第二話 第四章「ちょっとまて! 私はそんな奴らの仲間になったのか!?」

振り返ると、三人が曇天の下で大立ち回りをしていた。 数歩歩いては、未練たらしく後ろを振り返る。 その度に多勢を相手にしている彼女たちが、不利に進んでいくのがわかった。 そしてとうとう、十数人に取り囲まれてしまった。 比較的低身長の集まりだった彼女たちの姿は、もう見えない。 「関係ない」 つぶやいたものの、とったのは言葉とはちぐはぐな行動だった。 気が付けば、曇天の下で、一番外側にいたやつの首根っこをむんずとつかんで、別の奴にぶん投げていた。 すると、真ん中にいた三人が見えた。 移動した記憶はない。 おそらく夢中で走ってきたのだろう。 心臓は痛くて、息は上がっていた。 突然現れたアルトに、三人は驚いたような表情を浮かべた。 「アルト……」 「やっぱり戻ってきてくれた!」 ミィレが歓喜の声を上げる。 傷だらけなのにぱっと明るい笑顔。 ソフィアの顔も心なしか明るくなった気がした。 だがそれをまじまじと眺める暇もなく、周りの男たちが襲い掛かってくる。 アルトがそれを往なしていると、突き放す声が飛んできた。 「仲間でもない奴が何の用だ」 ジェンだ。 思わず振り返るアルトの頭をジェンが放った矢がかすめた。 うしろから聞こえる悲鳴は、おそらくその矢が命中したのだろう。 自分の言葉でアルトが無防備になると見越しての攻撃だった。 そうなると予想がついたにもかかわらず、ジェンはその言葉を言い放ったのだ。 当たり前だと思った。 そういわれても仕方ないとさえ思った。 そもそも彼女はアルトに良い印象を持っていなかったのだから。 「さっさと逃げろよ!」 「うるせえ!仲間じゃなくてもいいだろ!そんなこと言ってる場合かよ!」 「……いえ、ジェンの言う通りよ……」 ソフィアが言った。 「仲間でもない人を巻き込めない」 強がる声だ。アルトはそう思った。 アルトと戦うときはあんなに楽しそうだった彼女が、あんなにも苦しそうな顔をしている。 武器で威嚇しながら背中を合わせる三人は、アルトの場所を開ける様子はなかった。 「……わかった。なるよ」 アルトはきっと目の前を見据えた。 「仲間でも何でもなってやるよ!それで問題ないだろ!」 叫ぶようにそういうと、目の前の敵を一発殴り飛ばした。 だが、すぐ違うやつらに取り囲まれる。 アルトは次の攻撃の準備をした。 増えている気がする。 三人の姿は見えない。 これではいつになっても彼女たちのそばに行けない。 助けられないと焦る。 せめて武器をと目だけで探していると、爆音が聞こえた。 また爆弾が爆発したのかと思っていると、目の前にはいつのまにかミィレがいた。 しかも満面の笑み。 先ほどのほっとした笑顔とは違う。 本当に無邪気な笑み。 「その言葉、わすれないでよね!」 いつの間にか三人は囲んでいた男たちの半数を倒していた。 開ける視界。 呆然とするアルトと、敵の男たち。 ミィレにつかみかかる奴がいた。 人質にでもするつもりなのだろう。 ミィレは慌てず上に避ける。 一体何が起こったのか戸惑っている相手に、ジェンが続けざまに矢を放った。 「今度は言質取ったからな!」 混乱している隙に回りの男たちは次々と倒れていく。 彼女の狙いは正確で、一本たりとも外れることはなかった。 逃げ出す男たち。 だが、彼らも彼女たちから逃れることはできなかった。 広くはない道。退路を塞いだのはソフィアだ。 「もう、言うのが遅過ぎよ。アルト」 流れるように動くとはまさにこのこと。 まるで何かに後ろから押されているように、止まることなく剣を振るわれた。 血が舞い、男たちは倒れた。 「大変なんだからね、わざとやられるの」 「わざ……と?」 理解ができなかった。 つまり彼女たちは意図して窮地に追い込まれていたというのか。 脳の処理に忙しくて動かないアルト。 その後は早かった。 