「七夕伝説?」

7月7日はキキとキララの誕生日である。 といっても、二人はもともと孤児で自分の生れた時のことを知っている人などいない為、自分たちで勝手に決めた偽りの誕生日だ。 それでも二人にとっては記憶にない本物よりも大切な日。 毎年教会のみんなと笹に願い事を書いた短冊や折り紙などで飾りつけ、子どもたちを寝かしつけた後二人で小さなケーキを食べてささやかなお祝いをしていた。 クリスマスや他の子たちの誕生日プレゼントを考慮して、プレゼントを交換し合うなんてこともしないが、二人はそれで満足していた。 今年もそうやって過ごすはずだった。 「キララ、顔色悪いよ? 大丈夫?」 キキはキララの顔を覗き込む。 例年通り子どもたちと一緒に短冊にお願いごとを書いている時だった。 キララはいつも通りやわらかい笑顔を浮かべて返事をした。 「大丈夫ですよ」 「本当に?」 そう答えることがわかっていたからか、間髪入れずにもう一度聞いた。 キララは肯定しようと口を開きかけたが、少し考えて眉を下げて本音を口にした。 「実は最近ちょっと寝不足で……」 よほど疲れがたまっていたのだろう。 いつもならばあと数回この問答を繰り返さねば、この答えは引き出せない。 最悪彼女の強がりが勝つことさえある。キキは「やっぱり」と呟くとキララを立ち上がらせた。 彼女はもともと肌が白いが、今日は明らかに不健康な蒼白な顔をしていた。目の下に隈も浮かんでいる。 「今日は休みなよ」 「でも……」 「あとは僕がするから。お祝いだってキララがそんなんじゃできないよ」 先回りしてキララの言い訳を潰していく。 どうやらキキも譲る気はないようで、それを察したキララもとうとう折れた。 「……わかりました。じゃあこれもお願いできますか?」 そういって渡したのは願い事を書いた短冊。 彼女は目が見えないが、だからといって人に甘えてばっかりではいけないと、できることは自分でしている。 耳が聞こえないキキはそのほかの感覚で補っているようだが。 文字を描くというのもその一つだ。 最初は苦戦したが今ではちゃんと読める文字を書くことができる。 もちろんきれいな文字とはいいがたいものだが、それでも彼女の頑張りは伝わってくる。 受け取った短冊にはその文字で”みんなが幸せでありますように”と書かれていた。彼女がいつも願っていることだ。 「……ねぇ、キララ」 「はい?」 「もっと自分のことお願いしたら? こんなの……」 どうせ大人たちが勝手に作ったイベントなんだから。そう言いかけて口をつぐんだ。 そんなことを子どもたちの前で言ってしまったら、確実にキララに噛みつかれるからだ。 彼女には噛み癖があり、叱るときなどは手が出るより先に文字通り口が出てしまう。 ただ怒鳴りつけるよりもとても有効なようで、いつもは生意気なキキでさえもキララの前ではとてもおとなしい。 「私の幸せはみんなの幸せですから」 なんていう言葉をさらりと言ってしまう彼女は無理している様子ではなく、キキは「そっか」と返すしかなかった。 彼女のことだ。本当に心からそれを願っているのだろう。 もう一度微笑むとキララは自分の部屋へと向かうべく廊下に出ると、子どもたちの声で聞こえなかった雨音に気付いた。 見えない目で空を見上げると、泣きそうな顔でポツリとつぶやいた。 「織姫様が、泣いています」 うつむいて慣れた手つきでちゃんと自室のドアを開けると中に入って行った。 目の見えない彼女はその瞬間空が光ったことなど知らない。 廊下には催涙雨と子どもたちの声が混ざり合った声が響いていた。 *** 7月7日はロココの誕生日である。 電脳アイドルとして活動している彼女は毎年七夕ライブを開催しており、その日が近づくとそわそわしている。 人気も上々でチケットは即完売、当日会場は超満員を誇っている。 今年もそれは同じで、友人たちに配る分を確保するのに少し手間取ったほどだった。 それなのに本番当日。控室にいるロココはむくれて、お世辞にも機嫌がよさそうとは言えない様子だった。 控室のドアを開けた友人のフォルテが彼女を見てすぐさま扉を閉めて逃げ出そうとしたほどにはオーラが出ていた。 「ちょっとフォルテ!」 