小さな湖に映った大きくてまんまるな月を、時折小鳥が作った波紋が歪める。
森の奥地、そこにはまだ人の手があまり入っておらず、美しい自然が残っていた。
異物であるはずの唯一の人工物、教会さえ飲み込んで違和感がないほど、小さいながらにその森には深い自然があったのだ。
そこに建っているのが教会ということもあり、その景色は神々しくも見え、まるで一枚の絵のようだった。
そんな場所に住んでいるのは牧師の老夫婦。
毎日静かに暮らし、日曜は近くの町や村からそれなりの人が祈りに来ている。
しかし今夜、その老夫婦は教会にいなかった。
旧友を訪ねて近くの街へと出かけているのだ。
代わりに教会にいるのは五人の子ども達。
「なちゅ、まだねむくなよぉ……」
大きなベットに寝転ぶ紫の髪の少女が口を尖らせる。
だが文句を言っているそばから大きな欠伸をひとつ。
あわてて口を押えるがもう遅い。
彼女が睡魔と闘っていることはバレてしまった。
「我慢しちゃダメですよ。那由多ちゃん」
それをやさしくたしなめるのは、彼女の隣に寝転んでいるピンクの髪の幼きシスター。
人差し指を上に向けて、那由多に説得を試みる。
「とぅれおくんと遊びたいんでしょう?」
「……うん」
毛布で顔を半分ほど隠し、那由多は素直にうなずいた。
こころなしか頭の上のハート型のアホ毛にも元気がない。
実はものすごく眠いのだろう。
「じゃあ今日はもう寝て、明日、いっぱい遊んだ方が長く遊べますよ」
「ほんとぉ?」
「ええ」
たしかに今遊んだとしても朝方には寝てしまい、そのまま昼すぎまでぐっすりだろう。
それよりも明日早く起きた方がよっぽどいい。
そんな幼きシスターの考えがわかったのかわからなかったのか、那由多はすこし考える素振りをし、
「……わかったぁ。じゃあ明日起こしてよね!」
真剣に頼む那由多。それを見て、幼きシスターはふんわりと笑った。
「わかりました、任せてください」
その様子を見てため息をついたのは那由多が一緒に遊びたいらしいとぅれおだった。
青い瞳を半分閉じじとーっとした瞳で、ほのぼのとした雰囲気をかもし出す二人を見る。
「……それ、僕の死亡フラグなんだけどぉー」
今のやり取りを見て分かるとおり、那由多はとぅれおに好意を持っている。
ただし、彼女の愛用のチェーンソーで切り刻みたいという一風変わった好意。
それ故おそらく明日一緒に遊ぶとしても、チェーンソーをもった那由多と鬼ごっこになるだろう。
まあ、いつものことである。
「諦めて、明日の体力温存のために寝たら?」
寝そべって頬杖をつきながら言うのはオレンジの髪の少年だった。
「……キキ、助けてくれないのお?」
涙を少し溜めたうるうるとした瞳で見る。もちろん若干上目遣いなのをわすれない。この攻撃を受け、彼のお願いを断れるものはそういないだろう。
そう、“彼”のお願い。
見た目は完全なる美少女だが、とぅれおは男の子である。しかも自分の容姿を自覚し、多くの“男女”を落としてきた功績を持つ。
計算高く、腹黒い男の娘。
胸の前で手を組み自分を見つめる彼を見て、キキも一瞬言葉を詰まらせるが彼が男だということを思い出し、いつもどおりひねくれた返しをする。
「……僕は高みの見物するよ。子どもは子どもどおし遊べば?」
その発言に、とぅれおは頬を膨らませた。さっきのなみだ目はどこへやら。
「なにおー! 一つしか違わないじゃん!」
高みの見物という言葉より、子ども扱いされたのが気に入らなかったらしい。
確かにここにいるのはみんな12歳か11歳だった。
11歳はとぅれおと那由多だけ。
確かに年下であることに違いないが、誰が見てもたいした違いはない。
そこにいるのは子どもばかり。
「だいたい、なんでこの集まりに僕がいるんだよ! 関係ないじゃん」
「僕だって!」
とぅれおが同調したのはもう一人の金髪の少年だった。彼はとぅれおと違い、癖っ毛なのかその金色の髪を外へと跳ねさせている。
「那由多と一緒なんて、生きた心地しないよ……!」
発言をした後、とぅれおはあることに気付いた。同時にそれによって起こる厄介ごとを察し、回避のためにゆっくりと二人から離れる。
残りの二人は彼の行動に疑問を持つどころか気付くこともなく口げんかを続行していた。
「だいたいお前と一緒にお泊りなんて楽しくもなんともないんだけど!」
「うるさいなあ……」
オレンジの髪の少年は起き上がると金髪の少年の胸倉をつかんで、まだ声変わりの済んでいない声でできうるかぎりの低音を出し、笑顔に影を落とす。
「僕だって呼ぶつもりなかったよ。キララと二人だけでも良かったくらいだ。
でもキララから呼んでってお願いされたからしぶしぶだったんだけど。キララの意見に何か文句でもあるわけ?」
お返しとばかりに金髪の少年は彼のほっぺをひっぱる。子ども特有のやわらかいほっぺたが伸びる。
「文句しかないよ! だいたい、僕あいつ苦手だし」
「あいつって誰のこといってんの? 答えによっては……」
「なに、やる気なの? 上等だよ、ボコボコにしてやるぞ!」
「それはこっちの……台……詞……」
ついに愛用の剣と銃を取り出した二人。
だがしかし啖呵を切っている最中、オレンジ色の髪の少年が言葉を切り、顔を真っ青にさせた。
胸倉をつかむ力も緩む。金髪の少年は首を傾げるが、すぐに自体を理解した。
ぜんまい仕掛けの人形の如くギ、ギ、ギとふりむくと、そこには
「……二人共?」
笑顔のまま殺気を放っているシスターの姿があった。
「あ、き、キララ、これは、」
「喧嘩はダメですよ?」
「いやだって、今回はこいつが悪……」
「喧 嘩 は ダ メ で す よ ?」
笑顔だというのにすごい威圧だ。
いつものキララからは創造できないほどとてつもなく怖い。
二人は無言で正座をした。
「もう二人とも寝てるって言うのに、キキもリオンくんも、なにしてるんですか?」
手を腰に当て、若干呆れたように軽く叱るキララ。
彼女の言葉の前半に疑問を持ったキキとリオンは、チラリと目を動かすといつのまにか二人とも寝ていた。
……いや、寝たふりをしているだけらしい。
片目を開けてチラリと舌を出すのが見えた。完全な狸寝入り。
どおりで途中からとぅれおが発言をやめたわけだと、二人はそこでやっと気付いた。
