予定よりずいぶん長くかかってしまった買い物を済ませ、店を出る。
これでゆっくり女性と話すことができる。
今まで我慢していたナンパをするために、俺はとりあえずその足で広場に来てみた。
待ち合わせなんかでよく使われている場所だ。
そこここで休憩している人、待ち合わせをしている人が見える。
その中に栗色の長い髪と金髪の、見覚えのある二人組を見つけた。
「がんばれよシャノア。緊張した時は手のひらに……」
栗色の髪の方は一応女性なんだけど、そんな感じがしない。
話し方のせいなのか、性格のせいなのか、雰囲気のせいなのか。
フェミニストの俺としては珍しく、男友達のように付き合える子だ。
「お前にアドバイスされたくないっつの! つーかさっさとどっか行ってくれ!」
シャノアと呼ばれた少年の金髪にはピンクのメッシュが入っていて、着崩した格好をしている。
一見遊び慣れてそうで、人によってはとっつきにくい印象を受けるだろうが、
中身はピュアで面倒見のいい奴だ。
二人とも飲み仲間だ。
笑顔で二人に近づいて、声をかける。
「君たち、なにしてるんだい? こんなところで」
「うわ、面倒なのが増えたよ」
「ジョーカー、いいところに。こっちこい」
俺を見つけると、シャノアは顔をしかめ、茶髪の少女はいたずらっ子のようにニヤニヤ笑った。
彼女がこんな風に笑うのは珍しい。
手招きされるまま二人に近づくと、彼ははさらに表情を曇らせた。
「コッチクンナ、カエレ」
「そう邪険にしないでよ。で、どうしたの? アルト」
抗議を無視して少女、アルトに問いかけた。
この様子だと、シャノアから事情を聞きだすのは無理だろうからね。
アルトはシャノアが逃げないように彼のネクタイをつかみながら話し始める。
「シャノアがむぅあにプレゼントを渡そうとしているんだ」
「へえ? プレゼント?」
むぅあとは、シャノアが思いを寄せている女の子だ。
何回か見たことあるけど、可愛くていい子。
口説きたいのはやまやまだが、シャノアへの義理で我慢している。
ここ、首都モンゼルクは平日、休日祝日、そして昼夜も問わず、連日人で溢れ返っている。
ここでならなんでも手に入るという触れ込み通り、大抵のものはここで手に入るため、その大半は買い物客だろう。
もちろん物価は高いが、その分、品質も充分信用に足るものばかりが揃えられている。
女性へのプレゼントを探すのにここ以上に最適な場所はないだろう。
俺の目当ては、数日前に店先で見かけたときから気になっていたものだった。
その時に買えばよかったなと、後悔してももう遅く、誰かに買われた後だった。
売り切れと分かった時点で、そこで諦めればよかったのに、
二軒目、三軒目と店を巡っているうちにどんどんムキになっていってしまった。
やっと目当てに叶うものを見つけたときは思わず膝から崩れそうになったくらいだ。
同じように彼が一生懸命選んだり悩んだり迷ったりしていることを想像すると、なにやらほほえましい気持ちになった。
彼の片想いを知っているからこそ、こんな気持ちになるんだろうなあ。
きっと俺みたいに思い付きじゃなくて、一生懸命計画も練ったんだろうなあ。
ニヤニヤしていると、アルトは人差し指を振った。笑うにはまだ早いと言わんばかりに。
「しかも」
「だーもーほっといてくれよ」
シャノアは身をよじって逃げ出そうとする。
アルトから離れようとすればするほど、ネクタイが引っ張られて文字通り自分の首を絞めてしまっている。
だが彼女は彼から手を離すつもりはないらしい。
「しかも、映画のペアチケットだ」
やっと彼女の言わんとしていることが分かった。
「ってことは?」
「デートのお誘いだな」
にやにやしながら顔を覗き込むと、彼は恥ずかしそうに眼をそらした。
「べ、べべ別に、ででで、デートってわけじゃ……!」
顔はリンゴのように真っ赤である。
デートという単語をなるべく意識しないようにして、この計画を練っていたのだろう。
俺たちのせいで嫌でも意識してしまったみたいだけど。