あっという間に敵が倒れていった。 アルトが目視で数えたところ、おそらく敵は十二人。 それを瞬く間に倒してしまったのだ。 ついに立っているのは彼女たちだけになった。 「殺してないだろうな」 「もっちろん!」 「それも大変なのよ?手加減って苦手なのに」 まだ動けないでいるアルトをよそに、三人は着々とテロリスト共をふんじばる。 その様子を見ながら、やっと脳の処理を終えたアルトが状況を理解した。 つまり、アルトに仲間になると言わせたいがための行動だったらしい。 何と大がかりな。 「……私をはめやがったんだな!?」 「だって言ってないから無効なんて言うから」 「ね、泣き落としとか弱かったでしょ? ミィレちゃんのにらんだとおり!」 平然と言ってのけるミィレはジェンに向かって手のひらを差し出した。 ジェンは舌打ちして心底機嫌悪そうに紙幣をその手に乗せた。 「賭けんじゃねーよ!?」 思わずツッコミを入れる。 それから、半数以上が伸びているうえに、きっちり縛られて身動きの取れない男たちを見た。 「まて、ということは、こいつらは何者なんだ。サクラか? まさか無関係の……」 「テロリストよ」 想定する最悪の場合はアルトの杞憂なのだと、ソフィアはすぐに教えてくれた。 その白い肌には赤い血がついていて、固まりかけて黒くなってきている。 「爆破テロが朝からあってたでしょ?」 「あ、朝から?」 「なんだよ覚えてないのか? お前、そのせいで気絶したんだぞ」 記憶をさかのぼる。 逃げていたはずのアルトが何故目が覚めると役所にいたのか。 何故気絶していたのか。 てっきり彼女たちに何かされたのかと思ったが、どうやら爆発に巻き込まれて気絶したらしい。 つまりそれがなければ逃げきれていたかもしれない。 アルトはそれを理解すると、怒りを抑えられずテロリストの一人の頭に拳骨を落とした。 ぐったりとなるその人を見て、周りは顔を青くした。 まだ怒りを抑えきれないアルトだったが、三人に引っ張られしぶしぶついていくことにした。 そして役所に戻る。 「さあ、入って」 そういって促されたドアは、役所のドアだ。 戻ってきてしまった。 また逃げてやろうかとも思ったが、やめた。 これでは地獄の果てまでも追いかけてきそうだ。 きっとアルトに固執しているのは、きまぐれか、逃げるものを追いかける動物的反応なのではなかろうか。 ターゲットになったのがたまたまアルトだった。 ただそれだけのことなのだろう。 言われるがまま、先に入るアルト。 扉は難なく開いた。 中は役所で働いている人間以外、ほとんどいなかった。 数歩歩いたところで振り返ると、三人はドアの前から動いていなかった。 それどころか、身を隠すように、こっそりこちらを覗いている。 「……おい、何してんだ」 またふざけているのだろうと、アルトは呆れ気味に聞いた。 すると、ミィレが、必要最低限の音量でアルトに問いかけた。 「ねえ、アルト、そこらへんにハゲいない?」 今朝のことが頭に駆け巡る。 小言に、 見下した目、 何のためについているのかわからない聞くことをしない耳。 そして寂しい頭。 「てめえら、私を囮に……!」 「いいから、頭の寂しい中年オヤジ、いない?」 ソフィアの威圧に押され、アルトはざっと役所内を見回した。 とりあえず頭髪が薄い人間はいない。 アルトは肩をすくめてから、首を横に振る。 すると、三人はやっと役所の中に入ってきた。 「くそ、おぼえとけよ」 アルトの恨みがましい視線は完全無視でサクにあいさつした三人。 サクは今朝と同じ場所に座っていた。 その明るい声で彼女たちに気付き、読んでいたファイルをパタンと閉じて、顔を上げた。 「あら、今日は二回目ね。今度はなあに?」 「うん、ちゃんと仲間になってくれるみたいだから」 「ね、アルト?」 アルトはしぶしぶ前へでた。 その態度にサクは困ったように笑った。 