「ハロウィンとか関係なくね?」

ノックの音に気付いたのは丁度、アルトが一冊目の本を読み終わったときだった。 次の本に伸ばしかけた手をひっこめて、玄関へと向かう。 今日はアルトにとって久々の「何も予定がない日」だった。 三つの仕事を掛け持ちしているアルトにとっては貴重な日。 彼女は本を読んでのんびりすると決めていた。 幸いというべきか他のartのメンバーは各々の予定のため出かけていて、急な仕事や予定ができる心配もなかった。 少なくとも彼女はその時までそう思っていた。 計画通りのんびりとしていた矢先の来客。 居留守を使おうかとも迷ったが、何か大事な用だったら困ると考え直した。 ただ、感謝されること以上に恨まれることが多いのがアルトの所属するパーティーart。 手入れをしようと壁に立てかけておいた愛用の杖を、一応用心のためと手に取りドアを開けた。 「……はい、どちら様……って……え?」 立っていたのは出かけたはずのパーティーメンバーの一人、ジェンと幼馴染のカル。 珍しすぎる組み合わせに思わず用件も聞かずしげしげ見つめてしまう。 カルはともかくジェンは彼を毛嫌いしていたはずだ。 なのに、一緒に来るというのは何かあったのだろうか。 たとえば警察官のカルにジェンが逮捕されたとか。失礼な考えが一瞬頭をよぎる。 「……あー……えっと……」 とりあえず何からどう聞けば良いのかわからず、意味のない言葉を発しながら突っ立っていると両側から腕をガッチリと固定された。 そのまま玄関から引きずり出され、ずるずると外へ引きづられていく。 その姿はさながら宇宙人捕獲のようだった。 突然のことに呆然としていたアルトだが、部屋のドアが閉まる音で我に返る。 「い、いやいやいや、ちょっと待て」 慌てて両足をしっかりと床につけて、二人に抵抗をする。 二人がかりだろうと三人がかりだろうと、人の何倍の力を持つアルトにとっては意味のないに等しいこと。 なんなく立ち止まることができた。予定より早い抵抗に二人は舌打ちをしながらも素直に止まった。 無駄な労力は使いたくないのだろう。 「くそ、やっぱダメかよ」 「舌打ちするな! 何のつもりだ」 流石にこの作戦は無理があったかと肩をすくめるジェンとカルを睨みつけるアルト。 呆然としている隙に彼女をどこかへ連れ出そうとしていたようだが、それは作戦開始から約二メートルほどで頓挫した。 「仕事だよ」 ため息をつきながらカルは素直に短く用件を言った。 「仕事? 私を誘拐する仕事か? 兄貴は絶対金なんて払ってくれないと思うぞ?」 さらにクエスチョンマークを増やしながら、さりげなく実の兄を貶す。 説明をするのが面倒だからこの作戦を決行したというのに、とジェンは頭を掻いた。 「そうじゃなくて、仕事の依頼だよ、このエセヤンから」 エセヤンという言葉に思わず口を開くカルをジェンが片手で制した。 ここで彼まで噛み付いてきたら話がこじれて余計に時間がかかってしまう。 「……はァ?」 「お前、どうせ普通に頼んでもこないだろ?」 核心を付くジェンの言葉に、う、と言葉を詰まらせる。 確かに彼女は三日ほど前から今日はのんびりすると豪語していた。 自分に言い聞かせると同時に、邪魔をするなよという牽制の意味を込めて。 だからいきなり仕事を持ち掛けられてすんなりと承諾したかどうか怪しいところである。 「だ、だって、大体の仕事ならお前等だけで片付けられるだろ?」 そんなことはない、と堂々と言えないアルトは、すばやく言い訳に転じた。 しかしその言い訳も全くの嘘ではない。 大体のことならば彼女達でこなせるし、たとえそれが困難なことでも人脈でいくらでも良い人材がいる。 わざわざこんな面倒なことをしてアルトを引きずり出さなくてもいいのだ。 「それがなぁ……お前じゃねえと頼めねェんだ」   だが二人にはわざわざそんな面倒なことをしてまでアルトに頼む理由があったのだ。 「私じゃないと……? ……どういう状況なんだ?」 「とにかく来てくれ。説明とか着替えとかは向こうでする」 自分で言った台詞にカルもヒヤリとし、ジェンは息を呑んだ。 なるべく表情を変えないようにアルトの様子を伺う。 ところが彼女は二人の心配をよそに素直に頷いてくれた。 どうやら自分が頼られているということが分かり、なにかただならぬことが起きたんじゃないかと勘違いしたらしい。 ジェンそれを見てこっそり息をついた。 これで当初の作戦通り引きずっていくよりは移動が大分楽になる。 それとは対照的にカルはハラハラしていた。 目的地に着くまでに彼女に余計なことを悟られたら、また天照大神の如く部屋に引きこもるだろうと予想できるからだ。 「それで? あと仲間は誰がいるんだ?」 「ミィレとソフィアが先に行ってる。あとは不憫共だな」   ふぅん、と何かを考えはじめるアルトに、最終手段だった言葉を発した。 深く考えられると以上は何かに勘付いてしまう危険性がある。 