「顔真っ赤だぞ。かわいいな」
彼は見た目に反してとても一途な故にこんな反応をする。それが面白くてついからかってしまう。
いつもはいじられ役のアルトでさえ彼相手にはいじり役にまわる始末だ。
「年上のしかも男にかわいい言うな」
「えー。じゃあシャオちゃんかわいいな」
「今はシャオちゃん言うな!」
怒鳴られていることは気にせずシャノアの頭をなでるアルト。
“シャオちゃん”というのはシャノアの別名。
昔何があったか詳しくは知らないけど、彼には女装癖がある。
それがまた良く似合っていて、俺もうっかりするとナンパしちゃうかもしれないくらいの完成度だ。
まあ、そんなうっかりはないだろうけどね。
そんな完璧な女装をしてる時の名前がシャオちゃんだった。
「あ」
思わず声を漏らして、二人に注目された。笑顔で思いついたことを言う。
「っていうことはあれだね。俺たちシャオちゃんを見守らないといけないね」
「もちろん」
俺の言葉にいい笑顔で親指をたてるアルトはとても楽しそうだ。
その反対の表情をしているのはシャノアだ。
全力で首を横に振っている。
「だからシャオちゃん言うな! 見守らなくていい! 今すぐ帰れ!」
「まあまあ遠慮しないでいいって」
「遠慮なんか……」
「あ、むぅあが来たぞ」
「え」
アルトの言葉にシャノアの体がこわばる。
確かに、あの桃色の髪はむぅあ嬢だ。
「じゃ。そこの影で見守ってるから、頑張れよ!」
「基本はリラックスして自然に話すことだよ」
俺たちは慌てて退散することにした。
そんな彼の肩をぽん、と叩いて店の影に隠れる。
俺たちより慌てているのが当の本人である。
顔が真っ赤でリンゴみたいだ。
リンゴはリンゴでも焼きリンゴのように湯気が出ている。
俺たちのアドバイスや言葉は耳を通り抜けていることだろう。
それどころではない様子で固まったまま震え、
必死に頭をフル回転させてどうやって何を話そうかを考えている様子がここからでも見える。
「あ、シャノアー!」
ついに後ろから声をかけられ、肩を大きく揺らす。
おそるおそる振り返り、ピンク色の髪のサイドテールの女の子が手を振っているのを視界に入れている。
俺ならこの時点でまず、笑顔を向けて「やあ、今日もかわいいね」って挨拶をする。
それで世間話をちょこっとして本題に入る。
基本としてはそんなところなんじゃないかな。
でも、彼は多分彼女の顔を見た拍子に頭の中がいっきに真っ白になってしまったのだろう。
「む、む、むぅあ」
ああ、やっぱり。声が裏返ってしまっている。
俺はアルトと顔を見合わせて、肩をすくめた。
緊張でガチガチのシャノアに気付いていないのか、気付いていて、リラックスさせようとしてくれているのか、
むぅあが笑顔で問いかける。
「どうしたのー? こんなところに呼び出して?」
「あ、あ、あのだな、そ、そ、その……!」
必死にさっきまで頭に会ったことを呼び起こそうとしているのか、同じ言葉を繰り返していシャノアにむぅあは首をかしげる。
しばらく意味不明な言葉を発したのち、このままでは埒が明かないと意を決したらしい。
キリっとした真剣な顔になった。
「むぅあ! これ、よかったら……!」
そういって、震える手でペアチケットを差し出す。
回りくどい言い方ではなく、真っ向勝負に出たらしい。
彼らの性格からして、それが一番の近道であり、確実な道かもしれない。
果たして彼女はきょとんとした表情をしながら受け取り、そしてそれが何なのかが分かった途端驚いた声をあげた。
「わ、これ見たかったんだ! いいの?」
緊張しすぎて声がでないためか、コクコクと何度もうなずくシャノア。
相手の見たい映画は事前に調べておいたのは、常識ながらもポイントは高いはずだ。
むぅあはそれをみてぱあっと目を輝かせて笑った。
「ありがとう! うれしい! さっそく明日、桜子と行ってくるね!」
「お、おう! 明日桜子と…………」
シャノアが笑顔で固まった。
