第四話 第三章 「お前、頭でも打ったか?」

結局ここまでの道中、鍵らしきものは見当たらなかった。 アルトはため息をつきながらうつむきがちに店のドアをくぐる。 ドアベルの音が軽快に鳴り、それにつられるように顔を上げると見覚えのある顔を見つけた。 彼を見た瞬間、アルトは「あ!」と声を上げる。 相手も同じようにアルトを指差しながら声を上げた。 「なんでこんなところにいんだよ!」 「それは私の台詞だ!」 一瞬黒と見間違えるほどの濃い青の髪。 左耳だけにつけた大きな十字架のピアス。 ばったり遭遇したのはアルトの幼馴染のカルだった。 彼の後ろには連れらしき奴らが三人いた。 どうやら彼らも順番待ちをしているらしい。 おそらくカルの所属しているパーティーのメンバーだろう。 蜜柑色の髪の青年が一人と、あと二人は黒髪だ。 黒髪の一人はほかの三人より幼く、ともすれば女の子に見えなくもない顔立ちだが、 どうやら少年で間違いはないらしい。 女四人編成のartとは逆の男ばかりのパーティーのようだ。 面白そうなことが起こりそうだと察知してか、ミィレが首を突っ込む。 「なになに? アルトの知り合い?」 「ああ、この馬鹿はちょっとな……。久しぶり……でもないか」 最後に会ったのは四日、いや三日前だったかと、記憶を辿っていると、 忘れていた彼との約束を一緒に思い出してしまった。 仕事のことや、生活、住んでいた場所のことなど、 ここ最近のゴタゴタをカルに説明する約束をしていたのだ。 まずい、と思うより早くカルが先手を打つ。 「報告はどうした報告は! 今日三日目だぞ!」 こんなところでばったり会うなど想定外だったため、何も言えなくなったアルトをカルは鼻で笑った。 「どうせ忘れてたんだろ」 先日も約束を忘れたばかりだったし、実際その言葉は図星なため、 そんな言われ方をされても仕方がないだろう。 なにしろここ数日の急展開のせいで約束のことなど頭の隅に追いやられてしまっていたのだから。 今回の非は完全にアルトにある。 「偉そうに。てめえは私の上司か!」 だが、口から出てきたのは謝罪ではなく応戦の言葉だった。 理由は彼のその勝ち誇った表情が鼻についたから。 その態度にカチンと来たカルはきっちりと売り言葉を買った。 「てめえよりは偉いに決まってんだろ! アホルト!」 「うるせえ! バカルのくせに!」 「あんだとこら!」 「やんのかこら!」 どこのチンピラの小競り合いだとツッコミたくなるような喧嘩。 負けん気が強く、気性が穏やかとは言えない彼らは、学生時代からいつもこんなやりとりを繰り返していた。 それなのに今でも交流が続いているくらいの腐れ縁になっているのだから、 人生分からないものである。 カルと一緒にいた蜜柑色の髪の青年がカルの肩に肘を乗せ、二人の気を一瞬そらせた。 逸れた気が元に戻る前に素早く口を開く。 「カルはこんなかわいいお嬢さんたちと知り合いだったのかい?」 目論見通りカルは怒鳴り合うことを忘れ、首を横に振った。 「……いや、この馬鹿以外とは初対面だ」 「そうなんだ。はじめまして、俺はジョーカー」 空色の垂れた瞳を少々細めて、さわやかな笑みを浮かべた。 女性と話すのは慣れている様子だ。 身長も高く、比較的穏やかな性格らしい。 王子様、と女性に黄色い悲鳴を上げさせるのにはもってこいな顔立ちだ。 「こっちのしかめた顔して怒鳴ってるのがカル」 続いてカルを紹介をする。 カルはそれにつられて軽く頭を下げた。 このまま言い合いを有耶無耶にするのがジョーカーの算段なのだろう。 つづいて隣にいる黒髪の長身な男を示す。 「こっちの年寄り臭いのは……」 「誰が年寄り臭いじゃと」 紹介の仕方が気に入らなかったらしい青年は顔を少々顰めた。 ツヤのある黒髪はさらさらしていて、そこらにいる女性に負けないキューティクルだ。 藤色の羽織を着た和服姿に、腰には刀を携えている。 ジョーカーはごめんごめん、という代わりに眉を少々下げた。 