「本好き」

モンゼルクは主要都市として知られ、多くの人には華やかでにぎやかなイメージがあるだろう。 たしかにそのことに間違いはないが、それだけだと間違いなのだ。強い光には必ず影がある。 モンゼルクの影。 そこは明るく華やかな表面上のイメージからはかけ離れた街。 貧しいものはそこで一生を過ごし、子どもが生きるために犯罪を犯すなんて当たり前の世界。 類は友を呼ぶと表現していいかはわからないが、犯罪者が集まりやすく、治安は最悪。 平凡な人生を送っていきたい人ならばまず近づきたいとは思わないだろう。 そんな街の一角に目的の廃図書館はあった。 「図書館は閉じるから貴重な資料を違う図書館に寄贈、ね」 「ありがたいことですよ。絶版になってしまったのとかは手に入れるの難しいですから 依頼書に書かれた地図を頼りに進んでいくと古い木造の建物にたどり着いた。 そう大きいものではなく、図書館というよりも本屋といったほうがしっくりくる。 「ここで、あってますよね?」 サクにもらった地図を見ながら間違いがないかチェックするのはアルト。 この仕事をみつけて二人に声をかけたのは彼女だった。 いつもは乱暴な口調が丁寧なのは、憧れの人と一緒にいるからだろう。 彼女と一緒にいるのは黒髪の青年と紫の髪少女、サタンとめろな。 三人はよく図書館で顔をあわせるが、こういうふうに仕事を共にすることは珍しい。 本が好きな三人はそれぞれあちこちの本屋や図書館に訪れてはいるが、誰一人ここの存在は知らなかった。 そのため手描きの地図を頼りにここまで来る以外手段はなかった。 「……そうみたいだね。ほら、ここになんとか図書館って書いてあるよ」 ペンキがはげかけた文字で扉の近くに書いてあるのは確かに図書館の文字。 しかし劣化が激しく、残念ながら図書館の正式名称までは読むことができない。 どうやらなんとかたどり着くことができたらしい。 サタンは扉に近づいた。 アルトも彼に続こうとしたが、めろなが肩をつかみそれを阻止する。 「……ねぇ、アルト」 今まで黙っていた彼女が口を開くと、若干黒いオーラがにじみ出ている気がした。 いや、怒りのオーラというべきか。 だが、アルトは気づかないふりをして、先に進もうとする。 「さあ、入るか」 「ねぇ」 「さっさと依頼をこなして、本を持って帰ろう」 「なんなのよ! あれ!」 あくまで気づかないふりを押し通そうとするアルトについにめろなは襟首をつかんだ。 赤紫色の瞳は涙で潤んでいる。 「一体なんなのよ! あれは!」 図書館の扉を指指す。 それはいたって普通の木製のドアだった。 鍵穴は見当たらないため、鍵がかかっているということはないだろう。 ただ、あえて一般的なドアと違う点を挙げるとすれば、怪しげなお札がべたべたと貼ってあることくらいだろうか。 「絶対なにかあるでしょ! むしろいるでしょ!」 「……なんで私がお前たち誘ったと思ってたんだよ……」 もう言い逃れはできないと思ったのか、目を泳がしながら開き直るアルト。 彼女が今回のクエストを遂行するために、サタンとめろなに声をかけたのはとても単純な理由だった。 依頼内容は本の運搬。 いくら物騒な場所へ赴かないといけないといっても、子どもでもできるような簡単な仕事というだけあって報酬はそう高くはない。 備考の欄に依頼のリストに載っていない本は好きに持って行っても構わないという文章を見つけなければ、アルトも受けようとは思わなかっただろう。 簡単な仕事で、報酬に文句もない。 問題は受注の手続きを終えた後に判明した。 役所で働くサクという女性に詳しいことを聞いたところ、 その訪ねなければいけない図書館は”出る”という噂があるという情報を知ってしまったのだ。 彼女はそういう類の話が苦手であり、一人でいく勇気はない。 だが断るには惜しすぎる仕事。 誰かを連れて行くという選択肢を選ばざるを得ないが、怖がりだということを人に悟られ馬鹿にされることは避けたい。 そこで彼女と同じく本が好きでその報酬のおまけの方に目が行きそうなそうな二人を誘ったというわけだ。 本が手に入るのならば利害が一致いるし、 それに自分が怖がりだということを悟られたくないアルトにとっては好都合な二人だ。 めろなは同類で、サタンは本に夢中でそんなこと気にしないだろう。 最悪気付かないということもありえる。 心配があるとすれば同類であるめろなが断ることだけ。 いくらアルトでも想い人であるサタンだけを誘って二人きりで出かけるという度胸もない。 「……もう!」 突き放すようにアルトから手を放すと踵を返した。 好き好んでリアルお化け屋敷になんか入りたいわけがない。 「おい、帰るのか?」 「そうよ! なんでこんなところに入らなきゃ……」 「ここ、見た目からして相当古いだろうから、珍しい本たくさんあると思うぞ」 帰ろうとするめろなの動きがピタリと止まった。 しかしすぐに雑念を払うように頭を振る。 「こんな機会はもうないと思うが、それを棒に振るのか? もったいない」 「そ、そんなの……」 鼻で笑うがその声からは迷いが見える。 それを知ってか知らずかアルトはどんどん詰めていく。 「今入るなら私やサタンさんがいるけど、次来るなら一人で来ることになるぞ」 「う……」 「人数多いときに入ったほうがいいんじゃないか?」 めろなのなかでぐらぐらと天秤が揺れる。 皿に乗っているのは本がほしいという欲求と、 ここから逃げ出したいという恐怖心だ。 どんどんどんどんその揺れは大きくなっていく。 「あ、はい……ありがとうございます」 サタンが誰かと話している声が聞こえた。 