俺たちも小さくガッツポーズしたまま固まる。
「……え? 桜子?」
「うん! 桜子も見たがってたから! ……あ、丁度桜子と約束あるからもう行くね! ありがとうー!」
ぶんぶんと手を振りながら人ごみの中に消えていくむぅあの姿を呆然と見つめていた。
そのまま放っておいたら風化してしまいそうだ。
むぅあが見えなくなるのを確認してからシャノアの前に出ていくが、彼は一切の反応を見せない。
「おーい。シャノアー、意識はあるかー?」
アルトが目の前で手を振るが、返事がない。ただの屍のようだ。
「そうとうショックだったのか、それとも緊張の反動のせいか……両方か」
「桃姫もなかなか手ごわいなあ」
これは俺がナンパしても厳しいだろうなあ。
そういいながらシャノアをこっちの世界に戻すためにがくがくとゆする。
数秒後、なんとか戻ってこれたシャノアは近くの壁に手を着いて分かりやすく落ち込んだ。
「言葉が足りなかったみたいだな」
「まあ、次がんばればいいじゃない。ね?」
苦笑しながら励ます。
断られることはまずないだろうから、成功したら盛大にひやかしてやろうと思っていたが、彼女がここまでの鈍感だとは予想外だった。
「ほら、前向きに、前向きに。今回だって好感度は結構あがったはずだよ」
「そうそう。嫌われたんじゃないんだからいいだろ」
「…………ああ、そうだな」
しばらくしてかろうじて復活したらしくうなだれながら返事をするシャノアだが、その目には少し涙が溜まっている。
今あるありったけの勇気を振り絞っての行動だったのだから、その分のショックが大きかったのだろう。
完全復活にはまだ少し時間がかかりそうだ。
「……もうこんな時間か」
近くにあった時計をみてはっとした声をあげるアルト。
「すまない、このあとちょっと約束があるんだ。まあ、シャノア元気出せよ! じゃ、また飲もうな!」
と早口で言うや否やどこかへ駆けていった。その背中に軽く手を振った後、口を開いた。
「このあとどうする?」
さすがにシャノアをこのままおいていくほど俺は冷たくはない。
女性じゃなくても、これくらいの思いやりはある。
「……なんか食う。ちょっと付き合いやがれ」
「了解。ついでにかわいい女の子を二人くらい誘……」
「ナンパはしない。行くぞ」
先回りしてピシャリと言われ口を尖らせる。
シャノアと一緒なら女の子も捕まえやすいと思ったのに。
入ったのはとある喫茶店だった。
ちょうどお昼時だったということもあり、少々混んではいたがなんとか席を確保することはできた。
座ってとりあえず紅茶とケーキをそれぞれ頼んだ。
「ちょっと人が多いね」
「そうだな」
「ああ、こんな人ごみでもかわいい女の子とだったら楽しいのにな」
「俺で悪かったな。なんなら女になってやってもいいぞ」
「遠慮しとくよ」
軽口を叩いていると、ケーキと紅茶が運ばれてきた。
ウエイトレスの女の子が可愛かったけど、忙しそうだから声をかけるのはやめておいた。
女の子を困らせるのは俺の趣味じゃないからね。
「やっぱり俺は正真正銘の女の子の方が……あれ」
あるものを見つけて言葉を切った。
そのまま凝視する。
そこには先ほど分かれたはずのアルトがいた。
「あれ、アルト……?」
シャノアも俺の視線で気付いたらしい。
「だね。……あれは誰だろう」
「……さあ」
アルトの向かいには茶髪の男が座っていた。
男の方はやけに親しげに話しているが、彼女は眉間にしわを寄せている。
彼女には仲の悪い兄がいる話を聞いたことが、茶髪の男と彼女の兄との特徴は一致しない。
「なんだ、アルトも片想い片想い言いながらちゃんと彼氏いるじゃない」
「でも、あいつが今好きなのは黒髪の男だろ? あいつは茶髪。違う男だ」
シャノアの言うとおりアルトが今絶賛片思い中なのは黒髪に赤い目の青年だ。
しかもその彼は、先ほどのむぅあとは比にならないほどの超鈍感で恋が実ることはほぼ0に近い。
確かに、その彼ではなさそうだ。でも、
「シャノア、全世界の人が君みたいに一途とはかぎらないんだよ」