しかし、ロココがそれを許さなかった。 いつもより気がたった声にフォルテはしぶしぶ中に入る。 だが聞かされると思っていた愚痴をこぼされることもなく、しばし無言の時間が続いた。 いたたまれないが何を言っても墓穴を掘る結果にしかならないだろうと思い、フォルテはソファーに横になり目をつぶって寝る体制に入った。 最終手段『時間に任せる』を使おうとしたのだ。 少しすればロココも落ち着くだろうと思ったのだが、それは甘い考えだった。 ため息が聞こえてきたため、片目を開けてみてみるとロココは外を睨んでいた。そしてまたため息をつく。 それをみてフォルテは「ため息をつきたいのはこっちだよ」と悪態をついた。 二人しかいない控室。 聞こえてくるのは雨音のみ。 今ならどんな小さなつぶやきだって聞こえるだろう。 もちろんそのフォルテのつぶやきもロココに届き、ジロリと睨まれた。思わず視線をそらす。 そもそも彼はいつものようにロココの移動のために来たのだ。 ワープ魔法が使える彼は忙しいロココの移動のために移動手段となることが多い。 やさしいというより彼女に逆らえないだけだと彼は言っている。 今日だってそれと変わらないはずなのになんでこんな状況に陥らないといけないんだ。 と今度は心の中で悪態をついた。 「あんたねえ、女の子がため息ついてるんだから”どうしたの?”くらい聞きなさいよ!」 「だってめんど……」 「めんどくさいなんて言ったら殺す!」 「……俺だってため息ついてんだけどなぁ……」 やっと口を開いたロココは興奮しているのかいつもより少し高いテンションでしゃべり始めた。 フォルテは仕方なく起き上がりほほをポリポリと掻く。 「なんで雨なのよ!」 ダンッとテーブルをたたきながらロココは叫んだ。 テーブルの足が少しゆがんだ気がする。フォルテは肩をすくめた。 「そんなこと俺に言われたって……管轄外だし」 「せっかくの満天の星空の下で野外ライブして目立とうと思ったのにぃ!」 そう。せっかくの七夕だというのに星は一つのこさず雲に隠されており、叩きつけるような雨が降りそそいでいる。 とても雨天決行などができる状態ではなく、近くに臨時で借りれる屋根のある会場もなく、今回は泣く泣く延期となったのだ。 「ウチは今日したいのにぃ……! 七夕ライブなのにぃ……!」 ブツブツと表現するにははっきりとした発音で愚痴をこぼす。 すべて吐き出せばすっきりして静かになるかな、と適当に相槌を打っていたフォルテだが、そのうち妙な音が混ざっていることに気がついた。 「まさか」と思い視線をロココの手元に移すとヒビのはいった携帯電話がメキメキと悲痛な叫びをあげていた。 持ち主であるロココにはその悲鳴は聞こえていないようだ。 「……あの、ロココ?」 「だいたいさあ、うちの誕生日に雨なんて……」 「おい、ちょっと……」 「いい度胸してるじゃない!」   今日一番の叫びと共に手に力が入ると、ボキャッと明らかに折れたよりひどい音を立てて携帯は無残な姿になってしまった。 ロココはこう見えて怪力の持ち主で、利き手は制御しているにもかかわらずよくこうやって怒りに任せて携帯を蘇生不能にしてしまうのだ。 これで何回目かの被害携帯にフォルテは静かに合掌した。 いつもならここで我に返ることが多いのだが、今日はそれでも怒りが収まらなかったらしく、その余った怒りの矛先はフォルテへと向く。 「とにかく! 帰るからワープして!」 「……ヘイヘイっと」 とにかく今は逆らわないほうがいいと思ったのだろう。 素直にワープ魔法を使い、ロココの家にワープした。 ――はずだった。 ワープして見えた景色は明らかにロココの部屋ではなく、何かの建物。 十字架やステンドグラスなどがあることからそこは教会らしかった。 古いもののようだがだが、中から子どもの声が聞こえる為使われてはいるのだろう。 問題はワープした場所が教会の中ではなく外だったということだ。 「なんなのよー!」 うるさいほどの雨音にまけないほどの大声でロココは叫んだ。 「あー。ごめん、失敗した」   びしょびしょになりながら謝る声は雨音に完全に負けてしまっている。 先ほどはささやきさえも聞こえてしまっていたというのに、今度はまったくロココに声が届いていない。 