いつのまにか扉を開けて誰かと話していたようだ。 振り返ると二人に声をかける。 「依頼人はここの元オーナーみたいだよ☆ 中に入って指定の本を探してくれってさ☆」 どうやら依頼主と話していたようだ。 「わかりました。……で、帰るのか? めろな」 「……行く! 行くわよ! もう知らないわ!」 どすん、と天秤は一気に傾き、めろなは半ばヤケクソ気味に覚悟を決めた。 「ほら、早くおいでよ」 先に中に入っていたサタンがドアから腕を出してさっさと来いとばかりに手招きする。 彼女達の会話は全く聞いていなかったらしい。 「さ。行きましょ」 「ちょ、押すなよ!」 ぐいぐいとアルトの背中を押すめろな。 盾にしているのではなく、怖いからしがみついていたいらしい。 アルトも離れられるよりはいいと思ったのか、そのまま扉に近づく。 キィ、と甲高い音をたてながらドアを開けると中に入った。 窓には厚いカーテンが引いてあり外の光を遮断している。 ところどころの隙間から薄いベールのような光が漏れてはいるが、暗い室内のすべてを照らすほどのものではない。 入ってきた扉の方角は北のため、入り口から入ってくる光もそう多くはない。 目が慣れるまで少しかかりそうだ。 「ま、まずは電気をつけるなり、カーテンを開けるなりしましょう」 この薄暗さで恐怖が増幅されたのか震える声が提案した。 壁を探っては見たが電気のスイッチは見つかりそうにない。 しかたなくカーテンを開けるためにドアから離れ、頼りない光を頼りに窓に近づいたその時。 明かりをすこしでも入れようと、開けっぱなしにしていたドアが勢いよく閉まった。 突然光がなくなったことやドアの閉まる音に驚き、めろなは悲鳴をあげしがみつく手の力を強めた。 アルトも悲鳴をあげそうになったのをすんでのところで飲み込む。 「な、な、なんなのよ……」 「か、風で閉まったんだろ」 「今日は風なんてふいてなかったけどね☆」 自分とめろなを安心させようと放ったアルトの言葉をサタンがあっさり打ち砕く。 今一番冷静なのは彼だろう。 だがその冷静さがほかの二人の冷静さを奪っていく。 「は、はやく窓あけちゃいましょ」 「そ、そうだな! 明るくなれば……」 窓に近づこうとするアルトの背中をめろながまた悲鳴と共に強く引いた。 悲鳴でおどろいたのもあり、アルトはしりもちをついてしまった。 その背中をしっかりとつかんでいてためろなもバランスをくずし前のめりに倒れる。 「な、なんなんだよ!」 「顔! 顔になにかぬめっとしたものが……!」 「ぬめっとしたもの?」 首を傾げながらとりあえず立ち上がるアルト。 ついでにめろなもひっぱり立ち上がらせようとするが、うまく立ち上がることができない。 「こ、腰ぬけちゃった……」 「マジかよ……」 どうしたものかと考える。 肩や腕を痛める可能性があるため、無理矢理ひっぱり起こすわけにもいかない。 それにこんな廃墟手前の建物にぬめっとしたものがあるとは考えにくい。 おそらく彼女は恐怖に押しつぶされそうなのだろう。 アルトはとりあえず明かりをつけて不安を取り除くのがまず最優先と考えた。 なによりも自分も怖くて腰が抜けそうだった。 「サタンさん、とりあえずカーテンを一つだけでも開けてもらえますか?」 そうだ、と近くにいるはずのサタンに声をかける。だが返事は帰ってこない。 それどころか足音も気配も感じない。 「サタンさん? どこですか?」 再度呼びかけるがやはり返事はない。 「ちょっと、返事くらいしなさいよ!」 アルトの不安に煽られたのか、めろなも呼びかけた。 だが結果は同じ。 以前返事なし。 ある一つの考えが頭をよぎる。 必死にそれを否定しようする頭を裏切って、したくもない想像が膨らみ恐怖が増幅する。 自分の心臓の音や外の風の音がやけに大きく聞こえる。 木のきしむ音は自分がたてたものなのか、気のせいなのか、 それとも自分たちとは違う“何か”がたてたものなのか。 「お、おい、めろな……」 「な、なに?」 アルトはスッと手を伸ばしてめろなの頬を触った。 視界が悪いのもあり、その行動が予測できなかっためろなはびくりと身を震わせた。 なにをするのか、と身をこわばらせたが、手すぐは離された。 そしてアルトは数秒かすかに震えたその手の平を見つめたあと、めろなに向けて見せた。 「なんだよ、これ……」 アルトの手は真黒な、否赤黒いなにかがべったりとついていた。 そして、アルトがその直前に触れたものと言えば……。 震える指先を頬へ移動させると、ベトリとした感触に触れる。 ゆっくりと視界に入れるとそこにはアルトの手のひらと同じように彼女の指先は赤黒く染められていた。 悲鳴を上げる以前に息をするのを忘れ、指先を呆然とみつめた。 「……ねぇ……」 耳鳴りに潰されてしまいそうなほど、か細い声が聞こえた。 下手すれば気のせいと思えてしまうくらい細い声。 それなのにどこか力強い。 まるでピアノ線のようなそれに、彼女達は肩を震わせる。 「……ここ、私の家だよ……出てって」 気のせいではなかった。 少女のものにも幼い少年のものにも聞こえるその声に、アルトは絞り出すようにでその言葉に答えた。 「……わ、私たちは、し、仕事で……ここのオーナーに……」 「出てけッ!」 先ほどのか細い声と同じものとは思えないほど鋭い声に遮られた。 息をのむように口をつぐむ。 次の言葉を紡ごうとするが身体はどこもいうことを聞かないうえに、思考も混乱している。 隣にいるめろなも同様のようだ。 