手を入れ、どっとちいさな笑いが起きました。 オットマーがパンパンと手を叩き、皆の注目を促しました。 「さて諸君!」 妙に改まった口調でそう言うと、十二人の顔を見回しました。 そして、にっといたずらっ子のように笑い、高らかに宣言します。 「肝試しするぞー!」 四八一分隊は色めき立ちました。 「おー!」「えー!」「それやばくね?」「楽しそう」 肝試し。かなりのスリルが味わえるでしょう。 実はオットマーはずっと前からこの機会をうかがっていたのです。 何を隠そう、一番この小さな奇跡に興奮し、楽しみにしていたのは彼なのです。 隠し事が苦手な彼がそれを秘密にするのがどれだけ大変だったか。 その場の雰囲気のおかげでしょうか、棄権の声は上がりません。 その様子を見たオットマーが満足げに詳細を説明しようとしたその時。 水を差す声が割り込んできました。 「ちょ、ちょっと待ってください! さすがにそれは黙認できません。規則違反もいいところです」 もちろん、ルイスです。 消灯後に必要以上にうろつくのは完璧な規則違反。 超どころか馬鹿がつくほど真面目な彼が、見逃すはずがありません。 しかしそれは予想範囲内でした。 オットマーはすばやく説得にかかります。 「まあ待て。ルイス。落ち着いて聞いてくれ」 「落ち着いてます。規則違反なので駄目です」 「いやいやいや、大丈夫だって。ちょっと行って帰ってくるだけ。それだけだぜ。俺達も馬鹿じゃあない 。明日に響かないようにプランニングは完璧で」 「駄目です」 「そこをなんとか。だいたい、お前もここにいる時点でほぼ同罪だぞ?」 「いえ、ここは二班の部屋ですので。自分は規律違反は起こしていません。とにかく駄目です」 とにかく駄目の一点張りです。 本日の怪談大会会場は二班の部屋でした。 二班のメンバーの特性か、他の部屋より少し清潔感があるように思えます。 リュメル以外普段怪談大会に参加する者がいないこの班の部屋が今回会場に選ばれたのは、 絶対に引っ張って連れてこれないルイスにふいをつかせそのままなし崩しに開催をするためだったのですが 、それが仇となりました。 少々屁理屈じみてはいますが、確かに、消灯後この二班の部屋にルイスがいるのは何の規則違反でもあり ません。 そもそも、消灯後に部屋に一班と三班が押し寄せてきたときはそれなりに注意も文句も言っていましたが、 いざ怪談がはじまると聞き入ってしまっていたのです。 その後もオットマーは諦めずルイスにいくつか提案をしたりしましたが、答えはすべてNO。 オットマーの用意していた持ち弾が尽きると、ルイスは深く深くため息をつきました。 「さ、ここへ来たのは見逃して差し上げます。ですので皆さん、自分たちの部屋に戻ってください」 ルイスにしては寛大な処置でしたが、皆は落胆の声を漏らします。 せっかくの機会だというのに。 オットマーはまだあきらめきれないようですが、いい案が浮かばないようです。 そこへ、救世主があらわれました。 「ルイス、ちょっとお耳を拝借してもよろしいですか?」 「……なんでしょうか、ネスさん。貴方まで規則違反をしようというのですか? いくら貴方でも……」 あまり対峙したことのない相手に、さすがのルイスも少々たじろぎます。 ネスが耳打ちをすると、ルイスは何か少しだけ考え込むと、しぶしぶといった様子でうなずきました。 「それは本当なんですね? ……そういうことでしたら……」 ルイスが譲歩したことに、どよめきが起こりました。 一体どんな魔法を使ったのか問い詰めたいところですが、そこをぐっとこらえました。 なにがあったかはわかりませんが、ルイスの気が変わらないうちに行動に移さなくては。 何も考えていないリュメルやアベルが余計な声を発する前に、オットマーが口を開きました。 「じゃ、じゃあまず、ルートを発表するぞ! まず、この部屋を出たら……」 肝試しは、いくつかのポイントを一つ一つ回るというモノでした。 風呂場やトイレなど、どれも階段の定番でありながら、不気味な、夜中の一人では行きたくない場所です。 道具の用意や、ルート、調べ上げた見張りが通る道や時間までも詳細に計画されていました。 「で、最後が武器庫。そこまで行ったら、折り返してくる」 「すごいな。良くここまで調べ上げたもんだ」 「頑張ったんだぜー。チャンスがあったらすぐつかめるように。な、ロレンソ」 「俺はちょっと手伝っただけだよ」 最後に質問がないかをオットマーが問いかけると、ロレンソが手をあげました。 「はぐれたら先回りするか、自分の判断で部屋に戻ってくるってことでいい?」 「そうだな。できれば合流してほしいけど、とにかく……」 「教官たちに見つからないこと、仲間を売らないことが第一優先事項、ですね?」 ルイスがそういうと、台詞を奪われたオットマーは狐につままれたような顔をしました。 