「あ、一緒に仕事してるわけじゃねェが、むこうにゃサタンもいるぞ」 聴いた瞬間アルトの移動速度が著しく上がった。 あっというまに前で先導していた二人を追い越す。しまいには二人を急かし始めた。 「なにやってんだ、さっさといくぞ!」 分かりやすくやる気を出すアルトの背中を見ながらジェンは呟いた。 「ちょろいな」 「全くだ。幼馴染として悲しいぜ。……おい、待てよ! お前どこ行くかしらねえだろ!」 「サタン」という言葉、いや人名に浮かれるアルトをあわてて追いかける。 思った以上に効果があった。 最初から使っていればもっと楽に任務を遂行できたというのに、とジェンは少し後悔した。 なにはともあれ任務は遂行できそうだ。 おかげでアルトは目的地につくまでついに気付くことはなかった。 説明と同列に“着替え”という言葉があったことに。 文字通り恋は盲目のようだ。 *** 到着したのは大きなホールだった。たくさんの人が集まって何かの催しをしている。 その内容については、確認するまでもなかった。 周りの人々の格好。 あちらこちらに散乱するように置かれたカボチャのモチーフ。 そして近々あるイベント。 なにかを察するために必要な材料はこれだけで充分すぎる。 答えを容易に導き出したアルトはすばやく回れ右をした。 それをカルがあわてて通せんぼする。 「なんだよ!?」 「なんだよじゃねえよ! 仕事手伝ってくれるんだろ!?」 「知るか! ここで仕事とか、絶対仮装しないといけないパターンだろ畜生!」 「それこそ知るか! 別にそれくらいいだろうが!」 「嫌なもんは嫌なんだよ!」 アルトはこういうことにノリが悪い。 変装ならまだしも仮装などの普段着からかけ離れた格好はしたがらない。 それは充分すぎるほどに分かっているが、カルも仕事。 それだけの理由でアルトを帰すわけには行かない。 膠着状態の二人を欠伸交じりに眺めるジェン。 しかしすぐに飽きたのか、二人に「先に行ってるぞ」とだけ言い残してさっさと一人で行ってしまった。 「ちょ、ジェン! こいつもつれていってくれよ! ……行っちまった」 その背中にアルトが言葉を投げかけるが、すぐに人ごみにまぎれてしまった。 いつもは格好が目立つジェンもこの仮装手段の中だと溶け込むのが早すぎる。 「とりあえず、話だけでも聞いてくれ。聞くだけでいいから」 カルは片手で拝むようにアルトに懇願した。 「……わかったよ」 しぶしぶといった風にアルトは承諾した。 カルは内心ニヤリと笑う。 宿屋で話したのならば断られる可能性も高いが、 ここまで連れてくることができたならば彼女の性格上よほどふざけた内容でない限り頼みを聞いてくれると分かっているからだ。 そして彼の仕事を洗いざらい話した。必要なことはすべて。ここで嘘をついたり話を端折る必要は全くない。 彼が一番懸念していたことは宿屋で駄々をこねられることだったのだから。 「……あー……っと……つまり? なんだ。えっと」 カルの説明が終わると彼女は彼の説明を復習し始めた。聞き漏らしや勘違い、矛盾がないかを確認するために。 自分の頭の中を整理するためというのもあるかもしれない。 「このハロウィンパーティーで開かれている、小さなコンテストの賞金が偽札の恐れがあるから回収してほしいと?」 「正確にはハロウィン前夜祭らしいがな。そういうことだ」 深く頷くカル。 彼がアルトに頼んだ仕事はごく簡単なものだった。 ここの腕相撲コンテストに優勝する、というごく簡単なもの。 怪力な彼女にとってはそんじょそこらの力自慢の筋肉共は子ども同然だろう。 警察という立場を利用してカルが無理やり回収することも可能だが、偽札ということは噂という域をでない。 このパーティーの規模を見ても、リスクがありすぎてその行動へは踏み込めないらしい。 コンテストは全部で三つ。そのうちの一つをアルトが担当することになったようだ。 「頼む力を貸してくれ」   手を合わせてアルトを軽く拝むカル。それを見て、アルトは深い深いため息をついた。 「……仕方ないな」 「やってくれるのか?」 「貸し一つ」 ため息を一つして結局カルの計画通り承諾をしたアルト。 カルは小さくガッツポーズをする。そしてこれで優勝は確定したも同然と高をくくった。 「んじゃ、これに着替えてきてくれ」 ずいっと、紙袋を突き出した。 一瞬顔を引きつらせるが、今度はある程度は覚悟を決めたのかうなだれてすんなりと受け取った。 たかが仮装に大げさな覚悟である。 ホールの外には簡易の更衣室があり、そこで着替えができるようになっていた。 渡された紙袋の中に入っていたのは黒い長袖ティーシャツに厚手の上着。 そしてこの仮装で最も大切な小道具、狼の耳と尻尾。 そう、アルトに手渡されたのは狼男の仮装道具だった。 女の子らしいフリフリのついた魔法使いの服等ではないことは分かっていたが、まさかここまで男装に近い服とは予想していなかった。 まあ自分にフリルやリボンが似合うわけもないか、と自嘲気味に笑い衣装に着替える。 