「出てけ、出てけ、デてけ、デテケ……」 「デてけ、でテけ、デテケ」 「デテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケデテケ」 あまりの恐怖に頭が混乱してるからか声が四方八方から聞こえる気がする。 耐え切れず耳を塞いだが、頭にこびりついてしまったのか頭の中で反響する。 気が狂いそうだ。 アルトはついに座り込んでしまった。 「デテケ……ッ!」 耳を手で塞ぐくらいでは到底遮断することができない声が響いたそのときだった。 無機物がたてたものではない、とても痛そうな鈍い音とともにその声は止まった。 「司書さん、カーテン!」 やっと聞こえてきたなじみのある声に押され、アルトは立ち上がり、はじけるように窓に向かって走り出した。 前のめりに倒れそうになったがなんとか持ちこたえ、カーテンを一気に左右に開く。 ぶちぶち、と留め具からいくつか取れたが、今は気にしていられない。 一気に入ってきた光に目がくらみ、目をチカチカさせながらも振り返った。 そこには、相変わらず座り込んで呆然としているめろなと、本棚の隅で折り重なってのびている子どもが二人いた。 二人とも顔に見覚えはない。 先ほど声を上げたサタンはどこにいるのかとキョロキョロと辺りを見回すと、彼を見つけるより早く動く小さな影をみつけた。 姿は丸見えなのに見つからないように本棚の影をそろりそろりと歩いているすがたは何とも滑稽だ。 相手に気付かれないようにそっと近づいて襟首をもってひょいと持ち上げる。 そのときのアルトは恐怖などすでに忘れ去っていた。 小さな少女は一瞬何が起こったかわからなかったようで、 ゆっくりと地についていない自分の足をみつめ、そして振り返り、アルトの顔を見上げた。 「なにやってるんだ?」 「あ、アハハハハハハハハ」 少女はひきつった笑顔で渇いた笑い声を上げた。 心なしかその声はあのピアノ線のような声に似ている。 手足をめちゃくちゃにうごかし暴れ始めた。 「離せ! 離せよ!」 「ちょ、暴れるな……ッ」 力的に問題はないのだが、暴れまわった少女の足がアルトの腹にクリーンヒットした。 うっ、と唸っておもわず手を放してしまう。 少女はどさり、と一気に落下した。 「いったぁい! なにするのよ!」 「痛てえのはこっちだよ……くそ、なにしやがる!」 「しらないわよぉーだ」 咳き込みながら腹を押さえながら低い声でうなるアルトに、少女はべっとあかんべをして逃げ出そうと立ち上がる。 だがしかし数歩も進まないうちに前のめりに倒れてしまった。 不思議に思って近づくと右足首を抑えて唇をかみしめていた。 「……まさか、足くじいたのか?」 「……」 無言は肯定の意味ととって支障はないようだ。 おそらく落ちた時にくじいたのだろう。 少女は半ば開き直ったようにキッとアルトを塗ら見つけると吠えた。 「……あんたのせいよ! いしゃりょー払いなさいよ!」 「自業自得だ馬鹿。……ったく」 慰謝料というのを発音だけで覚えているのだろうなと思いながらひょい、と少女の膝の裏と肩を支えた。 俗にいうお姫様抱っこ状態。 もちろんお転婆少女が大人しくしているはずもなく、また暴れだした。 「ちょ、ちょっと恥ずかしいじゃない!」 今度は落とさないようになんとかバランスを保つ。 「怪我人は黙ってろ」 「…………」 そこまで強くいったつもりはないのに少女がだまりこんだことを不思議に思いながらも深く考えはしなかった。 気絶していたらしい子供はすでに意識を取り戻してたようで、明らかに警戒している様子だった。 下手に近づこうとしたら引っ掻かれそうな、手負いの猫のような状態。 「ほら、もう一人いたぞ」 そっと彼らの近くに少女をおろす。 他の二人は格好からしておそらく男の子だろう。女の子は彼女一人だけのようだ。 歳はきっと一桁。 「お疲れ様☆」 上からサタンの声が降ってきた。 見上げると、サタンが顔だけを出してこちらをみおろしていた。 二階は吹き抜けのようになっているらしく、内側にあるベランダのようなところに彼はいるらしい。 「いったいどういうことなのよ!」 めろなは子どもたちではなく、ひょっこりと姿を現したサタンにかみついた。 彼はいつも通りへらりと笑いながらこともなげに答える。 「ん? 人の気配がしたから、声をたよりに近づいて投げ飛ばしただけだけど?」 どうやら先ほどの恐怖体験は目の前にいる三人の子どもたちの仕業だったらしい。 そしてそれを察知したサタンがすばやく対処したようだ。 やはり一番冷静なのは彼だった。 「だけだけど? じゃないわよ! わかってたんなら教えなさいよ!」 「馬鹿だなあ☆ それじゃ捕まえられないでしょ?」 悪びれる様子もなく相変わらずの薄ら笑いを浮かべるサタンを、めろなは今にも噛み付きそうな勢いで睨んでいる。 彼女の恐怖もとっくの昔に払拭されたようだ。 むしろ彼の態度が癇に障ったらしくかなり怒っている。 「くそ、ここは壊させねぇからな!」 「は?」 気絶していたうちの一人がわめきだした。 ガルルル、と犬のように唸っている。その様子にもう一人も乗っかった。 女の子だけはひとりだんまりを決め込んだのか、じっと床を見つめている。何かを考えているようにも見えた。 「相打ちになってでもおまえ等倒す……!」 そういいながら二人はどこに隠し持っていたのか棒切れを持って突進してきた。 武器を持っているとしても相手は子ども。 三人は取り乱すことも慌てることもなかった。 すくなくとも部屋を真っ暗にされたときよりは落ち着いていた。 「やめなッ」 ここでやっと女の子が口を開いた。少年二人の動きがピタリと止まる。 