「言葉の綾だよ。おちついてるってことさ」 「どうだか」 「……あら?」 ソフィアが首をかしげ、驚いたような声を上げた。 「桜綺(おうき)よね? 久しぶり。偶然ね」 丁度アルトの後ろにいたソフィアの存在にそこでやっと気づいたのだろう。 桜綺も驚いた表情を見せた。 その後ろでジョーカーも少し目を見開く。 桜綺は嬉しそうな表情を浮かべた。 「ん? なんだ誰かと思えばソフィア殿じゃないか」 「知り合いなのか?」 アルトが聞くとソフィアは肯定した。 「ええ。茶飲み仲間なの。世界って狭いのね」 「我の行きつけの甘味処でよく会うんだ。たまに旅の話を聞かせてもらう」 「旅?」 アルトは首を傾げた。 彼女たちは固定の生活拠点があり、街を転々と旅してなどいない。 「俺、遠出するの好きなのよね」 ソフィアがこともなげに言うと、後ろの方でミィレとジェンが呆れた顔で笑った。 アルトは二人の反応を深く考えずへえ、と相槌を打った。 ちょっとした旅行好きと解釈したようだ。 偶然の再会を喜ぶ桜綺とソフィア。 そこに乗っかろうとするかのようにジョーカーが気軽に声をかけた。 「ねえ、俺のことは覚えてない?」 「え?」 「おいおい、またナンパかよ」 うんざりした表情でカルがツッコむ。 その口ぶりからして、どうやら彼は常習犯のようだ。 だがジョーカーはカルの言葉に怒る様子も慌てる様子もなく、苦笑いをした。 「心外だな。今回は本当に見覚えがあるんだ」 ナンパ常習犯ということ自体は否定するつもりはなさそうだ。 ジョーカーに促されソフィアのオッドアイが彼をじっと見つめ、パチパチと瞬きをする。 ジョーカーはその瞳を真っ直ぐと見つめながら、背景に花が咲くような笑顔を保つ。 「どう、思い出した?」 「えっと……初対面、よね……?」 その発言に今の今まで崩れなかった笑顔が少し引きつる。 どうやら覚えているのは彼の方だけらしい。 派手で印象に残るルックスを持つ彼は、人に、特に女性から忘れられるなどそうそうないのだろう。 落ち込みながらも、しつこい追及はしなかった。 ナンパ常習犯だけあって、それは危険で失礼だとわきまえているのだろう。 代わりに接し方を切り替える。 「じゃあ、今から知ってもらうためにお茶しない?」 「今からするじゃない」 首をかしげるソフィアのその返事には悪気は一切ない。 完全に素の受け答えだった。 言い方が悪かったかと、ジョーカーは反省し、言いなおした。 「い、いや……二人きりでさ」 「遠慮するわ」 即答された。 またしても彼の顔が引きつる。 ソフィアとしては、彼とお茶する理由が本気でわからないのだろう。 今出会ったばかりの相手に誘われる理由を全く理解できていないようだ。 完璧に振られてしまったジョーカーだったが、めげずに即座に態勢を変え、 今度はミィレに顔を向けた。 「じゃあ、金髪の君……」 「え、ヤダ」 何を言い出すのか予想できたため、ミィレは先回りして返事をした。 女性にこれほどフラれることもそうそうなかった彼は、 辛うじて笑顔を保ちながらも目に見えてがっくりと落ち込む。 桜綺がポンポンと肩を叩いた。 「お主がフラれるのは珍しい。まあ、ドンマイじゃな」 「……慰めなくてもいいよ……」 自分と違い茶飲み仲間としてきちんと顔も名前も覚えられていた桜綺を若干恨めしそうに見る。 「だいたい、"じゃあ"ってなによ"じゃあ"って。このミィレちゃんがついでなわけ?」 「ごもっとも……悪かったよ」 ぷりぷりと怒るミィレにジョーカーは肩をすくめた。 普段ならその少女漫画のヒーローさながらのルックスだけでも簡単に釣れるのだろうが、 どうやらここにいる彼女たちには彼のナンパ術は通用しなかったようだ。 踏んだり蹴ったりのジョーカーは、カルのニヤニヤした視線に気づいた。 一見すればモテるジョーカーがフラれた様を見て、モテない彼が喜んでいるかのように見えなくもない。 視線に気づいたジョーカーは首を傾げた。 