「二人を起こしちゃうから、今日はお説教もしませんけど、今度喧嘩したりしたらおしおきですからね!」
「……はい……」
「……わ、わかったよ……」
いや誰も寝てないから。
というつっこみは飲み込み、顔を引きつらせる。特にキキは顔を青くした。
彼女のお仕置きの怖さは、被害者の彼が一番良く知っているのだ。
とりあえず承諾した二人を見てキララは
「せっかくのお泊り会なんだから仲良く、ね? では寝ましょうか。電気、消しますよ」
「ああ、僕が消すよ」
起き上がり、ランタンに歩み寄った。つまみをひねると部屋の中は一気に真っ暗になった。
月が出ているのでそのうち目がなれるだろう。
それまでは視界は真っ暗、のはずだ。だがキキは何かにぶつかることもなく、スムーズに自分の場所に戻ってきた。
「……ぶつかってころべばよかったのに」
だから暗闇でぼそりとつぶやいたリオンの口の動きも良く見えた。
「残念だったね。耳が聞こえないと他の部分が発達するみたいで、視力だけはいいんだよ」
「二人とも?」
また喧嘩に発展しそうな二人をヒトコトで黙らせる。おそるべしキララ。
「あ……。……おやすみ」
「……オヤスミナサイ」
二人は観念して彼女にそう告げると、キララはいつもの笑顔に戻った。
「はい、おやすみなさいです」
そういってキララは眠りの世界に落ちた。
彼女の隣で、静かに喧嘩が起こっていることや、寝たふりしていた二人が笑いをこらえていることは知らずに。
しばらくそんなことをしていた他の四人もやがて睡魔に蝕まれ、やがて教会には寝息だけが聞こえるようになった。
平和な時間。
その教会の外では不穏な影が近づいていることには、このときまだ誰も気付いていない。
***
最初に気付いたのはキララだった。
なにかが壁にぶつかる音。心なしか若干の振動が伝わってきている気もする。
人間がドアを叩く音とか、風がぶつかる音ではない。
あまりの小さい音に考えすぎかとも思ったが、どうにも気になってしまう。
まだ外は暗い。一度睡眠に落ちてから何時間かしか経っていなかった。
当然彼女以外の四人は幸せそうに寝ている。
しばらく悩んだ末、キキだけをそっと起こした。
彼ならば肩を軽く叩いただけで起きてくれるから、もし勘違いだった場合の被害は最小限に抑えられる。
彼女がおこすのなら尚更素直に起きてくれるだろう。
「ん……キララ……? どうしたの?」
「起こしてごめんなさい。外から音が聞こえるんです」
「音……?」
少々寝ぼけたような顔をしながらもキララの話を聞く体勢に入る。彼の場合は唇を読む体勢だろうか。
「はい、その……気のせいかもしれないんですけど……」
キララは申し訳なさそうに眉を下げた。
「気になるんだね? わかった」
ゆっくり起き上がり、近くの窓の外を覗く。
壁を背中につけ、念のため枕の下に隠していた銃に手を伸ばす。
顔は仕事をするときのように真剣。外の様子を見てキキは息を呑んだ。
同時に隣に誰か近づいてきたのが分かった。
横目でチラリとみるとそこにいたのはリオン。
どうやら二人の空気を感じ取って起きたらしい。
そしてキララが怖いため、とりあえずキキに近づいてきたと。
「……どうしたの?」
だが、状況を把握するまではいたらなかったらしい。
声を潜める気配すらない。窓のど真ん中に立たなかったのが救いだろうか。
キキは眉をひそめ人差し指を口に当てた。
「うるさい。静かにしてくれない?」
「なんだよぉ、俺は……」
「いいから、静かに……」
彼のほうを振り替り再度注意を促そうとした次の瞬間には、キキは床に這っていた。
もちろん自分の意思ではない。頭の上に何かが乗っている感覚がある。
おそらくリオンが押さえつけたのだろう。体をひねり、圧力から逃れると銃を抜いた。
「ッにすんだ!」
「お礼くらい言ってよね! ほら!」
彼の視線の先には割れた窓にひびの入った壁。
彼がキキを押さえつけて伏せなかったら硝子の破片からの攻撃を受けていたことだろう。
そこからこちらを覗くのは、カボチャ。ハロウィンのジャク・オー・ランタンを彷彿とさせるような顔が彫られている。
その瞳には火とは違う怪しい光がともっていた。
「くそ、だから静かにつったのに……みつかっちゃったじゃんか!」
「それ、助けた人に言う台詞!?」
「元はといえばお前のせいだろ!」
「わかんないだろ! その前から気付いてたかもしれないじゃんか!」
キキが窓の外で見たのはそれだったようだ。そしてリオンかキキの声で気付かれてしまった。
もしかしたら最初からこの部屋を狙っていたのかもしれない。
なんにせよ、攻撃の意思があることは事実。
キキは銃を構え、リオンはあわてて剣に手を伸ばし、鞘から抜いた。
なのに、そのカボチャは中に入ってこようとしない。ただただ静かにこちらの様子を見つめるだけ。
「……ハロウィンにしちゃ、だいぶ遅いね」
「……なんかおっきすぎて窓をくぐれないみたいだね……」
壊れた窓から覗くかぼちゃの様子を見て勝手に納得するリオルをよそに、キキはキララのことを思い出してはっとした。
「……ッキララ!」
あわてて振り返ると幸い彼女達のところまで硝子は飛んでおらず、三人とも無傷のようだ。
しかも那由多ととぅれおはまだ幸せそうに寝てる。
だが、起きているキララはそういうわけにいかない。突然の爆音に、キキとリオンの怒声。
目の見えない彼女からしたらうろたえて、取り乱してもおかしくない状況だ。
「あの、キキ? どうしたんですか?」
不安そうな声をあげるキララ。なにがあったかなど、誰にも分からない。
でも、なんでもいいから言わないと彼女の不安を助長させてしまうだけだ。
「……ちょっとヤバイかも。キララ、二人を起こして聖堂の方に行って!」
キキはとにかく安心させようとしっかりとした声でキララに指示を出した。
「キキたちは?」
「僕たちもすぐに行くから!」
「おい、キキ」
キキの肩をリオンが叩いた。彼に促され窓の外を見ると、もうカボチャはいなかった。
「……逃げた?」
窓を凝視していたはずのリオンに問うと、彼は首を横に振った。
「いや、多分……」
壁が壊れた。今度は二人とも器用に避ける。そして外からなだれ込んでくるカボチャの大群。