「この人たちはきっと悪い人たちじゃないよ」 「そ、そんなのなんで分かるんだよ! 潰れた図書館に来る奴なんて俺達の他にはもうあいつらしか……」 「いや、聞いてくれ、私達は敵じゃなくてだな……」 なにやら誤解をされているらしい。 仕事に支障をきたす前になんとかしなければ。 頭の中で慎重に言葉を選んでいると、女の子が口を開き代わりに続きを言ってくれた。 「そう、この人たちは、きっと王子様とその従者なんだよ!」 とんちんかんな続きを。 彼女にはさらにややこしい方向に誤解されているようだ。 二階から降りてきたサタンもきょとんとした表情を浮かべている。 「……はい? ……い、いや、そうじゃなくてだな」 斜め上を越える誤解に間の抜けた声を出しながら軌道を修正しようとするアルトのほうを振り返った女の子の瞳は、 キラキラ輝いて夢見る乙女のそれでしかなかった。 思わずたじろぐ。 この後に予測できる展開はおそらく彼女にとって好ましくないものだ。 「きっと、あたし達を救いにきてくれたんだよ!」 アルトの手をとってにっこりと笑顔でこう付け足した。 「ね、そうでしょ王子様!」 「やっぱり私が王子かよ!?」 完全に自分の世界に入ってしまっている。 夢見がちな年頃だとはいえ、先ほどとは態度が全く違いすぎる。 ある意味自分と似ているということなどアルトは思わなかった。 彼女は雰囲気や言動、性格のせいで男と間違えられる。 そして女性に惚れられやすいのだ。こんな風に。 せめてもの抵抗として髪を伸ばしているようだが、効果は見られない。 アルトは動揺しながらどうしたものかと助けを求めるようにサタンとめろなに目を向けると、二人は一度顔を見合わせて口を開いた。 「そうそう☆ だからとりあえずこのリストの本を探してくれるかな? 王子が御所望なんだ☆」 「あと、なんでこんなことしたのか説明もほしいわね。従者の身としては」 彼女に味方なんていなかった。 「否定してくれよおおおおおおおおおおおおお!」 「だってこれ説得するのめんどくさそうだし☆」 「そ、そんなぁ」 一番否定してほしい人にめんどくさいといわれたアルトは露骨に落ち込む。 それにめろなが追撃してきた。 「それに、もともと貴女が騙してここに連れてきたのが悪いんでしょ。自業自得じゃない」 「お前まだそれ根に持ってたのかよ!?」 とにかくこんなところで立ち止まっていたら仕事が進まないし、王子だと誤解してくれていた方がなにかと楽にことが運ぶかもしれない。 それが二人の意見だった。 ただしめろなの場合冷静な状況判断の中に私怨も混ざっているようだ。 もっともなことを言われ、アルトは反論できない。 「王子様、あたしたちを助けてくれるんだよね?」 なおもキラキラとした視線を向けられ、アルトは二人を振り返って意見を求めた。 二人とも肩をすくめる。どうやらアルトに一任するようだ。 「……とりあえず話を聞こう」 結局無視することはできず彼女は不本意ながら王子となったのであった。 「ありがとう!」 女の子はニコリと笑い、あとの二人に目で合図を送った。 少年二人はため息をついて武器の棒切れを床に落とす。様子からして彼女が三人の中でリーダーらしい。 「まずは、自己紹介するね、私はナツ、そっちのちっこいのがプルで、黒髪がパイ」 「ちっこいってなんだ! ちょっと俺より身長でかいからっていいきになんなよ!」 「プル、わかったから落ち着け」 少女ナツの言葉にプルが過敏に反応した。それをパイがたしなめる。 「なるほど、そっちの威勢がいいのがプルで、おちついてんのがパイだな、覚えた」 「じゃあ私達も自己紹介しておきましょうね。私はめろな、この王子の従者その一よ」 「俺はサタン。従者そのニね☆」 「…………王子の……アルトだ」 王子と従者という設定をそのままに自己紹介をする。 アルトはまだ少し抵抗があるようだ。 できることなら全力で否定したいのだろう。 「俺達はここのオーナーに頼まれて、本の回収に来たんだ☆」 それにまったくといっていいほど気付かないサタンは話を進める。 嫌がっていることに一番気付いてほしい人物なのに。 「オーナー? ……そういえば随分前にそんな事いってたような」 「それより! なんで私達を驚かせたのか納得いく説明をしてくれるかしら!」 ずずい、と身を乗り出し、めろなは話の腰を折った。 怖かっただけにまだ怒りの熱が冷めてないらしい。 サタンの次は原因である彼等へと矛先が向いた。 パイが苦笑しながらその質問に答える。 「もうここの図書館は俺達以外誰も利用してないんだ。それでここの土地を狙ってるやつらがここを壊そうとしてるの」 「で、そいつらが来るたびに追い払うために化けて出てるわけ」 プルが両手を前にたらしてお化けのポーズをとる。 おどろおどろしい雰囲気を出すために声を震わせているが、正体が分かっていると怖さは半減どころか95%OFFされている。 「結構すぐ逃げ出すんだぜ、あいつら」 おどけながら語ってはいるがここを守るために力では大人に対抗できないと悟った彼女達が、必死に知恵を絞って考えた抵抗だったのだろう。 そしてその効果は効果は絶大だった。 それを証拠に現にここには未だにここに“図書館”が存在している。 特にアルトとめろなは、他の大人以上に怖がってくれたから少し楽しかったとパイとプルは顔を見合わせて笑った。 その怖がり二人はこどもの仕掛けに大いに怖がってしまったことが恥ずかしかったのか顔を赤く染めた。 「こ、ここってそんないい土地なのか?」 アルトがコホン、と咳払いをして話を進める。 