彼がワープに失敗するのはめずらしい。 もっとも毎回毎回こんな風に失敗していたらロココが怖いだろうが。 「ああああ! もう! ウチが目立つ日なのに最悪!」 空に向かって吠えるロココ。 流石アイドルといったところだろうか。 肺活量があるのか、もともと大きな声が出せるからかは知らないが、こんな状況でも彼女の声ははっきりと聞き取れる。 「……ったく、いつもは休みほしいとか言ってるくせに……」 聞こえないことをいいことに今度は堂々と悪態をついた。 ロココがこんなに働きたがるのも珍しいだろう。 いつもは、特に地味で目立ったない仕事の日は休みたい、休みたいと繰り返し、携帯を破壊しているのだ。 それなのに今日は働けなくて怒っている。 だからこんなにも大雨なのだろうか。 いや、雨が降っているから彼女は怒っているのだ。関係はないだろう。 「もう……もう……」 頭上でゴロゴロという不穏な音が聞こえた。 ヤバイ、と本能で感じ取ったフォルテはあわててワープ魔法を再度展開する。 「ちょ、まてロココ! すぐにワープするから!」 でもその声はやっぱり地面にたたきつけられる水滴の音に邪魔されてロココには聞こえない。 「もう……最ッ悪ッ!」 彼の努力もむなしくロココの怒りが頂点に達すると同時に二人のいる場所に雷が落ちた。 *** 気が付くとフォルテは暗い場所にいた。 まだ暗闇に慣れ切れていない目で辺りを見回すと四角い影がいくつか見えた。 形からして家具の類。風や雨の音や感触もない為おそらく室内にいるのだろう。 しかし残念ながらまたもやロココの部屋ではない。 だんだんと慣れてきた目が動くものをとらえ、 瞬時に一緒にワープをしたロココだと思い込んだ。 「ったく……お前が雷なんて落とすからまた失敗しただろ……」 ため息をつきながら近づく。するとその人影はもぞもぞと動き、やがて声を出した。 「あ、あの……えっと」 それはとてもロココのものとは思えない低い声だった。 「……? ロココじゃないのか。誰お前」   と素直に疑問を投げかけたその時。 その部屋のドアが一気に開け放たれ一瞬目がくらむ。 そして見えたのはおそらく先ほどロココと間違えただろう全く知らない人物だった。 フォルテも人のことは言えないがめずらしい服装をしている。 「……お前ほんと誰」 「僕は……」 「動くなッ!」 するどい声が不穏な金属音と共に聞こえてきた。 そちらのほうを見ると少年が銃口をこちらにむけていた。 無抵抗であることを示すために二人は両手を上げる。 フォルテはいつもどおりだがもう一人のほうは顔を青くして明らかに混乱している。 部屋に入ってきた少年はキキだった。 キララの様子を見に来たら知らない男がいたため反射的に銃を構えたのだった。 「キララの部屋でなにしてんだ。……誰だよお前ら! キララはどこだ!」 まだ年齢が二ケタになって間もない少年のはずなのに、銃をもつ手やフォルテたちを見据える目には迷いがない。 流石戦闘狂で有名な師匠の下で修業を積んでいるだけある。 「キララ? ここには俺とあの人しかいなかったみたいだけど」 さすがに近くにいる男がキララという名前だと思えずフォルテは首を傾げた。 「ぼ、ぼぼぼくは、怪しいものじゃなくて! ただの牛飼いで!」 青ざめながら身の潔白を証明しようとして空回りしている男を無視してフォルテはマイペースに質問をした。 彼は銃に怖がっている様子はない。 いざとなればワープで逃げればいいのだと軽く考えているようだ。 「……まあ、とりあえずここはどこなわけ?」 「ここは教会だ。お前ら誰なんだよ」 どうやら慌てたのと雷の衝撃で教会の中にワープしてしまったらしい。 それがわかるとフォルテは次の質問を投げかけた。 「俺はフォルテ。ちょっとワープ魔法に失敗しちゃっただけなんだ。ところでピンクと水色の髪の女の子知らない?」 「まだあいつが答えてない」 キキはもう一人のほうに銃口を向ける。 とにかく危険がない限りはおとなしくしてようとフォルテは肩をすくめた。 恐怖で震えた声でもう一人の男は答えた。 「ぼ、ぼぼくは、牛飼いで!」 「それは聞いた。名前は?」 「あ、アルタイル!」 