無理もないでしょう。 あの真面目なルイスが発言したとは思えない台詞なのですから。 「お、おう。そのとおり」 彼がこんなに積極的になるなんてと、その場にいた誰もが驚きました。 ネスは一体何を言ったのでしょうか。 催眠術、魔法、洗脳。それくらいしないと、ルイスはここまで態度を変えることはないでしょう。 「よし。んじゃ、さっそく!」 「ミッション、スタート!」 いつものごとくシュメルツが開始の音頭をかっさらい、肝試しがはじまりました。 四八一分隊は暗い廊下を一列になって、窓よりも身を低くして足音を消しながら進みます。 懐中電灯は各班一つずつ所持していますがどれも点けていません。 すでに暗闇に目が慣れているし、訓練所内はもう目をつむっていてもわかるほど間取りが頭に叩き込まれて います。 何より光源を持つということは、発見の危険性を一気に増す行動です。 明かりを付けるのは、デメリットこそあれ、メリットはあまりありません。 最後尾のハルがふと上を見上げると、夜空に星が瞬いていました。 訓練施設は街からは遠く、また消灯を過ぎると強制的にほとんどの部屋の電気が消えるので、こんなにもき れいな夜空が見えるのです。 ハルが立ち止まっていることに気づいたルカが、慌てて戻り、ハルの腕を引きます。 「おい、離れるなよ」 「あ、ルカ。ほら、空、綺麗だね」 「ほんとにのんきだなお前は……」 「なにやってんの?」 ルカが呆れていると、リクトとアベルも二人に気づき、引き返してきました。 「早くしないとはぐれちまうぞ」 アベルはチラリと前方を振り返ります。 まだ二班、三班の八人は見える距離にいますが、その背中は小さくなっていました。 ハルもそのことに気づき「ごめんごめん」と、後を追いました。 「にしてもあれだな、案外楽勝かもなこれ」 「オマエがヘマしなければナ!」 余裕をかますアベルにリュメルが余計なヤジを飛ばしました。 いつもの光景ですが、今ばかりは放っておくわけにはいきません。 「あ? ヘマすんのはテメエだろ」 「あーほら、喧嘩すんなお前ら」 「油断は禁物だぞ」 ルカとオットマーが二人をたしなめました。 この訓練施設では、就寝前に点呼がありますが、そこから朝まで睡眠を邪魔されることはありません。 ごくごく稀に時間を問わずにラッパの音が鳴り、抜き打ち訓練が行われることがありますが、それも、本当 に滅多にないことです。 見回りさえ注意すれば、ルカのように夜な夜な空き教室で眼鏡を磨くこともできるのです。 実はルカは前に一度だけ深夜徘徊を見つかりかけたことがありましたが、トイレに行こうとしていたと何と かごまかすことができました。 分隊の全員でトイレに行っていた、というのが通じるわけはありませんが、ここまで周到な用意をしていた オットマーがなにか考えているでしょう。 「オットマー、ちょっといい?」 「ん?」 「この先のルートなんだけど……」 ロレンソとオットマーが今後の進路の為に先頭へと向かっていきました。 夜は長いようで短く、隠れながら移動するのは思ったより大変です。 朝の点呼に遅れるわけにはいかないし、明日も通常通り訓練があるため、ある意味自分たちの首を絞めてい るような行為をしているようなものなのですが。 そこは若さゆえの無謀さとタフさが補ってくれるでしょう。 「でも確かに見つかったら怖えよな」 「ジゼル伍長なんて、オニババみてえなもんだしナ」 「言えてる」 先ほどの険悪な雰囲気とは一変、アベルとリュメルはお互いうんうん、と頷き合いました。 本人に聞かれたら拳骨必須な発言ですが、危険性が理解してくれたのはいいことです。 リクトは苦笑いします。 「そうそう、見つかったらそれこそホラー……いや、それ以上……」 リクトは言いながら身震いしました。ハルもそれに同意します。 「確かに、見つかったらお化けの方に助けを求める自信あるかも」 「わかる」 「えー。でもあたしはお化けの方が怖いと思うなあ」 「いやいや、どう考えても、お化けのほうがまし……ん?」 そこで可愛らしい声が混ざっていることに気づきました。 エリーナは前方を歩いています。はっとして振り返ると、 「ハローン」 そこにはニッコリ笑顔の可愛らしい女の子がいました。 「うわあああああ!?」 「ぎゃあああああ!?」 アベルとリュメルは抱き合いながら叫び声をあげました。 あわてて、ルカとリクトが二人の口を手で押さえます。 音が発せられてあのはほんの一瞬でしたが、廊下中に響き渡りました。 全員に緊張感が走ります。 全員、廊下に同化するかのように身じろぎもせず、しばらく耳を済ませます。 数秒、様子を見ましたが、誰かが駆け付けてくる様子はありません。 十三人は露骨にほっとした反応を見せました。 そしてすぐさま、音源である後方にいるルカ達をを睨みます。 「見つかっただろうするんですか! こんなことで!」 