「なんなのさ? カル」 「あっちはいいのか?」 「え?」 ジョーカーは不思議そうにカルの指差すアルトとジェンを見て首をかしげる。 正確には彼はアルトを指差したのだろう。 「ほら、あれも一応女だぞ?」 「おいこら」 何が言いたいかは分かり、アルトはこめかみに血管を浮き上がらせた。 「あ、ああ。そっか。えーっと」 カルの言葉の裏がうまく読めていないジョーカーは律儀にアルトに視線を送る。 そのまま数秒見つめてから苦笑いした。 「あー、ごめんね? やっぱりなんでもない」 「ぶはっ」 カルは噴出した。つづいてジェン、ミィレも。 「なんもしてないのにフラれてやんの! あっはっは!」 「うるっせえ! つーかジェン! てめえも私と同じ立場だろうが!」 「わっちはどうでもいいからな。お前がそんななのがとにかく面白い」 「あははは、アルト、ドンマイ」 「うっせーバーカ!」 別に悔しくはないのに、そこまで大笑いされたらさすがに怒りが沸く。 とりあえず大笑いの元凶である藍色の頭に、苛立ちを込めて拳骨を落とした。 「っ痛! ……なんで俺……」 「当たり前だろ!」 また喧嘩をし始める二人を尻目に、ジョーカーの服の裾を桜綺と同じ黒髪の少年が引っ張った。 「僕、僕は?」 ジョーカーは、ああ、はいはいと優しく言いながら彼を指し示した。 「こっちのちいさいのがきつね。これで俺たちのパーティーは全員だよ」 「はじめまして! よろしくね!」 きつねは元気に挨拶をして、丁寧にお辞儀をした。 その姿はやはり幼い少年のようだ。 身長はソフィアと変わらないくらいにもかかわらず、随分幼い印象を受ける少年だ。 桜綺と同じ瞳や髪色、そして似たような和装をしている。 兄弟に見えなくもないが、桜綺の無駄な貫禄とこの子の幼さが相まって、 どちらかというと孫とおじいちゃんという印象に変換されてしまう。 それを本人たちに言ったら怒り出すだろうが。 その彼の幼い顔をソフィアがぼんやりと見つめ、少し考えてから口を開いた。 「ねえ、きつね。貴方、兄弟はいる? お兄さんとか」 「ううん? いないよ」 「そう……。もしかしたらって思ったけど、そこまで世界は狭くなかったみたいね」 ソフィアはほんの少し肩を落とした。 基本的に無表情の彼女の感情はわかりにくく、ミィレがartのメンバーの紹介をしている間も、 誰一人として彼女の様子に気付くことはなかった。 「以上、わたし達artの紹介終わり」 「ほう、artというパーティーなのか。ちなみに我らは……」 「ってかこれなんの合コン?」 「確かに」 桜綺の声を遮るようにミィレがいうと、今度はその場にいた全員が噴き出した。 会話の流れで全員の自己紹介を軽く済ませたが、女四人に男四人のそのグループは、 合コンのための集まりに思えなくもない。 見た目で女性とわかるのはソフィアとミィレくらいなので、 傍からはそう見られないかもしれないが。 「それならもっとマシなメンバーの方がいいよな」 カルが言うと、止せばいいのにアルトがその言葉を拾った。 「なんか言ったか。甲斐性なし」 「ああ? 誰が何だって? 碌な男、好きにならない癖に」 「今それ関係ないだろ!」 「なにそれおもしろそう! その話詳しく!」 「あのな……」 「やめろ馬鹿!」 食いつくミィレに面白がって話そうとするカルにチョップを食らわせ、また口喧嘩が始まった。 ここまでのやりとりで、これはじゃれ合いのようなものだと判断した他のメンバーは二人を放置し、 各々好きにおしゃべりを始めた。 しばらくその"じゃれ合い"をよそに談笑していると、店員が近づいてきた。 「お席にご案内します。えーっと、八名様ですね。こちらへどうぞ」 ようやく席が空いたようだ。 一緒に話していたため、八人のグループと思われたらしく、大きなテーブルに通される。 早く食べられるなら、と八人は文句を言うこともなく白いクロスのかかったテーブルを囲んだ。 席に着くと、店員はメニューを渡してすぐに引っ込もうとしたが、それをアルトが呼び止めた。 