外に出るとカルが待っていた。 このパーティーは仮装をしていないと入ることができないらしい。 もちろんカルも例外ではなく道化師の仮装をしていた。 その間抜けな格好が似合いすぎてアルトが爆笑したのは別の話。 中にはたくさんの人、人、人。 痛々しい傷のメイクをして本格的に仮装をする者もいれば、かわいらしい童話の主人公のような格好をした者もいる。 本来ならばイレギュラーな空間だっただろうが、そのイレギュラーは日常に溶け込んでしまっている。 これがハロウィンという不思議な日の魔力だろうか。 どこになにがあるのかよくわかっていないアルトはとりあえずカルについていった。 ハロウィンに、ちなんだ商品を並べてある屋台のせいで若干迷路のようになっている。 その道中で聞いた話によると、既にアルトの大会出場登録は済んでいるらしい。 彼女が断ったり逃走した場合はどうするつもりだったのだろうか。 「あ、ここだ、ここ」 そういわれ顔を上げると、なるほど確かに大きなステージがあった。この上で例のコンテストとやらをやるのだろう。 スポットライトで照らされ、たくさんの風船やかぼちゃ等で飾り付けてあるそこは考えていたよりも豪華で、その会場の中でもひときわ目立っていた。 コンテストはパーティーの目玉らしい。 ステージの上には司会らしき二人の男が立っていた。 近づくとそれはドラキュラの格好をしたジョーカーと、落ち武者の格好をした桜綺だった。 二人ともカルの仲間である。 ジョーカーと桜綺はカルと同じパーティーに所属していた。 ジェンの言っていた不憫共とは彼等のことだろう。 今回の仕事はその不憫パーティーの仕事の手伝いということらしい。 ジョーカーと桜綺は潜入班といったところだろうか。 「ってことはきつねもいるのか?」 彼女の言うきつねとは不憫パーティーに所属しているアーチャーのことだ。   「ああ。お前が怖いから別のとこで仕事してるよ」 アルトは幼い子が嫌いというわけではないのだが、相手からはその男勝りで理不尽な性格から怖がられることがほとんだ。 中身と見た目が幼いきつねもその例に漏れずアルトを怖がっている。 ただし、きつねは言う程幼くはなく、歳で言えば、アルト達と一つ二つしか変わらない。 本人の言動のせいで幼く錯覚してしまうのだ。 「…………そうか」 アルトが悲しそうに顔を伏せると同時にジョーカーが話し出した。 『レディースアンドレディース! お待たせいたしました!』 『じぇんとるめん、は無視か』 『今宵、三人の王者が決定します。まあ、そんなことよりも俺は美しい子悪魔ちゃんたちに興味があるけどね』 司会が“そんなこと”と言っていいのだろうか。 アルトはジョーカーの言葉にぞわぞわと鳥肌が立った。 彼がウインクをすると、ところどころから黄色い悲鳴が上がる。 ジョーカーは自称フェミニストであり、女性をみると声をかけずにはいられないという天然ナンパ体質である。 彼の話術やルックスに一目ぼれする女性も多い。 隣にいる桜綺もかなり美麗な見た目だ。女性が悲鳴をあげるのも無理はないだろう。 それをアルトは冷めたまなざしで見ていた。 「あれにひっかかりそうなヤツ、いるんだな」 「結構いるぞ。ひっかからないおまえ等が例外なんだよ、むしろ」 そういうカルも冷めた目でみている。 彼の場合は性格はそう悪くないはずだが、見た目が俗に言うフツメン。 それだけならばまだしも周りには、ジョーカー、桜綺、アルトといったイケメンだらけなため、かすむのだ。哀れなことに。 『ここでは腕相撲の大会をやるぞ』 気を取り直して司会の仕事を進める桜綺の言葉にアルトは首をかしげた。 「ここでは?」 「いろいろと並行してやるらしい。腕相撲のほかに料理、美少女コンテストがあっち、とそっちのステージで開催されている。ステージも別々に用意されてる」 「料理コンテストに美少女コンテスト……」 いかにも盛り上がりそうな催しである。 それに比べ腕相撲大会は果たして需要あるのだろうか。 どちらもテーマがあるらしく、料理コンテストは対決直前に出されたお題のハロウィンスイーツ。 美少女コンテストはアニメキャラクター等ではなく、必ず”おばけ”に仮装しなければいけないらしい。 なお美少女コンテストに関しては、勝ちあがりさえすれば性別は問わないそうだ。 『では、最初に腕相撲コンテストじゃ。第一回戦の選手を発表する』   桜綺は紙を取り出してそれに目を通すと、ほぅ、と声を漏らした。 ジョーカーにもその紙をみせると彼も似たような反応を示した。 『一回戦。前回優勝目前で惜しくも涙をのんだものの、準優勝という成績を残したモブザキ!』 近くで野太い声が上がった。人を掻き分けステージへ自信満々に上がっていったのは、筋肉を必要以上に誇示する男。 仮装はゾンビのつもりだろうか。 自慢の筋肉の上に無数の傷が描かれている。だがこんな生命感溢れるゾンビはいてほしくない。違う意味で怖い。 