「ええと、冒険者の登録するけど、本当にいいのね?」 無理をする必要はないと言っているように見えた。 だが、アルトは「お願いします」と頷いた。 「じゃ、いくつか質問をするから答えてね。答えられる範囲で構わないから」 そういうと、サクはなにやら用紙を取り出して、アルトにいくつかの質問をした。 質問の内容は名前や歳などという簡単なものだった。 アルトが口頭で答えたものをサクが書き記していく。 特に本人の証明などをする様子はない。 「冒険者って登録とか必要なんだな。知らなかった」 「登録しなくてもクエストとかは受けられるけどね。  優先的に受けられたり、登録者限定のクエストなんかもあるから、登録しといて損はないわ」 ソフィアの説明を補足するかのように、サクが登録用の記入をしながら口を開く。 「役所としても、そういうことできる人はできるだけ把握しておきたいのよ。 それに、クエストを依頼する側としても、信用できるのは誰かって知っておきたいでしょう?」 「なるほど」 つまり身元の確認というより、実力の把握を目的にしているらしい。 偽名だろうが何だろうが成果を上げさえすれば信用は得られるということなのだろう。 十ほどの質問に答え終わると、サクは用紙を目視で簡単に確認し、頷いた。 「よし、これで終わりかな。登録完了よ。じゃ、間違いがないか確認して、ここに署名してね」 トントン、とペンで署名欄を叩き、そのペンと紙をアルトに差し出した。 アルトは頷いて、そのペンでざっと内容に目を通す。 特に間違いはなかったため、自分の名前を書き始めた。 Aを書いたところで、後ろから話しかけられた。 「いやだからそれ絶対間違えてるでしょ」 肩に顎を置かれ、金色の髪がアルトの茶髪に重なる。 後ろからのぞき込まれる形だ。 重さの釣り合いをとらせるかのように、左肩には、黒い手袋に包まれた手が置かれた。 「そうね、歳とか、そこら辺は大丈夫なんだけど……」 左肩の少女とは違う声が賛同の意見を口にする。 とどめと言わんばかりに、頭の上に寄りかかるかのように腕を乗せられた。 遠慮する様子はなく、すこし前傾をして文字を書いているアルトに全体重をかける彼女も、同意を示した。 「だな。これはおかしいだろう」 アルトはその重みに、ピクリと動くことも、沈むこともなく、そのままの体制で続いてLを書き始めた。 どこが間違いと言っているかはわかっていた。 その質問に答えたときにも散々騒がれたのだ。 その時も、何度も間違えてないと言ったのに、信じていないのだ。 続いてTを書く。 本当は拳骨を落として丁寧に説得したいところを、冷静を装いながら口を開いた。 「どこがおかしいって?」 三人は一斉にある一つの部分を指さした。 職業の欄を。 Magician、つまり魔法使いと書かれているその文字を。 「冗談だろ?」 「役所で冗談言ってどうする」 「魔法使えるわけ!?」 ミィレの本当に驚いたように聞いた質問にアルトはカチンときた。 「あのな!どういう意味だよ!?」 「アルト、いくら職業を選ぶのは個人の自由だと言っても、適正ってものがあるのよ?」 ソフィアまで諭すような口調で言った。 アルトは頭を抱える。 「私は、それなりの成績で魔法学校を卒業してんだぞ。魔法使いになるのが当然だろうが」 「アルト、幻覚?妄想?このお薬飲んだらちょっと良くなるかもよ?」 そう言ってまた例の怪しすぎる薬を出すミィレ。 「いらんつってんだろ!妄想じゃねえ!本当だ!調べてみろよ!」 「はーっ、魔法学校って案外適当なんだな。魔力が全くないわっちでもいけるんじゃね?」 「いけるかボケ!」 プライドをズタズタにされたような気分だった。 確かに魔力は少ないが、できる範囲で頑張って、トップ成績とまではいかなくとも、人に胸を張れる成績を残し卒業した。 ここまで言われる謂れはない。 「とにかく、間違ってない」 ぴしゃりとそう言って、アルトは仕上げのOを書き上げた。 