「別にそういうわけじゃないはずなんだけど、ただ所有地は多いに越したことないとおもったんじゃねえの」 確かにモンゼルクの大通りの土地ならば高い値で取引されることだろう。 だが、ここは裏の裏路地もいいところ。 ナツたちがどこからか仕入れてきた情報ではここは高価な宿屋になるらしいが、好き好んでここに店を構える者はなかなかの変わり者か世間知らずに絞られる。 ここのオーナーはその前者に、ここを狙っている輩共は後者に当てはまると推測した。 「あ、姉ちゃん顔汚れたままだよ、はいタオル」 「あら、ありがとう」 パイがタオルを差し出した。 顔が比喩表現ではなく真っ赤に染まっていた事を忘れていためろなはそれを受け取り、ふき取りながら尋ねる。 「そういえばあのぬめっとしたものとこの赤いのはなに?」 そう聞くと、パイは無言でポケットから何かを出し、めろなにむかって放り投げた。 反射的にキャッチしてみるとそれと目が合った。 目玉だったのだ。 悲鳴を上げてそれを落とす彼女をみて、三人は声をあげて笑った。 「それを赤い絵の具に漬ければぬめっとした何かの完成さ。この釣り糸につるして相手に触れればいいんだ」 ちなみにその絵の具は水ですぐに取れるらしい。 服についてしまった数滴の赤も洗濯すればきれいにとれるだろうとのこと。 「大丈夫、これはボールにそれっぽい絵を描いただけだから」 めろなが落とした目玉を拾い上げながらプルは言った。 たしかに良く見れば本物でないことは明白だが、この薄暗がりの中だと本物だと錯覚してしまう。 「でも、そんなに驚いてくれるとは。作ったかいがあったね」 ニヤニヤしながらプルが言った。この目玉は彼の発案だったのかもしれない。 「で、助けるって? 具体的には何をすればいいの?」 めろなはそれていた話を軌道修正した。 最初にそれさせたのは彼女なのだが、だれもそのことに関してはツッコまない。 「オーナーが死んじゃって、あいつらはいよいよ無理やりここを壊そうとしてるんだ。 それをやめさせてほしいの。……ここはあたし達の家だから」 予想通りのお願いだった。どうやら相手はオーナーがいなくなったため強硬手段に出ようとしているらしい。 敵が何人かは分からないが、子ども相手に苦戦しているくらいなのだからたいした相手ではないと推測する。 「あら? ……ねえ、サタン」 めろなは彼らの話を聞いていて最初のサタンの行動に矛盾を感じた。 「ん?」 「ここに入る前、誰かと話してなかった? ……あれは誰?」 確かに玄関のところでサタンは誰かと言葉を交わしていた。 今思えば不思議だ。 サタンが彼等に気付いたのは気配だと言っていたはずだ。 それに敬語を使っていたことからとても子どもと話していたようには思えないし、様子からしてこの子達が玄関に出るとは考えにくい。 「ここのオーナーだけど?」 その問いにサタンは正直に答えた。プルが眉をひそめる。プルだけではなく、その場にいたサタン意外の全員いぶかしげな表情を浮かべている。 「はぁ? オーナー死んだの一ヶ月前だぞ、何言って……」 「あー、言ってなかったっけ」 頬をポリポリかきながらサタンはめんどくさそうに言った。 「俺、見えるんだよね」 「……見えるって」 「この世のものでないものかな☆」 別に誰かを怖がらそうとしているわけではないのだろうが、そのときのサタンの笑顔はどこか怖かったとめろなとアルトは後に語った。 顔を青くして、無理やりに話題を変える。 「そ、そうだ。じゃあ交換条件だ」 「交換条件?」 きょとんとしている悪がき三人にアルトはリストを突きつけた。 運ばなければいけない本のリストだ。 「さっきも言ったように、私達はこの本を探してるんだ。それを手伝ってくれたら、そいつらぶちのめしてやる」 笑みを浮かべるアルトに三人は顔を輝かせた。 「本当?」 「まじかよ!」 「暇つぶしくらいにはなるかもね」と呟くサタンも反対ではないらしい。めろなも同様だ。 「ほらね! やっぱり王子様でしょ!」 胸をはるナツ。近くにいためろなが彼女の頭をなでる。 「さあさ、さっさと仕事終わらせようぜ」 アルトが音頭を取り、全員はいっせいに作業に取り掛かった。 アルト、めろな、サタンの三人はリストはある程度記憶しているためナツ、プル、パイにリストを渡した。 「いやあうらやましいな。図書館で育つだなんて」 サタンは心のそこからそう言った。図書館で暮らすということは本好きならば誰もが夢見ることだろう。 彼も、いや彼等もそれは例外ではない。 「どうせあなたたちの家も小さな図書館みたいなものでしょ」 そんな彼の呟きにめろなは冷たいツッコミを返したに呆れながらツッコミをいれたのはアルトである。 「めろな、その言葉そっくりそのまま返すぞ」 たしかに三人とも本好きなだけに持っている本の数は多い。 数の差はあれどまさに小さな図書館状態だ。 そんな家に住んでおり本屋と図書館によく訪れる三人は話しながらも目的の本を手際よく探していた。 さすが慣れている。 「まあ否定はしないわ。……あら?」 めろなが動きを止めて、一冊の本を抜き出した。 星空の背景にリンゴが添えてある表紙。 ちなみに言うと探している書物ではない。 「それ。おもしろいよな」 棚の向こうから声が聞こえてきた。覗き込むと本棚の反対側を探していたプルと目が合った。 「読んだことあるの?」 「もう何回も読んでる」 裏表紙を簡単に読み流してページをパラパラとめくった。ど うやら冒険者らしい。 やんちゃそうなプルが目を輝かせて文字を追っている姿が目に浮かぶ。 「これもおもしろいぜ!」 