さきほどより随分と小さいが、量はとてつもない。
「こんなにいたの!?」
リオンは目を丸くし、キキは息を呑んだ。
かぼちゃたちは頭だけが浮遊している。
しかもすばやく、比較的やわらかいオレンジ色のカボチャだとしても勢いよく体当たりされたらそれなりのダメージがあるだろう。
「ッキララ! 急いで!」
「那由多ちゃん、とぅれおくん、起きて。ついてきてください」
キキの声に急かされ半ば引っ張るような形で那由多ととぅれおを奥へとつれていくキララ。
できることは自分でするというのが信念の彼女が、なにかあったときのためにとこの教会についてすぐ、間取りを頭に叩き込んでいたのが役に立ったようだ。
それを追おうとするカボチャをキキが撃つ。
「行かせないよ」
オレンジ色の塊は簡単に破裂し、破片が散らばった。
どうやら中は空洞らしい。
リオンも負けじと向かってくるカボチャに斬りかかる。
オレンジ色のカボチャなため壊すのにはそう力はいらなかったが、振りかぶりすぎて剣に振り回され少々危なっかしいところが多々見受けられた。
キキもなかなかすばやいカボチャに無駄弾を数発撃ってしまった。なんとか二人で3、4匹ほど倒したそのとき。
「……リオン! 逃げるぞ!」
叫び声にリオンはきょとんとした。やっと寝起きの頭も目が覚めて調子が出てきたところだ。
ここで撤退をしてしまうと追い込まれてしまう。
それよりもここで倒してしまった方が多少こちらの有利にことが運ぶというのに、何故撤退を決断したのか。
「見ろ」
そんなリオンの考えを察したのかキキは顎をしゃくって壊したひとつのカボチャを指した。
そのカボチャは、破片がどんどんどんどん集まって、そして……元の形に戻った。
「嘘!? 復活した!?」
これではきりがない。まるでゾンビ。
「一回退こう! 行くぞ!」
向かってくる敵を撃ち、扉を開けた身を滑り込ませたキキ。リオンもそれに続きなだれ込むように扉の外へと出る。
キキがすばやく閉めようとするが、中からカボチャたちがそれを阻む。
「ッ……おい、お前も手伝えよ!」
キキの力だけでは押し負けてしまいそうだ。
しかしリオンはキキの声に返した返事にしてはとんちんかんなものをかえした。
「どいて!」
「は!?」
理由も何もいわずリオンは、キキは無理やりどかされ扉をこじ開けられる。
当然中に入ってこようとするカボチャに向かって、リオンは水をぶっ掛けると一番先頭にいたカボチャの目から光がなくなり、ゴロンと下に落ちた。
魂を抜かれた、という表現が良く似合う。その様子を見て他のカボチャはひるんだ、その隙を突いてドアを閉め、しっかりと鍵をかけた。
さっきと同じものと思われる水を扉にかける。
「……なに、それ」
「聖水。なんか禍々しい雰囲気だったし、効くかなって思って」
「思ってって……効かなかったらどうしたんだよ……」
ぐったりとうなだれるキキ。リオンは野生の勘で動くことがしばしばある。
しかも当たる確立が多く、そういうところはキキも敵わないのだ。
「お前なあ、勘で動きすぎなんだよ」
「効いたからいいだろ」
と軽口をたたきあうほどには余裕が出てきたようだ。
その余裕もドアを乱暴に叩く音が聞こえてくるまでだったが。
かぼちゃたちが体当たりしているのだろう。それは音が聞こえないキキですら、扉を見て状況を察するほどの力だった。
どうやら直接かけないと聖水の効果はないらしい。
今にも壊れそうな扉がまだ無事なうちに二人はキララたちが向かったはずの聖堂へと移動することにした。
後ろの方で扉が壊れる音がしたことを合図に駆け出し、聖堂に滑り込むと、しっかりと扉を閉めた。
その音でキララははっとしたように身をこわばらせたが、キキが声をかけるとキララはほっとしたように力を抜いた。
聖堂には大きな十字架に祈りをささげるキララと、長い椅子の上でぐったりとする那由多ととぅれおがいた。
まだ眠気が覚めていないらしく、目はとろんとしている。
その視線のまま前方にあるイスの背もたれになだれかかり、やややる気なさげに身を乗り出す。
「なんなのぉ、こんな夜中に……夜更かしはお肌の敵なんだよ?」
「明日れおくんと遊ぶために、なちゅ早く寝たいんだけどぉ……」
目は今にもまぶたがくっつきそうだというのに、文句を言う口だけが元気な二人。
ある意味呑気ともとれる。
「とりあえず目は覚まして。二人とも、武器は持ってきてるよね?」
発言を無視してキキの発した質問に二人は首をかしげつつもうなずいた。
よかった。とキキとリオンは胸をなでおろした。
三人をかばいながらの戦闘は流石にきつい。
しかも装備は全員パジャマ。いつもより防御が薄い。
キキが窓の外を最初に見たときは既に相当な数のカボチャに囲まれていた。
もう教会内は相当な数のカボチャがはびこっているだろう。戦闘員は四人。
実力がないとしても力を合わせればなんとかここからの脱出もできるかもしれない。
……力を合わせられれば、の話だが。
そもそも四人にこのメンバーで協力するなんて概念があるのだろうか。
「じゃあ、とりあえずここから出よう。敵は外に出ればすぐわかる――」
「でも……武器は寝てた部屋に置いてきたよ?」
「えぇ!? うそお!?」
「残念ながら本当なんだなぁコレが」
肩をすくめるとぅれおにキキはうなだれた。キョトンとする那由多ととぅれお。
あわてて聖堂に逃げさせたため、武器のことなど考えていなかった。
そもそもこんな事態になるなんて誰が思っただろうか。
キキとリオンも最初は自分達で一掃してしまおうと思っていたのだ。
「倒さないといけないんですか?」
おずおずと質問するキララ。彼女としては無駄な争いや犠牲者を出さないために、平和的に和解をしたいのだろう。
「予告なしに襲ってきたからね。害がないとはちょっと考えられないよ」
彼女が寄ってくると反射的に身構えるリオンの首に腕を回し、いつでも首を絞められる体制をとるキキ。
彼なりの牽制である。
「でも、あれは? 聖水」
「聖水ですか?」
キキはキララに先ほどのことを話した。ついでに那由多ととぅれおに現状の説明も行う。
次第に那由多の目が覚めて輝いていくのが分かった。
「じゃあ、じゃあ、外の敵さん狩っていいのー?」
キラキラとした瞳をキキに向ける。目が覚めたらしい。