『対して、今回初挑戦、俺の知り合いでもあるアルト選手』 自分の名前が呼ばれ、初っ端からかよ、とアルトはため息をつく。 隣にいたカルに背中を押され、人を掻き分けながらステージへと進んだ。 彼女がステージに登るまでの間ジョーカーが間をつなぐために彼女の紹介をし始めた。 『この背の小ささからは想像も付かない力! 俺も認めるほどのイケメンっぷりで女性を虜に……』 ジョーカーが消えた。正確にはアルトに飛び蹴りされて倒れた。 「誰がイケメンで女をたらしこんだって? あ゛あ?」 どうやら自分の紹介のされ方が気に入らなかったらしい。 だが悲しいことに彼の紹介に間違いは見当たらない。 『違った?』 「当たり前だ馬鹿!」 ついでといわんばかりに頭を軽く殴る。 ちなみにアルトとジョーカーはあともう一人を交え、よく三人で飲みにでかける仲だ。 そのときに天然ナンパ気質なフェミニストことジョーカーがアルトをよくナンパに誘ってはいるが、彼女は一度もその誘いに応じたことはない。 対戦相手の彼女を見るなり、筋肉ゾンビのモブサキは鼻で笑った。 自分が見下されている、と察したアルトはその笑いにカチンと来た。 「ちっせえもやし野郎。お前の細い腕なんて折れちまうぜ? 棄権しろよ」 無駄にボディービルのポーズをとりながらアルトをからかう。 しかしそれは彼女にとって挑発にしか見えなかったようで。 「言ってろ。筋肉だるま」 ニヤリと笑って言い返すと、ところどころから黄色い悲鳴が上がったが、アルトは聞かなかったことにした。 どうやら男だと思われているらしい。 「そんな褒めるなよ」 「挑発してんだよ!」 相手は相手で何故かアルトの言葉を褒め言葉と受けとていた。 ポジティブなのか、それだけ筋肉に誇りを持っているのか。 単に脳みそまで筋肉なだけかもしれない。 『はいはい。では両者この台に腕を乗せて手を握って』 男同士の話には興味がないとばかりにジョーカーが催促する。 アルトは一応女性なのだがほとんど男としてカウントされているようだ。 彼の言葉に従うと、モブサキの大きな手にアルトの手はすっぽりと収まってしまった。 誰がどう見てもアルトに勝ち目はなさそうに見える。 桜綺が音頭を取るため、二人のこぶしの上に手を置いた。 『れでぃー……ごーじゃ!』 ぱっと桜綺が手を話すと同時にゴングが鳴り、試合が開始される。 ニヤニヤしていた男の顔がみるみるうちに青くなっていった。 「……お、おまえ……!?」 「どうした? それで本気か?」 二人の腕は全く動かない。否、動かせないのだ。 一人焦っている筋肉男。アルトはため息を一つついて、流れるような動作でゆっくりと腕を倒した。 もちろんモブサキは抵抗したが、彼の手の甲はあっけなく台についてしまった。 彼は激しい運動をしたわけでもないのに汗をびっしょりとかいているのに対し、彼女の額には汗一つ浮かんでいない。 『勝負ありじゃな』 『勝者! アルト!』 ジョーカーがアルトの右腕を上げた。 「ふん、もっと鍛えろ、見掛け倒し」 「な……お、俺が負けるなんて……一回戦で……!」 アルトはステージから降りると、信じられないという顔をしているモブサキが残された。 前回準優勝した自分がまさか負けるとは思っていなかったのだろう。 相手と運が悪かった。 『それでは! 次の参加者を紹介しまーす』 それを放置したまま司会役の桜綺とジョーカーは大会を進行していく。 モブサキは次の大戦が始まる前に筋肉の塊な大きな背中をまるめてステージを降りていった。 「サンキューアルト! この調子で頼むぜ!」 「わかったよ」 これならば心配はいらないだろうとご機嫌で声をかけるカルに、つまらなそうに返事を返すアルト。 彼女としてはもう少し手ごたえのある試合を期待していたらしい。   だが残念ながらその後も彼女を追い込む選手は現れず、モブサキと同じ調子で相手をたやすく打ち負かし、大会を順調に勝ち進んで言った。 腕を倒すだけという単調な作業の繰り返しのため、アルトは退屈していた。 「待ってる間、暇だな……そういや、後二つのコンテストはどうなってるんだ?」 最初はもしもの時を警戒して他の参加者の試合も観戦していたが、なんせ腕相撲大会。 たいした動きはないし数人倒した時点でレベルはたかが知れていたため、途中から自分の試合以外の時間ははカルと屋台を回っていた。 「金髪チビ二人も順調みたいだぜ」 カルはアルトが試合に出ているときは他の大会の様子を見に行っていたようだ。 彼もあの大会でアルトに勝てる者はいないと判断したらしい。 彼のいう金髪チビ二人、とはアルトと同じパーティーに所属するミィレとソフィアのことで、順調というのは大会のことだろう。 性格的にミィレが美少女コンテストに、ソフィアが料理コンテストにでているはずだ。 逆の配役でも間違いというわけではないだろうがソフィアは気乗りしないだろうし、ミィレは料理に毒をいれて審査員を全滅させそうだ。 