「ああ、注文いいですか?」 「はい、承ります」 店員はさっと白いエプロンから伝票を取り出し構えた。 アルトはミィレを肘でつついた。 正確なパフェの名前を知らないのだ。 ミィレは笑顔で注文をする。 「デカゴリリンゴパフェ一つ、お願いしまーす」 「デカゴリリンゴパフェください!」 続いてきつねも元気に同じメニューを注文した。 あら、とミィレは笑う。 「貴方たちもなの。偶然ね」 「そうなんだよ、きつねがどうしても食べたいって」 カルがお子様は困るよな、と言いたげに肩をすくめた。 自分の子どもっぽい行動を棚に上げる辺り、アルトと似たようなものを感じる。 店員は伝票に走り書きをしながら、きっちり復唱する。 「はい、デカゴリリンゴパフェ二つですね……、りんごチャンスはされますか?」 「"リンゴチャンス"?」 きつねがコテンと首をかしげて店員の言葉を繰り返した。 店員は笑顔で説明を始めた。 「ええ、なにせパフェは大きさが大きさですので、調理時間がかかります。  ですから、作っている間も有意義な時間を過ごしていただけるよう、ゲームをご用意しております。  特に賞品などはございませんが、パフェをご注文された方は無料で参加できます。  2チームに分かれて対戦という形も取れますが、いかがですか?」 言い慣れているらしく、その話し方は流暢で迷いも無駄もない。 「おもしろそう! じゃあ対戦しようよ! 勝ったらジュース奢って!」 詳しいことを聞かないまま、ミィレが適当に承諾した。 しかも自分たちが勝つ前提のような言い草だ。 しかし他のメンバーも反対する声は上げる様子はない。 「かしこまりました! では、こちらへどうぞ」 店内の奥に設えられた小さめのステージに通される。 当然、周りの客たちがこちらに注目する。 ちょっとしたショー代わりでもあるようだ。 店員はどこからかりんごをどっさりと取り出し、ゲームの説明を始める。 「ルールは簡単です。りんごを投げ、それをあちらの籠に入れられれば得点になります」 店員が取り出したりんごの他に大きな籠が用意してあった。 大口を開けて上を向いた、カバを模したその籠にアルトはある印を見つけた。 "R"という文字を崩したようなデザインのそれから目をそらす。 「りんごの玉入れ競争みたいなものか」 「そうですね。堅実に一個ずつ入れても良し、まとめて入れても良し。  冒険者の方でしたら、武器などを使っても大丈夫です。  とにかく籠に入ればいいのです。  妨害ももちろんOKですが、店や他のお客様に危害を加えられましたら  即刻店から追放になるのでお気を付けください」 一個ずつキャッチボールの要領でやれば確実だが、それだと時間がかかる。 一気に大量得点を狙っていると、妨害の可能性もある。 相手の出方次第では、自分の立ち回りを判断する能力が問われるだろう。 ざっくりとした説明が終わり、店員は質問がないか全員を見回した。 「よろしいですね? では、お楽しみください」 店員は丁寧にお辞儀をし、すすっと奥の方へ消えていった。 「じゃあ、わたし司会する!」 「参加しないのかよ!」 素早く近くのテーブルに座るミィレ。 承諾したのは彼女なのにプレイヤーになる気はないようだ。 司会という安全な位置での傍観を決め込むのは彼女らしいと言えば彼女らしいが。 アルトのツッコミを気にする様子もなくさっそく司会を始めた。 「さあ、始まりました。第一回りんご選手権!」 「第二回は開催したくねえな……」 「りんごをカバさんの口にシュート! それだけの簡単なゲーム! さあ、挑戦者は!?」 自分は参加しない癖にノリノリなミィレ。 あの位置から動くつもりはないだろうから、彼女が司会なのは固定だ。 アルトは諦めたようにため息をつくと、さっさと終わらせるべく役割の指示を出す。 「仕方ない……えーと、ジョーカーだっけ? お前も司会に入ってくれ。