パートナー、相棒、相方、親友、恋人、戦友。生きている間に心からそう呼べる者と、何人出会えるだろうか。
結婚式はその呼び方のひとつといえる、人生の伴侶を決める場だ。
キキとリオンは今その結婚式場で、誰だか分からない人の結婚式のお手伝いをしている真っ最中だった。
バージンロードをしずしずと歩く花嫁を横目にリオンがぼやく。
「なんで僕がお前たちの手伝いをしないといけないわけ?」
「人手が足りないんだ。しかたないだろ」
キキが投げやりに言葉を返す。
二人ともいつもの服ではなく、すこしピシッとした着慣れない服を着ていた。
ボサボサのオレンジ髪や、帽子の型がついてピンピンはねている金髪はも少し整えられている。
少しの動きにくさに苦戦しながらも、飲み物を配っていく。
首をちょっとめぐらせると、キキたちの住んでいる教会より少し小さい教会の中を見渡すことが出来た。
身内だけのささやかな式らしく、人はそう多くない。
遠くに受付をしている那由多ととぅれおや、この教会のシスターの手伝いをしているキララが見えた。
誰だか知らない新郎新婦のために祈りをささげているキララを見ながら、
キキは僕だってこんないわくつきの教会のお手伝いの頼みなんて、断りたかったさ。
と心の中で悪態をついた。
その頼みをされたのはある夜だった。まだ夕方だというのに、厚い雲に覆われた空は重たい色をしている。
夕日のあたたかいオレンジ色など見る影もなく、雨は地面に突き刺さるかのように激しく降り注いでいる。
雨風により傘の花すら散ってしまい、時折雷まで鳴る始末だ。
キキたちの教会では、雷を怖がる子ども達をなだめるのに大忙しだった。
神父はおらず、シスターが見習いを含め二人しかいないその教会は、教会としての活動はほとんどしておず、今は孤児院となっていた。
泣く子をあやし、おびえる子を励ますその孤児院の経営者もまた、子どもだった。
キキとキララは、その教会に身寄りのない子どもを集め世話をしている。
資金は知り合いからの募金や、キキがバウンティハンターとしてこっそり稼いだお金でやっと成り立っているすこし危なっかしい孤児院だ。
夕食の片付けと、子ども達を寝かしつける仕事をやっと終わらせ、キキとキララがほっと一息ついたそのときだった。
教会の扉を雨粒ではなく、誰かが叩いた。
誰も外に出ないような天気の日に誰が。
嫌な予感がしたキキはキララを下がらせると、腰につけた銃を触りながら、そっと扉を開けた。
相手が確認できる程度に開いた隙間からのぞくと、外には一人のシスターがいた。
「突然すいません、入れてくれませんか」
「……何の用?」
キキはまだ声変わりもほとんどしていない声をできるだけ低くして威嚇するように聞いた。
豪雨が建物や地面に打ち付けられる音や雷の音のせいで声はほとんど聞こえないが、
声を聞いているのではなく、相手の唇の動きを読んでいるキキにはそんなの関係ない。
彼は耳が聞こえない。
生まれつきではなく、ある事件により、キキは聴力を、それと同じようにキララは視力を失った。
二人はそれでも力をあわせてがんばってきた。キキは戦い方や読唇術を学び、キララはとにかく自分に出来ることを探して行っている。
「お願いがあって参ったのです。どうか、入れてくださいまし」
わざわざこんな雨の日に何の用があるのだろうか。
人を見かけで判断してはいけない。
それは彼の師匠の教えだった。
格好がシスターだからといって、銃を持っていないとは限らないのだ。
特に、この街では。
「悪いけど知らない奴を、簡単に入れるわけにはいかないの」
子どもたちや愛すべきキララがいるこの教会に、厄介ごとを持ち込むわけには行かない。
そう思い、キキは扉を閉めようとした。
「入れて差し上げましょう。キキ」
ところが、キララがそれを制した。
彼女にはシスターの姿は見えていないはずだ。見た目に騙されたのではない。
彼女の他人を想いいたわることに全く疑問を抱かない彼女なら当然の行動だ。
キキは彼女を下がらせるだけではなく、奥の部屋へ隠れているように言わなかったことを後悔した。
もし、銃撃戦になんてなったら一番に狙われ、負傷するのは彼女なのに。
それにこういう状況になったら、彼女がこう言い出すことは目に見えていたではないか。
「お願いします、キキ。最初から人を疑うのは悲しいことです」
「……わかった」
結局彼女のお願いを断ることはできず、キキは人が通れるくらいまでに扉を開けた。
もちろん彼女から目を離すことも、銃から手を離すこともしない。
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべた彼女の後ろで、雷が鳴る。
逆光によりシスターの顔には不気味な影がかかった。
中に入ったシスターはキョロキョロとあたりを見回し、こう言った。
「ありがとうございます。……あの、ここの神父様にご挨拶したいので、呼んでいただけませんか。御礼をしなければ……」
「ああ、すいません。この教会に神父様は……」
「神父は今出かけてるんだ。帰ってくるのはいつかわかんない。明日の朝かもしれないし、一週間後かもしれないんだ」
素直に答えようとするキララの声にかぶせるように、キキが答えた。
キララは驚いて、「キキ?」と声を漏らした。
だが、シスターと向き合っているキキにはその言葉は伝わらない。
幸運にもシスターはそれが嘘だとは気づかなかったようで、笑顔のまま話を続ける。
「あら、そうなんですの。残念ですわ」
「この雨の中、挨拶しにきただけなわけ? わざわざご苦労さま」
挑発するかのように憎まれ愚痴を叩くキキの腕に激痛が走った。
いつもの、でも、いつまでたっても慣れることがない痛み。
「き、キララぁあああああ、ちょ、まっ……離してぇええええええ!」
キララがキキの腕に噛み付いていたのだ。
「お客様になんて態度です! お仕置きです!」
やっと自分のほうを向いたであろうキキに顔を向け、そういうと噛み付きなおした。
さっきより悲痛なキキの悲鳴が上がる。
キララには噛み癖があり、キキが悪いことをすると噛み付くのだ。そうでなくても噛み付くこともあるが。
子どもたちはそれを見ているからか、噛みつかれるほどの悪さをすることはないため、彼女の噛み癖の被害者は大抵キキだったりする。
客の手前ということもあり、キララはいつもよりずっと早く“お仕置き”をやめてくれた。
それでも、キキは肩で息をするくらい叫び疲れており、肩で息をしている。
幸いなことに雷のお陰で泣き疲れていた子どもたちは、彼の悲鳴で起きてくる様子はなかった。
「な、仲がよろしいのですね」
「……まあね」
さすがのシスターもこれには面食らったようで、笑顔を引きつらせた。
コホン、と咳払いをひとつして、話を戻す。
「では、ここのシスター様はいらっしゃいますか?」
「ここにいるシスターは私と那由多ちゃんの二人だけでして……」
キララが今度こそ正直に答えた。
那由多というのはキララの後輩に当たるシスターだ。
「あら、そうなんですの?」
「ええ、あとは子どもたちだけなんです」
「ここ、孤児院やってるからね」
「なるほど……。では、小さなシスター様、お願いがあるのです」
「なんでしょう?」
キララが疑いのまったくない屈託のない笑顔を浮かべて首をかしげる。
「結婚式を、手伝っていただけませんか」
「結婚式を?」
「手伝う?」