小声で怒りながらルイスが迫ってきました。 アベルとリュメルは慌ててお互い突き飛ばすように離れました。 「い、イヤ。こいつガビビって大声だすカラ……」 「はあ? テメエが先にビビったんだろ」 「あ?」 「だから、喧嘩をやめなさい! まったく……」 一瞬ルカとルイスの目が合います。 しかしそれは本当に一瞬のことで、すぐにお互い目をそらしました。 先日ちょっとした殴り合いをした傷は二人ともまだ治っていません。 態度は変わる様子はありません。 そもそもあまりしゃべることのなかった二人なので、ある意味、元に戻ったともいえるかもしれません。 不穏な雰囲気を感じ取ったリクトが、自然な動きで割って入りました。 「ご、ごめんごめん。ちょっとアクシデントがあったんだ」 「だからといって許されません。今のは運がよかっただけ……」 ロレンソが怒り狂うルイスの背中を叩きました。 「まあ、まあ。で、なににそんな驚いたんだ?」 「もしかして、なんかいたのか?」 ずい、とオットマーが目を輝かせて身を乗り出します。 「いたっちゃいたけど、お化けじゃねーぞ」 そういって、ルカは自分たちの後ろを示します。 そこにいたのは青紫の髪の長い髪、勝ち気そうな笑顔、スラリとしたまさにモデル体型。 確かに幽霊には美人が多いと言われていますが、彼女はちゃんと生きていました。 「まったくもう。人の顔見てぎゃあだって。失礼しちゃうわ」 「フウカちゃん!」 「ヤッホーエリーナ。何楽しそうなことやってんの? 混ぜて混ぜて!」 そう言って、フウカは目を輝かせました。 ですが、そのお願いに四八一分隊は顔を見合わせます。 それを見て自分の願いが受け入れられるか微妙なものを感じたのでしょう、フウカはぷくりと頬を膨らませ ました。 「仲間外れにしないでよ。あたし、来週には帰らないといけないんだ。だからさ、思い出作りたいの!  ね? ね?」 などと美少女に詰め寄られ、断ることはできませんでした。 フウカはその夜の隠密行動に加わることになりました。 「で、なにやってたの? これも訓練?」 そう聞きながら小首をかしげるフウカ。 よくわからず仲間に加わったようです。 その一動作すら可愛らしく、雑誌の表紙にできそうです。 部屋着でしょうか、パーカーのようなものを着ているので、見出しはルームウェア特集にでもなりそうです 。 首にはおしゃれなチョーカーが巻かれていました。 もうずいぶん薄くなっていますが、三日前にスパイの人質になってつけられた切り傷を隠すためです。 かすり傷とはいえ怪我を負うほどの怖い思いをしたというのに、彼女が今日も元気に仕事をしていることに 、事情を知っているエリーナと一班は感心していました。 「訓練じゃないよ。肝試し」 リクトが優しく訂正します。その言葉にフウカは、更に目を輝かせました。 「へぇ。肝試し! あたし初めてかも!」 はしゃいで声を高くしようとする彼女に、エリーナがしーっと静かにするよう促します。 「非公認の催しだから、見つからないようにしないといけないの。できるだけ静かにね」 「かくれんぼみたい」 フウカを仲間に加えた四八一分隊はとある教室へ身を滑り込ませました。 廊下の一番奥、常夜灯も届かないくらい暗い教室。 そこが肝試しの第一ポイントでした。 そっと扉を閉めると、部屋はさらに暗くなりました。 同時にオットマーのスイッチが入ります。 「ここは、あの"十二人の兵士の詩"の始まりの場所だ。肝試しのスタート地点にふさわしいだろ?」 「”十二人の兵士の詩”?」 フウカが首をかしげると、待ってましたとばかりに、オットマーは話し始めます。 「そうだな、聞いたことないやつもいるだろうから。じゃあ、もう一回軽く語るぜ」 それは、十二人の兵士が詩の通りに消えていくという怪談話でした。 聞いたことある人も、ない人も、彼の話に聞き入ってしまいます。 見張り役を担っているロレンソとルイス外の様子の方に気を配っていますが、意識の八割ほどはその話に持 っていかれています。 最後に、オットマーはもう一度その詩を諳んじました。 『十二人の部屋にいた。一人が、出掛けて、残りは十一人。  十一人の兵士が風呂へ行った。風呂ギライが一人逃げ出して、風呂好きが出てこなくなって残りは九人。  九人の兵士がトイレへ向かった。一人が腹を下し残りは八人。  八人の兵士が廊下を歩いていた。一人が転んで、一人がそれを助けて残りは六人。  六人の兵士が食堂へ向かった。二人が食べすぎて残りは四人。  四人の兵士が武器庫へ向かった。三人が踏みつぶされ、残りは一人。  一人の兵士が帰ってきた。教官に呼び出され、そしてだあれもいなくなった』 語り終えると、いつもは騒がしい四八一分隊もシーンとしていました。 静かな教室にオットマーの声だけが聞こえます。 