到底幼女の反応とは思えないが、彼女はゾンビや血が大好きという将来が少々不安な趣味を持った幼女なのだ。
「血はでるー?」
「いや、中は空洞みたいだったな」
その答えに那由多はわかりやすく肩を落とした。
「困りましたね。まさかお留守番中にこんなことになるなんて……」
「あの老夫婦なら事情を話せば壁とか窓壊してんのは許してくれそうだけど……問題は、僕たちが二人が帰ってくるまで大丈夫か否かだよね」
人の良さそうな笑顔を浮かべ出かけていった牧師夫婦を思い浮かべる。
もともとは知り合いである老夫婦の代わりに一晩だけ留守を任されただけだった、はずなのに。とキキは内心舌打ちをする。
聖水をかけたドアは既に突破されたようでドアをかぼちゃが体当たりする音が聞こえている。
鍵は閉めているがバリケードもなにもしていない扉を破られるのは時間の問題だろう。
「聖水、あとどのくらいありますか?」
「……こんなつもりじゃなかったからね、君対策に持ってきただけだし。あと2、3瓶くらい」
リオンは例の野生の勘でキララの怖さを本能的に感じているのか、彼女を苦手視していて近づくときは何故か聖水を持ってくるのだ。
悪魔が取り付いているとでも思っているのだろうか。
「私対策……ですか?」
「あ、あー! ってかここも教会だし、どっかにあるんじゃない? 聖水くらい」
深追いさせないようにキキが話をそらす。
自分が嫌われてると知ったら彼女は落ち込むだろうからだ。
「それが、ここにある聖水は残り少ないと聞いています。実は明日聖水の生成のお手伝いも頼まれていましたので……」
「そっか。でもないよりはいいよね。場所がわかればいいんだけど……」
「たぶん聖堂のどこかにあると思うのですが……」
「正確な場所までは……」と申し訳なさそうに頭をたらすキララに、キキは苦笑した。
数が少なかろうが、あればあるだけ安心できる。探すに越した事はない。
「どうするのー? かぼちゃまみれで死ぬなんてヤだよ? 僕」
「……とりあえず那由多ととぅれおは武器を取りに行ってきてくれ」
「えぇ!?」
さも人事のように発言していたとぅれおは、目を丸くした。
「やったあ! れおくんと狩りだあ!」
分かりやすく落ち込むとぅれおと、わかりやすく喜ぶ那由多。
これではかぼちゃのどさくさにまぎれて切られるのではないかと気が気ではないだろう。
「武器はかしてやっから。で、逃げれそうなら逃げて、助けを呼んでくる。いいな?」
キキは少々口角を上げながらそうフォローした。
そういうことじゃないととぅれおは睨む。もちろんキキはわざと気付かない振りをしているのだ。
「俺は?」
まさかキララと一緒に待機なのではないかと危惧したリオンが聞いた。
かくなる上は那由多たちの護衛でも名乗り出ようと思ったのだろう。だがキキの提案は予想外のものだった。
「僕とお前はここで聖水を探すぞ」
「うぇええ、ひとりでいいんだけど。お前いると足手まといだし」
露骨に嫌そうな顔をする。だが、それはキキも同じだった。
さすが犬猿コンビ。
とぅれおもキキに無言の反抗をしている。那由多と組まされたのを恨んでいるらしい。
無理やりといえど、一度下されてしまった指示に浮かれている彼女から逃げるのは至難の業というものだろう。
地の果てまでも追ってきそうな勢いだ。
「あの、私は……?」
不安そうな声をあげるのは指示を出されていないキララだ。
彼女は他の四人と違い、戦う術を持っていない。
「キララはね、」
自分を睨みつける男子二名を横目にキキはキララの手を取り、移動させる。
椅子の陰に隠れるように座らせると、眉を下げてこういった。
「キララはごめんだけどここで待機しててくれない? できるだけすぐに戻るから」
他のものにはなかったやさしさ。気遣い。明らかにえこひいきしている。
人手が必要なときにあえてキララを待機させるのは、もしかぼちゃたちがいっせいにこの聖堂に攻めてきたときのことを考えてのことである。
先ほども記述したがキララに戦闘能力はない。
もしかぼちゃが攻めてきて、一番最初に彼女が狙われた場合、守れるかどうかわからない。
そういう負担や不安は減らしておこうという考えなのだ。
「……わかりました」
キキの考えを読み取ってか申し訳なさそうな表情をしながらも素直に指示通り動くキララ。
それでも不安なのだろう。つっけんどんにリオンに手を突き出した。
「リオン、聖水二個よこせ」
「は? ……いいけど」
ストレートな言い方に一瞬顔を曇らせながら、素直に差し出したリオンから硝子の小瓶を二つ受け取ると、
そのうちの一つをキララに渡した。万が一の護身用だろう。
キキが瓶を投げ、とぅれおがキャッチした。
「それはおまえ等のな。一つしかないから考えて使うこと」
コントロールは正確だったが万が一落としていたら、という配慮は一切見せなかった。
やはりえこひいきしている。
「じゃあ、行動開始ね。僕の指示に従う、従わないは別に気にしないけど、その後のことは知らないから」
キキは自分の銃の片方を地に滑らせて二人に渡した。
自らも一丁の武器を構えてドアノブに手をかけた。
かぼちゃの体当たりの振動が伝わってくる。
「ここから出る手伝いはしてあげるよ。情けでね」
息をゆっくりはいて、カウントダウンと始めた。
「5……4……3……」
三人は仕方ないといった風に、構える。
「2……1……ぜろっ!」
ドアを一気に引き、真っ先に飛び出してきたかぼちゃを足蹴にする。
さすがに踏み潰すにはいたらなかったが、聖堂の中に入ることは阻止できた。
次に来たかぼちゃは撃って粉々にする。まだかぼちゃたちの攻撃はやまない。
次のかぼちゃには踏んでいたカボチャを蹴ってぶつけ……ようと考えたが簡単に避けられてしまった。
「え、嘘」
一瞬たじろぎ次の手に移ろうとしたが、それには及ばなかったようだ。
後ろからでてきたリオンの剣によってカボチャは真っ二つになった。
「油断しすぎなんじゃないの?」
「うるさいよ」
懲りずににらみ合う二人。その隣で銃声が二発響く。
二発ともひとつのかぼちゃにあたり、破裂した。とぅれおが放ったものである。
多少使い方は違えど、彼がいつも使っている武器と似ているため、扱いやすいのだろう。
なかなかの命中力である。