キララとキキはキョトンとしたが、キララはすぐ笑顔に戻し、二つ返事を返した。
よく詳細を聞きもしないのに。
ポカンとしていて反応が遅れたキキはそれを止めることできず、頭を抱える。
もちろんそのあともどうにかいちゃもんをつけて断ろうと、キキが質問を浴びせたがシスターの話したことは、
キララを諦めさせるどころか逆にやる気にさせてしまった。
シスターの話では、彼女のいる教会では良くない噂が広まっているらしい。
そのせいで働き手がいなくなり、今は神父と彼女だけしかいない。
それなのに結婚式の依頼が来てしまい、断るわけにもいかず受けてしまった。
働き手がいなくなっていないため、仕方なく近くの教会に片っ端から依頼を出すも、どこもその良くない噂のせいで、いい返事をくれない。
シスターは最後に、キララとキキの教会にたどり着いたのは神のお導きだといって、帰っていった。
キキは失敗した、と頭を抱える。
事実彼らの行動はノックの音を聞いたときからなにからなにまで間違ってしまっていた。
ノックの音に気付かなければ、気付いても無視していれば。
今更後悔しても遅い。
キララが一度した約束をそう簡単に破るわけがない。
結局、二人の打合せはどんどん進行してしまい、依頼は受けるしかなくなってしまった。
子どもしかいないその教会に手伝いを頼むしかなくなるほど、彼女の教会を貶めた噂。それは、
「“その教会で結婚式を挙げた二人は不幸になり、破局する”ね」
いつのまにか近くにいたとぅれおが腕組みをしながら言った。
「うわ、お前いつのまに!?」
「さっきまで入り口で受付やってただろ!?」
「だってぇ、那由多と一緒とか怖いんだもんっ」
あざとくなみだ目で二人を見上げるとぅれお。
白い肌に水色のワンピースが似合っている。頭のリボンも今日はいつもと色違いだ。
かわいらしく口を尖らせる姿は美少女そのものだが、騙されてはいけない。
彼は男である。
正確には女の子の格好が好きで似合う男の娘である。
むしろ男の格好は嫌いなのだという。
「まあ、なんというか。よくこんなとこで結婚式を挙げる気になるよね」
とぅれおが話を戻し、恥ずかしそうに笑い合う新郎と新婦に視線を投げる。
「金がないからだってさ。格安のこの教会で挙げることにしたらしい。
自分たちはどんな運命にも立ち向かえるとか思ってんのかねえ」
キキは肩をすくめながら知っていることを話した。
最後の台詞は彼が先生と呼ぶ人の真似っこをしているのだろう。少し背伸びをした発言だった。
「まあ、都市伝説みたいなもんでしょ。こういうのって。格安で式挙げられてラッキーじゃん」
「愛を確かめるのにもお金が必要なんだ。大変だよねえ」
「お前ら……夢がないよね」
リオンが呆れたように言った。そんなことを話していると、那由多が勢いよくとぅれおの腕にしがみついた。
「れーおくん! 一緒にブーケトス参加しようよお! このあとあるんだって!」
那由多もいつもよりお洒落をしていた。
上のほうで結っているし、ピンクのワンピースにはたくさんのレースがついている。
うしろにいるキララは、いつもとは違うデザインのシスター服を着ていた。
この教会のシスターの正装を貸してもらったらしいが、那由多は気に入らずほかの服を着ているようだ。
どうやら那由多はとぅれおの近くに来るついでにと、キララを連れて来てくれたらしい。
慣れない場所で人を探すことは、キララ一人では困難なのだ。
那由多はとぅれおのことが大好きで、今回この結婚式のお手伝いに彼を呼んだのも彼女である。
ただ、彼女の好意が切り刻みたいくらい大好きという少し猟奇的なもののため、とぅれおは那由多のことを若干怖がってると思われる。
「えー。なんで僕も……」
「おねがいー! ね! いこ!」
しぶるとぅれおを那由多が無理やり入り口近くまで引っ張っていった。
早くブーケトスをする庭に出て良い場所をとるつもりらしい。
そんな二人の声を聞きながらキララは、キキとリオンにお願いをした。
「キキ、すいませんが、あちらに気分の悪そうな方がいらっしゃるそうなので、
リオンくんと介抱して差し上げてくださいませんか。私は神父さまのお手伝いをしてこないといけないので……」
申し訳なさそうに手を合わせるキララ。
「こいつと一緒にやんないといけないの!? 冗談じゃ……」
「わかったよ、キララ。お手伝いがんばってね」
不満の声を上げるリオンを黙らせてキキは承諾した。
キララのお願いはどうしても聞かねばならぬという、使命感があるらしい。
それは彼にとって当然のことであり、いつも人の為にがんばっているキララの為にがんばりたいのだという。
リオンはキキとはライバルであり、兄弟弟子だ。
キキとの関係ははっきり言って最悪。
「ほら、行くよ」
今回の依頼は、人手はあったほうがいいだろうと、キキとキララが助っ人に呼んだのは、那由多、とぅれお、リオンの三人だった。
キララがリオンを誘うのは、彼がキキの仲の良い友達だと思っているからだった。
今回来るのだって、二人とも随分駄々をこねたのだ。
キララの鶴の一声により、キキは全力でリオンが来るように挑発したのだった。
「……お前本当にあの……シスターの尻に敷かれてるよね」
リオンがわざわざキキに顔を向けていった。
「なんか言った?」
「椅子かよお前」
「ヒヨコ並のとり頭の癖によくその悪口が思いついたな。褒めてやるよ」
「あんだと!」
喧嘩をしながらもその具合の悪そうな人を探す二人。
そして案外あっさりと教会の隅のほうで腰を丸めて口元を抑えている黒髪の男性をみつけた。
リオンはそれを見てバケツを取ってくる、といい奥へ急いでもどる。
おそらくここで吐かれても、片付けは彼らがする羽目になるのだろう。
それは出来るだけ避けたい。
キキはとりあえずその人に近づく。
キキが近づいてくる気配に気付き、男性は青白い顔を上げた。
すると、キキはポカンとした顔をして、その男をこう呼んだ。
「え、先生……?」
「ああ、君かぁ……」
「……あら、キキ?」
「……え……キキ君……?」
その近くに座っていたのは銀髪の男と、金髪の女性も反応を示す。
「師匠に、親方まで……何、あの人たちと知り合いなわけ?」
キキが、先生と呼んでいるのはサタンという黒髪の男性。
親方と呼んでいるのは銀髪の男性だ。
「おい、バケツ持ってきたぞー……って、あれ? ソフィー?」
バケツを持ってきたリオンも、金髪の女性を見てキョトンとした顔をした。
キキが師匠と、リオンがソフィと呼んでいるのは、ソフィアという女性。
ソフィアは彼らに戦いを教えているまさしく師匠のような人だった。
サタンとラックは強いからか、キキが勝手にそう呼んでいる。
もちろん教えを請うこともあるが、サタンが教えるのはろくでもないことだし、ラックは教え方が下手だった。
ソフィアも天才型のせいか、ニュアンスでしか教えられないため、決して上手とはいえないのだが。
まさかの再会に驚いているわずかな間に、式はクライマックスに突入していた。
神父の声が聞こえる。
「では、誓いのキスを。ここに二人を夫婦と認めましょう」
新郎と新婦は口付けを交わした。
照れたように見つめあう二人を見て、近くから那由多の声が聞こえてきた。
「すてきぃ。なちゅもいつかれおくんと……」
その発言にぎょっとするとぅれおを他所に那由多はきゃあ、と顔を赤らめた。
それを横目にキキもほわほわと想像する。