「アルタイル? って彦星の名前じゃん」 たしかロココがそんなことを言っていたなと首をひねった。 まさか七夕に彦星と同じ名前を持つ者と出会うなんてなんという確率だろう。 「そう、その、彦星」 「は?」 「僕は、彦星なんだ」 同じ名前も何も自分は本物の彦星だと彼は言っているようだ。 彼の突拍子もない発言にキキとフォルテは思わず顔を見合わせた。 ***   真っ暗な中にきらきらと輝くお星さまたち。 足元は灰色の雲。 間違いなく夜空の中にいると判断したロココは気ままに散歩をしていた。 ついでにフォルテが見つけられればいいなと楽観しながら。 だってこんな綺麗な場所でお散歩なんてそうそうできるものではない。 ショッピングができないのは少し残念だが、仕方がないだろう。 しばらくするとひらべったい星の上に眠っている女の子を発見した。 「ねぇ、ねぇってばぁ……」 自分より少し薄いピンク色の髪の少女の頬をつんつん、とつついた。 いくら素敵な場所でも一人でいると暇でしょうがないため、彼女を起こすことにしたらしい。 「……んぅ?」 反応があった。生きてはいるようだ。 キララは知らない声で目が覚めたことに恐怖は抱かなかった。 寝起きのため頭が働いていなかったのだろう。 「おはようございます……。どなた、ですか……?」 「あ、やっと起きた。ここどこ?」 おはようという挨拶よりさきに投げかけられた質問にキララは首を傾げ、目をこすりながら答えた。 「ここは、教会です……何か御用ですか?」 眠っていたため自分がいつのまにか全く知らない場所にいることに気付いていないのだろう。 「教会ぃ? それにしては広くなぁい?」 歩き回ってやっと自分以外の生命体を見つけた。 その間壁も扉も天井さえも見かけてもいない。 教会という以前に建物ではないことはロココもわかっていた。 「え?」 キララはぺたぺたと地面を触ってみるとベットの感触ではないことに気が付いた。 「あの……ここは……?」 「それ、ウチが聞いてるんだけどなー」 「あ、そうでした。えっと……」 「とりあえずあんた誰」 戸惑っているキララにロココはとりあえず名前言うよう促した。 「私はキララと言います。えっと、貴女は……」 「えー、ウチを知らないの?」 口をとがらせてむー。と唸りながら納得いかない様子で まだまだ目立ってない証拠だなあ……。 とつぶやくロココ。 キララはおずおずと自分の視力のことを話した。 「あの……実は私盲目でして……」 「え。目が見えないの? そっかぁ……」 それじゃあ仕方ないのかな、と納得しかけたがすぐにいいことを思いついたようで 「あ、じゃあこれはどう?」 と言いながら自分の持ち歌のサビをアカペラで歌いだした。 アカペラとは思えないにぎやかで明るい声が夜空に響く。 その曲を聞いてキララはぱぁっと顔を輝かせた。 ワンフレーズ歌い終わると「どう?」と問いかけた。 「あ、それ知ってます。いい曲ですよね」 目の見えないキララにとって娯楽とは色々な音を聞くこと。 人のおしゃべりする声や、雨や風のような自然の立てる音なども好きだが、みんなが普通に聞く音楽も大好きなのだ。 ロココの歌もどこかで聞いたことがあったらしい。 「ほんと? やっぱウチって目立つのね!」 とほんの少しだけしぼんでちょうどいい具合になっていた自信がいつもの調子に戻った。 それでも完全に満足はしていないらしく、「まだまだ目立たないとダメね……」と言っている。 すると近くからパチパチと手をたたく音が聞こえてきた。 キララが拍手しているのではない。 音の方向をさぐろうとキョロキョロしていると星の影から女の人が出てきた。 「楽しい曲ね。もっと聞かせてくれる?」 黒髪の女性は笑顔でアンコールをした。 それにこたえる前にロココはキララに投げかけたものと同じ質問をする。 「あんた誰?」 「私はベガ。貴方たちの世界では織姫と呼ばれているわ」 織姫と名乗ったそのひとは彼女たちがここの住人でないことを知っているようで、きちんと説明を付け足した。 「織姫さま!?」 「ほんとぉ!?」 キララが驚いた声を上げ、ロココは嬉しそうな声を上げた。 二人とも疑うということは頭にないようで、素直に彼女の言うことを素直に信じた。 