「こんな話の始まりの場所さ」 「ヤバ、怖すぎなんだけど」 「この施設が舞台ってのがまたいいよな」 ロレンソが外を伺いながら、皆に呼びかけます。 「丁度見回りが通り過ぎたくらいだと思う。そろそろ次に行こうか」 この先のルートを通るために、見回りを回避し、次のポイントまで安全に向かうためだったのです。 警戒を怠ることなく、そっと空き教室から順番に出ます。 オットマーの先導で次のポイントへ向かおうとしたその時、エリーナが声をあげました。 「あれ? ね、ねえみんな。ちょっと待って。」 全員が歩みを止めます。 エリーナはキョロキョロとして、そこにいる全員を数えるように手を動かしました。 「……やっぱり。ルイス君がいない」 「ええ?」 全員がお互いの顔を見合わせますが、たしかに彼の姿は見当たりません。 「俺と一緒に空き教室を出たのは見たよ」 見張り役の二人は最初に教室を出ました。 確かにそれは皆も見ています。 そこから、全員が教室を出るまでのほんの一瞬。 本当に一瞬のうちに彼は煙のように隙に影も形もいなくなってしまったのです。 「あいつ、可笑しいと思ったんだ」 ルカが思わず言います。 「きっとチクりにいきやがったんだ」 「そうと決まったわけじゃ……」 「だって、あいつ、この前の穴が開いた時だって…」 「ルカ」 そうたしなめられて、ルカは拗ねたように口をつぐみます。 確かに、ルイスは融通の利かないその真面目な性格故、敵を作りやすいです。 ですが、ルカがルイスを敵視しているのはなにか、執着があるようにすら思えました。 ルカが何かルイスを敵視することにこだわっているような。 彼は敵だと思わないといけないと自分に言い聞かせているような。 ルカの納得いかない、俺は悪くないのにという態度に、剣呑とした雰囲気が立ち込めます。 その空気に耐え切れず声を上げたのはシュメルツでした。 「これは陰謀だ。あの怪談とやらにかこつけて俺様達を……いやこの俺様を捕まえようとしているんだ。 フン、上等だ。どんな魔の手も俺様を捕まえることはできねえぜ」 「あの怪談って、さっきオットマーがした”十二人の兵士の詩”?」 「んな馬鹿な。呆れて帰ったんだろ」 「もともと肝試し反対派だったしね」 皆シュメルツのいつもの言動に苦笑します。 ちょっとだけ、嫌な空気が霧散しました。 ルカだけがまだちょっとむっとしていますが、その眉間の皺もちょっとだけ薄くなっていました。 とりあえず、ここで止まっているわけにはいかないということで、肝試しを 「ま。一応、はぐれた場合は打合せしてあるし、大丈夫だろ」 「チェ、せっかく全員参加が叶ったってのに……」 オットマーが口をとがらせます。 それを慰めるようにネスが彼の肩を叩きました。 「またいつか機会がありますよ」 「だといいけど……」 ルイスがを抜いた十二人が次に向かったのは風呂場。 誰もいませんが、さすがに女子風呂に入るわけにはいかず、全員で男風呂の暖簾をくぐりました。 「へー、女性用とあんまり変わらないんだね」 「確かに、鏡がちょっと少ないくらい?」 フウカとエリーナはキョロキョロとあたりを見回します。 一応、”お客様”のフウカは、女性隊員が交代でお世話係をしています。 隊員が訓練中はフウカはお仕事をしていますので、そのほかの時間、例えばご飯やお風呂はお世話係と過ご しているのです。 今日はエリーナがお世話係で、一緒にお風呂に入ったようです。 「洗いっこ、たのしかったよねー」 「うん。私、お風呂はいつも一人だったから、すごく楽しかった」 訓練に加えてやらないといけないことが増えるのは大変そうですが、女性隊員はフウカのファンも多く、 喜んでその仕事をしているようです。 中でも、四八一分隊の皆と今ぎくしゃくしているエリーナには良い息抜きになっていました。 「一人であの広さだもんね。のびのびできていいじゃんー。毎日温泉気分!」 「温泉じゃないけどね、でもやっぱ一人であの広さだと落ち着かないんだ」 この施設はもともと武器庫として使われていたそうです。 当初は住み込みの整備士もが多かったらしく、風呂場は割と広い作りになっています。 一応規律では班ごとの四人ずつ入ることになっていますが、分隊ごとの十二人が一気に入っても、支障はな いくらいの広さがあります。 それでも女性隊員はまとめてではなく、時間厳守で区切って入るのです。 大抵分隊に一人二人しか配属されていませんので、無駄に空間を持て余しているようです。 「そういえば、エリーナはなんでお風呂でも眼鏡してるの? 曇っちゃうじゃん」 「え。えーっと……やっぱり他に人がいるとさ、見えてないと危なかったりするから……ね?」 エリーナが少し焦ったように言います。 その様子を不自然に思ったフウカは「えー、そういうもん?」と釈然としない顔をしました。 キャッキャとガールズトークを繰り広げる二人から、ルカが、真っ赤になった顔を隠します。 