「署名、終わりました。サクさん」 しつこくマジシャンという文字を指さし続ける三人の指を払いのけて、サクに手渡した。 「はい、お疲れさま」 サクは黒いショートカットを耳にかけ、それを受けとる。 そして、何やら書き記した後、判子を数か所に押す。 「よし、これでアルトは正式にこのメンバーの魔法使いよ。  ナイトに、ヒーラーに、アーチャー、そしてマジシャン。結構バランス良いパーティーになったわね」 サクが特に疑問を抱かずに微笑んだ。 確かに少々後方支援が多いが結構オーソドックスなパーティー編成だ。 登録を済ませてしまったためか、異論を唱えるのをやめた三人はそれでも腑に落ちない顔をしていた。 「まあ、魔法使いで登録したら魔法しか使えないわけじゃないし」 「ただのデータ収集みたいなものだもんね」 「個人の自由だよな」 「なに無理やり納得しようとしてるんだよ。受け入れろよ」 「いや、ムリじゃね?」 即答され、アルトは思わず拳を落とした。 ジェンの頭がゴチンとなる。 今度は今朝みたいに避けられることはなく、鶯色の寝癖だらけの髪の中にたんこぶができた。 「なんでわっちだけ……」 とつぶやきながらしばらく頭を押さえて痛みに耐えていたジェンははたとして言った。 「そういえば、殴られてもイテエだけだよな。頭蓋骨かちわれてねえし」 たしかに。彼女たちが昨日今日で見たアルトの力を考えれば、頭蓋骨が砕け散ってもおかしくない。 実際砕け散らせることが可能だ。 「あ、じゃあ怪力は魔法で増強……」 「いや、魔法使ってねえよ。痛いだけで済んでるのは、私ができる限り力抜いてるからだ」 それ以上、彼女たちは追及をやめた。 納得するより慣れる方が無理のない方法だと気づいたらしい。 「あ、そうだ。サクさん、テロリストはちゃんと道の真ん中に捕まえてます」 ソフィアがサクの方を向いた。 思い出したかのように報告する。 実際危うく忘れてしまうところだった。 「あら、さすがね。あとで回収するよう言っておくわ」 「クエスト内容がテロリスト討伐だったのか?」 アルトが首を傾げる。面白そうを基準に選ぼうとしてたミィレが決めたにしては、意外なチョイスだと思った。 ミィレが首を横に振った。 「あ、違う違う。それとは別件。そもそも私が選んだのは人と戦うクエストじゃないし」 確かに彼女が持っていた紙の色はモンスター関係の青色だった。 じゃあ何故テロリストと戦っていたのか。 失礼だが彼女たちはどう考えても自ら慈善活動やボランティアをするようには見えない。 「テロリスト捕まえたら報酬が出るんだ。最近爆破活動が目立ってるからな。冒険者に呼びかけてたんだと」 そういえば朝、気絶から目覚めたとき、そんな話をしていたのを聞いたかもしれない。 「ま、そんな話は置いといて、artにようこそ!」 「歓迎するわ、アルト」 「ま、よろしくな」 改めて歓迎の言葉を言われるアルトは微妙な表情をした。 まだイマイチ素直に喜べない。 「……artってパーティーなのか」 今更ながら知った、自分の所属することになるパーティー名を呟く。 直訳すれば芸術のことだが、彼女たちにそんな趣味があるようには見えない。 由来を聞こうとしたが、その前に余計な注釈が入った。 「そうだ、レッドリストに載ってる上にろくに仕事をこなさない、ろくでもないパーティーだ」 いつの間にかイハドがそこにいた。全員の顔がひきつる。 「レッドリスト……さっきも聞いたな」 「レッドリストも知らんのか……」 イハドの馬鹿を見るような眼にカチンときながらも、歯をくいしばって耐えた。 「禁書は知っているんだろうな?」 「……噂が錯綜しているんで、どれが本当か嘘かはわかっていませんが、願いをかなえる悪魔の入った本、ですよね」 「正確には、悪魔が封印された、だ。その封印を解き、逃がした者。