「……そうだな、お前みたいなのもいるくらいだし」
あきれた目線が僕に注がれる。
「心外だな。俺は美しい女性に一途なだけさ」
「ああ、そうかよ」
だって綺麗な女性はそれだけでお近づきになりたいし、
優しくしてあげるのは男として義務だし、
愛を示したいと思うのは当然じゃないか。
視線をアルトに戻した。
盗み聞きをするのは悪趣味だと分かっているけれど、気になるものは気になる。
下世話な好奇心半分、心配半分。
彼女の過去の恋愛話を聞く限り、ろくな男に捕まっていない。
もし、そういう男ならば彼女の目を覚まさせてあげないといけないのだ。
なんて言い訳しながら耳を澄ます。
「そうそう! あの時は本当に大変で……」
「そんなことあったんですか。知りませんでした」
いつもは男より男らしい言葉遣いなアルトが珍しく敬語を使っている。
相手が年上だからだろうか。
「……アルトなんか様子おかしくねえか?」
「たしかに、なんか抑えてるね」
シャノアの言うとおり、話し方を差し引いても、今のアルトはどこか雰囲気が違う。
怒っている、というのとはすこし違う。
「そしたら――」
「すいません。さっさと本題に入っていただけませんか」
ふいにアルトが冷たい声で話をさえぎった。
「言いたいことはだいたい分かってますけど。さっきから不自然にお金の話を避けてますよね。
私が貴方にお金を貸した話とか無理やり話題変えましたし……。いくらですか」
「いやあ、鋭いね。頼れる人ってアルトちゃんしかいなくてさあ」
核心を突かれ、苦笑いをする男。
どうやらお金に困った為、アルトを頼ってきたらしい。
そんな意識はできないけど、アルトはあれでも女性だ。
あの様子だときっと他の女性にも同じことをしているだろう。
女性を食い物にするなんて。
このとき俺は怖い顔をしていたと思う。
男は金を貸してもらえるという確証を得たからか、へらりと笑ってこう言い放った。
その態度がまた、気に食わない。
「そういえば、アルトちゃんまた好きな人できたんだって?」
アルトがピクリと反応する。
男の物言いはあからさまに彼女を見下しているような態度だ。
「聞いたところ最低な男らしいじゃん」
どこで仕入れてきた情報なのだろうか。
確かに今の彼女の意中の男は良い奴とは言い難い。
それでも、こいつよりマシ。そう思ってしまった。
これ以上、アルトが我慢するなんて間違っている。
おせっかいを焼くのは、キャラじゃないけれど。
俺はシャノアと顔を見合わせて、立ち上がろうとした。
その時。
「そんなのより、俺と付き合――」
男の声が途切れたと同時に男が水浸しになった。
男が水浸しになった理由はとても分かりやすい。
アルトがコップに入っていた水を男にかけたからだ。
「あんまりふざけたことばかり言うんじゃねえぞ」
いきなり口調を戻したその声には怒りがこもっている。
いつもとは違う、静かな怒りだ。
突然の彼女の豹変にぽかんとする男の胸倉をつかむ。
俺たちは驚いて、腰を浮かせたまま固まってしまった。
「私がどれだけてめえに迷惑かけられたと思ってんだ。いまさら何の用かと来てみれば結局金がらみ。仕舞には付き合おうだあ? 笑わせんな。どうせ金をむしり取るだけなくせに」
嘲笑して突き飛ばすように手を離した。
男は背もたれに強かに打ちつける。
大きな音で店の全員がそのテーブルを振り返った。
「金ならくれてやる。でも、これっきりだ。これっきり私の前に現れるな。不愉快だ」
そういうと、バックの中から封筒を引っ張り出し机の上に放り投げた。
「てめえとあの人を比べんじゃねえよ。自惚れるなボケ」
アルトは捨て台詞を残すと、会計を済ませて外へと出て行ってしまった。
呆然とする金せびり男。
俺たちもしばらく動けないでいた。
はっとして慌てて彼女を追いかける。
意外とすぐに捕まえることができた。
「……なんだ、またお前らか」
一瞬泣いているかとも思ったが、そんなことはなく、振り返った彼女はむしろ冷たい目をしていた。