「め、めめ眼鏡のまま……!?」 「ルカ、どこに反応してんだよ……」 特に顔を赤くしていたルカにアベルが呆れたようにツッコみました。 ですがその声を無視してルカはブツブツとつぶやきます。 「でも、エリーナのはプラスチックっぽいし、あんまりよくないよなあ。  錆びてる様子とかはなかったから、手入れをちゃんとしてるか、もしくは昔使ってた眼鏡を使ってるんだ ろう……。なんだそれ見たい」 「え、ルカ女湯覗く気……?」 「うわあーまじで?」 ハルとリクトに指摘され、ルカははっとなって否定します。 「ばっ! ちげーよ! その眼鏡をみてえんだよ!」 「ルカ、言い訳するなよ。男のロマンだよな。いつか作戦建てようぜ」 「男だもんナ。命がけの任務、遂行しようゼ!」 そういって、アベルとリュメルは親指を立てました。 こういう時ばかり息が合う二人に、ルカは思わず声を荒らげました。 「しねーつってんだろ!」 廊下の時のように響くことはありませんでしたが、その声に驚いていくつか悲鳴が上がりました。 「びっくりした。なんなのよ、いきなり」 「あんま大声出すなって」 「あ、いや。なんでもない。悪い、気にしないでくれ」 「フッ、仕方ないな。天からの力が勘づいていないか確かめてこよう」 「す、すまないなシュメルツ」 外の様子をうかがいに行ったシュメルツを伺いながら、ルカアベルとリュメルを睨みます。 わざとらしくそ知らぬふりをしている二人にルカは小声でドスを聞かせます。 「お前ら後で覚えとけよ……」 「俺達馬鹿だからすぐ忘れちまうもんなー」 「馬鹿はオマエだけダロ」 「あ?」 仲が良かったかと思えば、また喧嘩の売り買いをし始めたその時。 フウカが声をあげました。 「……ねえ、エリーナはどこ?」 全員が「えっ」と声をあげました。 エリーナはどこにもいません。 「一体どういうことだ? はぐれたのか?」 「まさか。ついさっきまでここにいたのに」 ルイスに続いてエリーナ。 彼女は悪ふざけをするタイプでも、勝手に帰ってしまうタイプでもありません。 皆が戸惑っていると、シュメルツを呼びに行ったハルが首をかしげて言いました。 「ねえ、シュメルツがいないよ」 これで三人。皆、流石に何かがおかしいと思い始めました。 「とりあえず、進みましょう。戻ると見つかる可能性もあります」 「でも、ネスさん。なにかが起こってるのなら見つかって、事情を報告してみんなで探したほうがいいん じゃないのか。なあ、ロレンソもそう思わないか?」 「まだそうと決まったわけじゃないよ、ルカ。……けど、やっぱおかしいね。どうする? オットマー」 「……進もう。ただし、いくつかポイントは飛ばす。残念だけど、このまま続行はちょっと、危ないかも しれない」 オットマーが方針を決定し進むことになりました。 今は彼が四八一分隊のリーダーであり、船長です。 かじ取りは彼の判断に任せられます。 暗く長い廊下をまたそっとそっと、最初より警戒心を強くして進みます。 本来なら寄るはずだったトイレや食堂をスルーします。 ちょっとだけオットマーが名残惜しそうにその場所を振り返りますが、彼はすぐ前を向きました。 寄り道をしないことでずれた時間を時折、ネスやロレンソと相談しながら、みんなを先導します。 見回りをかわすために、一旦階段下の影に隠れようとしたその時。 「う、わっ!?」 後方でリノがしりもちをついてしまいました。 あわててロレンソが助け起こし、そのまま階段下に滑り込みます。 「リノ、大丈夫?」 「す、すいません……なんか後ろからひっぱられて……」 どうやら怪我は大したことなさそうです。 「……なあリノ。お前の後ろって何人いた?」 「え? えっと……。リクトさん、フウカさん、アベルさん……たしか、三人……」 「……その三人はいつからいない?」 「へっ!?」 その場にいた全員が階段下から顔を出します。 来た道は真っ暗で静か。足音一つ聞こえません。 見張りどころか誰もいないことは確かです。 そして、改めて自分たちの人数を数えてみました。 そこにいたのは何度数えても七人だけでした。 「一体、どこへ、っていうか、いつから……」 「て、てことは、ぼ、ぼぼぼ僕を後ろに引っ張ったのはお、お、おば……!」 「リノ、落ち着いて」 青くなるリノを安心させるために、ハルが背中をさすります。 カツンカツンと見回りが通る音に気づき、オットマーが静かにするように合図を出します。 足音が去ってから、全員はほっと息を吐きました。 「よし、行くぞ。部屋に戻ったら案外、みんないるかもしれない。とにかく見つからずに部屋に戻ること を第一目標としよう。  いなかったら、全部教官にはなして、皆を見つけて、全員で仲良く怒られようぜ」 「そうだね」 「仕方ねえナ」 そういって立ち上がり、一人ずつ階段下から這い出ようとしたその時。 