「じゃ、僕たちは行くからね」
「しゅっぱぁつ!」
駆け出した二人の背後でしっかりと扉を閉める音が響いた。
***
「えへへー。れおくんといっしょー」
ほにゃっと笑い、とぅれおに腕を絡めながらもう片方の手でカボチャを撃った。
至近距離だったためはずすことはなく、命中。なんとも器用だ。
「わかったから、襲ってこないでよね? 那由多の相手までしてられないからね、今回」
「うん、れおくんはなちゅのちぇーんそーで切り刻むって決めてるから!」
大丈夫だよ!と無邪気に笑う那由多だが、その発言のどこにも大丈夫な箇所が見当たらない。
とりあえずチェーンソーを手に入れるまでは安全だということだろうか。
しばらく廊下を歩くと五人が寝泊りするために借りていた客室に着いた。
ドアは取れかかっていて、金具ひとつで何とかつなぎとめている。これは素人でどうにか修理できる壊れ方ではない。
大工にでも来てもらわないといけないだろう。その際の請求が自分たちにふりかからなければいいが。
那由多と顔を見合わせて、同時にすばやく部屋の中に入る。
銃を構えることも忘れない。が、中にはなにもいなかった。
床の上に転がったかぼちゃに一瞬反応したが、動く気配はない。
おそらくリオンが聖水をかけて魂がぬいたというかぼちゃだろう。
拍子抜けした様子で二人とも中に入る。
かぼちゃによって壁や窓が壊されているのも、聞いていた通りだ。
これならば脱出も容易にできそうだ。
とにかくまずは武器を取らないと。と、とぅれおがとりあえず那由多の愛用の武器であるチェーンソーに手を伸ばしたそのとき。
バタン
ドアがいきなり閉まった。
二人は思わず肩を震わせドアのほうを振り返ると、さっきまで取れかかていたはずのドアがぴったりとしまっている。
那由多が慌ててがちゃがちゃとドアノブをまわすが開く気配はない。
それもそのはずだ。扉の向こうでかぼちゃたちが扉を押えているのだから。
「あ、開かないよ!」
「うそぉ!?」
「これでれおくんと二人っきりだね!」
「そういうことじゃな……ッ!」
一瞬呼吸を忘れた。彼の頬を何かがかすったのだ。
なにか。いやちがう。カボチャだ。
視界の端にオレンジ色の物体が通り過ぎるのが確かに見えた。
那由多の発言に指摘をしようと動かなかったら、おそらく頭に直撃していただろう。
壁を見ると、かぼちゃは壁にめりこんでいた。
「あぶな…………」
すごい勢い。ぶつかったらおそらく気を失うだろう。
一発でもそんな威力があるのにそれを何発もくらったら……。
「れおくん!」
呆気に取られていると那由多が悲鳴に近い声をあげた。
那由多の視線の先には、たくさんの、かぼちゃ。
たくさんの形。
様々な顔。
かぼちゃといえどこれだけ多くの目に見つめられ、囲まれたら、それなりの迫力がある。
恐怖のせいか、驚いたせいか固まる二人。
かぼちゃはそんな二人を面白がるかのようにじりじりと近づいてくる。
壁が迫ってくる圧迫感。二人はどうにかドアを開けようと、叩いたり、ノブをめちゃくちゃにまわしたりした。
カボチャの大群との距離が残り数メートルになったとき、ついに那由多が泣き出してしまった。
「やだ、やだ、開いて! 開いて! 開いてよおおおおおおお!」
ぎょっとするとぅれお。動きが止まるかぼちゃ。
でも那由多がチラリととぅれおだけに手の中にあるモノを見せた。
目薬。嘘泣きらしい。なんだ、ととぅれおはため息をついた。
そして気付く。かぼちゃが動いていないことに。
こちらを見つめていることは変わりないのだが、どこかオロオロしているような印象がある。
そんな反応をとぅれおも那由多も見逃さなかった。
「わああああああああんっ!」
「怖いよおおおおおおおおおおお!」
嘘泣きの勢いが増す那由多に参加するとぅれお。
ふたりでわんわんと泣く。やっぱりかぼちゃは近づいてこない。
それぞれが顔を見合わせ狼狽している。どうしていいかわからないようだ。
そして一瞬の隙を突いて二人は駆け出した。スライディングの要領で手を伸ばす。
その先には、チェーンソーと銃。二つの手がそれぞれの武器に触れるその直前。
一つ手が消えた。
「……え」
「……ッたぁ……」
遅れて聞こえる鈍い衝突音。壁に叩きつけられたとぅれお。
彼の近くに転がるのは、かぼちゃ。
腹を押えながら激しく咳き込む。
ふわっと浮くかぼちゃ。とぅれおに追い討ちをかけるつもりらしいが、なかなかの至近距離。
体当たりではあまりダメージを与えられないと考えたのか、かぼちゃは怪しく光る目の下のおおきく裂けた口を開けた。
相手の行動は分かっているが思うようにうごけない。
かぼちゃのくちがとぅれおに触れようとしたその刹那。オレンジ色は散り、とぅれおの目に映ったのは、むらさき色のハート。
「……なゆ……」
「れおくんは!」
キッと赤い瞳がかぼちゃを睨みつける。
チェーンソーは一定の機械音が鳴り響かせた。
「れおくんはなちゅのなの! なちゅが切り刻むの! 誰にも渡さないんだからあ!」
かぼちゃの壁に指をビッと突きつけながら、本人の前で物騒な宣言をした。
いつものことながら堂々としたものだ。ポカンとするとぅれお。
その間にもかぼちゃは攻撃を仕掛けてきた。
まるで横殴りの雨のようにいくつものかぼちゃが那由多ととぅれお目掛けて降ってくる。
那由多は向かってきた順に反す刀で連続して切り刻んでいった。
カボチャに刃があたるたびに音は甲高くなり、叫び声のようにも聞こえた。
と、順調に斬って行く那由多の後ろで発砲音が聞こえた。
振り向くと、羽の飾りの付いた銃を構えるとぅれお。
「勢いがいいのはいいけどさ、後ろをもっと気にしたら?」
「……れおくん!」
彼の台詞を聞くなり那由多は彼に抱きついた。
「ちょ、今戦闘中……」
「なちゅをたすけてくれたんだね! ありがとぅー!」
すりすりと頬づりをする始末。
傍から見ると女の子二人がじゃれているなんとも和やかな図だろうが、
彼女達はまだかぼちゃに囲まれていることを忘れてはならない。
かなり危険。
のはずなのだが、かぼちゃたちは何故かとても優しい目をしていた。
「見守るらないで! お願いだから!」
そう、まるで幼い恋を見守る大人のような優しい目。
