背丈がさほど高くない若草が風で揺られる草原。
そう遠くないところにイナエ街が見える。
どうやらタイミングが合って、一緒にテレポートされたらしい。
「もー、ミィレちゃんの腕折れちゃうって!」
「だから折れるかよ! 下敷きになってるのは私だろ!」
倒れて言い争いをしている二人に、影がかかった。
「なに? この二人」
覗き込んできたのは赤と青が混ざりきっていない、まるでドブのような濁った色の瞳。
それとは対照的な鮮やかな赤いレインコートからは、黒い前髪が数房こぼれ出ている。
マスクをしていて顔の全体は見えず、声はこもっている。
身長は低いようだがレインコートで体形ははっきりとわからないし、男とも女ともとれる微妙な声色で、性別は決め兼ねるような人物だった。
その後ろに立っていた茶髪の男はふん、と鼻を鳴らした。
「なんだ、昨日の雑魚か」
「あー、あの宝石の? ふーん? そりゃ、ちょっとめんどいなあ」
赤いレインコートの人物はぽりぽりとマスク越しに頬を掻きながら、二人に目線を合わせるようにしゃがんだ。
二人は地面を蹴って少しあとずさる。
何故こんなにも晴れているのにレインコートを着込んでいるのだろうか。
よく見れば手には傘まで持っている。
よっぽど雨が嫌いなのか。
それとも別の意味があるのか。
「私達をどうしようってんだ」
「さーて? どうしようかね?」
「そんな雑魚捨て置いても問題ないだろう」
茶髪の男の物言いにアルトはカチンと来た。
何度も雑魚雑魚と言われて黙っているほど、彼女はおだやかな性格ではない。
アルトが噛みつく前に、赤いレインコートの人物がツッコミを入れた。
「いや捨て置くもなにも? あんたおっかけてきたってことは顔覚えられてんじゃん? ほっておくわけにいかないっしょ?
それともなに? スリとかコソ泥っていうしょーもないことで追われる身になりたいわけ?
あんたのくだらない野望とやらがまだなにも始まってない段階で?」
飄々としたしゃべり方だが、語尾を上げる癖があるらしい。
まるで疑問を次々と投げつけているようなしゃべり方でまくしたてると、茶髪の男がたじろいだ。
「い、いや、そりゃ嫌だけど、いつかは指名手配とかもされたいし、その第一歩って感じでも……いいかなって……」
今まで偉そうだった話し方が、突然普通になった。
それどころか自信がなさそうにごにょごにょとつぶやいている。
どうやら素はこっちらしい。
赤いレインコートの人物はさらに追い打ちをかける。
「つーかあんたより雑魚ってそうそういないよ? レアキャラだよ?」
「俺は大器晩成型なんだ! 今に真の力が覚醒……」
「あー、はいはい。んで、お二人さん? 取引とかどお?」
そこでやっと彼女たちに発言権が渡された。
「取引?」
不審者二人がおしゃべりしている間にせめて立ち上がれないかとこっそり試してはいたが、
やはり掛け声がないと難易度が跳ねあがってしまうため、うまくいかない。
「そ。資金を集めてるんだ今」
「資金ってなんの?」
「集めからしてろくなことじゃないんだろうな」
スリか強盗か、はたまた山賊か陸に上がった海賊かは知らないが、とても誇れる資金集め方法とは思えない。
「俺たちは悪の組織を作りたいんだ! ヴィシャスとか、リッターレとか。そんな感じの冷酷で悪逆非道な、仕事を選ばない感じの!