少し大人になった自分とキララがあの場所に立つことを。仕事でパートナーは必要ないけど、生涯のパートナーなら是非キララと誓い合いたいと思っていた。
人生のそんなかわいらしいピンクのオーラを出していると、近くから苦しそうな声が聞こえてきた。
「も、もう無理……!」
そう言ってリオンからバケツをひったくるとその中に胃の中の物をリバースした。
式もひと段落し、今は教会の小さな庭でブーケトスをやっていた。
とぅれおははりきっていた那由多とともにそれに参加している。
キララも外でシスターたちの手伝いをしているようだ。
その間、キキとリオン、そしてソフィア達三人の計五人だけが教会の中に残ってた。
「殺人鬼?」
「そうなの」
と肩をすくめるソフィア。
彼女たちは新郎新婦の知り合いでもなんでもなく、仕事でこの場にいるらしい。
なんでも、彼女たちは、シスターから頼まれて、調査をしているのだという。
キキたちに式の手伝いを頼んだあのシスターからだ。
「つまり、噂って言うのは、その殺人鬼のせいなんだ?」
キキの言葉に、ソフィアがうなずいた。
噂の原因は、この教会で結婚式挙げた新郎新婦の親族を次々と殺していく殺人鬼のせいらしい。
結婚したばかりにもかかわらず、次々に不幸に見舞われた新郎新婦は別れてしまう。
それが噂の詳細だった。
どうやらキキが依頼されたときに聞かされたことは、随分と端折った説明だったらしい。
「大量殺人の末、最後は別れるだけってなんかしょぼいね」
「へええ、それで結婚式から潜入してるんだ」
キキとリオンがそれぞれの反応をしている後ろで、ラックはサタンの背中をさすっていた。
「……サタン…………大丈夫?」
「……大丈夫に見えるなら、君の目はたいそう視力がいいんだろうねェ」
真っ青になりながらも皮肉は欠かさないサタン。
彼は愛だの恋だのというのが嫌いで、恋愛小説を読んだだけでも吐き気を催す体質なのだ。
この結婚式という場所は彼にとって地獄のようなものだろう。
そこへ那由多ととぅれおが帰ってきた。
那由多はなんだかむくれている。
どうやら花嫁のブーケトスをキャッチできなかったようだ。
「ぶーけぇ……」
「なんで僕まで参加することになったのかなあ」
「だってれおくんとなちゅが参加すれば、かくりつは二倍! でしょ?」
「……まさかそれで僕、連れてこられたわけ……?」
「もちろん! れおくんはなちゅと結ばれるんだから! どっちがキャッチできても、幸せになれるよ!」
そしたら思う存分切り刻むんだから! と那由多は屈託のない笑みを浮かべた。
とぅれおは勘弁してよ、と後ずさりをした。
その光景を見て、サタンはまた一瞬顔を青くして口元を押さえる。
外で騒いでいた客がぽつりぽつりと教会内に戻ってきはじめた。
様子を見る限り、これから場所を変えて騒ぐようだ。
「じゃあ俺たちも帰りましょうか」
彼女たちがこの式に出たのは、結婚式自体に何か異常がないかと、これからの被害者の顔をチェックするためだった。
いまだにバケツを抱えているサタンがそれに賛成した。
「そうだね。用事は終わったし、俺、ここにいると死んじゃいそう……」
「…………サタン……大げさ。……俺、名簿、もらってくる……先、いってて……」
ラックはボソボソと話す。
名簿とはおそらく結婚式に参加したものの名簿だろう。
噂が本当ならば、彼らはこれから被害者になる人間だ。
「わかったわ。そのあと、準備をしに一旦帰ってからパトロールにいきましょう。殺人鬼さんは夜しか出ないみたいだしね」
「こうなったらその殺人鬼とやらに八つ当たりしないと気がすまないよ」
そういって、サタンたちは帰っていった。
八つ当たり対象にされる殺人鬼はかわいそうだが、手加減なんてしてもらえないだろう。
名簿をもらうため神父に話しかけているラックをみて、リオンがポツリと言った。
「なんかさ……ヤな感じがする」
「は? 親方は確かに無愛想だけど……」
「そうじゃなくて、あの神父。なんか、ヤな感じがするんだ」
リオンが眉間にしわを寄せて言う。
彼はエクソシストの見習いをしていて、そういうものに敏感なのだ。
神父のヤな感じがそういう類のものかは分からないが、彼の勘は良く当たる。
キキもまじまじと神父を見つめてみたが、微笑を絶やさない胡散臭い男だという以外、何も思わなかった。
***
その夜はからりとしていて、月が良く見える空だった。
藍色の空の下、集まったのはソフィア達の三人と、キキとリオンだった。
「それで、なんであなたたちがいるのかしら?」
呼んだ覚えのない二人を見て、ソフィアが呆れたように聞いた。
二人はいつもの服に着替え、愛用の武器までちゃんと持って来ている。
それを見れば、仕事に付いてくる気だ、ということは一目瞭然だろう。
「いいじゃん! たまにはつれてってよ!」
「そうだよ、僕ならこの馬鹿と違って足手まといにならないからさ!」
「足手まといだと! お前こそお邪魔虫じゃんか!」
「誰がお邪魔虫だって!?」
ガルル、とうなりながらでこをでこで押し合うキキとリオン。
結局キキが力負けした。そんな弟子達を見てソフィアがため息をつく。
「俺が何のために、いつも二人一緒に稽古付けたり、依頼をこなすように言ってるか分かってる?」
「わかんないよ!」
「僕は分かるよ」
キキは横目でリオンを睨みながら言った。
「この馬鹿一緒でも敵に負けないように強くなれってことでしょ?」
「違うわよ……まあ、いいわ……。とにかく、今回は帰りなさい」
「嫌だ!」
「たまにはつれてってよ!」
頭を抱えるソフィア。
自分も好き勝手にやるほうだが、まとめるほうは大変なのね、といつもまとめ役を買って出ている仕事仲間を思い浮かべた。
だが、彼女が今後、その好き勝手な行動を我慢することはないだろう。
「いーんじゃないの? 別につれてってもさ☆」
「でも……」
「…………だめ……危ない……」
「危ないのは自己責任でしょ☆」
すっかり元気になったサタンが無責任な発言をし、それをラックがたしなめた。
確かに、キキとリオンはそこら辺の子どもに比べれば腕が立つほうだが、それでも実力はソフィア達三人の足元にも及ばない。
ソフィアはため息をつき、実力行使に出ることにした。
すばやく剣と銃を抜き、それぞれをキキとリオンにつきつけたのだ。
二人もその動きに思わず動きを止めた。二人は避けることはおろか、自分の武器を触ることすらできなかった。
「ほら、こんな攻撃にも対応できないのよ。おとなしく帰りなさい」
人に物を教えるということが苦手な彼女は、彼らの戦闘指導をほとんど今のように実践のみで行っている。
実際、そのおかげで彼らは少しずつ強くなって来ているのだ。
あとひとつ、あることを覚えてくれれば、彼らの強さは飛躍的にアップするのだが、彼らはなかなかそのことに気付いてくれない。
「そ、そんなあ!」
「ソフィ、不意打ちなんてひどいよ!」
「敵がくるのはほとんどが不意打ちでしょう? はい、今日は解散ね」
ぱんぱん、と手を叩きながらそう言われ、二人はしぶしぶ回れ右をした。
ソフィア達はそれを見て、今後の行動の打ち合わせをはじめる。
――だが、これしきで諦める彼らではなかった。
帰ったフリをして、建物の影からソフィア達の様子をうかがう。
「じゃあ、俺はここから行くわ」
ソフィア達は神父からもらったリストを見ながらどこからパトロールへいくか話し合っているようだ。