とぅれおにとっては迷惑極まりないモノだが。
「ちょ、那由多、とりあえず今は戦闘に専念してぇ!」
「うん、わかったぁ!」
そういってもう一度チェーンソーをかぼちゃたちに向ける那由多。実を言うと、チェーンソーが自分に向けられそうで怖かったというのもある。
かぼちゃたちもはっとしたように、怖い顔に戻った。
このままでは無限に復活するかぼちゃに振り回されて、ふたりの体力が削られていくだけだ。
そしてその体力はいずれ尽きてしまう。
そうなるまえにせめてこの部屋から脱出するか、様子を見に来るかもしれないキキやリオンと合流しなければならない。
突破口を作り出そうと思ったのは意外と、なるようになるかな、と投げやりだったとぅれおだった。
その鍵となるのは彼のよくつかう羽の飾りの付いたオートマチックと、ポケットの中身。
かぼちゃとにらみ合う那由多の後ろからとぅれおが声をあげた。
「はいはーい! 注目―!」
羽付き銃を右手で構えながら左手でポケットから引っ張り出したガラスの瓶を掲げる。
「これ、何か分かる?」
銃の引き金を引くと銃弾のかわりに水がぴゅーっと出てきた。
実はこのオートマチック、水鉄砲としても使える。
どういう構造になっているのかはわからないが、彼はそれを利用して脅しに使うことがある。
そして、今回も脅しを行うつもりのようだ。
「正解は、聖水。そんでこの銃から出てくるコレも聖水。僕はいつでもあんたらを殺せる状況にあるわけ。わかる?」
にっこりとして銃を構える。形勢逆転。
那由多ととぅれおが嘘泣きをしたときの反応を見る限り、恐怖や驚きという感情のようなものは少なくとも持っているはずだ。
相手が有利なカードをもっているとわかればそう簡単に手を出してはこないだろうというのがとぅれおの考えだった。
もし言葉が通じないとしても一匹に聖水をかければ済む話。
とはいっても聖水は一瓶分だけ。量は少ないが多く持っていると見せ、脅すことで無駄遣いを避けるほかない。
現実はそう物事がトントン拍子に進むほど現実はあまくなかった。
かぼちゃは牽制されるどころか、一目散に襲い掛かってきたのだ。
仕方ないとばかりに近くにいたカボチャに一発宛てるとかぼちゃは魂がぬかれたようにごとりと落ちた。
強硬手段。これでかぼちゃたちも思い知っただろう。
「どう、これでわかっ……ってえええええええええっ!?」
ふふんと、鼻を鳴らして上げたとぅれおの顔は引きつった。
かぼちゃたちはその一部始終を見て、恐怖するどころか速度を増して突進してきた。
実は恐怖なんて感情はなかったのだろうか。
「れ、れおくん!」
さすがの那由多もこれは対処できない。でもやらなければやられるのみ。
選択を誤ってしまったと、後悔をするとぅれおの後ろで扉が微かに動いた。
あわてて那由多がチェーンソーの回転を早めたところでとぅれおに首根っこをつかまれた。
そしてひっぱられる。気付くと、二人は廊下にいた。那由多の後ろには肩で息をするとぅれお。
那由多はなにがあったのかわからずキョトンとしている。
「大丈夫?」
二人に声をかけたのは、
「っれぇ? キキ、なんでここにいるの?」
周りにはリオンは見あたらない。喧嘩でもして抜け出してきたのだろうか。
いやしかし、彼がキララをおいて出てくるとは考えにくい。
周りに落ちている数体のかぼちゃの破片はキキが撃ったのだろう。
「うん、ちょっと二人にお願いがあってね」
「お願い?」
「なになに?」
ずずい、と耳をキキに向けたそのとき。扉が壊れ、撃たれたかぼちゃたちは再生し始めた。
「うわ、やっぱ速いな……とりあえず逃げようか。行くよ!」
台詞からして彼は廊下から現れたかぼちゃたちに追われていたのだろう。
そういって背を向けるところを見ると返事を聞く気はないらしい。
那由多ととぅれおも仕方なく走り出す。
逃げながらキキが提案したのはこういうものだった。
リオンとキキはあの後すぐに聖水の保存場所を見つけたらしい。
しかしキララの話どおりやはり数が少ない。
効率的にかぼちゃを根絶やしにするために、一箇所に集めようということになった。
問題はこの教会は小さく、丁度いい場所はなく、しかも外にあとどれだけ敵がいるか分からないということ。
そこで誰かが囮を担いかぼちゃを外におびき出したところで、屋根で待ち構えていた一人が上から聖水を落とす。
という作戦を練り上げたらしい。
「で、僕たち三人が囮なわけぇ?」
「いや、囮は僕ととぅれおだけ」
「? なちゅは?」
「那由多は最上階に行ってリオンと合流して。とにかく上に行けば分かるから」
「しかたないから、わかった」
「……れおくんがいいなら、わかったぁ。なちゅも手伝う」
「そう、よかった」
抵抗されずに済んだとホッとする。
さっきも行ったとおりこの教会は小さい。
説得する間逃げ回れるほどこの廊下は長くないのだ。
「じゃあ、僕をおんぶして」
「は!?」
代わりにとんでもないお願いをされたが。
「僕、つかれたんだよねー。あんたの方が足速いし、キキが走って僕が近づいてきた敵を撃ったほうが効率いいと思うけどなー」
「……落ちたら拾いに戻らないからな!」
観念してそういって一瞬止まりかがむキキにとぅれおは勢いよく飛び乗った。
さすが自由人の代名詞、魔王の異名が将来つきそうなとぅれお。
自分が楽に有利に進むことに関しては抜かりない。
「あ、ずるい! なちゅも! なちゅもれおくんおんぶする!」
「あー、はいはい。那由多、とりあえず仕事して?」
「……はぁい」
むくれながらも“いとしのれおくん”の言うことならと返事をした那由多。
全速力にブレーキを少しだけかけ曲がり、その先にあった階段を一気に上っていく。
それをとぅれおから報告してもらったところでキキは一気に加速した。
彼の足に追いつきそうなかぼちゃは片っ端からとぅれおが撃ち、難を逃れる。
案外、理不尽かとも思われた彼の提案は正解だったかもしれない。
彼を背負ったキキはそのまま、まっすぐはしり扉を開け放ち、外へ出た。
教会からでたところでキキは転ぶように急ブレーキをかけ、叫ぶ。
「リオン!」
「あいよ!」
雨が降ってきた。否違う。これは、聖水。
リオンが魔法で浮かせた聖水の水を雨のように落としているのだ。