いつものすぐカッとなり怒鳴る怒り方と違う。
そもそも自分でもそんな顔をしていると分かっていないだろう。
思わず肩をたたいた手をひっこめ、笑顔をひきつらせた。
「……さっきの、聞いちまった。すまん」
シャノアが素直に謝った。
アルトはああ、と目を伏せた。
「くそ、嫌なとこ見られたな」
「ごめん」
俺も謝った。
偶然だとか、君が心配だからとか、そんな言い訳は、見苦しいと分かっていたため、言わなかった。
「ま、いいよ。あんだけやったらそりゃ目立つし」
アルトはガシガシと頭を掻いた。
そして、長いため息をついた後、顔を上げた。
「愚痴、聞いてくれるよな」
その時のアルトの顔は心底不機嫌で、嫌悪が現れていた。
愚痴というていで事情を聞くと、あの茶髪男はアルトの昔の好きな人だったらしい。
お金をせびられるのは、今回が初めてというわけではなかった。
アルトが彼を好きだった頃、彼女の気持ちに気づいた男は、それを利用してアルトから金を巻き上げたのだとか。
当時学生だった彼女は、自分の思い通りになるお金が少なかったため、仕方なくいくつものバイトを掛け持ちしてお金を稼いだ。
好きになったら盲目になってしまう彼女らしい行動だ。
結局、その関係は無理な生活のせいでアルトが倒れるまで続いたらしい。
やはりあの男もろくな男じゃなかったらしい。
「……泣けるねえ」
「お前……そこまで……」
俺とシャノアはハンカチで目元をぬぐった。
「哀れむなよ! 仕方ないだろ、その頃はす、好きだったんだから……」
さも、人生の汚点だと言わんばかりに苦々しい顔をした。
「あいつだけは、本当にわからん。私はアレのどこを好きになったんだ……」
16歳という若さで彼女はどれだけひどい恋愛経験してきたのだろうか。
そう想像しただけで、また目が潤んできた。
「アルト……強く生きるんだよ」
「いいことあるさ……」
「お前らな……」
アルトはぶつぶつ言いながら眉間にしわを寄せる。
「くっそ、胸くそ悪い……ちったあ、ましになったかと思えば……謝罪の一つや二つ聞けるかと思ったのに……」
シャノアはデート玉砕。
アルトは昔の男が現れた。
傷心の二人に俺がしてやれることは、きっとあれしかない。
二人の肩を叩くと、真剣な表情で提案した。
「let’s ナンパ!」
「……は?」
「……あ?」
間の抜けた声を出す二人。
どうやら俺の言っていることを理解できていないらしい。
「恋は次の恋で癒すのが一番さ。ってことでナンパに行こう。俺たち三人ならかわいい女の子の一人や二人すぐ捕まるさ! ね?」
笑顔でウィンクをする。
我ながらナイスアイデア。
女性に頼るより、頼られたいんだけど、今回は友人のために、ちょっと主義を反することにしよう。
そう思ったのに。
「勝手に頭数に入れんな!」
「私は女だっつの!」
何故か怒られた。
「えー、俺なりに二人を慰めてるのに……」
「じゃあ、普通に慰めてくれよ……」
「んじゃ、飲みに行く?」
うなだれながら言うシャノアを見て、仕方なく無難な提案をする。
「結局そうなるのか。まあ、いいけどな。どうせ予定もないし」
「俺もない」
「んじゃ、決まりだね。どこで……」
「奇遇ね」
丁度真後ろから俺の声を遮ったそれは、女性だけどアルトのものじゃない。
「お、ソフィ……」
「やあソフィア。久しぶりだね」
振り返ると、そこにいた彼女はオッドアイの瞳で見上げてくれた。
まさかここでソフィアに会うなんて。
焦るな。焦るな。悟られるな。いつもどおりに振る舞うんだ。
「ええ、ひさしぶりね」
相変わらずの仏頂面。
まったく、むぅあを見習ってほしいよ。
俺はポケットの中にいれた、あのプレゼントを取り出した。
八軒もまわってやっと見つけた、今日の一番の目的。
「ちょうど良かった。君に渡したいものがあってね。これで少しは女の子らしく……」
しかしその動きは彼女の髪を見て止まった。
否、正確には彼女の髪についているものをみて動きを止めた。