「俺はここから」
「ラックさんは必然的にここらへんからになるわね
「……俺一番……遠いじゃん……」
「ラックくんは足速いからいいじゃん☆」
「じゃ、あとは早い者勝ちね。殺人鬼に会えた人が戦う権利があるってことで」
「別にあとで合流して参加してもいいでしょ?」
「もちろんよ」
「……じゃ、あとでね……」
そういって三人は分かれてしまった。
リオンとキキはそっと忍び寄ってソフィアについていく。
「なんでお前もこっちくるんだよ」
「そっちこそ。親方とか先生とやらについていけばいいだろ」
「お前は帰れよ」
「嫌に決まってんだろ!」
思いのほか大きな声が出たリオンは思わず自分で口を押さえた。
そうっとソフィアの様子を伺うが、彼らのほうを振り向く気配はない。
二人はほっと息を吐きながらソフィアについていった。
障害物をうまく使いながら彼女の死角に入る。
ソフィアはキョロキョロしながらなにやら紙切れを覗き込んでいる。
「……ねえあれ、もしかしてソフィ、迷ってない?」
「……多分」
いつものことながら自分たちの師匠の方向音痴加減に呆れる二人。
だが尾行をしている今回は、いつものように出て行って道を示してやることもできない。
かといって、彼女の行こうとしている先はわからないので、彼女を追い越すことも出来なかった。
やきもきしながら尾行をつづけていると先ほど見た後姿が見えてきた。
「あら? ラックさーん」
ソフィアがその頭に声をかける。
それはさきほど分かれたはずのラックだった。
ラックは振り向き、ソフィアを見つけるとため息をついた。
「……ソフィアちゃんの担当は……間逆の方向だった……よね……?」
「まあそういうこともあるわよね」
「むしろ……そういうことしかないよね……?」
「道はつながってるんだから仕方ないじゃない」
マイペースに言うソフィアを論破できず、ラックは諦めた。
ふと上を見ると、深い藍色の空に白い煙が上がっていることにきづいた。
とぎれとぎれに下から湧き出ている。
「……火事……?」
「いえ、あれは狼煙よ」
ソフィアが言った。
上を見上げて話す二人を見て、キキとリオンも煙の存在に気付き、上を見上げる。
「モールス信号になってるみたいね……ええと……“ブレイクストリート4番地”ですって。行ってみましょう」
「……ソフィアちゃん、なんで……そんなのわかるの……」
「常識よ」
ラックはどんな常識なのだろうと首をひねり、
そのうしろでキキとリオンは狼煙のメッセージがわかったかどうかという不毛な言い争いをしながらソフィアを追いかけた。
ブレイクストリートと呼ばれる場所につくと、その真っ暗な道には人一人いなかった。
そこはルタールにしては静かな住宅街だった。
足の速いソフィアとラックの後をついていくのは大変だったが、なんとかはぐれずにキキとリオンも来ることが出来た。
「ええと……ここらへん……のはず……」
ラックがキョロキョロと辺りを見回していると、ソフィアが何かを見つけて指差した。
「あら、ラックさん、あの家、ドア開いてるわよ。無用心ね」
「……もしかして、あの家なんじゃ……」
その家の庭には焚き木をしたような跡があった。
二人は顔を見合わせ、その家の中に入っていく。
二人が家の中に入るのを見届けてから、キキとリオンはそっと近づき、窓から家の中をのぞいた。
するとそこは。
「ッ!」
「……!」
二人とも悲鳴を上げそうになるのを必死にのみこむ。
中は一面真っ赤だった。
どす黒い赤。家具はところどころ粉砕し、荒れている。
その部屋にいたのは、サタンだった。
黒尽くしの彼の服のなかで唯一白いシャツが血で濡れている。彼の左手には黄金の大剣。そして右手には……
「……死体……! じゃあ、犯人は……」
リオンがそういった瞬間。ソフィア達がその部屋に入ってきた。
気持ち頭を低くして目立たないように息を詰める。
「おや☆ やっと来たね☆」
「……サタン……その人は……?」
「多分この家の人☆ たしか花嫁の叔父だったかな☆」
ぱっと手を離すと、その叔父だった人はごとりと落ちた。
幸いにもまだ幼いキキとリオンからは見えないが、
腕も足も変な方向へ曲がり、頭にいたっては真っ二つに割られ、その上変形していた。
窓の外からは三人の話し声は全く聞こえないが、キキが唇を読んでリオンに通訳してやる。
「お気の毒……間に合わなかったのね……」
「そういうこと。いやあ、誠に残念だよ☆」
サタンのその物言いは全く持って残念だという雰囲気が欠片も感じられない。
「……ねえサタン……剣に血……ついてるけど……」
「ああこれ? この人の血だよ?」
ラックの指摘にサタンはあっさりと答えた。
ソフィアが「あら」と声を漏らす。
「じゃあ殺人鬼は貴方?」
「残念不正解☆」
「……ある意味……正解、だよね……良く考えたら……二人とも……って俺もか……」
ラックが目をそらしながらいつもどおりボソボソと言う。
ソフィアもサタンも、過去の出来事や、今の仕事柄たくさんの人を殺めてきている。
彼らだって殺人鬼と言われてもおかしくないのだ。
「俺がここに来た時はもうその人死んでてね。殺人鬼も見当たらなかったから諦めて帰ろうとしたところ……」
サタンは溜めておもしろがるように声を低くした。
「……その人が突然起き上がって俺に襲い掛かったんだ☆」
「……なにそれ……」
「本当だよ? でもあれだね、死んだ人間を殺すのって恐怖の顔が見れないから楽しみが半減だねえ」
「心臓も止まってたなら血飛沫もあまりとばなかったんじゃないの?」
「そうなんだ。ほんと残念☆」
随分と物騒な会話である。
今は無邪気なキキとリオンは彼女たちを師として、戦闘術を教わっているため、将来が不安である。
「とりあえず、今日は警察を呼んで、帰りましょう」
三人が外に出てくる気配がしたので、二人は慌ててそこから離脱した。
彼女が解散するといってたことから、その日は変えることにし、二人はそれぞれ帰った。
それから一週間。二人は三人の後を尾行した。だがこれといった成果はみられず、見つけるのは死体ばかり。
「いったいいつ犯行を行ってるんだあ?」
ぎしり、と音を鳴らしながらキキは座っている椅子を傾けた。
教会の天井を見上げると、ため息をひとつつき、椅子を元の角度に戻し、頬杖をついた。
夜にソフィア達についてまわっているキキはおかげで寝不足ぎみだ。
そして彼と同じように毎夜彼女達を追跡しているリオンもまた同様に寝不足の日々が続いているのだろう。
バラバラに出発するはずの彼らは何故か途中で合流してしまう。
同じ対象をオかけているのだから当たり前のことだが。
最近は言い合いをする元気もない。
二人とも眠い目をこすりながらゾンビのようについていっているのだ。
「ゾンビか……」
ポツリとつぶやく。
死体はだいたいゾンビになっているらしく、ソフィア達はほぼ毎日死体の血で血まみれになっていた。
「ゾンビ?」
その単語に反応した那由多が寄ってきた。
キキがそんな彼女をしっしと手で示しながらため息をつく。
那由多はぷくりとむくれた。
「なによおー! せっかくキララのつくったホットココアもって来て上げたのに! いらないの?」
「いる」
キキは那由多の持っていたお盆からマグカップを取ると口の中に流し込んだ。
寝不足の頭に糖分がいきわたる。