ゴトッと鈍い音を立てかぼちゃがひとつ地面に落ちた。
それを皮切りにつぎつぎとかぼちゃの魂が抜かれていく。
ついに外に出てきたかぼちゃはすべて動かなくなった。
作戦は成功したらしい。
残っているかぼちゃもあと一桁ほどだろう。これならば子どもの足でも逃げることができるかもしれない。
「やりぃッ」
リオンは屋根の上でガッツポーズをした。
とぅれおが降りると、キキはそのまま仰向けに寝転がり、目をつぶって息を整える。
さすがに人をおぶりながらの全力疾走は相当な体力を消費したらしい。
「やったやったぁ。かぼちゃに勝っ…………あ」
ぴょんぴょんと飛び跳ねていたとぅれおが動きを止めた。
しかし耳の聞こえないキキにはそれがわからない。でも彼もすぐに気付くことになる。
大きく深呼吸をして息を整え、落ち着いてきたところでゆっくりと眼を開けた。
その視界に入るのは教会とリオン。もしかしたら那由多がいるかもしれない。
あとは背景に夜空や森の木々だけだろう。そのはずだった。
しかし、現実はその予想にもうひとつとんでもないものを加えたものだった。
おおきなかぼちゃが浮かんでいたのだ。ちょうど月を隠すような位置にいる。
おおきさからしておそらく最初に体当たりで壁や窓を壊したかぼちゃだろう。
「ッ……!」
屋根に上っていることによって一番近い位置にいるリオンにいたっては固まってしまっていた。
先ほどやっと上ってきただろう那由多はわけがわからないまま、とりあえず戦闘体勢にはいっている。
聖水はもうない。逃げなくては。
頭では分かっている。
こうなることも予測していなかったわけではない。
そのために那由多は上へ上るように指示を出したのだ。
だがリオンの体は動かないどころか信じられない行動を取っていた。
性格ゆえ、彼らしいといえば彼らしい、だが無謀な判断。
剣をにぎりしめ、飛びかかったのだ。でも、
「っうわあぁ!」
かぼちゃは思ったより硬く、弾き飛ばされてしまった。
華麗に着地とはいかなかったが、屋根の上でなんとか受身を取ることはできたようだ。
転がり落ちそうなところを那由多に支えてもらってなんとか体勢を建て直し、とりあえずかぼちゃの死角に隠れる。
「ちょ、これ、どうするのさ……!」
呆然とするとぅれおの声は一番近くにいるキキには聞こえない。
屋根の上にいる二人に届くこともない。答えのない質問。
投げかけた彼もそれはわかっていた。だが、何故かそれには答えが帰ってきた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと考えています」
後ろから聞こえてきた声。
先ほどはおってくるかぼちゃに夢中で見なかった湖のほうからだった。
その淵にいたのは、キララ。
「この湖の近くまで落としてくれたらあとは、私がどうにかします」
湖の中心にはキララがいつもしている十字架のネックレスが浮かんでいた。
「私も足手まといだけじゃ、申し訳ないので、手伝わせてください」
「スイッチオーン!」
底抜けの明るい声が響いた。振り返ると同時に爆音が聞こえた。
あわてて振り返ると何かが屋根から落ちてきた。
それは大かぼちゃではなく、爆風に押し出されたリオンだった。
たいした怪我はないらしく、すぐに起き上がって那由多に文句を言い始めた。
「ちょ、那由多! 俺が押せって言ってからって言っただろ!?」
「だって、押したかったんだもん」
爆煙が上がっているかぼちゃの下でぎゃいぎゃいと言っている那由多とリオン。
「……なにがあったの」
「僕が渡したアルスお手製の爆弾を那由多が予定より早く爆発させたみたいだね」
キキの視界に自分を入れ、質問をすると呆れた目で淡々と簡潔に説明してくれた。
「支障は?」
「あるに決まってんじゃん。勘弁してよね……くそ……馬鹿ヒヨコが……」
頭を抱えるキキはわざとらしく大きなため息をついた。
それを聞き逃さないのが彼のライバルであるリオン。
「なにさ! どのみちあのかぼちゃは爆弾じゃ動かなかったんだ、最初からこの作戦は失敗だったんじゃないの!」
「だから! 攻撃して弱らせてからつったろ!」
「僕一人でも歯が立たなかったんだ、お前の攻撃なんてノーダメージなんじゃないの!」
「お前の攻撃だってダメージなかったに決まってる!」
お約束というべきか、また喧嘩が始まってしまったようだ。
そんなことをしている場合なのだろうかと若干人事のように眺めていたとぅれおにも不運は文字通り降りかかる。
「れっおっくーんっ!」
那由多が上から降ってきたのだ。
もちろんチェーンソーの刃を彼に振り下ろす格好で。
間一髪なんとか避けることに成功したとぅれおは顔を真っ赤にしていた。
極度の緊張と、もし避けることができなかったら、などを想像したのだろう。
心臓も痛いほどバクバクしている。
「那由多! おまえなあ……」
「れおくん……」
その様子を見た那由多は
「なちゅのことそんなにしゅきなの?」
「…………はい?」
「顔まっかで、心臓もおさえてるし……きゃあっ、相思相愛だぁっ」
と紅潮した頬を押さえ女の子らしい叫びをあげる那由多。恋する乙女。普通の女の子のように可愛い。
「待っててね……今、切り刻んであげるから」
だがしかし、その次の行動はなんとも恐ろしいものだった。とぅれおの頭に集まっていた血の気が一気に引く。
そこから、いつもの地獄の鬼ごっこがはじまった。
そして顔を青くする人物がもう一人。
「どう、しましょう」
怒声、悲鳴、那由多のチェーンソーの音。
進行されない作戦。すべてを総合してキララはこう判断した。
「私の考えた作戦が失敗して、キキたちが危険な目に……!」
実はかぼちゃ一掃作戦にはもうひとつ問題があった。
それは、最初にキキとリオンが見た巨大かぼちゃをどうするか。
おそらく聖水は小さいかぼちゃたちだけで使い切ってしまうだろう。
そこでキララが提案したのは、
『近くに湖がありましたよね?』
『……うん。小さいけどね』
『私がその水を聖水に聖化します』
『そんなことできるの!?』
『一応、シスターの端くれですので……。そんなに時間もかからないと思いますから、おおきなかぼちゃさんがあらわれたら、湖に……』
『突き落とせばいいんだね? わかった。まかせてよ』