ただし勝敗が誰から見てもはっきりする腕相撲大会とは違って、 後二つの大会は観客が審査員として投票を行い票の多い者が勝ち進んでいくというもののため、勝敗は観客達に左右される。 いくらなんでもそんな大規模なサクラを仕込むわけに行かないため、後の二つは二人の実力や運にかかっているのだ。 「さすがだな。そういえば、ジェンは?」 自分を迎えに来たもう一人のパーティーメンバーを思い出す。 まさか、アルトを迎えに行くだけが彼女の仕事ということはないだろう。 「あいつは料理コンテストの司会だ。そんできつねは美少女コンテストの司会。 二人とも怪しい奴はいないか、不正は行われないかっつー仕事をしている」 「司会……? なんでみんなそんな都合よく司会してるんだ?」   アルトは首をかしげた。偽金を賞金として用意した主催者はある意味敵のはず。 なぜ何人も関係者としてもぐりこめたのだろうか。 「ジョーカーが交渉してくれてな。担当者が女で助かったぜ」 「……なるほど」 さすが自称フェミニスト。女性の扱いには慣れているようだ。 あわよくばそのまま偽金を渡すよう交渉するなりさぐりを入れるなりできたら最高だったのだが、賞金は別の者が管理していて近づくことはできなかったという。 しかもその管理している者は男。あまり怪しい行動を取るわけには行かず、そこでお手上げ状態になったらしい。 「……ちなみにサ、サタンさん……は?」 ついでのように聞くが、きっと彼女が一番聞きたかったことだ。 さきほどから会場内をうろつき回っているのは彼を探しているということもあるのだろう。 「あ? あー、あの腹黒悪魔はジェンの手伝いだ」 「ジェンの手伝い?」 ジェンの手伝いということは司会をしているのだろう。 しかし、最初アルトがこちらへ連れてこられるときに聞いた話では一緒に仕事はしていなかったはずだ。 何故司会役をしているのだろうか。 「本当はあいつ腕相撲大会のシードだったんだ」   サタンはアルト同様怪力の持ち主だ。シードに選ばれるのも不思議ではない。 「でもあいつに事情話しても協力してくれるとは限らない。だから相棒のジェンがうまく事を運んで仕事を摩り替えたんだ」 「ふぅん、それで司会を……」   どうやらジェンはサタンの見張りも兼ねているらしい。 めんどくさがりの彼女がちゃんと仕事をしているか不安なところだ。 「あ、アルトー!」   白と黄色い影がぶんぶんと手を振りながらこっちに近づいてくる。 それは今美少女コンテストを勝ち進んでいるらしいアルトの所属しているパーティーメンバーの一人、ミィレだった。 「やっぱり来たんだ! その衣装似あってるよ!」   口ぶりからしてアルトがこの仕事を受けると確信していたらしい。 にこにことしながら近づいてきた。何故か誇らしげな彼女の仮装は雪女だった。 袖を分裂させて、すそを短くして足を大胆に露出しているだけという、彼女にしてはちゃんとした着こなしをしている。 「ま、三人とも頑張ってくれよ」 「あら、不憫いたの?」 「誰が不憫だ!」 二人に激励をおくったカルはいつもどおり可哀相な扱いを受けた。 「今ね、ソフィアが決勝戦なの」 それを更に無視するミィレ。おもしろがっているのか、単に話題に興味がなかったのか。 後者の場合カルが可哀相過ぎる。 「お前もそろそろなんじゃないのか?」 「その前におやつなの!」 話を聞くとどうやら彼女は投票はせず食い逃げだけしてきたらしい。 たった一票入れなくてもきっと彼女は勝つだろうといっていたが、実際は最初から入れる気はなかったのだろう。 理由は面倒だったから。 「ま、ゆーしょーはこのミィレちゃんだけどね!」 「気ぃ抜かないでがんばってこい」 アルトの言葉にミィレははあいと間延びした返事を返した。 実際ミィレですら気を抜かない方がいいだろう。 美少女の基準なんていうものは所詮審査員たちの好みに合うかどうかなのだ。 最後まで誰が優勝するかなんてわからない。それでもミィレは負けることなど考えていないようだ。 「気を抜いてても勝てるもーん。だって……」 ミィレはあえて途中で言葉を切り含み笑いをした。なにか企んでいるような表情だ。 「だって?」 「それは見てからのお楽しみ! アルトも来てよね! 腕相撲大会決勝はまだ先でしょ!」   「じゃね!」ときたときと同じく手をブンブン振りながら去っていった。 アルトたちは首を傾げながら彼女を見送った。 彼女はもともと自信満々な態度なので、作戦があるのかどうかもわからないが、気になるのも事実。   どうせならソフィアの優勝も見届けていこうということになった。 ミィレの話から察するにそろそろ開票結果が出ているころだろう。 二人が料理大会のステージへ近づくとまさに結果発表が行われていた。 『どれも美味かったな!』   ステージの上でマイクを握っていたのはアルトを迎えに来たジェンだった。 彼女はじんべえを着てジェイソンマスクをつけていた。 