「最近、お疲れみたいですね。お仕事ですか?」
コップを下ろすと、目の前にキララがいた。
「……まあ、そんな感じ」
「あまり危ないことはしないでくださいね」
「大丈夫だよ」
そろそろ行かなければ、とキキは立ち上がった。
ソフィアたちが見回りを始める時間だろう。
だんだん見回りの時間は早くなってきているのに、殺人鬼は彼女たちをあざ笑うかのような早業で殺して回っている。
さらに、ソフィア達は日中、容疑者達を探しているようだが、それも会話から察するに空振り続きのようだ。
「じゃ、いってくるね」
とキララにむかって言いながら教会の扉を開けると、そこにはとぅれおと女性が立っていた。
「ん? とぅれおじゃん。なんか用?」
「用っていうか……」
そういってチラリと隣の女性を見上げる。
キキは二ヤリと笑って、声を張り上げた。
「ははーん……おい、那由多―! とぅれおが浮気したみたいだぞー」
「ちょっ!?」
耳の聞こえないキキには分からないが、おそらく那由多は今自分のチェーンソーを取りにばたばたと走っていっているのだろう。
とぅれおの顔から一気に血の気がなくなる。
「ふざけないでよ!? 那由多にそんなこと言ったら殺されるじゃん!?」
「修羅場って見てるの楽しいよな」
「まだ死にたくないの!」
必死になって顔をひきつらせるとぅれおだったが、やがてニヤリと笑いながら口だけをパクパク動かした。
声は出していないが、キキには彼が何を言っているのかが分かった。
『キララに同じ事言ってもいいんだよ?』
つまり、キララにキキが浮気したとでもホラを吹き込み、修羅場の道連れにするつもりなのだろう。
キララは殺しにかかったりはしないが、下手すると祝福をされ、嘘が本当になってしまいそうだ。
「ごめん那由多! 僕の勘違いだった!」
すばやい前言撤回を行った。
とりあえず女性とリオンを中に招き入れる。
那由多はというと、案の定チェーンソーを持ってきていた。
だがちゃんとキキの声は聞こえたようで、とくに殺気は放っていない。
だが少しだけ、警戒しているようにその女性を睨んでいた。
「で、何なのこの人は」
「あれ、この人……花嫁さんじゃない?」
那由多が言った。
え、とまじまじと見ているとなるほど確かに先日手伝った結婚式の花嫁だ。
「そ。さっき会ったから声をかけたんだ」
この人まあまあ美人だしね。という言葉は、那由多がいる手前飲み込んだ。
せっかくキキに前言撤回させたのに、自分で墓穴掘っていたら世話がない。
女性はくすんくすんと鼻をすすった。
「私……あの彼と別れたんです」
「え……どうしたんですか……?」
キララが眉を下げた。
「実は最近不幸ばかりあって……」
花嫁はポロリポロリと涙を流す。よく見ると目は既に赤く腫れている。
昨日くらいから泣き続けているのだろう。
新しく流す涙がしみて痛そうだ。
無理もない。
彼女の周りの人間が次々と死んでいっているのだから。
「それも、彼と結婚式を挙げた次の日からなんです……」
知っているキキにとっては別段驚くことでもなかった。
同じく事情をしっているキララたちは彼女にかけることばが見つからないでいる。
「私と彼は結ばれるべきじゃなかったのよ! 神様がきっとお怒りになったんだわ……」
「そんなことないですよ。幸せの後には不幸があるかもしれませんが、そのあとはまた幸せが訪れます。そんなに簡単に誓いをうたがってはいけません」
キララが彼女の手を取りながら言った。
あとは彼女のすすり泣く声だけが聞こえてくる。
彼女の頭や手を撫でながら、キララは那由多を通してキキに話しかけた。
「キキ、お仕事なんだよね?」
「え、ああ。うん……」
「ここはキララだけで大丈夫だからお仕事行ってって言ってるよ。なちゅやれくんもいるし、なんとかできるってー」
「……うん、ありがとう」
普段から生意気な口しか利いていない自分では彼女を泣き止ませることも、慰めることも出来ない。
キキは自分がこの場にいても迷惑をかけるだけだと判断し、キララの言うとおり出かけることにした。
ただし、仕事ではなく、師匠の尾行をするということだけが心苦しい。
今日は満月のはずなのに、厚い雲がかかっていて、光といえば街頭や建物内からの人工的な光しかなかった。
教会を出てすぐ近くにあった街頭の下でキキはメモ帳を取り出す。
そこにはソフィアがどういうルートでパトロールを行ったかと、被害者の名前と住所がメモされていた。
キキはメモを見つめながらブツブツとつぶやく。
そこへ丁度リオンが通りかかった。
キキは今日の予想を立てるのに夢中になり、彼の存在に気付いていない。
「……この前はあのあたりだったから、今日はこのあたりをパトロールするかな……」
「おまえさあ、いっつもそんなこと考えながらソフィを探してたの? だから見つけるの遅いんだよ」
リオンはそのメモを押しのけて言った。
キキは驚いて声を上げる。
確かにリオンはいつもキキより早くソフィアを見つけている。
一体どうして、とキキは驚いて声を上げたことを取り繕うように聞いた。
「……なんだよ。じゃあお前はどうやって師匠を見つけてるんだよ」
「勘」
「馬鹿に聞いた僕が間違いだったよ」
キキは呆れたようにため息をついた。
「で、その勘とやらで今日は僕を迎えに来てくれたわけ?」
「まさか! でもなんか禍々しい感じがしたからここにきたのは確かだね。あの捕食者のオーラかなにかかな」
リオンはそういって懐に忍ばせた聖水を握った。
リオンはキララの噛み付き癖を見て以来彼女を捕食者と呼んでいる。
それ以前から彼女に苦手意識を感じているらしく、彼女と会うときはいつも聖水を持っているのだ。
キララに悪魔がついているとでも思っているのだろうか。
リオンはたまに野性的な勘を発揮するときがある。
キララは危険だとその勘が怒鳴っているらしい。
「キララの悪口? 殺すよ?」
「お前さ、もうちょっとソフトに言ってくれない?」
「殺す」
「さらに直接的になったじゃん」
そんな言い合いをしていると、そこで二人はなにかにピクリと反応した。
音に反応したのではない。
二人それぞれの後ろに何かがいる気配を感じ取った。
なめらかとは言いがたいが、慣れた動作で二人は武器を抜くと振り返って背中合わせになり、自分の後ろにいるそのなにかにつきつけた。
その先にいたのは。
「な、なにこいつら!?」
「気持ちわるっ! ゾンビかよ!」
泥だらけのボロボロの服。
腐食して溶けかけている肉。
むきだしの白目に、ところどころ見えている骨。
そこにいたのはまさにゾンビと言うにふさわしいいでたちをした者だった。
キキは銃をぶっぱなし、リオンは剣を横になぎはらった。
思いのほか簡単に倒せたそれを見てほっと一息をつく二人。
だがそれもつかの間、すぐにはっとして武器を構えた。
気配の居所を探ろうと、キョロキョロと見回すと、すぐに人影が見つかった。
「神父……!」
「怪しいと思ってたんだよね!」
結婚式を手伝った神父だった。
二人はゆっくりと近づいてくる神父に武器を突きつけて、無理やり動きを止めさせた。
そんな状況でも、神父は微笑を絶やさない。
まるではりついてその表情しか出来ないかのようだ。
神父は言い訳をするわけでもなく、とぼけるわけでもなく、ただ二人にむかって腕を振った。
二人は後ろに飛んでそれをかわす。
目の前でぶん、と風を切る音がした。
着地すると同時にキキが足を目掛けて撃ったが、はずれてしまった。