そしてゆくゆくは世界征服……!」
茶髪の男がこぶしを握り熱弁を始めた。
それが彼の野望というやつなのだろう。
確かに彼の上げた二つのギルドはその道では有名なものだが、語るにはでかすぎる夢だ。
まるで子どもが夢見るような無駄に壮大で、理想ばかりが先走った、現実味があまり感じられない夢。
本人はものすごく真面目に瞳を輝かせているが、ミィレをはじめとする他の3人は呆れた目をしている。
「つまり、ギルド作りたいわけ?」
「ああ! ちなみにギルド名は俺の二つ名と共に募集中だ! よければ考えて……」
「あんたの名前はぷー太郎で充分でしょうが?」
赤いレインコートの人物から冷たいツッコミが飛ぶ。
今度はぷー太郎も負けていなかった。
「うるさいニート」
「それ褒め言葉だから? 信念があって働いてないんだよ?」
プー太郎にニート。ろくな渾名ではない。
「それにあんたとお金の使い道は違うから? 資金はあくまで遊んで暮らすためのもの。ロココの新作レコードとCDもそろそろ出るしね?
ってことで取引。無事に逃がしてあげるから? ついでに宝石もっとよこせ?」
「嫌」
ミィレは笑顔で断った。ぷー太郎が突然調子を取り戻し、ふんぞり返る。
「ふっふっふ、強がりはよせ。さっさと渡した方が身のためだぞ」
「あれはほっといていいから?」
「わかった」
力強くうなずくアルト。「え、ちょ」と、戸惑う声すらもう誰も聞いていない。
完全にいない者の扱いだ。
「んじゃー、交渉とか苦手だし? 計画変更して試験台になってもらうよ?」
「は?」
「火事場泥棒ってあるじゃん? 昨日爆破テロがあったとき、金目のモノ集めるの楽だったんだよね?」
つまりは混乱に乗じたこそ泥だ。
「ギルドがどうのって言う割に、やることせこいな」
「それを言ってるのはあの馬鹿だけだからね? こっちは? 楽して金が手に入ればそれにこしたことないし?」
そういいながらレインコートの人物は手早くロープでアルトたちをぐるぐる巻きにした。
起き上がるためには掛け声をかけて息を合わせないといけない二人は、なすすべなく捕縛される。
「ってことで? あの混乱をもっかい再現? これから街襲わせるつもりだったんだけど? とりあず多少血とかついてたり?
死体持ってた方が? 怖さ増してみんな逃げてくれるよね? それに? 警察の目も死体の方にいくから余計仕事しやすいと思わない?」
そういうと、赤いレインコートの人物は笛を取り出して吹いた。
ピーッと甲高い音が響く。
吹き終わると立ち上がって、レインコートについた土を払った。
「ほんじゃま? がんばって?」
「good luck」
「無駄に良い発音でカッコつけてるけど、この場合グッドはありえないんじゃないかな?」
彼らが立ち去ってしばらくして、どしん、どしんという振動が伝わってきた。
震源の方から見えてきたのは。
「……なるほど、ゴーレムか」
「あー、イナエにいっぱいいるもんね、今」
つまり、ニートとプー太郎なる小悪党は、
イナエの復興と救助に使用されているゴーレムの一体が暴走したというシナリオを作っていたらしい。
無機質の人形、ゴーレム。基本的には何者かが作り、操作する。
操作しているのはあのニート達なため、止めるには粉々に壊さないといけないだろう。
ゴーレムは頭はあまりよくないが、見た目通り、力は強い。
アルトのそれと比べればもちろん彼女の方が強いが、ごく普通の町の人が倒すのは困難だろう。
それに、今この状況じゃアルト達もどうなるかわからない。
ミィレとくっついてるだけならまだしも、さすがにぐるぐる巻きにされたまま戦うのは無謀すぎる。
縄を引きちぎろうとしても、片手じゃうまくいかない。
もう片方の手をロープに添えるためには、ミィレの腕を関節を無視して曲げないといけない。
「ミィレ、ナイフかなにか……」