両チームの人数を揃える」 「いいよ」 「残りが参加者な」 ジョーカーは口数が多いため司会向きだろうとの判断だった。 誰も異論はないらしく、全員が素直に定位置に着いた。 「制限時間は五分! はじめ!」 ミィレの合図でジョーカーが大きな砂時計をひっくり返すと、さっそく四人はそれぞれ両手にりんごを構えた。 それと同時にカバの籠が上へ伸びて、桜綺の背よりも高くなる。 その姿はろくろ首という妖怪をカバで再現したかのようだ。 その仕掛けに、ジョーカーが「おおっと!」という声を上げる。 「これは背が低い選手が不利ですかね」 いかにも”実況者”という口調で話しているあたり、ジョーカーも結構ノリノリらしい。 それに負けじとミィレも口を開いた。 「どうでしょう、ソフィアはやるときはやる子ですから! にこにこ」 「一番低身長のきつねはドジっこですからね。それが試合に何らかの影響を与えることは確かでしょう」 「ジェンはダークホースですね。彼女のやる気が果たしてあるのかないのか」 「桜綺の運のなさがどう影響するかも見ものです」 「我らが新人、アルトちゃんもなんらかの形でやらかしてくれると嬉しいですね。主にわたしが」 「先程からの様子を見るに、カルと何らかの衝突があるでしょうね」 「楽しみですね!」 「お前等好き勝手言ってんじゃねえぞ!」 「ジョーカー! あとで覚えとけよ!」 アルトとカルがたまらず司会者二人に怒りを向けるが、 二人とも臆する様子はなく、楽しそうにキャッキャと笑っている。 諦めて籠に向き直ると、桜綺とソフィアが黙々とりんごを籠に投げ入れていた。 今は身長のおかげか桜綺が主に得点を稼いでいる。 きつねも頑張って投げてはいるが、籠まで届かない。 ジェンが壁に寄りかかってサボっているのを目ざとく見つけたアルトは彼女に人差し指を突き付けた。 「っておいこらジェン! ちゃんとやれ!」 「うるせえなー。こっちを気にせずちゃんと得点稼げよな。今入ってんの、ソフィアの得点だけじゃね?」 確かに、アルトは最初に手に取ったりんごを持ったままだった。 慌てて籠に向き直り、手に持っていたそれを振りかぶる。 「アルト選手第一投……おおっと! 力の入れ過ぎでりんごを粉砕!  ヘタだけがあらぬ方向に飛んで行ったー! これは失敗か!?」 「いや! ソフィア選手がそれを見事キャッチ! 籠にダンクシュート!」 「すごいジャンプ力だ!」 「今のはすごかったですね」 続いてジョーカーが「おっ」と声を上げる。 きつねがいくつかのりんごを放り、上手いこと籠に入れることができたのだ。 「おっ! きつね選手、少しコツをつかんだようですね。いくつかりんごを籠に入れることができました」 「あれ……でも、あれは……」 「ええ、あれは敵の籠です! 敵の籠にオウンゴール!」 「へっ、わ、ご、ごめんなさい! まちがえちゃった!」 ジョーカーの声で相手チームの籠に入れていることに気付いたきつねはあわてて桜綺とカルに謝った。 それを見ながら司会二人は実況を続ける。 「解説のチャラ男さん。あれは果たしてどちらの点数になるのでしょうか」 「俺はジョーカーです。artチームの得点でしょうね」 「やったね! にこにこ!」 「ジョーカーてめえ、こっちに有利になる発言しやがれ!」 カルが抗議の声を上げる。 先ほどのりんごがartの得点になるならば、彼らは一気にリードされてしまった事になる。 「解説のみかんさん、そんな声が挙がっていますが」 「俺はジョーカーです。でも入ってしまったものは仕方ないですからねえ」 「そうですね!」 「なんなんだよ! お前どっちの味方だ!」 「可愛い女の子の味方さ」 ジョーカーがウインクをすると、どこからか黄色い悲鳴が上がった。 それをかき消すようにカルが叫ぶ。 「人選ミスだろコレ!」 カルのツッコミに、他の客がどっと笑いの声を上げた。 彼らの戦いは今やちょっとしたイベントのようになっている。 抗議の声もむなしく、そのまま試合は続行。 