続けてリオンが聖水を神父に向かってぶっ掛けてみる。
すると、液体が神父にかかった瞬間、じゅう、と音を立てた。
神父はかかった腕を押さえ、ぎゃあ、とおよそ人間とは思えない絞り出したような声で叫び、そのまま逃げていった。
キキとリオンはそれを追いかけようとしたが、すぐに足を止めた。
「げっ……あれって……まさか……」
「そのまさかだな……!」
道の端からそのゾンビたちがうじゃうじゃと顔を見せ始めた。
じりじりとゆっくりキキたちに迫ってくるのが見える。
突然教会のドアが勢いよく開いた。
「なに! なに!? ぞんび!?」
扉を開けたのは瞳を輝かせた那由多だった。
チェーンソーは手放すどころか、元気よく回転させている。
「那由多! 中にいろ! で、キララを守ってくれ!」
「えええー! そんな、ずるい! ふたりだけ!」
「ず、ずるいって……」
那由多の趣味はゾンビ狩り。
いつどこで狩っているのかは知らないが、この状況は彼女にとって燃えるのだろう。
「だあああ、わかった! 那由多! 戦っていいから扉閉めろ! そんで、こっから動くな! じゃないと愛しのれおが食われるぞ!」
「わかった! なちゅ、れおくんをまもる!」
そういってチェーンソーの回転を早くした。
高潮した頬。
満面の笑み。
かわいらしいその姿がすぐにゾンビの血でまみれてしまうことだろう。
キキはため息をついて、武器を構え直した。
銃弾はソフィアを追跡したときに何かあったときのために充分補充してある。
「僕は教会にいくけどついてくんなよ、リオン。って……いない!?」
どうやらキキが那由多に必死に指示をしている間に、早々に戦闘を離脱したらしい。
連係プレイを取る以前の問題だ。
「じゃあ、任せて大丈夫なんだろうな!?」
「もっちろん! なちゅにおっまかせー!」
「じゃあ、頼んだぞ!」
そういって、キキは教会のほうに駆けて行った。
先日結婚式をやった教会だ。
早く問題を解決して、キララを守らなくては。
無意識にキキは足の回転を速める。
するとすぐに、リオンの白い服が見えてきた。
神父を追いかけるためにとにかく彼の教会へ行こうという考えは二人とも同じだったらしい。
「なんでお前こっちの方向に行ってんだよ!」
「それはこっちの台詞だ! 真似すんなよ!」
「うっさいばーか! お前が真似してんだろ!」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだよばーか!」
低レベルな口げんかをしながら教会に近づく。
飛びつくようにそれぞれ扉の取っ手を持つが、それをまわすことが出来ない。
どうやら鍵がかかっているようだ。二人ともやけくそになってガチャガチャとやっていると、後ろから生臭いものが覆いかぶさってきた。
ふたりとも、すこし視線をずらすと背中になにがのしかかっているのかが分かった。
「う、うわあ!?」
「ゾ、ゾンビ!?」
一斉に悲鳴を上げ、慌てて背中のそれをどける。
「貴方達、もうちょっと神経とがらせないと、死ぬわよ?」
「というか、これくらいでビビるようじゃまだまだだね☆」
二人の後ろに立っていたのはソフィアとサタンだった。
どうやら彼らが襲われそうなところを一応助けてくれたらしい。
「ソフィ!」
「だってこの馬鹿が……」
「それより、早く中に入りましょう。死人の相手ばっかりしてもつまんないわ。動きも鈍くて粗いし」
「……鍵……開いたよ……」
「うわ、親方いつのまに!?」
ラックがいつのまにか扉にはりがねを差し込んでいた。
どうやらピッキングをしたらしく、今度はドアノブはあっさりと回った。
ソフィアたちは三人とも血まみれだ。
おそらくゾンビ達を片っ端から倒してきたのだろう。
それなのに息ひとつ乱れていない。おそらくかすり傷さえもないのだろう。
「さっすがコソ泥☆ 慣れてるね☆」
「…………盗賊……」
不満そうに口を尖らせ、自分の職業を訂正すると、そっと扉を開けた。
中は真っ暗だった。
確かに外も暗かったが、それ以上の暗さだ。
どうやら窓に厚いカーテンを引いているらしい。
光らしい光は、大きなステンドグラスが床に映っているものと、キキたちが入ってきた玄関からの光だけだった。
中に入り、床にキキたちのシルエットを映していたドアを閉めると、暗さに拍車がかかる。
「……やっぱり、誰もいないみたいだね」
「あたりまえだろ、だって神父は外にいたじゃないか。血まみれでさ」
「……いえ、いるわ、一人気配がする」
ソフィアがぼそりと言って、辺りを見回す。
音も声も聞こえていないのに、気配だけでよくそれが分かるものだ。
「どうする? いっそこの教会破壊しちゃう?」
「その間にそこにいる殺人鬼候補が逃げちゃうわよ。いっそ火をつけてあぶりだすっていうのはどう?」
「それこそまどろっこしいよ☆ ここはひとつ隠れられそうなところから破壊して……」
「殺意鬼より君たちのが危険だよ!?」
恐ろしい提案をしあう二人に、今までボソボソと話していたラックが元気よくツッコミをいれた。
「そんな、買いかぶりすぎよ、ラックさん」
「お褒めに与り光栄です」
「……褒めてないし……」
何故か褒め言葉として受け取る二人に、ラックは頭を抱えながら、しゃがみ、教会にあるピアノの下を覗いた。
真っ暗な教会の中でも、その下はよりいっそう濃い影になっている。
「……あの、早く出てこないと……あの二人……本気だよ……?」
そこにむかってラックが話しかけると、その机の下から声が聞こえてきた。
リオンは驚いたように息を呑み、音しか聞こえないキキはなにが起こっているのかわからず、キョトンとしている。
「……大丈夫、俺たち……無害……」
血まみれの格好で言われてもイマイチ説得力に欠ける台詞だが、ピアノの下に隠れていたその人はゆっくりとそこから出てきた。
ラックが差し伸べた手につかまり、ヨロヨロと立ち上がったその人は、あのシスターだった。
「……た、助けてください……!」
シスターは手を組んで懇願した。
「……神父様が……! ああ、私はどうしたら……」
「殺人犯の正体、知ってたんだね?」
手のひらで顔を覆うシスターにサタンが問いかけた。
シスターがゆっくりうなずくのを見て、ラックが目を見開く。
「え……でも……依頼主は……」
そう、彼らに良くない噂の原因を探り、正体を突き止めてほしいと依頼したのは他でもない彼女なのだ。
依頼のときに犯人を教えてくれさえすればこんなに人が死ぬことも、ソフィア達が苦戦し、キキとリオンが寝不足になることもなかったというのに。
何故情報提供をしなかったのか。
「すいません……隙があればお教えしようと思っていたのですが……」
シスターは申し訳なさそうに目を伏せた。
花嫁花婿からの希望だと偽り、冒険者に依頼を出すまではできたのですが、と言い訳を付け加える。
「じゃあ貴女は今まで神父のやることを黙認していたって言っているのね?」
ソフィアが念を押すように問い詰める。
「はい……私のことは許されがたいことです。でも、私も、死にたくなくて……っ!」
シスターが突然息を詰めた。
玄関の向こうから乱暴な足音が聞こえてくる。どうやら、神父が戻ってきたらしい。
「あなた方も隠れてください……! じゃないと、殺され……!」
「僕がやっつける!」
「お前はひっこんでろ! やるのは僕だ!」