いつもとあまり格好が変わらないように見えたが、よく見ると頭や手足に包帯が巻かれていた。 かろうじてミイラの仮装らしい。 『てか君全品食べてたけどどこに入ってるの?』 アルトが「あ」と小さく声をあげる。 呆れ気味に尋ねているのはジェンの相棒、そしてアルトの想い人のサタンだった。 彼はいつもの服にマントを羽織っているだけだが、ドラキュラに見えなくもない。 ジョーカーのドラキュラにはなんの反応も示さなかったアルトだが、今はうっとりしている。   そんな彼女にツッコむのも馬鹿馬鹿しいと思ったカルは、呆れた視線を送りつつも何も言わずステージに視線を戻した。 『じゃあ、結果発表行くぞ!』 ジェンはサタンの言葉を無視して進行する。 後ろには三人の人影があった。決勝戦挑戦者だろう。 それを証拠にその三人の中にはソフィアがいた。 『はい、じゃあ発表するぞ。まず、前回優勝者モブ美! 六十二票!』   拍手を合図に三人のうちの一人が一歩前に出た。 彼女がモブ美なのだろう。かぼちゃの帽子を頭にかぶっている女の人だった。 『熱狂的なファンがいるからねえ。流石の票数だよ☆』 『次! 挑戦者その一ソフィア! 百八票』   今度はソフィアが小さく一歩前に出た。 危なげもなく前優勝者に大差をつけて勝ってしまった。 さすがである。もっと堂々とすればいいのに、縮こまっているように見えるのはおそらく着慣れない衣装のせいだろう。   彼女の衣装は可愛らしい魔女の衣装だった。 禍々しくも意地悪そうにも見えないのは彼女の雰囲気のせいだろうか。 『無名な割には好評だったからね☆ 優勝者と大差をつけた優勝は彼女かな?』 『観客数は数えてねえからな。まだわかんねえぞ』 その場にいた観客が試食をして投票をしているため、投票数はそのときによって変わる。 まだソフィアが負ける可能性はあるが、アルトたちはもう優勝はもらったつもりでいた。 『じゃあ発表するぞ』 『最後、謎の男……110票!』   最後の一人が一歩前に出てガッツポーズをした。 『わずか二票差! 優勝は謎の男だああああ!』 優勝したその人は真っ黒なマントとフード、そして白いお面で顔すら見えない男だった。 まさに“謎の男”。体の線でなんとか男だと判別ができる。 「……は?」 おもわず声を漏らした。ソフィアの作るお菓子の美味しさは、良く食べる彼女も良く知っているのだ。 その彼女が負けるとは相手は一体何者なのだろうか。   ソフィアは悔しがる様子もなく、大人しくステージから降りてきた。 「ごめんなさいね、負けちゃった」   一応カルに謝罪をする。ミィレとアルトは依頼を遂行できなくても、こうも素直には謝らないだろう。 「気にすることはない。どうせ責任はこいつになるんだ」   アルトが親指でカルを指し示しながら答えた。   今回のカルの張り切りようからしておそらく責任者は彼なのだろうと判断したのだ。 そしてその判断は間違っていない。 「そうだけど、なんかムカつくなお前が言うと!」   「一応ミィレを見てこよう。大丈夫だとは言ってたが……」 「俺も行くわ」   三人は美少女コンテストを行っているステージへと向かった。 ここでミィレまで優勝を逃してしまえば半分以上の偽札を逃してしまうことになる。 それに応じて報酬も減ってしまうだろう。   ステージには小さな黒い司会者がいた。 きつねだ。 動物の狐ではなく、不憫パーティーのアーチャーのきつねだった。 それが名前なのだ。 見た目はとても幼いが、彼は十四歳くらい。アルトたちと二つほどしか違わない。   彼は額にお札を貼ったかわいらしいキョンシーの格好をしていた。 『では、はっぴょうします! 優勝は……ん?』 丁度結果発表をするところだたようだ。 そこに金髪の悪魔の格好をした女性が司会のきつねに駆け寄った。 耳打ちをされ、彼は首を傾げる。それを見てアルトも同じように首をかしげた。 「……あれ、シャオじゃないか」   金髪の悪魔はアルトの知り合いだった。 よく飲みに行く仲で、ミィレの悪友といったところだろうか。 化け猫の仮装なのだろう猫耳と尻尾がゆらゆらと揺れていた。 一体どういう仕組みになっているのだろう。 彼女もなかなかの美人。 これは接戦になるのではないかと顔をしかめる。 『え? いいの? ……わかった』   不思議そうな顔をしながらもきつねは結果発表を続けた。 『シャオさんが棄権しましたので優勝はミィレさんになりました! おめでとーございます!』 その発表にアルトとカルは拍子抜けする。 「……棄権?」 「なんでまた……まあ都合はいいが」 勝ったことに違いはないが、不思議なことにふたりは顔を見合わせた。   誇らしげに降りてきた勝者ミィレを問い詰めるとすんなりとタネを教えてくれた。 「んー、ちょっとお話したら了承してくれたよー?」 とニコニコしながら言ってくれた。一体どういう交渉をしたのか。 なにかを条件に取引をしたのか、それとも単に脅したのか。 それは知るヨシもつもりもなかった。 