そういって本棚の隙間から差し出した一冊の本には真っ黒な表紙に血文字のようなタイトルが躍っていた。 受け取ろうとした手をひっこめる。 「ホラー小説じゃない! それは嫌よ!」 「じゃあこれはどう?」 二人の会話を聞いてよってきたのだろう、いつのまにかパイもいた。 手に一冊の本を持っている。嫌に分厚い本だ。 活字嫌いが見たら思わず枕にしたくなるような厚さである。 その本に反応したのは活字中毒のサタン。 「いい厚さだね☆」 「うん、ミステリーなんだけどさ。読み応えあるんだ」 ずしりと重みがあるその本は何度も何度も読まれた形跡がある。 パイはそれを何日もかけて読むのだそうだ。 「王子様! これ! これ読んで!」 そして当然のようにアルトの本に走ってきたのはナツだった。 彼女が差し出したのは王子様とお姫様が手を取り合っているイラストの絵本。 背景のグラデーションが綺麗だ。 「ナツは子どもなんだよなー絵本とか」 プルが茶化すように言う。ナツは顔を真っ赤にした。 「そ、そんなことないわよ!」 「……あら? その王子、なんだかアルトに似てない?」 綺麗な表紙だと眺めていためろなが思ったことを素直に口にした。 いきなり自分の名前が出て着たアルトは「は?」と間抜けな声を出す。 「そうでしょ! やっぱ似てるよね! 王子様だよねこれ!」 確かに茶髪のその王子は髪の長さこそ違えど似ているといわれれば似ている気がしないでもない。 ナツが彼女のことを王子と呼ぶのはその本が少なからず影響しているようだ。 「大好きな本なの。王子様も読んでほしいな」 「ああ、でも仕事が終わったらまた来るからそのときに借りるよ」 「そうね、そしたらもっとじっくり本の話ができるわ」 「珍しい本が多いから是非通わせてもらいたいしね☆」 三人の言葉にナツたちは笑顔でうなずいた。 図書館に住んでいたおかげで三人はなかなかの本好きらしい。 六人は本について語りながら楽しげに話しながら仕事を続けたが、捜索は難航した。 数人がかりならばたった数冊の本などすぐに見つかると思っていた。 ましてやタイトルも作者も分かっている状態で、ここは図書館なのだ。 探すための条件は揃っている。 ただ、随分と手入れをされていなかったせいでタイトルも作者もところどころバラバラだったのが計算違いだった。 その理由としてはオーナーがずぼらだったというわけではなく、よくここに出入りするホームレスやナツたちが好き勝手に読んで適当に収納したためらしい。 結局その日は月が真上に来るまで探したが数冊見つけることができなかった。 「ごめんね、王子さま、絶対探しとくから……」 「いいさ、私達もここ壊そうとしてるやつらについて調べてくる。明日の夜にはまた来る」 「絶対だからね!」 六人は手を振り合って分かれた。 *** 次の日の昼過ぎ。 三人は図書館に行く前に近くのレストランで、腹ごしらえついでに情報交換をしていた。 「……やっぱりたいした相手じゃないわね。ただの馬鹿じゃない」 「しかも計画も馬鹿すぎだね☆ 何回こんなこと繰り返してるのさ」 「そもそもの計画者が馬鹿だから仕方ないですね」 敵の情報は驚くほど簡単に集められた。 敵は土地転がしが趣味な七光りの馬鹿息子。 しかもその趣味はお世辞にも上手いとは言えないものでほとんど毎回赤字。 親の金でやっているため痛くも痒くもないらしいく、性懲りもなく繰り返すためその筋の者からは金づるだと言われている。 たまにある黒字のときは金にものをいわせてチンピラを雇ってただ同然で手に入れたときだけ。それも結局はその雇ったやつらへ渡す給料でプラマイゼロ。 もはや哀れに思えてくるほどの馬鹿さ加減である。 今回は高級な宿屋を開きたいという者に転売するために買うつもりだったらしいが、どうせそれも相手にいいように使われているのだろう。 「そうね、交渉すればすぐにでも買い戻しはできるだろうけど……」 「実力行使が速いでしょ。今回の場合」 「そうですね。ペンより剣が強いこともたまにはありますよね」 「そういうこと☆」 三人の意見は見事に一致した。 とにかく馬鹿だから言いくるめればそう予算をかけずに買い戻すことができるだろう。 だがわざわざその馬鹿息子と話し合いをすること自体が面倒なようだ。 結局実力行使ということになるだろう。 ため息をつきながらサタンはコーヒーをすすり、本を取り出した。 話し合いはこれで終わりらしい。 めろなとアルトは食べかけていたのアップルパイを口に運ぶ。 「あれれ? めろなだ!」 明るい声が響いた。近づいてくる青い髪の少女を見てめろなは目をまるくする。 「あらカノン」 「アルトもいるー。おひさー」 めろなの友人でアルトとも顔見知りらしい。 サタンはまったく面識がないようで一瞥してすぐに本の上に視線をもどした。 「なにしてるの?」 「仕事よ。貴女は?」 「いつもどーり面白いこと探し。今度また家行くねー! じゃ、ばいばーい!」 手をぶんぶん振り回しながら青い髪の少女は去っていく。 どうやら知り合いがいたから声をかけただけで、特に用はなく仕事を手伝う気もないらしい。 「じゃあまずは図書館に行ってあの子達に計画を話して、それから実行しましょう」 いつのまにかリンゴパイを食べ終わっためろなは立ちあがった。 計画なんて乗り込んで潰すくらいしかないというのだが、一応依頼人の意見を聞かなければいけない。 サタンも立ち上がったのを見てアルトもあわてて最後の一口を放り込む。 三人は会計を済ませて一緒にレストランを出た。 レストランから図書館までは一時間かかる。 その間に日は暮れていった。暗くなるにつれ寒さが増していく。