「へぇえ! あんたが織姫なんだ! みてみて、ウチの髪あんたとお揃いなの!」 と蝶のように2つの輪っかに結った髪を指さす。 確かに色は違うが織姫と似た髪形をしている。 「あら、本当ね。うれしいわ」 本当に嬉しそうに微笑む織姫。 「でも、どうして、こんなところに織姫様が……」 当然の疑問をキララがつぶやく。 彼女たちの常識では彼女は夜空に住んでいるのだから当たり前の疑問でもあった。 しかしその疑問を彼女が訂正する。 「あら、ここは私が住んでいるところよ?」 「え?」 「お客様はあなたたち。きっとなにかあってここに飛ばされちゃったのね」 うふふ、とおっとりとした笑顔を浮かべる。 そうそうある事態ではないと思われるが、果たしてこれは”なにかあって”で済まされることなのだろうか。 「そっかあ。帰れるよね?」 「もちろん。でもほんの少しだけ。私とおしゃべりしてくれない?」 「え?」 「今日はね。雨だから彼に会えないの」 そういって足元にある灰色の雲を見て悲しそうな顔をする。 「……あ」 晴れた日の7月7日にだけ会うことを許された。 誰でも知っている七夕伝説。 そうだ、今日は雨が降っていたのだ。 「だから、ね?」 「ええ、わかりました。お話ししましょう?」 「ウチもお話しするー! そうだ! ファンサービスもしないとね! では二曲目行きます!」 ロココは満天の星空の真ん中で小さなライブを始めた。 *** 「……つまり、俺のワープとロココの落とした雷のエネルギーでありえないことが起こったてこと?」 「だいぶアバウトだけどそういうことみたいだね」 彦星たちは多少真面目にこの現象について理解しようとしていた。 それでも詳しいことはわからないらしく、大雑把な見解に落ち着いたようだが。 「きっとここにいないキララさんやロココさんは僕の代わりに向こうに飛ばされたのだと思います。 織姫と会えればこちらに戻ってくることもできますし、もし彼女と会うことができなかったのなら僕が探してこちらに戻します」 「そう、信用するからね? もしキララが帰ってこなかったら天の果てまで追っかけてって殺すよ?」 そういって黒い銃をちらつかせると彦星はひぃっと情けない声を上げた。 意外とヘタレな性格らしい。 キキが銃をしまうと、はぁ、とため息をついてうなだれる。 「今年は彼女に会えなかった……」 「……あー、雨だと会えないんだっけ」 以前子どもたちに読んであげた絵本の内容を思い出してキキは言った。 「めんどくさいな。会いに行けばいいのに。空なんだし天気なんて関係ないだろ?」 「ダメです、決まりなんで」 顔を下に向けたまま彦星は首を横に振った。 耳の聞こえないキキもその仕草で何を言ったのかなんとなくわかった。ポン、と彦星の肩に手をのせる。 「……お兄さん」 「え?」 「ばれなきゃ大丈夫だよ」 いつもの黒い笑顔を浮かべてそう言い放つ。 なんということを教えているのだろうか。 キララがこの場にいたら噛みつかれていたかもしれない。 実際彼はキララと一年に一回しか会えないなんて決められてしまっても、それを破って彼女に会いに行くのだろう。 「うわ。この餓鬼悪い顔してるな」 フォルテは若干棒読みの声はもちろん聞こえず、キキは続ける。 「ワープなんて使えるならうまくやって見つからないようにすりゃいいじゃん。なんならこっちに降りてきてさ……ね?」 「なんならロココのチケットやるぜ?」 金払うなら彼女だって文句は言わないだろうと、そう付け加える。 織姫と彦星がライブデート。若干子どもの夢は壊れるかもしれないが、それこそばれなければ大丈夫なことだ。 「……ありがとうございます」 彦星は自分のためにいろいろと教えてくれているキキとフォルテに笑顔を向けた。 ろくなことを教えられていないことに気付いていないようだ。 では、そろそろ失礼します。と立ち上がったところで 彦星はあることを思いついた。 「お二人のお願いは何ですか? 織姫に伝えておきますよ」 彦星は微笑んでそう申し出た。 キキが身を乗り出す。やはりなんだかんだいって彼もまだ歳が二ケタになって間もない子どもなのだ。 「本当!? いいの!?」 「ええ。なんとかうまくやります」 情けないながらもヘラリと笑う。