隠れるように言うシスターの声を遮り、キキとリオンが即座に前に出た。
シスターは驚いたように目を見開く。
まさか向かっていくとは思わなかったのだろう。
だが、師匠であるソフィアは特に驚きもせず二人の様子を見守っている。
全速力で目標に近づきながらリオンが剣を上にふりかぶった。
キキはそのうしろから発砲する。
すると、リオンの剣に銃弾がはじかれてしまった。
バランスをくずして、リオンは倒れ、キキは舌打ちをする。
「おいおまえ! どんだけ僕の邪魔すれば気がすむんだよ!」
「お前こそ! 今のわざとだろ!」
「お前がいなかったら神父に一発打ち込んでやれたんだよ!」
仲間割れをしている二人に忍び寄ってくる神父。
言い合いをしている彼らを神父の影が覆ったそのとき。
その頭に黒いナイフが突き刺さった。
「あら、ラックさん、手を出したらだめじゃない」
ドサリと倒れて床に伏せる神父を見ながらソフィアが、ラックに注意をした。
「……でも……危なかった……」
「少しくらい危険な経験しとかないと、いざというとき動けないわよ?」
一応、ソフィアも考えがあって、二人の行動を見守っていたようだ。
危険なときは助けに入るつもりだったらしく、右手はレイピアを握っている。
「少しといわず、俺は危険な目に合いたいな。楽しそうだ☆」
「それを言うなら俺もよ」
「二人の基準で動いてたら死ぬからね!? 普通の人は!」
なにやら常人にはない煩悩を口に出す二人に、ラックがつっこみを入れる。
今までボソボソしゃべりだったラックが、一番元気だった瞬間だ。
キキとリオンはぺたりと座り込んでしまっていた。
もし、ラックが助けに入ってくれなかったら、と想像したのだろうか。
それとも、何故気付かなかったのか、動けなかったのか、と自分を責めているのだろうか。
そんな二人に怪我はないかと問いながら、ラックは近づいていった。
その後ろで、サタンとソフィアはにやりと怪しく笑う。
そして、二人の背後にいるシスターに向かって剣突出した。
細い銀色と、太い金色の剣がそれぞれシスターの頭と心臓目掛けて押し出される。
「!? 二人とも!?」
その様子を見たラックたちはぎょっとする。
だがもっと驚いたのは、二人の攻撃が何にも当たらなかったことだった。
「逃げられた……!」
「意外とすばやいね☆」
ソフィアは無表情ながらもうれしそうに声を弾ませ、サタンは笑顔で舌打ちをした。
「あらあら、依頼人を殺そうとするなんて……どういうことかしら?」
シスターは体をほんのすこしよじって二人の攻撃を避けていた。
「どういうこともなにも、俺たちは依頼を遂行しようとしただけよ」
ソフィアが肩をすくめる。その言葉を聞いてシスターはくすくすとわらった。
「なんでわかったの?」
「シスターにしては血の匂いがした、それだけよ」
つまりはほとんど勘だったというわけだ。
その勘が働くのも長年の経験や、これまでに培ってきた能力のお陰なのだが。
ソフィアの答えにサタンが付け加えた。
「違ってたら違ってたときだしね☆ あと結婚式なんかに参加させられた恨みかな☆」
「サタンはなんかちょっとずれてない!?」
ラックがすかさず突っ込む。
だが、彼だけがシスターの存在には気付けなかったらしい。
そんなラックの後ろで、神父がのっそりと立ち上がった。
頭にはラックの刺したナイフがまだ刺さっている。
そこからだらだらと流れる血は生臭い。どうやら腐ってしまっているようだ。
それを見てソフィアとサタンはそれぞれラックに見えるように拳を出してきた。
そして声をそろえて言う。
「じゃーんけーん」
あわててラックは手を出した。
「ぽん!」
結果、ラックだけがグー。二人はパーを出した。
「じゃあラックさんは二人を守ってね!」
「俺らがあいつら倒すから☆」
「え!? ずるい!?」
抗議の声を聴かず、サタンは剣を持って神父に突進して行った。
ラックはあわててリオンとキキを抱えてその場から逃げる。
サタンと神父の間にいたら、その被害は火の粉がふりかかるどころか、松明が大量に降ってくることだろう。
剣を振り上げ、一気に振り落としたが、サタンのその攻撃はあっさりとめられてしまった。
「……へぇ。腐りかけてる割になかなかやるじゃん」
サタンがボソリと言う。
どうやら、肉は完全に切れているらしいが、その先にある骨で剣を受け止めているらしい。
「コロ……ス……!」
神父は白目を向いて、ざらざらしたような声でサタンにこう言った。
「やれるもんならやってみなよ☆」
サタンは額に青筋を浮かべて、その挑発に乗った。
見かけによらず短気な彼には、意外にいい薬だったかもしれない。
「邪魔な痛覚というブレーキをなくせば、それなりに強くなれるものよ。まあ、そろそろ腐敗が進んできたから替え時なんだけどね。それ」
シスターが横目で神父ゾンビを見ながら言った。
「だから俺たちに依頼を?」
「そ。依頼中に失踪させるか、殺してもらえば、私に容疑はかからないでしょう?」
「なるほど☆ それはまあまあいい作戦だねェ」
サタンが金色の大剣をぶん回しながら感心する。
攻撃は一応当たっているらしいが、ゾンビのため、効いているのか効いていないのか分からない。
「今までも何回か適当な街の神父殺してはシスターとしてもぐりこんでるの。同じ街では二度とやらないわ。私自身に変な噂を流されても困るからね」
「それも時間の問題なんじゃないの? 呪いのシスターとか呼ばれるかもよ?」
「私は弱いから、殺しは全部そいつにさせてるし、私はびっくりするほど真っ白なの。そいつを殺したのは私だけどね、そんなの馬鹿な警察には見抜けないわ。容疑なんてかけられもしないでしょうね。
余裕だということを示したいのか、ソフィアを前にサタンの質問に答えるシスター。
自分は賢いのだということを誇示したいのかもしれない。
彼女の言葉にソフィアの赤い左目が怪しく光る。
「弱い……ね」
シスターは曲がりなりにも聖職者とは思えない、不気味な笑みを浮かべながら、キキに目を向けた。
「その坊やの教会に来たのはコネを作りたかったから。教会のヤツラはお人よしだし、横のつながりもあるからね。次の狩場のための布石って奴よ……おっと」
相手がよそ見していることなど、ソフィアはかまわず攻撃してきた。
だが、シスターは攻撃をギリギリで予知し、うまく避けた。
「俺の攻撃、簡単に避ける人ってそういないのよね」
「あら、そうなの」
そう言いながらシスターも何の前触れもなく攻撃してきた。
いつのまにか手には鉈が握られている。彼女の動きに注意していたソフィアはそれを軽々かわす。
「私の攻撃を避ける人もそういないわ」
赤黒くさび付いていてとても切れ味が悪そうな鉈を片手に、シスターは微笑んだ。
ソフィアも笑顔を返す。
「これなら人を苦しめて殺せるの。いいでしょう? 神父の心臓もこれでやったのよ?」
「なんでこんなことしてるの?」
ソフィアが動機を尋ねる。
「だって不公平じゃない。私を差し置いて幸せになろうなんて」
「自分勝手ね」
ソフィアは剣をシスター目掛けて振り下ろした。
シスターはそれを鉈で受け止める。
刃と刃がぶつかり、キィン、と甲高い音が鳴る。
その瞬間、ソフィアが力を解放した。
すると、彼女愛用のレイピアの色が水を吸うかのように黒く染まり始めた。
その黒はまるでソフィアの血のようだ。
そして、剣は色だけではなく形状までもが変わりはじめる。