リノがカタカタ震えて、泣いています。 「ご、ごめんなさ、僕、腰、抜け……」 「まじかよ」 リノはへたりこんで何度も「すいません、すいません」と謝ります。 ロレンソやオットマーはそれを謝らくてもいいとなだめます。 しかし、動けないのは大問題です。 いつまでもここにいるわけにはいきません。かといって、この状態のリノを連れまわすわけにもいきません 。 どうするか、とみんなで頭を悩ませていると、ハルが小さく手をあげました。 「俺背負ってもいいけど」 「隠れるの難しくなるぞ。大丈夫か?」 「んー、じゃあ、このまま部屋まで最短ルートで戻るよ」 「は!? そっちのが危険だろ!」 「二人なら言い訳できるかもだし。できるだけ見つからないようにするから」 「いやお前、その言い訳できるのか?」 「できないけど、リノいるから大丈夫だよ」 ね、とハルはリノに笑いかけます。 それを見て、ルカは吹き出しました。 「他人任せかよ。でもま、確かに。リノ、頼めるか?」 「ぼ、僕……できるでしょうか」 自信なさげにリノが言うと、オットマーが力強くうなずきました。 「できるさ。リノは頭いいし。それに、ハルとリノの組み合わせなら、教官もそこまで目を吊り上げるこ とはないだろうさ」 「そうだな」 他に方法も浮かばないため、そのハルの強行作戦が採用されました。 全員で同じように帰るという案も一瞬出ましたが、見つかった時の厄介さを考えて、やはり二人だけ返すこ とにしました。 ハルの大きな背中に、小柄なリノがちょこんとおぶさります。 「じゃあ、リノ、行くよ」 「はい、お願いします」 「気を付けろよ」そう言って、ハルとリノを送り出し、ルカ達も先へ進みました。 最後に着いたのは、武器庫として扱われていたスペースです。 コンクリートの床に、雑多なものを仕舞ってある棚。 大きな鉄製の扉。 ぱっと見は広すぎるガレージのようなそこは武器庫とは名ばかりで、今は雨天時の基本訓練のスペースにな っています。 「十二人もいたノニ、残ったのはこれだけカ……」 残ったのはルカ、ネス、オットマー、ロレンソ、リュメルの五人だけになっていました。 「……一体何が起こったんだろうな……」 「わからないけど……皆を信じるしかない」 「ああ、みんなもきっと戻ってるさ」 「そうだナ! だからオレ達も見つかるわけにいかないよナ!」 「よし、ここで少し時間潰して、見張りが通り過ぎてから後は部屋までダッシュだ。いいな、転ぶなよ」 オットマーに言われ、四人は頷きました。 外は静かで、虫の声だけがかすかに聞こえてきます。 かすかな月明かりが窓や扉の隙間などから差し込み、武器庫の中を照らします。 そんな場合ではありませんが、見慣れている場所も夜というだけで不気味で魅力的に見えてしまうから不思 議です。 「ここで、武器整備する兵士の霊……ねえ」 ロレンソがつぶやきます。 「ああ、前に罰掃除のときにオットマーが話してくれたあの話」 「まあ、不評だったけどな」 オットマーが口を尖らせたその時、ネスさんが声を上げました。 「隠れましょう。今、光が一瞬見えました」 その声にルカ達は慌てて隠れました。 リュメルとロレンソは棚の影に。 ルカ、ネス、オットマーは 布を掛けられたもう使われていない車の影に隠れました。 光がちらちらと、だんだん大きくなり、重い音を立てて扉が開きました。 カツン、カツンという足音が響いてきました。 この高圧的な足音は間違いなくジゼル伍長です。息をひそめます。 見つかったら怒られるってもんじゃすみません。 せっかくここまで見つからずに来たのです。 ローイ班長なら見逃してくれそうですが。と思っていると、そのローイ三曹もやってきました。 二人で何やら話しているその内容がかろうじて聞こえてきます。 「お疲れ様であります。ローイ三曹」 「いいですよ、かしこまらなくても。今日の様子はどうですか」 「本日は幽霊が出ています」 「それはそれは、怖いですね」 ルカとオットマーは顔を見合わせます。 一瞬聞き間違いかと思いました。 幽霊なんて言葉がたとえ冗談だとしても、あの二人の口から飛び出すなんて思えなかったのです。 「多少の予定狂いはありましたが、そろそろ終わるでしょう」 「なるほど。例年通りですね」 話ながらジゼルがこちらにまっすぐ向かってきます。 見つかったのでしょうか。影で彼らの姿は見えないはずなのに。 これ以上近づいてこられると、隠れられる場所なんてありません。 焦っていると、ネスが動くのが見えました。 見ると、地面に穴が開いていました。違う、これは地下通路です。 こんなものがあったのか、なんて驚いている暇はなく、ルカはネスに続いてその中に入りました。 オットマー達にも声をかけようとしましたが、その前に、どこか違うところへ隠れてしまいました。 ルカは仕方なく、扉を閉めました。 ◇◆◇◆ ネスは少し潔癖症の気があります。 部屋は綺麗にしていないと落ち着かず、あまり汚れたくはありません。 ですので、このひどくほこりっぽい空間は彼にとって拷問に近いものがありました。 ジゼル伍長から逃れるべく入った地下通路は中はなんとか人がすれ違えるくらいの広さでした。 元を照らす懐中電灯の丸い光は、舞い上がるほこりを可視化させます。 表情にこそ出しませんが、内心引き返したくてたまりません。 「お、おいネスさん。大丈夫なのかよ」 ルカの問いかけに返事すらせず、ネスはずんずん奥へと進みます。 答える余裕がなかったのかもしれません。 そんな状態にも関わず、前へ前へ進むのは、これが彼の真の目的だったからです。 「ルカ、先に戻っていてくれてもいいんですよ。ボクも適当なところで引き返しますから」 「こういう時バラバラになるのが一番まずいだろうが。実際、消えた連中のほとんどははぐれた奴らばか りだし」 ですが、ルカは強がって返します。 その足はプルプルと震えていました。 「……ま、いいですけど」 ネスはそれを一瞥してため息をつきます。 この状態の彼を説得し、追い返すのは骨でしょう。 夜明けも近いというのにそんなことで無駄な時間を使いたくありません。 カツン、カツンと二人分のブーツの音が響きます。 耳鳴りなのか、ヴーという機械かなにかの振動音が聞こえる気がします。 この暗い地下に住み着いた化け物の唸り声のようです。 そんな子ども向けの絵本みたいな想像をしてしまった自分に、ネスは苦笑しました。 確かに彼はここに眠っている化け物がいるのではないかと疑っていますが、それはそんなメルヘンチックな ものではありません。 本当は一人でゆっくり探索するつもりでしたが、予定が狂いました。 まさかルカがついてくるなんて。 チラリと後ろを見ると、ルカと目が合いました。 彼は今日かけているメタルフレームのを押し上げ、チラリと後ろを振り返りました。 彼らの後ろには誰もいません。 「……ついに俺達だけになっちゃったな」 「そうですね」 「あいつら、無事かな」 そう問うルカの声には疑いが混じっているように思えました。 四八一分隊の二班の四人は、少々浮いた存在でした。 マドンナのエリーナと 暴れん坊のリュメル、 真面目過ぎるルイス、 そして、何を考えているかわからなくて、名前ばかりが有名なネス。 話しかけづらく、一目置かれる存在。 それが二班のイメージでした。 社交的なエリーナやリュメルなんかは入隊直後に比べて、いくらかそのイメージも緩和されつつありまし た。 エリーナに関しては若干、過去形にしなければならないかもしれませんが、それもいずれは解決するでしょ う。 ルイスも二人につられて、少し柔らかくなって来ているような気もします。 おそらくルカとの謎の輪かだまりが消えればさらに引っ張られるでしょう。 ですが、ネスだけはまだ分隊の皆と一定の距離がありました。 さすがに、一緒に暮らしている二班とはいくらか雑談をしているのを見かけますが、他の班とはあまり交流 がりません。 同期の誰であっても一人残らず彼のことをさん付けで呼びます。 その距離を、ネスは気にしてはいませんでした。 むしろ、一番の権力を目指す彼には、それくらいで丁度いいと思っていました。 しかし、濡れ衣はあまり着たくありませんでしたので、ルカにこう言いました。 「……一応言っておきますけれども。皆が消えたことに関して、ボクは関係ありませんので」 「へっ、えっ、あ……わ、わかってるよ」 ルカはわかりやすく動揺します。 やはり疑われていたのか、とは思いましたが、ネスはそのことに関して気分を害することはありませんでし た。 そもそも今回の肝試しを企画したのは自分なのです。 いつも笑顔で、温和な物腰、丁寧な口調、暴力的ではなくむしろ紳士的。 何を考えているかわからないらしい自分は黒幕としてきっとちょうどいい存在だろう。 と、自分でも納得していました。 オットマーが怪談話に加えて肝試しをしたがっていたのは知っていました。 なので、リュメルと一緒に企画したていでそれを利用したのです。 まさか、人がどんどん消えていくとは思っていませんでしたが、それのからくりもネスにはある程度察しが ついていました。 しばらく通路を進むと途中に、部屋が一つありました。 中に入ってみると、乱雑にたくさんの物が置かれています。 古い資料や、灰皿、ロッカー、なにかの旗そして、大きな鉄製の扉が一つありました。 ネスは顔をしかめながらもその中に入っていき、ルカもそれに続きます。 旗には”**と共*蓮の花*咲*” と書かれているのはかろうじて読めましたが、何分劣化がひどく、それ以上は読み取れません。 しかし、ルカとネスにはそれが何なのかがわかりました。 「これって、ロスポンド勢力の……」 ロスポンド勢力とは、ルカ達が所属しているハイリリバー勢力と敵対関係にある勢力です。 