どうやら彼らのアイデアを本当に実行するつもりらしい。 夜空からアルタイルとベガが消えないことを祈るしかない。 「じゃあ、俺睡眠時間がほしい。たっぷりな」 少し現実的な願いを言うのはもちろんフォルテだ。 去年の短冊にもそんなことを書いた気がする。 「そんなのでいいんですか?」 「僕は……キララのお願いが叶いますように」 「……はい、確かにお伝えしておきます。それでは、会えてよかったです」 そういって彦星は光に包まれ消えてしまった。 *** 織姫たちは星に腰かけてティータイムを楽しんでいた。 「そうそう、それでさー結局ライブできなかったの! 七夕にするから七夕ライブなのに!」 手足をばたつかせるロココ。いつのまにか彼女の愚痴になっていた。 織姫は夜空のような色をした紅茶をロココに差し出しながら相槌を打った。 「あら……それは残念ね……」 「ロココさんの七夕ライブは有名ですもんね。きっとみなさんがっかりしたと思いますよ」 「まあ、こんな素敵なところで歌えたからいいけどーっ。やっぱ観客がいないと目立ちようがないよね」 と、辺りを見回す。足元は雲で灰色だが、それ以外は綺麗な星空で満たされている。 でも目立ちたがりな彼女としてはこれに沢山の観客がいなければ充分な満足は満たされないらしい。 「……そうだっ! あんた織姫でしょ? お願い事かなえてよ!」 急にロココが言った。突然のことに織姫はきょとんとする。 「……え?」 「ってゆうか人のお願いかなえられるならその力使って毎年晴れさせてくれればいいのに。 そうすればウチもハッピーあんたもハッピー、みんなハッピー!」 「ね?」と肯定を促す。 しかし織姫はうなづかず、困ったように笑った。 「……ごめんなさいね。私はそんな力ないの」 「ええっ、そうなのぉ?」 「それじゃあお願いってどうしてるんですか?」 織姫は遠い星たちを眺めながら説明をした。 「お願いは私が笹たちから聞いて、それを星たちにお願いしているの。 星にはね、消滅する前にお願いをかなえる力があって、 みんなのお願いをまんべんなく星たちに伝えているけど、すぐに消滅してしまう星もあれば、そうでない星もあるの」 「……消滅……」 悲しそうな顔でつぶやくキララを見て、織姫はうふふ、と笑った。 「あ、気にしないでね? 消滅するのは星の宿命だし、どうせ消える命を誰かのために使えることを星たちはとても喜んでいるの。 私だって星だからいつかは消滅して誰かのお願いをかなえられるのだけど、それはもっともっと先のお話。 残念だけどそのころには貴女たちはきっと生きていないわ」 「そっかぁあ……」 がっくりと肩を落とすロココ。 ウフフ、と笑いながら「でも」と織姫は続ける。 「ささやかで儚い夢の中でなら貴女たちのお願い叶えられるわ」 「夢で? ほんと!?」 織姫も彦星ももともとただの星である。 それなのにロココたちと同じ姿をして自分の意思を伝えたり、機を織ったりできるのは彼女たちが 他の星よりすこしだけ多く魔力を持っているからだった。 だからその魔力をつかってワープをしたり、人の夢にほんの少しだけ干渉することができる。 「ええ。今年は雨でも貴女たちと会えて寂しくはなかったわ。だからそのお礼にちょこっとだけお願いをかなえてあげる」 「じゃあ! じゃあ! ウチは七夕ライブしたい! フォルテたちは最前列に配置!」 ロココのお願い事はずっと前から決まっていた。 彼女がそれを願うことは必然で、それ以外のことを願うことは不自然なくらい、当たり前のお願いだった。 「ええ、わかったわ。……貴女は?」 「私は、”みんなが……”」 短冊に書いた願いを口にしようとしてキララは口をつぐんだ。 眠る前にキキに言われたことを思い出す。自分のための願い事がないこともないのだ。 「? どうしたの?」 不思議そうにキララの顔を覗き込む織姫とロココ。 「いえ、その……キキと二人で星空を眺めながらおしゃべりがしたいです」 それはなんでもないお願いなのだろう。 しかし、キキとキララにとってはそのなんでもないことが叶うということは奇跡に近いことなのだ。 「それはつまり……ええ。わかったわ」 織姫は微笑むと二人の頭を撫でた。 