最初は普通に投げていたが、 そのうちソフィアと桜綺は自分の武器でりんごを刺してそのまま籠へ叩き込んだり、 あらぬ方向へ飛んでいくりんごを切って勢いを殺して放り込んだり、 器用に立ち回って得点を積み重ねていった。 アルトとカルは地道に一つ一つ投げ入れ、 きつねは確実性を高めるためかりんごを味方に渡すことに徹し始めた。 ジェンはさぼってテーブルに戻ろうとしているのをアルトに連れ戻され、 ふてくされながらいくつかのりんごを適当に投げている。 「やーい! アホルト!」 カルが突然、陳腐にもほどがある悪口を言い出した。 アルトは怒るよりも先にキョトンとする。 確かに喧嘩を売ったり買ったりしているが、いつものそれに比べて質が低すぎる。 「お前、頭でも打ったか?」 「打ってねーよ! お前単純だからこんなんでも妨害になるだろ!」 「んなわけあるか!」 子どもじゃないんだからと、カルの言葉を無視しようとした。 だが、彼はめげずにりんごを投げつつしつこく挑発してくる。 アルトは黙り込んでいたが、数秒もたたないうちに額に青筋が浮かび上がってきた。 「怪力! だめんずうぉーかー! 魔法使いより格闘家!」 「なんだとこらああああああ!」 どこが琴線だったのか、アルトはついに持っていたりんごを思い切り投げつけた。 勢いよく放たれたそれはカルの額に当たり、跳ねあがったりんごはついでに桜綺の頭にぶつかった。 桜綺とカルは頭を押さえて悶絶する。 「アルトには効果抜群の攻撃だったけど、後先考えてなかったね!」 「二人とも丈夫なので恐らく大丈夫でしょう」 司会者二人は完全に高みの見物だ。 カルと桜綺は大きなたんこぶをこしらえたが、やはりゲームが止められる様子はない。 アクロバティックな動きをするソフィアや、 籠に入りそこなったりんごを時折頭に受ける桜綺、 たまに互いへの妨害という体で罵り合いを始めるアルトとカル。 白熱する小競り合いにステージ上が熱気に包まれ、観客も大いに盛り上がる。 ジョーカーや桜綺、それにアルトには黄色い声が上がることもあった。 男性客もソフィアやミィレに注目しているし、 時折転んだり失敗するきつねには応援の声が投げられた。 なにより全体のやりとりが漫才じみていて子ども達も喜んでいる様子だ。 ボケ要員が多過ぎて、カルとアルト、たまに桜綺といったツッコミ要員は 無駄なエネルギーを消費しているようで、肩で息をしていた。 ふと、ミィレが実況をしながらあることに気付いた。 「おや、あの籠、どこかにつながっているようですね。太い管がつながっているのが見えます」 「あれは……えーと、店員さんのくれたカンペによると、あの籠は巨大ミキサーにもなっているようです。  入れれば自動的にジュースになって、あちらで販売されるようです」 ジョーカーが指したレジの横に、今しがた作られたりんごジュースが次々と並べられていく。 どうやら人件費節約の貢献にもなるゲームらしい。 百五十Д(デー)という高いのか安いのか一瞬迷うような値札が下げられている。 「なるほど! りんごさんを無駄にしない工夫もされてるんですね!」 砂時計の砂が文字通り滑り落ちていく。 ジョーカーがカウントダウンをし、佳境を迎えつつある戦況をさらに盛り上げようとミィレが声を張り上げる。 桜綺はまとめて入れてしまおうと、刀にりんごを刺し、振りかぶった。 ところが。 「桜綺選手のりんごが切れて落ちてしまったぁあああ!」 「日本刀は切れ味がいいですからね。桜綺も毎日手入れしているし」 「ここでタイムアップ!」 ミィレが終了を告げると、すぐさま集計が行われた。 何瓶のりんごジュースを作れたかが得点になるようだ。 その結果。 「わたしたちの勝ちね! にこにこ!」 動き回ったり叫びまくったりで汗だくの参加者たちをよそに、 司会者であるはずのミィレが何故だか一番胸を張った。

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