三人は図書館に急いだ。 だが図書館に近づけば近づくほど心の奥がざわめく。 それが何なのかは分からなかったが、少なくともいいことが起る前兆ではないことだけはわかった。 そしてその焦げ臭さに一番に気がついたのはサタンだった。 「……火事?」 見上げると煙が立っており、夜空が赤い。 丁度目指している方向だ。三人は無言で駆け出した。 建物の隙間から見えた燃える図書館を見たときは三人とも驚きはしなかった。 ある意味予想さえできたことだ。 予想ができなかったのはそれを防ぐ前にそれが実行されたこと。 図書館を見た瞬間めろなは飛び上がった。 白い肌からは先ほどまではなかった黒い翼が生えている。 「カノン呼んでくるわ! まだ近くにいるはず!」 羽はいつもは空中戦に使うものなのだが、今回は移動と人探しのために使うようだ。 モンゼルクは活気がある分、建物も人も多い。飛んでいた方が何かと都合がいい。 「頼んだ!」 叫ぶようにアルトが答えるとめろなは頷いて大通りの方へ飛んでいった。 「あの子は水の魔法を?」 あの子、とはカノンのことだろう。 彼女とはほとんど面識ないサタンが聞いた。 「ええ、氷の妖精で、水関係の魔法も得意だったはずです! 少なくとも、私達よりは!」 このメンバーは魔法が使えるものが揃っているが水魔法に特化している者はいない。 チラリと見ただけでもちょっとやそっとの水で消せる火ではなかった。 めろなの判断は咄嗟のものにしては正しい。 アルトとサタンが図書館の前に行くと、そこにはまばらな人ごみと呆然と立ち尽くしている三人の人影が。 「ナツ、プル、パイ!」 「怪我は!?」 声をかけるが三人とも反応はない。 二人は野次馬を押しのけて慌てて駆け寄った。 ところどころにすすがついているがひどい火傷はないようだ。 アルトはほっと胸をなでおろした。 「……王子様」 やっとナツがアルトたちに気付いて顔を上げた。 そして彼女に差し出したのは。 「……これ。探してた本。……見つけたから」 昨日見つからなかった本。 冊数からして依頼の品はこれで全部揃ったことになる。 それを見てアルトの目が険しくなった。 「お前ら、まさかこの火事の中それを探してたんじゃないだろうな?」 肯定したら怒鳴りつけるつもりだったようだが、三人は力なく首を横に振った。 「ううん。……見つけて兄ちゃんたち待ってたら、図書館、燃えてて……」 「……そっか、ありがとね」 プルがそういうと、サタンが本を受け取り礼を言った。 そしてぐるりと野次馬を見回す。 ホームレスのようにボロボロの身なりのものが多いが、その中に妙に良い身なりの者が数人。 薄ら笑いを浮かべているところを見ると、無関係者とはとても思えない。 「サタンさん、どうしますか。文字通り焼け石に水程度でも魔法を……」 「司書さん」 彼の視線をたどるとアルトも男達を見つけた。 視線を合わせるために折っていた足を伸ばしてゆっくりと立ち上がる。 二人はそれぞれターゲットを絞り、一直線に歩いていった。 二人の気迫におされ、野次馬達は自然と道を明ける。 そしてサタンはターゲットの襟首を片手でつかむとそのまま壁に投げつけ、アルトは拳を相手の鼻にぶつけた。 鈍い音共に男達の体は飛び、ぶつかった建物に穴を開けた。 二人とも極限に手加減をしたつもりのようだが、怒りのせいでそれは上手くいっていない。 被害者は死んでいなければラッキーだろう。 そのまま流れるように次のターゲットを見つけ、攻撃に移った。 大半の者は防御も避けることもできずのびていった。 たまに反撃をするものもいたが、結局は同じく伸されていく。 ついに恐怖に耐えられなくなった男が路地の方へ駆け出した。 「あ、一人逃げた」 「任せてください。私が……」 と、アルトが追いかけようとしたそのとき。 男が逃げ入った路地の奥から呪文が聞こえ、突風が噴き出てきた。 否、突風なんてものじゃない。大の男が吹き飛ばされるほどの風だ。 男はその風に押されて戻ってきた。 「カノン、あとは頼んだわよ」 「まっかせてー!」 カノンが呪文を唱えると魔法人の中から水が放水された。 勢いから炎はすぐに止まるだろうが、図書館はほぼ全焼だろう。 「ちょっと、全員殺したら意味ないでしょ?」 「何人かは生きてるよ☆」 「それでも、気絶したのを起こすので時間のロスよ」 「……それもそうだな、すまない。頭に血が上って……」 「本も何冊無駄になったことか」 どうやら本や子ども達のことで我を忘れてしまったらしい。 勢いに任せて動いたおかげで何人かとばっちりを受けたものが射るのではないだろか。 反省するアルトに怒りがまだ収まらないサタンをめろなはたしなめている隙に、 風で押し戻された男はもう一度逃走を試みたが今度はアルトに捕まってしまった。 「とりあえず」 「ひぃ!?」 アルトが目を向けただけで男は情けない声を上げた。 「腕の一本か二本折れば吐くかな」 「腕より指の方が本数多いよ☆」 「なるほど」 長く拷問できるという意味だろう。 表情を変えることなく交わされる会話に捕まった男の顔から血の気が一気に引いた。 「じゃ私はあの子達のところに行ってくるからさっさと吐かせてね」 先ほどは止めてくれためろなもその場から去り、男の顔は土色になりつつあった。 アルトがちょっと力を入れただけで男は口を開いた。 「ひぃいいいいい! 言います! 言いますから!」 男の話を聞くと、その馬鹿息子のいるところはそう遠くないらしい。 あっけないほどあっさりと口を割ったところをみると信頼関係もないに等しいのだろう。 