湖の水はとっくに聖水に聖化できている。
キキが突き落とすためにリオンに渡していた爆弾が爆発する音も聞こえた。
なのに水音がしないのは、すなわち……
改めて目の見えない自分を恨むキララ。
せめて少しでもなにか見えれば、自分も戦闘に加われたかもしれないのに……。
実際は敵であるかぼちゃはそっちのけで仲間割れに近い状況なのだが。
ちなみにいうと大かぼちゃは律儀に待っていてくれている。
案外、悪いヤツでもないらしい。
「ああ、主よ。貴方の教えを守らず、相手も知らずに話し合おうともしない私が愚かでした。ですから――」
「おや、お祈りかい? 熱心だねえ」
ついに祈りだしたキララの後ろから聞こえた声。
それはこの教会の主牧師の奥さんのものだった。
「……シスター?」
「にぎやかだと思ったらやっぱり来てたみたいだね。かぼちゃたち」
「あの……私……!」
「いい聖水ができてるじゃないか。よくがんばったねえ」
すがるように手を伸ばすキララの頭をなでると、教会に向き直り頭の上に大きな丸を作った老シスター。
それを合図に、かぼちゃが聖水の湖に突き飛ばされた。
勢いや大きさのせいで全員が盛大に水飛沫をかぶりびしょびしょになった。
おかげでぎゃいぎゃいと騒いでいた四人も動きを止める。
大かぼちゃは既にただのかぼちゃとなり、そこに魂はなかった。
かぼちゃが湖に落ちた原因を知ろうと四人がゆっくりと教会の方を見ると、その屋根には穏やかな笑顔を浮かべた老牧師が立っていた。
彼以外誰もいない。つまり、あの牧師があのかぼちゃを突き飛ばしたのだろう。手段は不明だが。
意外な収束をしたかぼちゃ騒動。それは短いようでとても長かったらしく、もうすぐ日の出の時間が迫っていた。
***
子どもたちが目を覚ました時には既に12時を回っていた。
当たり前といえば、あたりまえだろう。
夜中に走り回っていたのだから。キララととぅれおに至ってはまだ眠っている。
あのあと牧師夫婦が、説明を求めるキキたちにとりあえず睡眠をとるように説得するのはそこまで大変なことではなかった。
だが、案の定起きてすぐに質問攻め。
「一体なんだったのさ!」
「ごめんなさいねえ、まさか、私達が教会を空けたときに来るなんて思ってなかったのよ」
「なに、結構あることなの、これ」
困った笑みを浮かべる老シスターは、ホットミルクを三人に手渡した。
「そこまでないわ。一年に一回、かしら」
「あ、これおいしいー」
「熱くなかった?」
コクンと首を縦に振る那由多は特に事の顛末について興味はないらしい。幸せそうにホットミルクを飲んでいる。
「話をそらさないでよ、那由多。それで? あいつ等の正体は?」
「ハロウィンは知ってるかい?」
朝のお祈りを終えた牧師が話に参加してきた。
「……仮装して、お菓子もらうあのイベント?」
「今ではそうだけど、あれはもともととある地方ではお盆みたいなものでね。
あまり詳しく話すと長くなるけど、あのかぼちゃたちは帰ってきたご先祖様なんだ」
「……ゆーれい、ってこと?」
「まあ、そうだね。毎年帰り方の分からなくなったご先祖様たちが、家で作るかぼちゃの飾りを借りて遊びに来るのさ」
「……僕たち、思いっきり倒しちゃったけど……」
老牧師はホットミルクを飲んで一息ついた。だがリオンとキキは気が気ではない
化けて出なければいいが。
「大丈夫よ。どのみち天国へお帰りになるには聖水をかけないといけないし、子どもたちと遊んだんだもの、楽しかったんじゃないかしら」
そういえば、とぅれお聖水を持っていると分かったとたん襲い掛かってきた。
あれは速く帰りたかった霊だったのだろう。彼女達が大泣きしてオロオロしていたのも、元が人間ならば納得がいく。
見た目美少女な二人が泣き出せばほとんどの者はだって戸惑うだろう。
まあかぼちゃたちも結構本気で襲い掛かってきていたような感じはあったが。
なかなか遊び感覚というには、少々命がけすぎる。
「でもよりによってなんでそんな時期に出かけたりしたのさ。僕たちに丸投げしたわけ?」
キキが容赦なく文句を言う。
キララがいたならば噛み付かれているかもしれない台詞だろう。
「いや、君たちに丸投げする気はなかったんだけどね。実は今年はかぼちゃたちがなかなか来なくてね。その様子見も兼ねて町へ行ったんだ」
「……でも、教えといてくれたらもう少し対策も練れたのに」
老夫婦は苦笑いを浮かべた。そして老シスターがパンと手を叩く。
「そうだ。あなたたちにはお礼をしないとね。今日は久しぶりにケーキを焼こうかしら。もうすぐクリスマスだし、丁度いいわ」
「ほんとぉ!?」
“ケーキ”という言葉にその場にいる誰もが反応したが、一番わかりやすくリアクションをしたのは那由多である。
「ねえ、まあるいやつ? 三角じゃなくて?」
「ええ。小さいホールをいくつか焼きましょう。手伝ってくれる?」
「うん!」
椅子から飛び降り、駆けて行く那由多。
キキとリオンもそわそわしている。やはり彼等も子どもなようだ。
そのあと起きてきたキララもケーキ作りに参加し、男子組は老牧師の提案で少し早いが、クリスマスツリーを出す準備を始めた。
「那由多ちゃん、これ混ぜてくれる?」
「はあい!」
その様子を見ながらボールを受け取った那由多は、そうだ。と笑った。
彼女は実は幸せの妖精である。だから人を幸せにできるのだが、いつもは趣味のせいで血なまぐさく、力を発揮できない。
でも、血を浴びていない今回なら……。
せっかくのまあるいケーキ。
彼女は小さく呪文を唱えながらボールの中身をかき混ぜる。
皆が幸せでありますように。れおくんが幸せになれますように。れおくんを切り刻めますように。
若干自分の願いが入った那由多の考えが届いたのか、とぅれおは一瞬悪寒を感じたが、
那由多は今チェーンソーを持っていなかったため、気のせいだと頭を振った。
「ねえ、来年はかぼちゃさんたちともケーキ食べない?」
「あら、いいわねそれ。そのときはまた、みんな来てくれる?」
「うん!」
きっと焼きあがったケーキは幸せの味がするんだろう。
かぼちゃたちに味覚があるかはわからないが、きっと彼等も幸せになれるはずだ。
彼女が来年その約束を覚えていて、教会を訪ねる途中で血を浴びなければの話だが。