「それじゃあそろそろ貴女たちを帰さないとね。ありがとう、楽しかったわ」 織姫は二人を元の世界に送り返すと二人のお願いをかなえるために手を組んだ。 しばし祈るような格好で目を閉じる。 それを終えるとゆっくりと目を開けた。 さあ、早く機織りの仕事にもどらなければ。サボってしまっては天帝様が自分たちにこんなにもひどい罰を与えた意味がない。 帰路につこうと踵を返したその時。 「織姫っ!」 遠くから聞こえるはずのない声が聞こえてきた。 「……え?」 振り返るとそこには確かに彼女が今一番合いたい人がいた。 なんども目を瞬かせるが、こちらに向かってくる彼は消えない。 本物だ。 そう認識すると織姫も駆けだした。 「彦星っ!」 お互いの存在を確かめるように抱きしめ合う二人。 相手の体温が心地よかった。 しばらくあるはずのない幸せに浸り、はっと織姫は我に返った。 「どうして、ここに?」 足元の雲は晴れていない。 それなのに、彼はなぜここに。 「ある世界の少年たちに言われたんだ。ばれなきゃいいって」 「そんな、見つかったら……」 「天帝の目は逸らしているから少しなら大丈夫……でも、」 「でも?」 「二度目はできないかもしれないけどね……」 がくがくと震えていることに気付いて織姫はふふっと笑った。 怖がりの彼が、天帝様のいいつけをやぶってまで自分に会いに来てくれた。 彼はありったけの勇気をふりしぼったのだろう。 そうまでして会いに来てくれたことがうれしくて、織姫は涙をこぼした。 「それでも会いに来てくれてうれしいわ」 頬を伝った涙は雲に落ちて、雨と一緒に降り注いだ。 *** 無事帰ったロココはフォルテに自分の生存を伝えるとすぐにベットに入り眠りに落ちた。 その夜ロココは夢を見た。天の川の下でライブを行っている夢を。 しかも見渡す限り観客で埋まっている。前列にはフォルテたちなどが並んでる。 「……! みんなぁああ! 来てくれてありがとぉおお!」   ロココがマイクで力いっぱい叫ぶと、彼女の声には及ばないが力強い歓声が上がった。 「今日はテンションあげていくよぉおおおお! ついてこれるぅうううう!?」 また歓声。 ロココのテンションも上がり、比例するように声のボリュームも上がった。 「死んだら殺すんだから! じゃあ行くよ! 一曲目、『流れ星』!」 前列にいるフォルテはポツリとつぶやいた。 「……いや、たしかに睡眠時間確保できてるけどさあ……」 彼も眠っていてこの夢を見ているのだから確かに、願い事はかなっている。 しかし、なぜ寝ていてまでこんな状況なのかと誰に言うでもなく問おうとしたが、たのしそうなロココをみてまあ、いいかとその言葉を飲み込んだ。 *** キララは戻るや否やキキに抱き付かれたり、怪我がないかとかなど聞かれたりした。 ひとしきり質問をしてキララが無事だとわかると、彼女の具合がすぐれないということを思い出して、おとなしく自分の部屋に戻って行った。 そして、その夜。彼女たちも夢を見た。 広い広い草原にキララは立っていた。 若草色の瞳で見上げて何年かぶりの夜空を見上げる。 「……きれいな空」 ため息をつきながらその光景を焼き付けようとしていると、キキの声が聞こえてきた。 視線を落とすとそこには自分の記憶よりすこしだけ成長したキキの姿があった。 「……キララ?」 キキは驚いたように目を見開いていた。 キララはまっすぐ空を指さす。 「キキ、ほら、きれいな星」 「キララ、僕、聞こえるよ。キララの声、聞こえるよ」 キララは何も言わずに微笑んだ。 近くに笹があるのに気付く。それは紛れもなくみんなで飾った笹だ。 そうだ、自分の願いはかなったのだから短冊を外さねば。 そう思ったキララは、自分の短冊を探す。やっとみつけると そこは”みんな”という文字が二重線で消されていて、 横にキララが。という言葉が足されていた。 きっとそれを書いたのは……。 「……キキ」 「?」 「ありがとう」 きっと起きたら彼女の目はいつも通り見えないままなのだろう。それでも彼女はこの瞬間とても幸せだった。

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