「ん?」
ミィレはいつのまにかロープを切っていた。
目を丸くするアルト。ミィレはツインテールの先を刃にしてにやりと笑った。
「ほんとはリンゴさんしか切らない主義なんだけどね。緊急事態だから」
その余裕そうな笑顔に気が抜けたのか、ひとまず一番危険な状況から脱せてほっとした反動からか、アルトは思わず、ぽろっと聞いてしまった。
「お前、一体何者なんだよ」
「ただの美少女かな」
聞くのを散々ためらった割には、ミィレは冗談交じりに軽く受け答えをしてくれた。
意味ありげにウインクまでして。
そんなことをしている間にも、ゴーレムはどんどん近づいてくる。
「雑談はあとでした方がよさそうだな」
アルトは右手だけで構えたが、力が入れづらい。
中途半端にやったらがれきに埋もれてしまう。
アルトだけなら何とかなるだろうが、ミィレはどうなるかわからない。
「お薬で吹っ飛ばすこともできるけど、すぐに離れないと巻き込まれちゃうんだよねー。
ミィレちゃん一人だったらすぐ逃げられるのになあ」
「くっついてなかったら、やり方はいくらでもあるのにな」
「ほんとよー」
二人でため息をつく。
諦めたのか、妙に落ち着いている。
まるで、炬燵でゴーレムの映像を見ているかのような落ち着きっぷりだ。
「どうする? 逃げるか?」
「その方がよさそう」
ゴーレムは目の前まで迫ってきた。どのみちもう逃げるほどの時間もない。
二人は回れ右をしてイナエにむかって走り出した。
それでも人間とゴーレムでは歩幅が違う。差はあっというまに詰められた。
「ちょ、飛べないのかミィレ!」
「無茶いわないでよー。こんなくっつき方してアルト支えられると思うの? このか弱い腕で」
「じゃあ、はがれるのはまだか!?」
一縷の望みにすがって、くっついた部分を動かしてみるが、まだガッチリとくっついていた。
太陽の高さからまだ真昼。
やはり取れるまであと一日と数時間はかかるようだ。
どちらにせよ二人に瓦礫が降り注ぐことになる。
無傷でいられるとはアルトは思っていなかった。
「ミィレ、薬とやらで吹っ飛ばしてくれ! 破片が飛んできたら私が払うから!」
「えっマジで?」
「逃げれねーし、見過ごすわけにもいかねーだろ!」
確かに、無事逃げ切ったとして、このゴーレムは街を襲いに行くだけだ。
ここで食い止めなければ昨日のように町は壊され、何人もの犠牲者が出るだろう。
ミィレも納得したらしく、うなずいた。
「おっけ、わかった!」
ミィレはどこからか薬瓶を一本出して、ゴーレムめがけて投げつけた。
「アルト、しゃがんで!」
脊髄反射で声に従って腹ばいになると、上から爆音が轟き、あっけなく粉砕するゴーレム。破片は雹のように彼女たちに降り注ぐ。
腕で頭を守っていると、より大きな破片が二人の頭上に降ってきていることに気付いた。
アルトは渾身の力を込めてカウンターを食らわせる。
破片はいくつかに割れて飛んで行った。二人にはいくつかのかすり傷が付いただけだった。
「わたしの爆発薬。なかなかの威力でしょ」
ゴーレムに投げたのと同じ液体の入った瓶を振りながらニッと笑うミィレに、アルトも笑い返した。
そのうち土に帰るだろう粉々になったゴーレムを放置して。
慌ててイナエに戻り、例の二人を探したが、それらしい人影は見つからなかった。
ゴーレムが来ないため、行動を起こすに起こせず、撤退したのだろうか。
「もーっ! あいつら派手だから目立つし、すぐ見つかると思ったのにぃー! わたしの羽ー!」
「まあ、派手だからこそ、あのレインコートを脱がれたら人ごみに紛れやすいんだろうな」
ぷくーとふくれるミィレ。
あの羽の代替品はないのだろうか。
「そういえば、もう羽もどしていいぞ」
「あ、そっか」
瞬きをする間に羽が現れた。
調子を確認するように2,3回羽ばたく。
そこでアルトは違和感を覚えた。