「普通に戦っても勝つんだけどね! 今回はフィギュアがかかってるから!」   報酬は現金で、フィギュアではない。 おそらく報酬で趣味のフィギュアを買う算段でもつけていたのだろう。 「だからアルトも頑張ってね!」とミイレは笑顔でエールを送った。 次はいよいよ腕相撲大会の決勝だ。 「よし、料理の方もどうにか交渉してみる」   カルが腕まくりをしながら言う。いったいどういう交渉をしようと思っているのか。 比較的平和主義な方で、非力な彼なら大事にならないだろうから、アルトは放っておくことにした。 「気ィ抜くなよ!」 「私が負けると思うか?」 アルトは自信たっぷりにステージへと向かった。 『では、決勝戦! 初登場ながら圧倒的な力で相手を秒殺してきたアルト!』 黄色い声援が上がる。すっかりこの大会のアイドルだ。腕相撲大会という地味な大会にもかかわらず女性の観客が多いのはおそらく彼女のせいだろう。 『対して、こちらも初登場! いっさい素性がわからない、謎の男!』 「……謎の男?」 たしか料理大会優勝者もそう呼ばれていた。 黒いフードにマント、そしてピエロのような面という格好は同じだが、背や雰囲気からして違う男のようだ。 『では、両者腕を置いてください』   他の試合と同じように二人は握った手を台の上に置く。 今までの対戦相手とはちがい、細い腕。 自分が思うのもなんだがよく勝ち上がってこれたものだとアルトは感心した。 「……久しぶりだね」   ぽつりと呟くように話しかけながら男は面に手をかけた。 相手の声を聞いてアルトの体がこわばる。 「司書さん」 「ッ!」 男の顔を見た瞬間、アルトは気を失った。 * * * 次の日の夕方。十月三十一日ハロウィン。 依頼の報告を終えた八人の姿があった。 「……一応一部だけ報酬はもらえたが……」 報酬の入った布袋を揺らすと、中でコインがぶつかりチャリチャリと音を立てた。重量は予定より軽い。 布袋を持ったカルはうなだれていた。いつもの無駄な威勢はどこへやら。 「本来ならこの倍以上もらえたのにな」 「これでも高額にはちがいないけど、この人数で分けるとなると……」 結局回収できた偽札はミィレが優勝した美少女コンテストの分だけだった。 報酬もその額に比例してもともとの提示額の三分の一。 しかもそれをさらに八等分しなければならないため一人の取り分は余計に小さくなってしまう。 「俺達の名前売ろうと思って引き受けた仕事だったんだがなあ……」 カルがため息をついた。 たしかに今回彼はかなり張り切っていて、作戦も大掛かりだった。 依頼主がそれなりに名前の知れた者だったのだろうか。 自分達の名前を売ろうとした割にはアルト達に頼りきりだった気がしないでもない。 「もう! みんな情けないわね!」 唯一賞金を回収したミィレがどこか自慢げに胸を張った。 少なくても目当ての物が買える額ではあったから一応満足しているのだろう。 一応勝ち取ることができなかった二つの大会の優勝者には不憫パーティーが総動員で交渉をしたが、二人とも取り付くしまもなく無駄に終わってしまった。   「アルト、大丈夫?」 ソフィアは隣にいるアルトの顔を覗き込んだ。 「……ああ」 倒れた時の衝撃か、アルトはまだすこしふらふらしていた。 頭を抱えているような仕草は自分に呆れているようにも見える。 「まさかアルト殿が棄権することになるとはのう」 桜綺が意外そうに呟いた。 結局アルトはあの後医務室に運ばれ、棄権を余儀なくされた。結果対戦相手の不戦勝。 なぜアルトが倒れたか、その理由は明白だった。 相手がサタンだったから。 片想いの相手と、腕相撲のためとはいえ手をつないだのだ。 頭の処理が追いつかず、アルトは倒れてしまったらしい。 怪力理不尽なイケメンも、所詮は叶うことのない恋をする乙女だった。 「……ったく、見張っとけつったのに、何してんだよ」   カルがジェンを睨む。こうならないために見張りに頼んだのだ。 どうせたいした相手はいないだろう、と対戦相手をろくに見ていなかったアルト達にも責任はあるが。 「わりぃわりぃ。ちょっと目を放した隙に……」 「ジェン」 頭の後ろで手を組んだジェンがやる気なさげに謝罪は、どこからか聞こえてきた声によって中断された。 キョロキョロと辺りを見ると、黒い人影がこちらに近づいてきた。 それはまさに今、丁度話題に上っていたサタンだった。 他にも二つ人影が見える。 「お。もらってきたか?」 それを見てジェンが彼によっていた。謝罪をしていたことなど既に頭から抜けているだろう。 「うん、結構もらえたよ。はい、君の分☆」 サタンが手渡した布袋を受け取ると、その中を覗き込みジェンは満足そうにため息をついた。 「私は失敗しちゃったのにもらっていいの?」   「ええやろ、山分けするって約束だったんやから」   後二つの影は、先ほど美少女大会で優勝したシャオ、そしてソフィアの兄の蒼だった。 