旗に描かれているのは、おそらくそのロスポンド勢力のスローガン、そしてシンボルである蓮の花でしょう 。 座学の教科書で何度も見たものです。 しかし、なぜこんなところにこんなものが。 「ここはなんなんだ?」 「……ボクも詳しくはありませんが、ここには何かを隠しているみたいなんです」 「何かを……って、ネスさんはなんでそんなことを……」 「実家で、ちょっと。こういうのは知っておくと便利な事もあるので、調査のために肝試しを企画したの です」 「へえ、よくわかんねえけど、そういうことか……」 古く、厚く、とても開きそうにない鋼鉄の扉を二人で見上げます。 しばらくして満足したのか、開けるのをあきらめたのかネスは踵を返しました。 「行きましょう。早くここを出たい」 あるいは、この環境に我慢の限界が近いのかもしれません。 二人は廊下を歩き始めました。 ネスの調べによると、この地下通路への出入り口はいくつかあるそうです。 まだジゼル伍長たちがいるかもしれませんので来た道を引き返さずに、他の出入り口を探すことにしました 。 「……そういえば、ネスさん。あのクソ真面目野郎……ルイスをどうやって説得したんだ?」 「教官からの命令のスニーキングの訓練及び、抜き打ちテストのようなものだといいました。実はこっそ り点数が付けられていると」 「えっ」 「もちろん方便です」 「ネスさんって嘘つくんだな……」 「それが有効な手段な場合も多いですからね」 むしろ今回のそれは、ネスだから付けた嘘でもありました。 もし、他の誰かが同じことを言っても、ルイスはあんなに正直に信じなかったでしょう。 しばらく動き回ると、梯子のようなものに行き着きました。 そのまま上に浮上。 出たのは、食堂の近くでした。 とりあえずそこから四八一分隊の部屋へ向かいます。 見回りにぶつかることなく、わりかしすんなりと、私室の扉の前へ着きました。 二人は顔を見合わせます。 皆がそこにいるかどうか、それで今後の二人の行動は変わるのです。 ネスが二班の部屋のドアノブに手をかけました。 ゴクリと生唾を飲み込んだその時ルカの肩が、後ろから叩かれました。 ルカが振り返るとそこに女性が立っていたのです。 ルカが悲鳴を上げ、しりもちをつくと、クツクツと笑う声が聞こえました。 「引っかかったな」 顔を上げるとそこに立っていたのは、意外にもジゼル伍長でした。 彼女ならこんな意図的に脅かさず、見つけた瞬間怒鳴りこんでくると思っていたのです。 それだけ茶目っ気などなく、鬼のような人だと思っていたのです。 「え……え!?」 「よし、二人ともいるな。これで四八一分隊は全員確保した」 「い、一体……」 「最近、無断徘徊が目立ってな。これでいい薬になっただろう」 その答えに、ルカは咄嗟にネスを見ましたが、彼は肩をすくめました。 「ルイスに言ったのは本当に嘘ですよ。偶然です。おそらく、これも毎年恒例のことなのでしょう?」 「その通りだ。まったく、毎年毎年凝りもせずに……。私が訓練兵だった時からだぞ」 あからさまに呆れるジゼル伍長。 ですが、こっそり後ろから忍び寄ってルカを驚かせて笑っているあたり、彼女も楽しんでいるようです。 「だが、私を途中で撒くなんて大したものだ。ぜひ、実戦で生かすように」 「は、はあ……」 どうやらあの地下通路のことはばれていないようでした。 「あの地下通路に関しては他言しないように」 いえ、しっかりばれていました。 しかし口頭注意いに留まるということは、そこまで重要視されていないのでしょう。 「他の奴らはちゃんと寝かしつけてあるから、安心しろ。お前らも、もう寝た方がいいぞ。明日は早朝か ら疑似遠征訓練だからな」 「え!?」 「あ、明日、でありますか? そんな予定は……」 「何を言っている。規則は規則。破ったらこうなる。安心しろ。授業に差し支えないように、距離は短縮 してやる」 なにをどう安心すればいいのでしょう。 さすがのネスも顔を引きつらせています。 「復唱はどうした? 明日、〇四三〇〇(マルヨンサンマル)よりフラッグ前に集合」 「……明日、〇四三〇〇(マルヨンサンマル)よりフラッグ前に集合……」 ジゼルに促され、二人は力なく声を合わせました。 いつもはそんな復唱の仕方では怒られるのですが、今日の彼女は機嫌がいいらしく、満足げにうなずきまし た。 「じゃ、ちゃんと寝ろよ」 そういって、ジゼル伍長はヒールを高らかに鳴らしながら行ってしまいました。 ルカとネスはしばらく呆然としながらも、とりあえず一部屋づつ見て回りました。 部屋には確かに消えたほかのメンバーが寝かされていました。 三班まで生存を確認し、二人は自分の部屋へ戻りました。

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