いつもは飾り気のない髪をバレッタで止めていたのだ。
まさか。
いやでもなんで。
混乱する頭でどうにかこうにか言葉を絞り出した。
「……それ、どうしたの?」
「……え? ああ、やっぱり似合わないかしら……
でも、アルトがくれたから……せっかくだし……」
顔を赤くしてそっぽを向く彼女の貴重な表情をかわいいと思いながら、アルトの方をすごい勢いで振り返った。
首がゴキッとか言ったけど、関係ない。
それより聞くことがある。
「アルト、ちょっとどういうことさ!」
「は?」
少し離れて小声で問い詰めると、アルトはぽかんとした。
「ちょ、なんなんだよ?」
「それはこっちの台詞だよ! 新手の嫌がらせかい?」
「だから、なにがだよ!」
苛立たし気にアルトが声を荒げる。
俺は無言で先ほどポケットから引っ張り出した紙袋の中身を彼女だけに見せた。
引きつった笑みを浮かべたところを見ると、俺の言いたいことを悟ったらしい。
紙袋の中には、今ソフィアがしているのととてもよく似たバレッタが入っていた。
というか、あれは俺が最初に見つけたバレッタだ。
最後の一個持ってったの、アルトだったのか……。
「……あれは、その。くじ引きで商品券が当たってだな。あいつに似合いそうなのがあったから……」
「……そうかい……」
「ほ、ほら。ソフィアならきっと喜んでくれると思うぞ! 渡してこいよ! 全く同じってわけじゃないし……」
そういってソフィアのところへ俺を誘導しようとするが、行きたくない。行けない。
恥ずかしいとか、情けないとか、そういうことではなく、今までの緊張が突然消え一気に脱力した。
アルトの力にかかれば俺ひとりくらい無理やり動かすこともできなくはないはずだが、それをしないでくれている。
そのかわりおそるおそる俺に話しかけてくる。
「……なあ、ジョーカ……」
いい加減、ソフィアもシャノアも心配そうにこちらを見ている。
どうにか誤魔化さないと、と思っていると。
「シャノアー!」
むぅあの声が響いた。
先ほど、桜子ちゃんって子と約束があるからって言っていたのに。
突然の登場にシャノアは何故かとっさに背筋を伸ばした。
「む、むぅあ!? ど、どうしゅたんだ?」
しかもすごく動揺しているらしい。
もちろん顔は真っ赤である。
しかしむぅあはそれにはまったく気づかず、笑顔で話を続ける。
「えっとね、桜子とはなしたんだけど、映画のチケットのお礼にお食事一緒にしない?」
シャノアにとっては嬉しいサプライズだ。目を輝かせる。
「しょ、食事!? 今日!?」
思わず俺たちの方を見る。
眉は八の字になっている。
きっと飲みに行こうという話をしていたことを気にしているのだろう。
そんなことにいいのに。
俺とアルトがただうなずくと、シャノアはすぐに笑顔になった。
「もし都合が悪いなら代わりに……」
「全然大丈夫だ! じゃ、またな!」
なかなか返事をしないシャノアにむぅあが気を聞かせてか、代案を口にしかける声にかぶせて答えた。
顔を緩ませながら俺たちに向かって手を振り、むぅあとともに歩き出す。
幸せそうな後姿。
うまくやれよ、シャノア……。
そして、ふぅ、とため息をついた。
「……さて、俺も帰るね……」
「え、でもお前……」
「別にソフィアに渡そうと思ったわけじゃないさ。……他にも女性はいるんだ」
そういって彼はフラフラと歩き出した。
最後にソフィアに不要な心配をさせないように、いつもの俺だと思ってもらうために、「それ、良く似合ってるよ」とだけ言った。
なぜあんな女の子らしくない女の子のために奔走してしまったのか。
気を取り直してナンパする気も起きず、その日はもう帰ることにした。
俺がこんなに落ち込むのも珍しい。
どうしたんだろう。調子悪いのかな。
きっと明日ナンパをすればすぐ元気になる。きっとそうだ。
俺は電車に乗り、モンゼルクを離れた。
モンゼルクのにぎやかさが遠ざかっていくにつれて、夕日が目に染みて少し目が潤んだ。
このバレッタ、どうしよう……。