銀色で細身のレイピアは黒くてゴツいチェーンソーへと変化した。
ソフィアが魔力をさらに注ぎ込めば、チェーンソーの歯が回転を始める。
「……貴女……何者?」
彼女の武器を見て、さすがのシスターが顔をゆがめた。
ソフィアは彼女にしては珍しい笑顔を絶やさずに言い放つ。
「別に、ただの戦闘好きよ」
「ああもう、しつこいなあ☆」
その隣でサタンがイライラとした声を上げた。
なんど剣をふるっても倒れるどころか、しつこく向かってくる神父ゾンビにいいかげんうんざりしているのだった。
「ねえ、ソフィア。交代しない?」
「嫌よ。今いいところなんだから」
だめもとで提案してみるが、やはり即座に却下された。
無理やりあちらの戦闘に参加しても、おそらくこの腐れゾンビに邪魔されるだろう。
いっそ、目の前の動く肉片を燃やしてしまおうかなどと考えてみる。
それは、そう難しい作業ではないだろう。
「素敵でしょ、私の魔法。自分が殺した死体を動かせるの。
その死体も人を殺せばそれを動かすことが出来るのよ。まあ、私みたいに繊細な動きをさせることはできないけど」
シスターは自分の魔法について自慢げに語る。
外で見かけたゾンビはその神父ゾンビが殺した人間たちらしい。
殺しはすべて神父ゾンビにさせていたと言っていたため、今まで不幸になってきた新郎新婦の身内や知人たちなのだろう。
説明を聞きながらソフィアがチェーンソーの回転速度を上げる。
モーター音が一切しないのは完全に魔力で動かしているからだろうか。
「おい、リオン。聖水貸せ。俺があのゾンビしとめてやる」
「なにいってんだ。僕の聖水だぞ! 僕がやる!」
「おまえだったらしくじるだろ」
「僕だったら成功するんだよ!」
二人の戦闘を見て、いてもたってもいられなくなったらしい。
手柄をたてればソフィアに認めてもらえると思った二人は、聖水の入った小さなビンを取り合う。
やがて、二人の手がすべり、ビンが上へと飛んだ。
あっ、と二人は声を上げる。ビンが地面に叩きつけられる前に、ラックがそのビンをキャッチした。
「なに……これ? 水……?」
「それ返して! 最後の一つなんだ!」
「ゾンビ、それでやっつけられるんだ!」
背の高いラックの手からそれを奪い取ろうと、ぴょんぴょん飛び跳ねるふたり。
どちらに渡せばいいのか分からないラックがオロオロしている間に、その聖水は価値をうしなった。
「捕まえた☆」
何故ならサタンが魔法で出した鎖でゾンビを拘束してしまったからだ。
太い鎖はよっぽどの力でないと千切れることはない。
ただし、鎖のダメージはそのまま直接彼へといってしまうため、気をつけなければならない。
なにかがあるまえに、サタンは一気にケリをつけた。
鎖をゾンビの四肢にまきつけ、一気に引っ張った。
当然神父ゾンビは手足や頭を引きちぎられる。
ぶちり、と音がして血が飛び散った。血だけではない。神父の手足も飛び散った。
頭だけ、腕だけ、足だけになっても不気味に動いているが、この状態ではたとえ動けたとしても脅威にはなりえないだろう。
「ふう。まあ、こんなもんかな☆」
仕上げに不気味な声を発する頭を踏みつぶしながらサタンは汗をぬぐった。
神父ゾンビがやられたのを見て、シスターはさらに顔を歪める。
二対一。しかも相手はそんじょそこらの雑魚とは比べ物にならない。
この状況は動考えても自分が不利だ。
「……なら……人質をとればどう!?」
シスターは身をひねって、ソフィアの圧力から逃れると、そのまま一気にキキたちに近づいていく。
「殺してあげる……!」
「させないわ!」
「ずるいなあ、俺にもやらせてよ☆」
サタンは鎖を引っ込めると、あらためて呪文を唱えた。
するとサタンの足元から火柱があがり、シスターを追いかけていった。
サタンもかなりの魔力の持ち主。
文字通りの火力はかなりあり、一気にシスターに追いついた。
だが、炎はシスターを焦がすまでは至らない。
炎をまとったまま向かってくるシスターに、ラックも一応ナイフを構え、キキとリオンを守る体勢に入った。
「サタン、その炎、借りるわよ!」
ソフィアが炎を睨むと、赤く燃えていた火が青く変色した。
温度が上がったのではない。むしろその逆だ。
薄く炎をまとっているシスターにはその変化が分かっただろう。
「なにこれ冷た……!?」
だが、気付いたときにはもう遅い。
炎は凍りつき、シスターは足元から凍って行った。
急激に動けなくなった足に、シスターは戸惑い、転倒した。
カラン、と持っていた鉈が床に転がる。
そんな状況でも諦めていないらしく、キキたちに手を伸ばす。
だが、そこまで動いて、指先まで凍ってしまった。
顔は悪魔のような形相。
そんな顔を見てキキとリオンはひっと悲鳴を上げた。
「死んだかな?☆」
「冷凍保存しただけかも。解凍してみないと分からないわ」
熱中していたからか、教会内はすごい熱気だった。
放っておけばそのうち自然解凍されるだろう。
外に出ると、冷たい空気がとても気持ちよかった。
ソフィア、サタン、ラックは生臭い戦闘を終えたばかりだというのに、気持ちは完全に切り替わっている。
「この場合報酬はどうなるのかしら?」
「たしか、報酬は既に役所に届けられてたよ☆ 多分神父殺したらすぐとんずらするためだろうね☆」
きちんと報酬を用意していたのは、下手に波風立てないためだろう。
ぐっと伸びをしながらサタンが答えた。
「俺……今回いいとこなし……」
「まあ次があるわ、ラックさん」
「まあラックくんが活躍できないとかいつものことだしね☆」
「……ひどい」
ため息をつき、首を左右に揺らしてコキコキと音を鳴らした。
「……今日は疲れたし……報酬は明日……とりにいこう……」
「賛成☆」
「俺はちょっとこの子達と話があるの。ここで解散しましょ」
「わかった☆」
「じゃ……またね……」
ソフィアを残し、サタンとラックは帰っていった。
彼女はふーっと息を吐くと、キキとリオンの方を振り返った。
今回も役に立つどころか、お荷物になってしまったことがショックらしく、リオンもキキもしょんぼりしていた。
「はい、今回の教訓は?」
そんな二人にソフィアは問いを投げかけた。
一応ちゃんと師匠らしいことをしているらしい。
二人も、ちゃんと今回のことを振り返った。
「……聖水は多めに持っておくこと」
「……死んだ人間より生きた人間のほうが怖いこと」
「そうじゃなくて……いや、そうかもしれないけれど……」
やっぱり人にものを教えるのは難しいわね、とソフィアはつぶやいた。
「俺達の動き見て、何も思わなかったの?」
ソフィアがそういうと、二人は途端に目を輝かせた。
「すっげえかっこよかった!」
「師匠も先生も親方も! 僕もあんな風に強くなれるかな!」
「……もういいわ。今日はこれまでね」
今回ばかりはソフィアも諦めたようだった。
日の光が、ルタールの街を照らし始める。
道のあちこちには血や肉片がこびりついている。
だが、もともと治安の悪いこの街では、すぐそのイレギュラーな死体も溶け込み、処理されるのだろう。
パートナー、相棒、相方、親友、恋人、戦友。
生きている間に心からそう呼べる者と、何人出会えるだろうか。
出会えていたとしても、自分でその存在に気付かなければ、かけがえのない存在とはなりえないのだ。
幼いキキとリオンがお互いをそんな存在だと認めるまで、まだまだ時間がかかりそうだ。