アルトは男を場所だけを吐かせるとみぞおちを殴って気絶させ、米俵の要領で肩に担ぐ。 もし情報が違ったときは起こして優しい説得をして再度案内を頼むつもりなのだ。 振り返ると火はほとんど鎮火されていた。 「……図書館が……俺達の、家が」 火が消えていくに連れて子ども達の恐怖と悲しみが蘇っていった。 ついに泣きじゃくってしまったナツをめろながそっと抱きしめて頭をなでる。 その様子を見てアルトは耐え切れず口を開いた。 「……すまない」 「……謝っても図書館は帰ってこない」 プルはうつむいて言った。もしかしたら泣いている顔を隠しているのかもしれない。 続ける言葉が見つからずアルトは黙った。 一人、火がすべて消えるまで図書館を見つめていたパイが、まっすぐアルトたちを見据えた。 「……こんなことした奴、絶対ぶっとばしてきて」 「もちろん、本を粗末にするやつは頼まれなくてもそうするつもりだよ☆」 いつものように笑みを浮かべるサタンだが、その額には青筋が浮いていた。 本を焼かれて感情的になっているようだ。 「カノンこの子達をよろこくね」 「しかたないな」 ナツ、プル、パイを、消火を終わらせたカノンに任せてめろなも立ち上がった。 三人は拳を握り締めた。 向かうはもちろんこんなことをした元凶。 今頃は何も知らずにすやすや眠っているのだろうか。 それが永眠になる可能性はぐんと跳ね上がったことに気付かずに。 *** それから数日後。 アルト、サタン、めろなはとある教会を訪れいてた。 彼等が持って来たのは紙袋三つ。 二つはアルトが、一つはサタンが抱えている。 手ぶらのめろなが教会のさび付いたドアノッカーを叩くと、すこししてシスター服を着た桜色の髪をした幼い女の子が出てきた。 「元気だったか?」 「お姉ちゃん、お久しぶりです。おかげさまで元気です」 アルトが声をかけると、幼きシスターは顔を緩ませた。アルトとは知り合いのようだ。 彼女はこの教会、もとい孤児院を経営しているオーナーの片割れだった。 「あ、三人も元気ですよ。今呼んできますね」 そういって幼きシスターは奥のほうに駆けて行き、かわりに三人が玄関に出てきた。 家を失った三人はアルトの提案で、彼女の知り合いの孤児院に転がり込んだのだった。 もちろん強要はしていない。 提案しただけだ。 たった数ヶ月でも大人と戦っていた彼等ならばそう困ることなく生きていけると思ったし、 彼等は意外なことにあっさりとアルトの提案を受けた。 彼等だけで暮らし、大人達と戦うのは想像ができないほど大変だったのだろう。 彼等があの図書館で暮らしていた理由や成り行きは知らない。 孤児院から逃げ出して来たのかもしれないし、親に捨てられたのかもしれない。 いくつか予想ができるものがあったが深くは問い詰めなかった。 彼等も話したくはないだろうし、アルトたちも聞く気はなかった。 「アルト!」 笑顔で駆けてきたナツをアルトは受け止めた。 なんとか王子の誤解は解いたおかげで名前で呼んでもらった。 「めろな、サタン!」 「来てくれたのか!」 彼女に続いてプルとパイも駆けてくる。 たしかに元気そうだ。表情も柔らかく、ここの暮らしになじめているらしい。 「まぁね」 「ほら、これ。もてるか?」 アルトは持っていた紙袋を三人に渡した。 おもったより重いその紙袋の中を覗き込むとそこに入っていたのは 「お土産よ。探すの大変だったんだから」 たくさんの本だった。 適当に見繕ってきたものがほとんどだが、何冊かは見つけるのに本当に苦労した。 例えば、王子と姫が表紙の絵本とかは。 「大切に読みなよ? たまに貸してもらいに来るからね」 「ありがとう!」 「大切にするよ!」 「……でも、こんなにどうやって集めたんだ? 金とか、俺達返せないよ?」 プルが不安そうに言う。 「大丈夫だ、これあの馬鹿息子の金だから。おまえらはもらう資格がある。とっとけ」 乗り込んだときについでにいくらか巻き上げてきたのだ。 家を燃やされたのだから権利があるということらしい。 確かに馬鹿息子が使うよりよっぽど有意義だろう。 「お姉ちゃん達、寄って行きますか? お茶入れますよ?」 幼きシスターが戻ってきてアルトたちに声をかけた。 「いや、すぐに出るよ。今日はやることがあってね」 「じゃあ、また来るからね」 「じゃあな」 だが三人はその誘いを丁重に断り出た。 空を仰ぎ大きく伸びをする。 「俺はモンゼルクかな」 「私はようせいのまちね」 「私はイナエに行きます」 それぞれ地名を挙げる。 それはこれから向かう場所だった。 本はナツたちのおかげで無事すべて運ぶことができた。 その報酬とプラスして馬鹿息子から巻き上げた金。 三人に本を買った残りでも三人の懐をあったかくするには充分だった。 これから彼等は本屋を梯子する気のだろう。 誰かがいるのを気にしないで心置きなく買い物をするためにそれぞれバラバラの場所へ行くつもりらしい。 「じゃ、またね。いい仕事があったら」 「はい、また」 「といってもどうせまた図書館で会うんでしょうけど」 めろなが言うとアルトは苦笑した。 サタンがモンゼルクへと足を運ぼうとしていると、教会からそう離れていないところで立ち止まった。 そこには老婆が一人。 「多分、もう大丈夫だと思いますよ」 いつもの笑顔を浮かべたまま、サタンはその老婆に向かってそう告げる。 すると老婆は微笑んで、消えてしまった。 きっと彼らのことが心配だったのだろう。 サタンはそれを見届けるとまた歩きだした。 Fin

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