「……あれ、羽、取られたのどこだっけ」
「えーと、これかな?」
と、指さす先には、あの宝石のような羽根があった。
よく見ると他のより一回り位小ぶりかもしれないが、たしかにそこには羽がちゃんとあった。
「……生えてね?」
「生えてるね」
さも当然のように答えられ、思わず怒鳴る。
「じゃあなんのために私達、追いかけたんだ!?」
「だって生えるけどむかつくじゃない!」
力強く語るミィレ。アルトはぐったりとうなだれて、近くのベンチに腰掛けた。
必然的にミィレも隣にちょこんと座る。
「あー、いてえ……」
そういってアルトは右手を見た。
それは一昨日コップを割った際についた傷だった。
治りかけていたというのに、先ほどのパンチで開いてしまったらしい。
それを見たミィレも顔をしかめる。
「ありゃ、ほんとに痛そー。じゃあ仕方ないから……」
そういってミィレはアルトの手を取って呪文を唱えた。
一瞬暖かい光が発せられたかと思えば、傷は完全に治ってた。
アルトは驚いて自分の手とミィレを交互に見た。
「久しぶりに回復魔法使った! ミィレちゃんお仕事してえらい! よし、帰ろうか」
自分で自分をほめながらミィレが立ち上がる。
アルトはそれと一緒に立ち上がりながら、冒険者登録した時に聞いたパーティー編成を思い出していた。
確かマジシャンの自分を除いた三人の職業は、ナイト、アーチャー、ヒーラーだったはずだ。
「……なあ、お前の役職って何なんだ?」
「わたしがアーチャーやナイトに見える?」
確かにそのどちらにも見えないが、ヒーラーにも見えない。
「っていうかアルトがマジシャンっていう方が違和感あるからね」
笑うミィレ。
「本当、お前らわけわかんねーよな」
ミィレはこてんと首をかしげた。
「そうかな?」
「そうだろ、謎だらけすぎる」
「例えば?」
「例えば……そうだな……とりあえず種族とか」
「ああ、あの二人は人間で、わたしはアンドロイドだよ」
おもったよりあっさり帰ってきた答えは予想の斜め上を行くものだった。
「アンドロイドって……機械!?」
思わずミィレの腕を触る。硬さなんてない、女の子らしい華奢でやわらかい腕だ。
ちょっと力を入れれば小枝のようにパキリと簡単に折れるだろう。
「じゃあ、今日はお前が腕外せばよかっただけなんじゃないのか!?」
「だぁから。いくらミィレちゃんでも腕取れたらたいへんなんだって。ベースは人間だし」
つまり、普通の人間だったが、途中で機械が混じったのだろう。
どちらかというとサイボーグに近そうだが、本人はアンドロイドという呼び方が気に入っているらしい。
どおりで、機械にしては表情も喜怒哀楽も豊かだ。
昔に大怪我でもしたのだろうか。
とアルトは考えを巡らせるも、それ以上は質問しなかった。
「アルトは? 何者?」
仕返しのようにミィレが聞いた。
「ただの人間だ」
「えーうっそだあ!」
「どういう意味だ!」
「なんかこう、オーク的な。ゴリリンゴ的な……」
「何故モンスターしか出てこねえんだよ!」
「だってただの人間がゴーレムの破片素手で吹っ飛ばせる?」
「それは……くそ、ほら、帰るぞ!」
「はあい」
こうして、二人は宿屋に帰り始めた。
昨日の夕方と同じ道。
その途中で商人やら警察官やらの話が聞こえてきた。
曰く、突然降ってきた土の塊のせいで被害がなかった建物まで壊れた、一体何が起こったのだろうかと。
アルトが渾身の力で吹っ飛ばしたゴーレムの破片。
それはいくつかに割れながらも完全に粉々にはならず、まっすぐイナエの方へ飛んで行ってしまったのだった。
そのことに気づいたアルトはミィレを引っ張って宿屋へと急いだ。
宿屋に帰るとおとなしくしていた二人だったが、夜になっても解毒剤の材料は届かず、
結局タイムリミットである2日目の夕方まで仲良くくっついて過ごした。