大会決勝出場者が二人も揃っていて、ジェンとなにやらやり取りをしている。 コレは一体どういうことなのだろうか。   ポカンとする七人を代表してカルが搾り出すように声を出した。 「お、おい。そいつら……」 「ん? ……ああ」 そこでやっとジェンは説明を始めた。 「実はなわっちはこっちとも組んでたんだ」 衝撃の事実。 「……は?」 「じゃ、じゃあサタンが出場したのは……」 「ジェンが目をつぶってくれてね。ちゃんと一回戦から出場してたよ?」 「な、なんだよそれ……」   先ほどの謝罪と言い訳体勢はどこへやら。開き直って本当のことを話し始めた。 つまりサタンの見張りも最初からするつもりはなく、むしろ手引きしていたのだ。 「それにしたって、なんで蒼がここに……」   ソフィアのもっともな疑問に蒼はにやりと笑い、どこからか仮面を取り出して、顔にあてがった。その仮面はまさに……。 「どうもー! 謎の男でーす!」 ソフィアを2票差で負かした謎の男だった。 交渉に行った不憫パーティーは最初から分かっていたようだが、協力してもらっていた者とつながっていたということに動揺を隠せない様子だ。 妹であるソフィアも同じステージに立ちながら、競い合っていた相手が兄だということに気づいていなかったようで、持ち前のポーカーフェイスが崩れている。 「でも、シャオちゃんはこのメンバーにはめずらしいね?」   その隣でミィレは”優しい交渉”で棄権してもらったシャオに話しかけていた。   サタンはジェンの仕事仲間だ。 蒼はジェンの飲み仲間。 二人ともジェンという共通点があるが、彼女が彼らの知り合いということは聞いた事がない。 「スカウトされたの」   話を聞くところによるとシャオがバイトでハロウィンパーティー前夜祭のビラ配りをしていたところを、ジェンたちにスカウトされたらしい。 対戦者として不足はなかったが、ミィレが相手では仕方がない。 「相手がミィレじゃなければ勝ってたのにな」 「ざんねんでしたー!」 にっこりと笑うミィレ。 「でも、なんでこんなこと……」 「単純計算で八人で分けるより四人の方が金とれんだろ。少なくともこっちのチームが一勝すれば金額は一緒だしな。二勝したから儲け!」 表情は見えないが声と仕草だけで満面の笑みを浮かべているのが分かる。   おそらくアルトには勝てると確信していたのだろう。 いくら仕事といえど、アルトがサタン相手に本気を出せるわけがないと言うことは計算済みだったのだ。 気絶するとまでは思っていなかったようだが。 「てめぇ……」 それが面白くないのは張り切っていたカルだ。 対して怖くない顔で睨みつける。だがジェンは全く気にしていない。 周りの者も彼が短気なのは良く知っているため、構わずにそれぞれ話し出した。 「ソフィア、今日は卓といいもん食おな! 兄ちゃん奮発するで!」 「あら、いいわね。俺も出すわよ。そうだ、卓も来るならきつねもいかない?」 「いく!」 彼女達の弟である卓の友達のきつねに声をかけると、彼は瞳をキラキラと輝かせた。 「じゃー、シャオちゃんの方がお金持ってるんだー? 飲み行かない?」 「いいけど、奢らないわよ?」 ミィレは自分よりお金をもっているシャオを誘う。 この二人は悪友で一緒に飲んでいることも多い。 「わっちもどっか飲みに行くかな」 「俺も行こうかな☆ 久々に飲み比べなんてどう?」 サタンがそういうとジェンがにやりと笑った。受けて立つということらしい。 「あ、わ、私もいいですか?」 そこにアルトが乱入する。 今回はあまりいいところ見せてはいないので名誉挽回しておきたいのだろうが、彼女もそこまでお酒が強いほうではない。 おそらくもちまえの負けず嫌いのせいで酔っ払ってさらに醜態を晒すのがオチだ。 「ん? 別にいいけど☆」 特に断る理由のないサタンは二つ返事を返す。 アルトは小さくガッツポーズをした。そんな彼女を呆れながら、ジェンは片手をあげ解散を告げる。 「じゃ、わっちらいくから」 「お疲れ様―」 「また誘ってなー」   それにシャオと蒼が答える。 「じゃあねー!」 「またね」 「バイバーイ」 ミィレ、ソフィア、きつねもそれに続いた。もう敵や味方など考えてはいないらしい。 それぞれの方向へ向かいながら十二人は手を振り合った。 そして最後には不憫な男どもが残ったという。 ジョーカーはソフィアを誘おうとしたが蒼に先を越されてしまったようで、名残惜しそうに彼女の背中を見つめていた。 「……俺達も飲みに行くか」   哀愁漂う男達は近くの酒場へと足を向けた。 するとそこには先ほど分かれたばかりの9人の姿。 何故か同じ酒場に集まってしまったらしい。 結局敵味方を含め全員で打ち上げをして朝まで飲み、どんちゃん騒ぎをしていた。 とどのつまり、ハロウィンだろうが彼等はいつもとかわらなかったというわけだ。 Fin…

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