そのパーティーはレッドリストに載ることになる」 「つまり、要注意人物ってことか……」 アルトは呆れてたように三人を見た。そしてはっとなる。 「ちょっとまて! 私はそんな奴らの仲間になったのか!?」 「そっ、おめでたいよねー!」 「うそだろぉ……」 うなだれるアルトにソフィアが肩をポンと叩いた。 だがそれは慰めではなく、後悔を助長しただけだった。 しっかり厄介事に巻き取られてしまったらしい。 「ま、せいぜい頑張ることだな。  どうせ、ろくに仕事もせんお前らじゃ、捕まえられるわけもないんだが。  さっさと冒険者権利の剥奪をされてくれたほうが、こちらの仕事も減るんだが」 おまけにとどめとばかりにイハドが激励の言葉をおくった。 「……んだと……」 見下したような言葉に、語気がますます強くなるアルト。 激励の言葉は喧嘩の押し売りだったらしい。 それをキッチリ買おうとしていることに気づいて、三人がアルトを引きずって外へとじりじり逃げ始めた。 小声でアルトをなだめる。 「抑えて。さすがに、ここで暴れたら面倒よ」 「殴りたいのは同じだけど、今はやめとけ。今は」 「そうよ、気にしたらこちらの負けよ」 三人の声を聞きながら、なんとか自我を保つように努力するが、あまり保ちそうにない。 それに気づいたミィレがサクとイハドに声をかけた。 「じゃ、お仕事も登録も済んだからこれでー」 「期限はあと一年だ。そうじゃないと、クエストは受けられなくなるからな」 イハドの声から逃げるように四人は役所を出た。 宿屋に向かいながらアルトは頭を抱える。 「だあぁ、これからあいつと顔を合わせないといけないのかよ……」 「そうよ、それがなければまあまあいい仕事なんだけどね。楽で」 昨日から何度後悔しただろうと思いながら、深くため息をついた。 昨日から続くトラブルの嵐は、まるで自分が小説の中に入ってしまったかのようだった。 物語の主人公はこんな日々を日常としているのか、と少し感心すらしてしまった。 「アルト、待って!」 呼び止められ、振り返るとサクが彼女たちを追って出てきていた。 紙を一枚ペラリと渡される。 「これ、登録の控え。念のために持っておいてね」 「あ、すいません」 「じゃ、私は……」 サクが体をひねって役所に戻ろうとしたその時。 あの花火みたいな音が聞こえた。 さっきよりも近い。 キーンとなる耳を押さえながら振り返るよりも速く、後方にふっとばされた。 ソフィアやジェンなどは受け身が取れ、ミィレはすばやく羽を広げ、衝撃に抵抗しないように後方に飛んだようだ。 アルトは尻もちをつきながらも、近くにいたサクをかばうように支える。 突然の衝撃に戸惑いながらも顔を上げると、役所が燃えていた。 燃え盛る業火。 近くには死屍がおちている。 そのうち、彼女たちの少し先に、頭が落ちてきた。 あの髪がほとんどないのは、燃えてしまったのか、元々なのか。 吹っ飛ばされてもしがみついていた眼鏡から察するに、元々からなかったのだろう。 先ほどアルト達を見下していた目はガラス玉のようになってしまっている。 誰かが悲鳴を上げた。 ジェンだった。 取り乱して、言葉になり切れていない声を上げ、そのうち息を荒げだした。 過呼吸になっているらしい。ソフィアがその背中をさすり、声をかける。 役所を見つめる男は、テロリストの一人だろう。 まだ生き残りがいた。 彼女たちがあんなに捕まえたのにまだいたのか。 慌てて逃げようとするそいつにミィレが何かを投げた。 あの目に不必要な刺激を与えそうなピンクの液体が入った瓶だ。 テロリストの頭に見事命中して割れたその液体は、なにやらねばねばともちのようになって、そのテロリストを取り押さえた。 「……ほら、やっぱり飲まなくて正解だったじゃねーか……」 アルトはそう呟くのが精いっぱいだった。

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